第280話 友人
端末に並ぶデータリストを確かめて、あまりの多さにユイは机へと突っ伏した。
だがそんなところに丁度良くアマネが入室してきたため、慌てて立ち上がり敬礼する。
「おはようございます、提督閣下」
「もう提督ではないし、閣下と呼ぶ必要も、敬礼する必要も無い。
このプロジェクトの主体は君だよ。
わしのことは君の都合よく使ってくれて構わない。
もちろん、老人の知恵が必要であればいくらでも口授しよう」
ユイは小さく「そんな恐れ多い」と口にする。
士官学校を出たばかりの彼女にとって元帥はあまりに遠い存在だった。
「昨日送った資料だが、役に立ちそうかね?」
アマネが端末に表示されていたリストを見て尋ねる。
ユイはリストを送付してくれたことには礼を言ったが、役に立つかどうかについては頷けなかった。
「気遣いは無用だ。忌憚なく意見を述べてくれたまえ」
ユイは言葉にしていいか苦悩したが、いよいよ覚悟を決めて意見を述べる。
「あの、リストは少しだけ目を通させて頂きました。
大学生に企業の若手技術者。皆さんとても優秀な成績の方であるのは間違いないと思います。
――ですが、その。新鋭戦艦の設計が出来るかどうか、という点については疑問です。
それは、その……このリストに載るような人達は、これまでもずっと軍から評価をされて、軍の仕事を受けてきたはずです。
ですが今の枢軸軍には新鋭戦艦を設計する能力はありません」
アマネはユイが最後まで語り終えるのを待って、大きく頷く。
「確かに君の言う通りだ。
これは軍のデータベースを元に作成したリストだ。
当然人事院も同じデータベースを参照して人材を登用する。このリストに名前のある者は軍技術者の候補生という訳だ。
――この方法では今までと何も変わらないな。
となれば、これまでの常識を覆すような新鋭戦艦は設計できないであろう」
アマネは理解を示し、同時にリストの参照に手間をかけさせてしまったことを謝罪する。
それに対してユイも頭を下げた。
「ごめんなさい。
折角リストを用意して下さったのに。
私は何も意見を出すことも出来ないのに……」
「気に病む必要はない。
プロジェクトはまだ始まったばかりだ。
このリストに取り組まなくて良いと道を示してくれただけで君は十二分に役に立っているよ。
さて、問題はこれからのことだ。
軍とは異なる方法で優秀な技術者を探す必要がある。
連合軍では大学生自らが新鋭戦艦のコンセプトを軍に持ち込んだそうだが、今のところ枢軸軍宛にそのような持ち込みを行った人材は居ない」
アマネは言葉を句切りユイを見やる。
ユイはこれからどうすべきかという問いに答えを出せず、申し訳なさそうに俯く。アマネも回答を望んでいるわけでもなく、軽い気持ちで問いかけた。
「なに。直ぐに答えが出るような問題なら取り組む必要さえないのだから、悩むのは当然だ。気負うことはない。
それより簡単な質問だが、今の若者にとって目新しい技術と言えば何だろうか?
深く考えず、思うままに答えてくれたら良い」
されどやはりユイは回答出来ない。
普通の義務教育を受け、そのまま宇宙軍士官の道を選んだユイにとっては、宇宙艦以外の技術はさっぱり分からない。
「ごめんなさい。
あまり技術分野の知見は……」
謝ってしまうユイ。
だがアマネは笑ってそれを流す。
「気負うことはないよ。
では質問を変えよう。君と近い歳の知り合いで、技術に明るい人間は居るだろうか。
それは必ずしも専門家で無くても良いし、高等教育を受けている必要も無い」
問われてユイは自分のこれまでの記憶を探る。
士官学校で出会った人間。そして配属後に知り合った先輩。既に軍関係者となっているこれらは除外。
残るのは義務教育期間中。
そこでユイは、ふと初等部時代に友人だった、1人の少女を思い出した。
いつもは濁ってくすんだ目をしているのに、ユイに対して発明品を見せびらかしているときだけはキラキラと目を輝かせていた少女。
「――1人だけ。
初等部時代の友人に、物作りが好きだった子が居ました。
その子は当時の私にはとても理解出来ない知識をたくさん持っていて、新しい物を作る度に見せてくれました」
「ほう。
新しいことに自発的に取り組める人間は今の時代では貴重だよ。
素晴らしい友人ではないか。
して、その友人は今何をしているだろうか?」
ユイはかぶりを振った。
「義務教育期間を終えると直ぐに何処かへ行ってしまったんです。
宇宙にはまだ人間に認識出来ていない部分があるって言い出して。
その後は行方不明です。私も、その子の家族も探しはしたのですが、結局分からず終いです」
「なに、心配は無用だよ。
軍の情報網を使えば早々に見つかるだろう」
アマネは通信機を手に、情報部のアドレスを調べ始める。
だがユイはあまり乗り気にはなれない。
「ですが、その子が新鋭戦艦の設計に役立てるか分かりません。物作りが好きだったのも昔のことですし」
「戦艦設計の役に立てずとも、技術の話が聞けるならそれで十分だよ。
それに君も、昔なじみに会いたいだろう?」
問いかけに、ユイはゆっくり頷く。
もう1度彼女に会いたいという気持ちは確かに存在した。
「ならば探す理由はそれで構わないだろう。
して、その子の名前を教えてくれるか?」
「アイノです。アイノ・テラー」
情報部へと通信が繋がった。
元帥からの連絡とあって、情報部も専用の窓口で受ける。
アマネは早速、ユイの古い友人について情報を調べるように伝えた。
「アクアメイズの出身で歳は20付近。
アイノ・テラーという名前だが――」
『アイノ・テラー?
元帥閣下自らがアイノの討伐に向かうというのですか?』
「いや、少し話を聞きたいだけだよ」
『陸軍中隊を派遣する準備がありますが、これで足りるかどうか』
「そんなものは必要無い。
連絡先だけ調べてくれれば構わない」
『直接連絡可能なアドレスは不明です。
ですが居住惑星と大まかな位置は把握していますので、座標をお送りします』
「うむ。頼むよ」
アマネは礼を言って、それからユイから少し離れた場所で小さな声で尋ねる。
「それで、念のために尋ねておくのだが、彼女にはどういう問題があるのかね」
情報部将校はその質問に簡潔に、されど十分アイノ・テラーの脅威が伝わるように答えた。
数え切れないほどの宇宙犯罪。
宇宙連絡船襲撃。違法兵器製造。禁止された人体実験。警察機関及び軍への攻撃。
把握出来ているだけでも膨大な数だ。余罪を含めたらどれだけの規模になるか分かったものではない。
アマネは通信を終えると、ユイへと朗らかな顔を向ける。
「居場所は分かった。
さあ、君の友人に会いに行こうではないか」
だがユイの表情はあまり明るいとは言えない。
アマネは距離をとっていたが、通信内容はユイの耳にも届いていた。
「あ、あの、アイノが宇宙犯罪を犯しているって――」
「心配には及ばんよ。
君の友人だ。話くらいきいてくれるだろう」
「そう、ですかね……?」
ユイは不安を感じながらも、アマネと共にアイノが拠点にしているとされる惑星へと足を運んだ。
◇ ◇ ◇
枢軸軍勢力圏内に存在する、ゴミ処分用の惑星。
その砂漠地帯の地下に、アイノ・テラーの研究所は存在した。
監視ルームにつめていたのはアイノの助手の1人。シアン・テラー。
青い髪、青い瞳を持つ彼女は、枢軸軍から奪った宙間決戦兵器シミュレーターで遊んでいたのだが、警報が鳴ったのでそちらへと視線を向ける。
「良いところだったのに。軍人2人――だけ?
何しに来たのよこいつら」
この砂漠に研究所が存在するという情報は枢軸軍も把握しているはずだ。
なのにたった2人でやってくるなんて、命知らずにも程がある。
既に彼らはアイノのペットである砂中甲虫類によって、乗って来たフライヤーごと砂の中に引き釣りこまれている。後はどう処分するのか決めるだけだった。
軍人は見つけ次第殺してオーケーなのだが、シアンは彼らが乗ってきたフライヤーが最新機種だったのを目ざとく見つけ、これを虫たちの餌にしてしまうのはもったいないとアイノへと通信を繋ぐ。
「お母様。玄関に軍人が2人来てるわ。
最新のフライヤーに乗って来たから回収したいんだけど、良い?」
別室で作業中だったアイノが応じる。
『フライヤーは好きにして構わん。
軍人は餌に――。待て2人か? たった2人で何しに来たんだ。軍人の階級は?』
「えっとね――何これ。大将? とも違うから、出来の悪い偽物かも」
『映像回してくれ』
「送ったわ」
指示通りにシアンは、砂の中から這い出した軍人の映像を送る。
男の方。年老いた軍人の階級章をアップして映したそれを見てアイノが答える。
『こりゃ元帥だな。
アマネ・ニシ。顔も似てる。本物だ』
「元帥って、大将より偉いあの?
部下1人しか居ないのに」
『部下の方の映像見せてくれ』
「少し待って。こいつ、砂の中で暴れるせいで映像が綺麗にとれないわ」
シアンは端末を操作して玄関の砂を吸い出した。
砂埃が晴れるとカメラに映ったのは、情けない表情を浮かべてビームライフルにしがみ付く女性。
短く切った黒髪。間抜けそうな垂れ目。そして左目の下の泣きぼくろが目についた。
肩につけた階級章は少尉のものだ。
「少尉みたい。ナギに似てはいるけど、酷い間抜け面だわ」
『確かに酷い顔だ。
――いや待て、こいつは……』
シアンが映像を送るとアイノが黙り込んだ。
しばらく応答が無いことにシアンが「お母様?」と問いかけると、ようやくアイノが返す。
『悪い。フライヤーの件は保留だ。
2人まとめて客室に通してくれ。
おいナギ。客だ。茶の準備を』
客?
シアンはぽかんと口を開けて、一体それが何を意味するのか考えてしまう。
だが言葉の意味を理解すると、通信を切られてしまう前にアイノへと尋ねた。
「こいつ、お母様の知り合い?」
問いかけに対して、滅多に聞けない優しい声で、アイノは小さく返答した。
『ああ。友人だ』
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