第290話 それぞれの役割

 統合人類政府樹立から数年。

 エネルギー革命とそれに伴うインフラ整備がようやく佳境に差し掛かり、恒久的なエネルギー問題の解決という人類の悲願が達成されつつあることで、当初新政府に不安を覚えていた民衆も落ち着きつつあった。


 しかし新たな不安の対象が現れた。宇宙中を荒らし回っている宙賊だ。

 彼らは統合人類政府樹立に反抗し、講和直後の混乱に乗じて旧連合軍・旧枢軸軍の宇宙戦闘艦を奪い取ると、それによって民間宇宙船の襲撃を繰り返した。


 統制のとれているとは言えない新政府軍は宙賊の活動に対して有効な対応を行えていなかった。

 そして昨今、バラバラだった宙賊勢力が、かつて独立勢力であったズナン帝国の後継者を皇帝に担ぎ上げて1つにまとまろうとしている。

 政府はズナン帝国軍の侵攻を阻止できるのか。

 彼らが拠点にする旧ズナン帝国首都星系に近い星系居住者は日々そんな不安に苛まれていた。


 しかし前大戦終戦の立役者、アマネ・ニシとコゼット・ムニエが懸念するのはそれとは別の問題だった。

 終戦に関わったアマネ、コゼット、アイノ、パリーは統合人類政府主催の新エネルギー機関製造工場移管記念式典の準備のため出向いた、惑星トトミ首都で久しぶりに一堂に会した。


「一体何処のバカが〈ニューアース〉の警備をしてたんだ。

 持ち出されたで済む話じゃ無い。

 そもそもあたしは壊せと言ったはずだぞ」


 ソファーに身体を預け、不満全開でそう言いつけるのはアイノ・テラー。

 旧連合軍製造の新鋭戦艦〈ニューアース〉。

 統合人類政府の厳重な管理下に置かれているはずのそれが、ユスキュエル・イザートによって持ち出されたと知らされた彼女が怒るのも無理もなかった。


 彼女の意見に対して、こちらも機嫌が悪そうに怒ったような表情をしてコゼットが答える。


「非常に残念なことですが、旧連合軍にも旧枢軸軍にも新政府をよく思わない人間は多く居ます。

 そもそも完璧な警備は不可能でした」

「壊さなかった理由は?」

「あなたのエネルギー計画が失敗したときの保険を用意しておく必要がありました」


 アイノの技術力を疑うような発言に、彼女は目を細めて更に機嫌を損ねて返す。


「愚か者め。あたしゃ天才だ。失敗などしない」


 その言葉に対してコゼットは挑発するように言ってのけた。


「みすみすユイを殺されたくせに」

「なんだと」


 アイノはソファーから立ち上がる。

 コゼットも喧嘩するなら買って出ると睨みをきかす。


 アイノは〈ニューアース〉艦長、カリーナ・メルヴィルにとどめを刺した張本人だ。

 彼女のことを愛していたコゼットにとって、アイノは許しがたい敵だった。


 カリーナの残したメッセージによって、死の原因はユスキュエルにあること。

 カリーナはユイとアイノに力を貸して終戦を目指していたことを知ってなお、目の前で最愛の人を撃ち殺され、利き腕をねじ切られた恨みは消えない。

 それでもこうして一応は協力する形をとっているのは、カリーナがそれを望んだからに他ならない。


「さて、そろそろ本題にはいろうかの。

 2人とも、敵を見誤ることの愚かさは理解しているだろう?」


 アマネが諭すように声をかける。アイノもバカを相手にするつもりは無いとソファーに座り直した。

 2人が落ち着くのを見てアマネは続ける。


「さて、問題はユスキュエル・イザートが〈ニューアース〉を手にしてしまったことだ。

 彼はズナン帝国の再興にも力を貸しているようだ。

 現在、旧枢軸軍が所有していたアクアメイズの工業人工衛星は宙賊勢力の手にある。

 年月はかかるかも知れないが〈ニューアース〉の修理は可能であろう。


 復活した〈ニューアース〉を使って彼が何をするか――。

 カリーナ君の記録によれば、彼が望むのは自身の技術力の証明。〈ニューアース〉が宇宙で最も優れた兵器であるという実力の誇示とのことだ。

 その時目標とされるのは、〈ニューアース〉を幾度も打ち破った〈しらたき〉になるだろう。

 彼がアイノ君のことを特別に意識していたのは間違いは無い。

 宇宙中破壊し尽くしてでも、彼は〈しらたき〉とアイノ君を探すだろう。

 我々と彼とは、相容れぬ存在だ」


 ここまでの認識には間違いは無いと、コゼットもアイノも頷く。

 〈ニューアース〉が枢軸軍を追い詰めたことで、自身の技術こそが宇宙で最も優れていると確信していたユスキュエル。


 アイノが建造した〈しらたき〉はそんな彼の自尊心を叩き折り、復讐心に火をつけてしまった。

 彼はあらゆる手段を講じてアイノとの直接対決を望み、結果としてユイを殺し、最終決戦において〈ニューアース〉は完全敗北を喫した。


「統合軍は戦えるのか?」アイノが問いかける。

「内部統制が十分にとれているとは言い難い。

 わしも何とか統制をとろうと手を回しているのだが、戦力的にも宙賊勢力は大きくなりすぎた」

「とは言っても、相手も寄せ集めの集団です。

 数年の間は組織的な作戦も出来ないでしょうから攻勢も局所的です。

 その間に統合軍をまとめ上げさえすれば防衛作戦は可能でしょう。

 ――〈ニューアース〉さえ出てこなければの話ですが」


 コゼットの意見にアマネも頷く。

 問題はどうしても〈ニューアース〉になってしまう。

 今の統合軍に対抗できる戦艦を新規建造する能力は無い。

 そして唯一対抗できる戦力、宇宙戦艦〈しらたき〉は、新エネルギー機関製造に酷使され続け、今では戦闘行動不可能になっていた。


 アイノは腕を組み一呼吸すると切り出す。


「〈しらたき〉をもう一度戦えるようにする。

 エネルギーなんちゃら式典に周辺宙域から宇宙艦艇を集めさせろ。

 私が〈しらたき〉を奪って、それに紛れ込ませて持ちだしたことにする」

「修理は何処で行うつもりかね?」

「トトミでやるしかない。出来るのは持ち出したふりだけだ。

 機材は〈スサガペ号〉に集めさせる」


 突然〈スサガペ号〉の協力をアイノが勝手に決めつけたが、パリーはその意見をむしろ待っていましたと言わんばかりに胸を張って応じた。


「任されよう。

 宙賊なんかに宇宙を荒らされたら宇宙海賊の名折れよ。

 宇宙海賊こそが本当の恐怖だと思い知らせてやらなければいけない。

 宇宙中から工作機械でも資材でも、なんでも奪ってこようじゃないか」


 彼の背後に控えていたオフィサー・メルヴィルも異論は無いと頷く。

 〈しらたき〉はアイノが修理する。それはそれとして、別の問題があるとコゼットが口を開く。


「サビィ――サブリ・スーミアがユスキュエル側についたわ。

 〈ハーモニック〉が出てきたらどうするつもり? アキ・シイジは戦えるの?」


 アイノがかぶりを振って答える。


「アキは戦えない。

 代わりを用意する。

 取り出した特異脳がエネルギー供給してやれば動かせそうだ。〈音止〉に積んで、フィーに操縦させる」

「ほう、そのようなことが可能なのかね」

「実験段階だが、まあ上手く行くだろう」


 見通しもまだついていないようだが、アイノが上手く行くと言ったのでアマネはそれを信じることにした。

 それから自身の役割について語る。


「わしはズナン帝国を担当しよう。

 ユスキュエル君の後ろ盾は早めに取り除いておいた方が良いだろう。

 統合人類政府に不満を感じる軍人が宙賊勢力へと移っていった。

 彼らの不満を解消し、帝国を内側から崩せないか試みてみよう」


 宙賊の集まるズナン帝国内部への介入を意見されて、アイノが口を挟む。


「もう歳だ。

 危ない橋を渡る必要もないだろう」


 アマネは笑う。


「はっはっは。

 だからこそだよ。老人に出来ることはこれくらいしか無い。

 だがこれくらいのことで君たちの役に立てるのならば、身を粉にして働こうでは無いか」


 アイノは彼の相変わらずな夢想家ぶりを鼻で笑いつつも、彼が統合人類政府を離れることについて尋ねる。


「あんたが居なくなったら誰が統合人類政府を守るんだ」

「息子達に任せよう。タモツは上手くやるだろう。

 それに、我々にはコゼット君も居る」


 前半については半分くらい受け入れたアイノだが、後半については疑問を呈する。

 コゼットはカリーナによって後継者に指名されたという理由だけでこの場に居る、元々は〈ニューアース〉のサブオペレーターだ。

 艦隊指揮どころか、艦長経験すら無い。


「不満そうね。

 私も自分が艦隊戦の指揮を執れるとは思いません。

 ですが戦争は変わるでしょう。これからは宇宙艦艇同士の戦いは減って、地上が主戦場になる。

 可能な限り統合軍をまとめられるよう努めて、もしトトミが攻撃を受けても〈しらたき〉だけは守り通します。

 これでよろしいですか?」


 アイノは「それが出来るならそれでいいさ」と投げやりな意見を口にする。

 コゼットは言葉を肯定と受け取って、ではそのように、と短く返してアマネへと発言権を返す。


 アマネは一通り集まった面々の顔を見渡してから、こほんとひとつ咳払いをして告げる。


「ユスキュエル・イザートと彼に加担する勢力は強大ではあるが、我々と統合軍が力を合わせ、それぞれの役割を遂行すれば勝機もあろう。

 今度こそ、ユイ君の望んだ戦争の無い平和な宇宙を取り戻そう」


 パリーだけが威勢良く「おう」と返し、他の面々は静かに頷く。

 ここに集まった面々の意志が同じであるとアマネは分かっていた。

 ユイの願った夢のような宇宙の話は、出自も経歴も異なる彼らを1つにまとめていた。


          ◇    ◇    ◇


 特異脳は得体が知れなすぎる。


 散々いじくり回した結果、アイノはそう結論を出さざるを得なかった。


 エネルギーを供給してやれば特異脳が活動することは分かったのだが、それをフィーの脳に繋いで動かそうとしたところ失敗。

 詳しく調査したところ、特異脳は接続された外部の思考回路との遺伝子一致率がある程度高くない限り、正常に演算を行わないことが判明。


 だが判明した時点で遅すぎた。

 今からアキの遺伝子を使ってクローンを作っている時間的猶予も機材的な余裕もない。

 以前根城にしていたアイノの研究所ならともかく、トトミに一から人体合成をする設備は存在しなかった。


 宇宙で特異脳を動作させられる可能性があるとすれば、アキの娘ただ1人。

 現在19歳。

 経歴を追ったところ、こともあろうに統合軍の装甲騎兵パイロット訓練生になっていた。


 アイノは彼女を戦争に巻き込みたくは無かった。

 今となってはたった1人の友人、アキ・シイジの娘だ。彼女は宇宙が平和になると信じて子供を残した。

 なのにそれを戦いに巻き込んでいいのかと苛まれたのだ。


 しかし特異脳のないフィーではスーミア相手に勝てるかどうか疑問だ。

 彼女の能力は非認知領域の認識と局所的な物理法則書き換え。

 思考演算能力では特異脳には及ばない。それに宙間決戦兵器での戦いとなれば、局所的な物理法則書き換えもあまり役には立たない。


 アイノは悩んだが、最後には力を借りるしか無いと結論を出した。

 アキの娘だ。

 もしかしたらパイロット適性、更に上手くいっていれば特異脳も遺伝しているかも知れない。

 そうなれば〈ハーモニック〉の相手など容易い。アキならば何ら問題はない相手なのだ。

 そして今度こそ、アイノは特異脳による通常脳領域への浸食を確実に防ぐ自信があった。


 そう思案するアイノのもとへ、ナギが駆けよって報告する。


「アイノ様、タカモリさんから通信がありました。

 宙賊がトトミへ攻勢準備中だそうです。降下地点をこれから調べると」

「統合軍の予想より早い。中間星系を飛ばしてきたか。

 トトミに狙いを絞ってきたな」


 〈しらたき〉の所在地についてはいくつも偽情報を用意して、実際の所在は極一部の人間だけで共有されている。

 されど講和会談、そして新エネルギー生産拠点となっていた惑星トトミは、その隠し場所である可能性は非常に高い。

 ユスキュエルはそう予想して、手駒となった宙賊連合を動かして惑星トトミを攻めさせるつもりなのだろう。


「時間が無いな。

 トーコをド僻地へ連れ出して特異脳のテストをさせる。

 ――ここだ。ハツキ島。統合軍内に巣くってる諜報員共もここまで追っては来ないだろ。

 フィー、先行してハツキ島へ入れ。

 現地人の記憶を書き換えて公務員になりすますんだ。

 宙賊の内通者と思われる人間がこのレインウェル装甲騎兵部隊の後を追ってこないか目を光らせておけ。


 それと、もし宙賊が攻めてきた場合は可能な限り侵攻を遅らせろ。

 ただしお前の存在は明らかにしたくない。あまり目立つな。物理法則干渉はあたしが許可するまで禁止だ。


 あとこっちより先にアキの娘を発見したら保護しろ。何があっても絶対に守り通せ」


 フィーは首をかしげると問う。


「それは命令?」


 アイノは直ぐに了承しない彼女へ若干苛立ちを覚えながらも言いつけた。


「そうだ。〈しらたき〉現艦長としての命令だ」

「承知した。ハツキ島へ向かう」


 フィーは命令を受領し踵を返した。

 直ぐにナギがかけよって、彼女へと偽の市民コードを渡す。

 ”フィーリュシカ・フィルストレーム”。彼女の身体の持ち主の名前が、フィーのこれからの名前だ。

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