第284話 オペレーションR3

 フノスは連合軍、枢軸軍のどちらにも属さない独立勢力だった。

 しかしそれは戦争に加担しないことを意味せず、場合によってはどちらに対しても牙をむく。

 高い技術力を有し、単独星系国家としては十分すぎる宇宙戦闘艦を保有するフノスを敵側に回したくないと、両陣営はフノスへ攻撃を仕掛ける事は無かった。


 そしてもう1つ、フノスが中立であり続けられた理由が、首都星系の一部を開放して築かれた一大リゾートだ。

 元々は外貨獲得を目的としていたのだが、少数勢力が次々と消えていく中で安全な投機対象と資産待避所という役割を持つようになり、多くの資本が流入。

 発展したリゾートは連合軍・枢軸軍を問わず富裕層を引きつけ、資産家がフノスへ大金を投じて私邸を持つようになった。


 それは枢軸勢力・連合勢力の高級軍人や官僚をも含み、最早どちらの勢力も迂闊には攻撃を仕掛けられない。

 フノス星系を取り込むためには議会を抑えるしかないが、彼らは現状独立継続派が多数を占めている。

 連合軍がフノスの技術を早急に取り込むためには、フノス内部の軍事組織である国防軍に議会を掌握させる他なかった。


 宇宙海賊の武装商船は改装を施され、商船としてフノス首都星系リゾート区画へと入った。

 建前上はリゾート区画への機械部品搬入。

 宇宙海賊に所属する技術者達が建前上の仕事を進める中、数名がリゾート区画へと外出。

 フノス国防軍と連合軍が組んでクーデターを起こそうとするならば、必ず要人が多数滞在するリゾート区画を封鎖してくるはずだ。

 その兆しを見逃さないために見回りは必須だった。


 ――と言うのが名目上の理由。実際はアイノとシアンがカジノで遊びたかっただけだ。

 もちろん、宇宙海賊のパリーも大いに賛同した。

 真面目に見回りをしているのはオフィサー・メルヴィルとユイくらいのものだ。


 広く顔の知られているアマネはフノス星系外の〈しらたき〉に残った。

 〈しらたき〉の持つ観測装置と通信機器を用いて、外から各員へと指示を飛ばすのが仕事だ。


 一般に開放されたリゾート区画からフノスの管理区画へと入るには専用のパスコードが必要だった。

 ロイグ・アスケーグとアキ・シイジは、フノス中央技研への機械部品納品業者を装い、レナートが作成した偽装パスを使って管理区画内へ。


 検問所を抜けると、アキは帽子を脱ぎ捨てて席を倒した。


「警備は真面目にやってるみたいだね」

「出るときは強行突破になるぜ」

「なんとかするよ。

 それにしたって酷い話だよね。

 名目上は技術総監なのに、正規のパスコードすら発行できないなんて」


 アキは偽装パスのデータが入った端末を振って示す。

 レナートにとっては偽装パスの1つや2つ製造することは難しくないのだろうが、本来技術分野のトップ。軍人で言えば大将や元帥に当たるような人間だ。

 そんな彼女が正規パスの1つすら発行できないなどというのはあり得ない話だった。


「囚われの技術総監。助け甲斐があるってもんだ」

「ロマンって奴? 私には理解出来ないけど。

 それと、助けたってレナートがあんたに惚れるとは思わないなあ」

「助けられればそれで良いのさ」


 ロイグは言葉ではそう言って見せるが、アキには彼が隠した下心が見え見えだった。

 レナートの姿を思い出すと、ロイグが一目惚れしてしまうのも頷ける。

 だけどそんなのは個人の自由だ。好きにやって、派手に振られてしまえば良い。アキは大して興味も持たず、作戦の内容について確認を進めた。


          ◇    ◇    ◇


 検問所を越えるために〈R3〉は分解した状態で運び入れていた。

 レナートが確保してくれていた政府関連施設が密集する区画内の倉庫でロイグは組み立て作業を行い、その間アキは目標となる技研への偵察へ向かう。


 あまり近づくことは出来ないので、遠く離れた距離から目を凝らして観測。

 アキは集中していれば、望遠鏡が無くても遠くの物をはっきりと見ることが出来た。


「こちらシイジ。

 技研の国防軍目視観測中。

 ちょっと確認したいんだけど、あれってフノスの国防軍であってる?

 車両とかはフノスの物なんだけど、持ってる銃が連合軍のなんだよね」


 通信機に告げると、少し間を置いて返答があった。


『あれはイザートが持ち込んだ私兵』


 聞き慣れない声にアキは首をかしげる。

 発信元はナギになっている。となると……


「リドホルム博士ですか?」

『そう』

「フノスの国防軍じゃないなら殺しちゃっても大丈夫?」

『問題無い』

「了解」


 許可も出たので技研の正面突破については生死を問わずで問題無さそう。

 アキは敵の戦力を確かめて、特に苦戦はしないだろうと予想をつけるとロイグの居る倉庫へと戻った。


 組み立てが進んだ〈R3〉動作試験のため、アキは実際に装備を進める。


「もっとこう、自動でがっちゃんがっちゃん装着出来ないの?」

「まだ一点物だからな。

 そのうち装着機構も開発するさ」

「そうして。あまりに不便だもの」


 試作品の〈R3〉が装備された。

 武装はフノス国防軍が使用する20ミリ機関砲。これはアマネのつてでフノス国内に居る軍人から調達した装備だ。

 加えて個人防衛火器とアキの私物の拳銃。

 機体には移動用のワイヤー射出機構が装備されていた。後は扉をこじ開ける為に積まれたハンドアクス程度。


「ブレーキの効きが悪いんだよね。

 一瞬で止まれるように出来ない? こう、脚部地面に突き刺す感じで」

「そんなことしたら足持ってかれないか」

「そうならないようにするのが技術屋の仕事でしょ」

「少佐殿は厳しいね」


 ロイグは辟易として一応自分の端末に改造要求をメモしておいた。

 シイジの技術要求に応えられる装備を作ったとしても、他の誰にも扱えなくなってしまったら意味は無い。

 そんなロイグの思いを知らずか、アキは「中佐ね。昇進になったの」とだけ返した。


 動作確認を進める途中、通信が入った。発信元は〈しらたき〉のアマネだ。


『こちら〈しらたき〉。

 リゾート区画で爆発があった。

 エネルギーパイプラインの故障だとして、国防軍が区画封鎖を実施している。

 政府中枢の国防軍も動き出している。

 計画は始まったようだ』


 アマネからの報告を受けて、アキは肩をすくめて動作確認を取りやめた。


「予想していたよりずっと早かったね。

 エネルギー充塡大丈夫? 動作確認は実地でやるよ」

「エネルギーは問題ない。

 だがまだ確認できてない箇所が――」

「ちゃんと組み立てたんでしょ?

 だったら大丈夫。信頼するよ。

 それに、連合軍に博士を渡す訳にはいかないでしょ」

「そりゃそうだが――

 いや、任せるよ」

「それでよろしい。

 合流地点は予定通りで。何かあったら連絡して」


 ロイグが了承を返すと、アキは機体の安全装置を解除して、倉庫から飛び出した。


「良い速度。これなら正面突破もいけるいける」


 技研へと続く通りを駆け抜ける。

 管理区画だけあって人通りはまばらだ。

 あっという間に技研まで到着した。


 正門前に展開されていたフノス国防軍――を装った連合軍兵士。

 装甲車両2両と歩兵2分隊。

 突如現れた装甲骨格を身につけたアキを見て、彼らは機銃掃射を開始した。


「警告無しで撃ってくるならこっちも遠慮は要らないね」


 発砲炎を見た瞬間、アキは頭の中で撃鉄を落とす。

 脳の奥、異常発達した脳組織が超高速演算を開始。

 思考速度が高まり、世界が静止したように静かになる。


 色情報が切り捨てられ、灰色に染まった視界の中、アキは飛来する全ての機銃弾の未来位置を予測。

 〈R3〉の装甲なら歩兵の持つ5.6ミリ機銃は弾き飛ばせる。

 問題は装甲車両の12.7ミリ機銃。


 それでも銃弾の位置と保有エネルギーを観測して未来位置を予測してしまえば、〈R3〉の機動力で回避するだけ。

 足を踏み込み最高速度まで加速。

 弾幕を最小限の動きで回避しながら突っ込み、距離を詰めてから攻撃を開始。


 左腕に装備した20ミリ機関砲を装甲車両へと向ける。

 脆弱部を狙い1両につき3発発砲。エネルギー機関と操縦手、上部機銃座を破壊。


 残りの歩兵は個人防衛火器で薙ぎ払う。

 2分隊を殲滅すると正門を突破。警備員は無視。連合軍兵士ならまだしもフノスの民間警備員を殺すわけには行かない。

 拳銃程度しか装備のない彼らは放置でも問題無いと判断。


 技研施設から出てきた連合軍兵士の方に対処。

 機関砲の弾種切り替え。榴弾を選択して建物を狙う。炸裂した榴弾がばら撒く金属片で敵を殲滅。


 歩兵では対処出来ないと向こうも理解出来ただろう。

 車両なりフライヤーなり持ってくるはずだ。それまでにレナートを回収して逃走すれば任務は完了する。


 事前に受け取っていた地図データを、ヘルメットに組み込まれた透明ディスプレイへと表示。

 この辺りのUIは改善の余地があると、アキは改善案を頭の片隅にとどめておきながらレナートの研究室へ向かう。


 技研中央棟の外壁を蹴って跳躍。上方へワイヤー射出し、目的の階層へ。

 複合材料製の窓枠を機関砲でぶち抜いて突入すると、通りかかった研究員へ拳銃を向けてさっさと失せるよう指示。

 すんなり聞き入れてくれたので前進。

 レナートの研究室へ。


 時間が惜しいので扉を蹴破って突入。

 入って直ぐにレナートの姿が目に入った。

 彼女は警報装置のスイッチを叩く。アラートが響き、研究室の入り口に隔壁が落ちた。


「これでしばらく時間は稼げます」

「それはどうも」


 美しい灰色の髪。肌は白く、ほっそりとした身体。なるほど。実際に会ってみると、ロイグが一目惚れするのも納得してしまう。

 彼女は技研の制服の上に白衣を纏った格好で、アキの元へと歩み寄ると〈R3〉を詳しく調べ始めた。


「動力源は深次元転換炉ね」

「そう聞いてます」

「小型化は課題があるわね。出力重量比が良くない」

「同感です。転換炉はともかく、エネルギー変換機構が重くてバランスが悪いんですよ」

「設計したのはアイノ?」

「深次元転換炉はそうです。機動骨格の方はロイグという技術者です」

「動作ログとれそう。じっとしていて」

「そうおっしゃるならそうしますけどね」


 急いでいるのでは?

 アキは思ったが口には出さない。

 奥の部屋からナギがやってきてお茶を差し出した。アキは大して喉は乾いていなかったが受け取って一口だけ口をつける。


 レナートは〈R3〉に夢中になって、動作ログを拾い上げると、内部メモリに書き込まれていた機体設定や動作説明書まで読み込む。


「まだ機体調べます?」

「もう十分。

 それよりあなたが調べたい。

 あなた、頭がおかしいわ」


 きっぱりと言い切られて、アキは肩をすくめて見せた。


「それって精神的な意味? それとも物理的な方?」

「両方」

「ですよね」


 レナートは有無を言わさずアキのヘルメットを外すと、その額を真っ直ぐに見据える。


「人間の脳と根本的に構造が違う。

 思考能力が異常に発達している」

「分かります?」

「私は思考密度を観測出来る。

 脳組織を採取しても?」

「それって死にません?」

「死ぬ」

「では駄目です」


 脳組織の採取は拒否。

 しかしレナートはそれ以外ならOKととったらしく、勝手に採血を始め、更には口を開けさせて細胞を採取。


「私なんて調べて楽しいですか」

「先天的な脳組織の欠陥。

 それでもこうして生きているサンプルは貴重」

「そりゃどうも」


 レナートは採取した血液や細胞を測定装置へとセットした。

 それからアキの方も見ずに言い放つ。


「あなた、その脳を使い続けると死ぬわ」

「アイノにも言われましたけど、使わなかったらそれはそれで死ぬので」

「そう。理解しているなら後はあなたの自由」


 それですっかり、レナートはアキへの興味を無くしたようだった。

 測定装置がデータ処理を完了すると、端末に遺伝子情報と〈R3〉の戦闘ログをまとめて奥の部屋へ。

 アキとナギは仕方なくその後へとついて行く。


 立ち並ぶ用途不明な実験器具達。

 レナートはその内の大きな円筒状の水槽前で作業を始めていた。水槽の中身は黄色味がかかった液体だけだ。

 レナートは端末を操作して、今し方作ったばかりのデータを書き込んでいく。


「何の研究です?」

「BO計画。

 枢軸軍が始めて、連合軍も実施したが結果は出せなかった。理想の兵士を作る研究。

 遺伝子へ知識を書き込む方法が確立されていなかったが、アイノはそれを実現させた」


 アキは隣に立つナギの姿を見る。ナギは「えへへ」と笑うだけだ。

 ブレインオーダー計画。枢軸軍のそれは失敗したが、アイノの実験によって結果が出された。

 そして唯一の成功品として生み出され、アイノの身の回りの世話を任されたのが彼女だ。

 レナートは助手として送り込まれた彼女を調べたのだろう。


「変なことされなかった?」

「変なことってなんです?」

「分からないならいい」


 ナギがこうしてけろっとしているのなら、そんな酷い目には遭っていないだろう。

 アキはとりあえずこの件については気にしないことにした。

 そもそも調べられて困るなら、アイノだってナギを送り込んだりはしなかっただろう。


 問題はレナートの方だ。

 彼女は目の前に現れた真新しい研究対象に興味を示すばかりで、すっかり今すぐここから逃げ出さないとまずい事を失念している。


「今って何しています?」

「先天的に脳へ情報を書き込む実験。

 細胞核は私の物。これにあなたの脳中枢構成に関する遺伝子情報と、戦闘ログから抽出した知識を書き込んだ」

「そうですか。

 使うのは構いやしないんですけど、それってあと3分で結果でます?」

「細胞凍結を解除したばかり。

 成長促進を使って、ここから単独生存可能な状態まで3ヶ月必要」

「では諦めた方が良いですね。

 割と早めにここから出ないと、私もあなたも大変なことになります」


 レナートは首をかしげ、外から聞こえてくる国防軍の怒鳴り声を耳にしてようやく事態がどうなっているのか思い出したようだった。

 アキが苦笑いして「持って行きます?」と尋ねると、レナートはかぶりを振った。


「エネルギー供給ラインと繋がっている。持ち出しは不可能。

 盲点だった。

 次からは外的要因によって研究が中断されることを考慮する」

「是非そうして下さい。

 では脱出します。荷物は?」

「これだけ。ああそれと助手も」


 レナートは手にした端末を示し、続いてナギを指さす。

 すっかりナギを自分の助手にしてしまったらしい。彼女もまんざらでも無さそうだ。


 アキは〈R3〉の背中に積んだ担架を展開して2人を乗せる。

 2人がしっかりつかまったのを確認すると、耳栓をして絶対に手を離さないように言いつけて、機関砲を窓枠に向けて撃ち放った。


 吹き飛んだ窓から外へ。

 国防軍の武装フライヤーが滞空して待ち構えていた。


「落として構わないわ」

「口開くと舌噛みますよ」


 アキは脳の中枢部分へ意識を向ける。

 特異脳を叩き起こし、フライヤーの構造、現在位置、未来予想位置を数式に展開。

 重力制御機構を機関砲で撃ち抜き、ゆっくりと降下する機体へとワイヤー射出。

 天板に飛び乗り、強く蹴って跳躍した。


「この機体飛べるの?」

「飛べません! なので口閉じてて! 次は舌噛ませますからね!」

「乱暴だわ」


 ロイグが開発した機動装甲骨格〈R3〉を身につけたアキは、フノス国防軍と連合軍の追尾を難なく振り切って、合流地点まで到達した。

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