第262話 市民協力者
トーコは隊列の最後尾についてしかめっ面をしながら、前の方を進むロードの姿を見た。
しばらくぶりの再会。
彼はトーコがレインウェルの装甲騎兵部隊に所属していた時の小隊長だった。
ハツキ島大砂丘で帝国軍の〈ボルモンド〉と交戦した際、トーコに対して撤退命令を出したのも彼だ。
そんな彼が生き残っていたことはトーコにとって喜ばしい事実であり、それ以外にも同僚が多数、この地下施設内にいるのには驚くばかりであった。
トーコがハツキ島を目指した理由の1つである、置いてきてしまった仲間のその後を知りたいという目的は果たされた。
それでもトーコが機嫌悪そうにしているのは、そのロードと再会した途端、彼に叱責されたからであり、同時にタマキにも大馬鹿者と叱りつけられたからだ。
トーコの今の所属はハツキ島義勇軍ツバキ中隊ツバキ小隊。隊長はタマキだ。
それなのに元隊長に対して「隊長」と呼んでしまっては怒られるのも当然だった。
ロードには「それでも軍人か」と問われ、タマキには「誰があなたの上官ですか」と問われた。
この件に関して悪いのは完全にトーコだったが、それでも折角の再会だったのに開口一番叱責されたことにふてくされていたのだ。
しかめっ面をしたまま進んでいると、ナツコから個人通話が入る。
『ロスウェルさんが生きていて良かったですね』
「それは、まあそう。良かった」
生きていたことについては素直に嬉しい。言葉に迷いながらも返す。
『トーコさん、元の部隊に戻りたいですか?』
次の質問については、トーコは明確に否定した。
「全く。
そもそももう部隊ごと無くなってるし。
今のわたしはハツキ島義勇軍所属だから」
『えへへ。ありがとうございます』
トーコには感謝された理由がいまいち分からなかった。
それでもなんとなく、ツバキ小隊に残ることを感謝されているのだろうと判断する。
『アイノちゃんにも感謝しないとですね』
「なんでアイノに?」
『だって、ロスウェルさん達を助けたのはアイノちゃんのペットなんですよね』
「あー、そうなるのか」
ロード達を地下施設に引き込んだのはトーコを地下施設に引き込んだのと同じ、あの大型甲殻類らしい。
それはアイノがペットとしてハツキ島大砂丘に持ち込んだ物で、トーコを〈音止〉の元へと連れてくることを目的としていたが、気まぐれか、何か理由があったのかは定かではないが、ロード達をも地下施設へと連れ込んだ。
そこは市街地の地下施設とも繋がっていて、ハツキ島避難民と出会い、彼らは協力関係を結んだ。
市民側はハツキ島地下帝国の地図を提供し、ロード達は地下施設の警備にあたった。
稼働する〈R3〉はロード達が持ち込んだ汎用機のみだったが、第1階層で入手したカリラのコレクションを軸に装備を再編。
その後、地表に出てハツキ島政府が所有していた〈ヘッダーン1・アサルト〉を数機回収。
市民協力者へ〈R3〉の操縦技術を教えつつ、稼働機体を活用して地下施設内の巡邏、地表からの物資調達を行った。
「でも多分アイノはそこまで考えてない」
『そうですか?
でもアイノちゃんって結構優しいですよね』
「それは、どうだろう」
否定しつつも、トーコもアイノについては少なくともその言動通りの人間ではないと感じていた。
何よりトーコに対しては妙に過保護だ。
それはトーコがアキ・シイジの娘であることが影響しているだろうが、トーコだけではなく、その周りに居る人間をも助けようとする。
所属部隊の隊員を助けたとしても不思議はないかも知れない。
『あ、着いたみたいです。ではまた後で』
「はいはい」
通話を終了。
先頭のタマキが市民の居る大ホール前の扉まで辿り着いた。
道中、輸送車両やサザンカ小隊は別ルートを進んでいったので、残っているのはツバキ小隊とロードだけだ。
認識コードが通されて、大きな扉がゆっくりと開いた。
◇ ◇ ◇
扉を抜けたツバキ小隊を出迎えたのは〈ヘッダーン1・アサルト〉を装備した軍人だった。
武装は6.5ミリ機関銃。対〈R3〉向けとしては非力だ。
市民のいるホールを守るべき兵士の装備がこれとなると、火器の所有状況があまり良くないのは明らかだった。
その軍人もトーコの元同僚だったらしく、〈ヴァーチューソ〉は足を止めてそちらにメインカメラを向ける。
軍人から搭乗者の顔は見えない。
トーコは作戦中である手前話しかけずに居たが、タマキがそんな彼女の様子を見て待機命令を告げる。
「ツバキ8。ホール前の警備について。
ホール前を離れなければ操縦席から降りても結構。身体を伸ばしておいて」
『了解です』
気遣い半分、実益半分。
大勢の市民が避難生活を送るホール内に〈ヴァーチューソ〉を持ち込むのは危ないし、市民が不安を覚える可能性もある。
それに入り口の防備は多い方が良い。帝国軍が第2階層の存在を把握していないとしても、体勢を整えておくに越したことはない。
トーコを残してツバキ小隊とロードは通路を進む。
大ホールへ入るとそこは居住スペースとなっていて、プラスチック板で間仕切りされた中で市民達が生活していた。
「避難市民は何名居ますか?」
「814名」
タマキの問いにロードが答える。タマキは続けた。
「食料備蓄は十分ですか?」
「問題無い」
「市民協力者の人数は?」
「26名」
「彼らはこの地下施設に関する情報をどの程度保有していますか?」
「第1階層、第2階層の市街地部分の地図を持っていた。
第3階層へ続く地点も把握しているが、そちらの認証コードはここにはない」
ロードの言葉にタマキは一瞬だけサネルマへと視線を向けた。
ここの市民協力者は第3階層の地図も認証コードも持っていない。一体サネルマはどこからそれを入手したのか。
だがサネルマは誤魔化すように視線を逸らす。タマキも問いただすようなことはしない。
「軍人の数は11名ですね」
問いに対してロードは肯定を返す。
装甲騎兵中隊出身の軍人11名。市民協力者26名。
800人を超える市民を、地下施設から安全地帯まで脱出させるには人手が足りない。
少なくとも、統合軍が市街地の一部地域を支配下に置くまでは無理だ。
一行が大ホールを抜けて管理区画へと入り、そのうちの1室に通された。
大会議室。中央に置かれた机の上には端末が設置され、第2階層の情報を表示させている。
出迎えたのは市民らしい風体の面々だった。
〈R3〉を装備しない市民協力者が6名。そのうちの代表者と思われる1人が、タマキの前に立ち挨拶する。
20代後半ほどに見える、肌の白くひょうひょうとした男性。
「初めまして。私はハツキ島解放戦線代表のペールオルフ・カッセル。
統合軍の方でよろしいですね?」
来客に対してペールオルフは驚きもせず尋ねる。市民協力者も統合軍がハツキ島市街地に入ったことは把握しているようだ。
問いに対してタマキは首を横に振って応える。
「申し訳ありません。
わたしたちはハツキ島義勇軍ツバキ中隊。統合軍とは協力関係にあります。
わたしは隊長のタマキ・ニシです」
ハツキ島義勇軍と聞いてペールオルフは目の色を変えた。
「つまり、ここに居る皆さん、ハツキ島出身者であると」
「わたしは統合軍から派遣された監察官兼指揮官ですので異なりますが、隊員のほぼ全員がそうです」
なるほど、と相づちを返すペールオルフ。
タマキは続けて彼に対して要求した。
「ハツキ島義勇軍としては、ハツキ島政庁を奪還したいと考えています。
それに是非皆さんの力を貸して頂きたい」
「政庁奪還は我々の望むところでもあります。
そのために地下に籠もりながらも情報収集や物資調達を行ってきました。
しかしまず市民の安全を第一としたい。
全ての市民を安全圏まで待避させるのが我々の第一目標であり、政庁奪還、市街地解放はその後に行うべきだと考えている」
意見の対立した2人。
タマキは説得を試みる。
「市民の方を助けたいという気持ちは理解出来ます。
しかし市街地全域に帝国軍が防衛陣地を構えている以上、まずは市街地の占領を進めなければ市民を安全に待避させることは不可能です。
司令部のある政庁を陥落させることこそが優先されるべきです」
「市街地の一部でも占領下に置けば市民の脱出は可能と考えている。
そちらの人数は?」
「ツバキ中隊は92名です」
「それだけ力を貸してくれれば十分です。
第1階層へと出て、地表の安全地域から市民を待避。港まで輸送路を確保出来れば脱出出来ます」
ペールオルフは市民の待避を第一として譲らない。
面倒なことになったとタマキは静かにため息をつくが、サネルマがそんな彼女の肩を後ろからこっそりと叩いて提案する。
「説得しましょうか?」
「出来ます?」
「恐らく問題無いかと」
「ではお願いします」
これ以上面倒はごめんだと、タマキはサネルマに説得を丸投げした。
前に出たサネルマはペールオルフに前に立って一礼する。
「カッセルさん。
そう堅いことを言わずに、ハツキ島義勇軍に力を貸して頂けませんか?」
「力を貸すのは構いません。
ですがそれは全市民の脱出が完了してからだと申しているのです。
だいたい、話に割り込んできて、あなたは誰ですか?」
代表者以外が話に勝手に割り込んでは、まとまるものもまとまらないとペールオルフは避難する。
サネルマはそれをもっともなことだと謝りながらも、ヘルメットを外して顔を見せ、自己紹介した。
「ハツキ島義勇軍ツバキ中隊、ツバキ小隊副隊長のサネルマ・ベリクヴィストです」
サネルマの柔らかな笑顔を向けられたペールオルフは、一瞬で身体を硬直させ、冷や汗を流し始める。
後ろで見ていた市民協力者達も同様に、呼吸すら出来ないほどに硬直していた。
「協力してくれますよね?」
サネルマが問いかける。
ペールオルフは堅くなった身体を無理矢理折り曲げて、深く深く頭を下げた。
「――何なりとご命令下さい、皇帝陛下!」
その言葉にサネルマは目を細めてペールオルフを睨む。
頭を下げている彼はそれに気がつかない。
サネルマの後ろでナツコがイスラへと問いかけた。
「皇帝陛下って、もしかしてハツキ島地下帝国を暴力と力で支配したという?」
「みたいだな。道理で副隊長殿の人脈が広いわけだ。
結構無茶な交渉出来たのもそのせいか」
それに対してサネルマは振り向き必死に否定する。
「ち、違います! 人違いです!
ですよね! ねえ!」
サネルマに詰め寄られペールオルフは即答した。
「違います」
「ほら!」
――無理矢理言わせている。
それは明らかだったが、ナツコはサネルマの慌てようを見てこれはとても嫌がっていると判断して、これ以上触れずに流す。
同じくイスラも胸の内にしまい込んでそれきりにした。
「誤解を呼ぶからその呼び方は止めるように言ったはずです」
「申し訳ありません、陛――。ベリクヴィストさん」
「それで良いんです。
とにかく協力はしてくれますよね。
事前に暗号通信で伝えたはずですよ!」
「はい。間違いなく。
我々26名。ベリクヴィストさんの命令であれば」
「では以後、こちらのニシ中尉の指揮下に入って下さい。
避難市民の安全については保証します。ですよね、隊長さん」
タマキはサネルマの言葉にしっかりと頷いた。
「無論です。
ハツキ島義勇軍としても、市民の安全は何よりも優先すべき課題です。
市街地戦が落ち着き地上の安全が確保出来次第、全員無事に脱出させると約束します」
「ベリクヴィストさんが推薦する方ならば信頼に値します。
なんなりとお申し付けを」
ペールオルフはタマキの指揮下に入ることを了承し、他の市民協力者からも反対意見は出なかった。
彼らの協力を得られたタマキは話を進める。
「現在の第1階層についてどれだけ情報を有していますか?」
「第1階層の地図でしたらこちらに。
統合軍の方達の協力を得て偵察を行っているので、市街地戦開始前までの最新情報だと思っていただいて構いません」
「確認します」
ペールオルフの操作で端末の地図が広域表示になり、第1階層全域の最新情報を表示する。
タマキはデータを自分の端末に読み込ませ、元の地図との相違点を強調表示。
寸断された点。帝国軍が地下拠点を構えている点が赤く表示される。
これからの作戦に必要な地点までの経路を確かめる。
第2階層を通れば、全ての地点へとアクセス可能。帝国軍の地下拠点も場所が分かっていれば対処可能だ。
作戦続行は問題無し。
「ありがとうございます。この上ない情報です。
こちらで偵察を行う予定でしたが大幅に手間が省けました。
人手も借りて構いませんね」
「必要であれば提供します。
そちらも構わないでしょうか?」
ペールオルフの問いかけにロードが頷く。
彼もハツキ島義勇軍への協力について了承しているし、市民を助けるという目的は共通している。
2人から協力を取り付けたタマキは満足げに微笑んだ。
「協力感謝します。
戦闘はこちらで引き受けますのでご心配なく。
ただどうしても運搬に人手が必要なのです。
それも第1階層の地図が手に入ったので効率よく進められるとは思います。
指揮系統を整理したいのでそちらの出撃可能構成員と所有機体情報の共有をお願いします」
ペールオルフは指示に従いデータを提出した。
タマキはそれを確認して、所有機体情報から〈ヘッダーン1・アサルト〉と、カリラのコレクションの中でも統合人類政府のデータベースに登録されているまともそうな機体をピックアップ。
第2階層の警備のために何機か残すとしても、単純作業にかり出せる機体は十分に確保出来る。
「確認しました。
では運搬作業に協力をお願いします」
使用機体の指定と協力人数を決定し、タマキはまとめたデータをペールオルフとロードへ送信する。
細かな指示はロードの上官である中隊長へと一任。単純な運搬作業なら特別な教習も必要は無いだろう。
「あまり時間も無いので直ぐに行動開始を。
出撃準備完了次第連絡を下さい。
ツバキ小隊も本来の作戦に戻ります。各員、決められた作戦通り行動を。
ツバキ2。着いてきて下さい」
会議室に返答が響き、各員がそれぞれの行動に移る。
タマキはサネルマと共に地下施設第3階層へ。
残りの隊員は、帝国軍第2基地防壁の真下へと向けて移動開始した。
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