第247話 ハツキ島へ

 〈しらたき〉艦内の居住区画。

 トーコは連なる個室の中から目当ての部屋番号を見つけた。

 呼び出しブザーも押さず、ノックもすること無く、躊躇無く認識コードを入力。


 扉がスライドすると、椅子に座って端末を眺めていたアイノの姿が目に入る。

 彼女は手にしていた端末を机の上に投げ出し、苛立ちの籠もった視線を向ける。来客がトーコだったのを確かめると更に口元を歪めて不快感をあらわにした。


「何のようだ」

「暇だから顔見に来た」


 アイノは更に苛立ちを募らせるが、トーコはそんなの知ったことでは無いと遠慮無く入室する。


「ナギに認証コードばらまくの止めるよう伝えとけ」

「了解。伝えとく」


 返答しながらトーコは部屋の中を見渡す。

 宇宙戦艦内の個室としては広い。というか、これまでツバキ小隊が借用していた部屋と比較しても広い。

 ベッドにデスクはもちろん、冷蔵庫に洗面台、シャワールーム、トイレも完備。更には設計用の大型端末まで備えていた。

 自分で設計した艦だけあって、自室には相当力を入れたようだ。


 トーコは何食わぬ顔でベッドに腰掛ける。

 居座ろうとする態度にアイノは眉根を寄せる。

 だけど気分を害していることは理解している。トーコは今更動こうとはしない。


「用は済んだぞ」

「私の用は済んでない」

「顔見に来たと言った」

「まだ見足りないから」


 強引に居座るトーコ。

 アイノは機嫌を損ね続けて居るが、追い出そうとはしない。彼女は放り出した端末を拾い上げて作業を再開する。

 話しかけるなと行動で示していたのだが、トーコは遠慮しなかった。


「格納庫にもう1機宙間決戦兵器あったよね? あれは使えないの?」

「お前用じゃない」

「でも動くんでしょ?」

「止めとけ。頭がいかれてないとアレには乗れない」

「何それどういうこと?」


 説明を求められてもアイノは答えようとしなかった。

 トーコは追求せず話題を変える。どちらかというと本題はこちらだ。


「〈音止〉はいつ頃動きそう?」

「1週間。――邪魔が入らなければの話だが」


 暗に現在進行形で邪魔をしているトーコを批難していたのだが、やはりトーコはそんなことを気にしない。


「そ。分かった。

 じゃあ改修のほうはよろしく。

 ハツキ島取り返すのは1週間じゃ終わらなそうだから、次ここに来る頃には完成してるね」


 アイノは作業の手を止めてトーコの顔を見た。

 言いたいことがあるならどうぞと、トーコは発言を促すのだがアイノはそのまま睨み続ける。


「何?」


 遂にトーコが痺れを切らして問いかける。

 アイノはやはり黙っていたが、しばらく間をおいて口を開いた。


「お前はここに残れ」

「お断り。

 ハツキ島奪還は私にとっても大切なことだから」


 断られたが、それでもアイノは引き留めようと再度口を開く。


「いいか。

 相手はサブリ・スーミア。頭のいかれたパイロットだが実力は本物だ。

 恐らく向こうの〈ハーモニック〉も改修されてくる。

 生半可な腕じゃ勝てない。仮に拡張脳を使ったとしてもだ。

 少しでも勝率を上げたいならここに残って訓練に励め」


 有無を言わさぬ物言い。

 だがトーコは頷かない。


「言ったでしょ。

 私にとってハツキ島奪還は大切なことなの」

「手を抜いて何とかなる相手じゃない。

 アキですら止めをさせなかった相手だ。

 死ぬことになるぞ」

「死なない。

 ハツキ島も取り戻すし、サブリ・スーミアにも勝つ」

「話の理解出来ない愚か者め。だからバカは嫌いなんだ」


 付き合ってられないとアイノは愛想を尽かしたように端末へと意識を戻した。


「心配してくれるのはありがたいけどさ」

「誰もお前の心配なんてしてない」


 アイノは視線を端末に向けたままトーコの言葉を否定する。

 そういうことにしておいてやろうと、トーコはその意見に合わせて話す。


「分かってる。心配なのは〈しらたき〉でしょ。

 でも安心して。

 ハツキ島を取り戻したら直ぐ訓練に入る。相手が誰だろうと負けない」

「半人前の言葉など信用出来るか」


 一方的にそう言いつけてアイノは端末をいじり続けた。

 トーコがむくれていると、唐突に、その眼前にアイノの端末が突き出される。


「何?」

「データを送る。端末を出せ」


 言われるがまま、トーコは端末を取り出してアイノの端末と触れさせた。

 データが送り込まれてくるとそれを展開。中身を確かめる。

 送られてきたデータは、二式宙間決戦兵器〈音止〉の操作マニュアルだった。

 アイノはトーコが〈しらたき〉を離れハツキ島奪還へ向かうことに反対はしたものの、無理矢理止めるつもりはないらしい。


「勉強しとけ」

「了解。ありがとね」


 トーコは無愛想なアイノの言葉にしっかりと頷いた。

 装甲騎兵の訓練しか受けていないトーコにとって、同じ操縦機構を用いると言っても宙間決戦兵器の操縦は難しい。

 いきなり実機訓練に入るよりは、事前に操作マニュアルを読み込んでおいた方が効率的だろう。


「それで、サブリ・スーミアって、スーミア機構の?」


 トーコは問いかける。

 サブリ・スーミアの名前は2脚人型装甲騎兵パイロットなら知らない人間は居ない。

 かつて大戦中に、実用的な2脚人型宙間決戦兵器の操縦機構を開発したのが彼女で、それは大戦後、そのまま装甲騎兵のコクピットにも流用された。


「そうだ。

 旧連合軍の宙間決戦兵器パイロット。

 アキを一番苦しめた相手だ。まあアキが負けることは無かったが」

「今は帝国軍にいると」


 アイノは控えめに頷いた。


「そうだろうが、帝国軍に組みしていると言うより、あいつはアキの敵だ」

「何かやらかしたの?」

「サブリの恋人だかを殺した」

「それは……」


 恨むだろうなと、トーコは言葉を飲み込んだ。

 戦時中とは言え恋人を殺されたのだ。

 アキは戦後大きな手術をして再起不能になったが、それで恨みが消えることはない。

 〈しらたき〉が、〈音止〉が姿を現せば、復讐のために彼女は戦うのだろう。


「私はそれを倒せば良いんだ」

「自惚れるな。

 お前の仕事は時間稼ぎだ。

 奴の〈ハーモニック〉が作戦中〈しらたき〉とその艦載機に近づかないよう引きつけさえすればそれでいい」

「だから倒せば良いんでしょ」

「愚か者め」


 アイノは言い捨てるが、トーコの決意は変わらない。

 〈音止〉はアイノが設計した宇宙最強の宙間決戦兵器だ。

 それに宇宙最強のパイロットだったアキ・シイジの拡張脳もある。

 後はトーコの操縦技量次第。


「ところで宙間決戦兵器の教官なんているの?」

「手配済みだ。問題無い」

「そ。なら何も心配要らないね」

「お前の腕だけはいつまでも不安要素だ」

「だから心配ないって」


 トーコがいくら言葉を重ねても、アイノが納得することはない。

 トーコだってそれをよく理解していた。

 装甲騎兵〈音止〉を散々破壊してきたのだ。今更心配ないと言って、それで納得するはずが無い。


「フィーはお前の護衛につける。

 〈ヴァーチューソ〉も守りに徹していればそうそう破壊されないだろ」

「心配性が過ぎる。

 大戦果上げて戻ってくるから」

「余計なことはしなくていい」


 2人は睨み合うが、結局アイノは「勝手にしろ」と言い捨てた。

 トーコはそれを好意的に受け取って、勝手にさせてもらうことにした。


「じゃあ勝手にさせて貰うから。

 そっちはそっちの仕事よろしく」

「誰に向かって口をきいてる」

「宇宙一の天才科学者様でしょ。分かってる。

 信頼してるよ」


 トーコはベッドから降りると扉へ向かう。

 その背中に、アイノが声を投げかけた。


「間違っても死ぬな」

「大丈夫。フィーも居るし。そこまで無茶もしないから」

「分かってるならいい。とっとと出て行け」


 素直じゃないと思いながらも、トーコは言葉を返さず、軽く右手を挙げて去り際の挨拶にすると退室した。

 ナツコの着替えは終わっているだろう。タマキ達の話はどうだろうか?

 トーコはとりあえずツバキ小隊と合流するため、サネルマが残っているだろう談話室へと足を向けた。


          ◇    ◇    ◇


「はい! ちゃんと退院許可は貰いました!」


 医務室でタマキの問いに答えるナツコ。

 すっかり体調は良くなり、看病に当たっていたトメからももう出歩いて良いと許可を貰っていた。

 ツバキ小隊の制服に着替え、ぴっと敬礼する姿は確かに健康そのものだ。

 念のためタマキは彼女の額に手を当てる。


「熱は無さそうですね」

「はい。もうすっかり良いです」

「それは結構」


 高熱を出して寝込んでいると報告を受けていたので、タマキは平熱になっているナツコを見て胸をなで下ろす。


「申し訳ありません。わたしの命令のせいで無理をさせてしまいましたね」

「いえ、とんでもないです。

 私の仕事はタマキ隊長の命令で無理することですから。これからも無理させてくださいね」


 ナツコは元気いっぱいに微笑む。

 兵士の仕事は士官の命令を聞くこと。ナツコはそれをよく理解していた。

 タマキは今となってはあの時の命令は軽率だったと考えていた。それでもナツコはタマキを恨むことなく、更にこれからも従うことを決意している。


 これから先、向かうのはハツキ島だ。

 ナツコを始めツバキ小隊の隊員にとっては避けては通れない大切な場所。

 帝国軍に奪われたハツキ島を奪還するために彼女たちは集まった。

 その最終目標へと、あと少しで手が届くという状況になった。

 ハツキ島のためならば彼女たちは喜んで無理をするだろう。

 だからここから先のタマキの仕事は、無理をさせることではなく、無理をさせないことだ。


「当然です。これからも命令には従って貰います。

 ですから命令されてない行為は慎むように。あなたも前科がありますから念のため」

「も、もう命令無視はしないですよ! ――多分」

「多分ではダメです」


 タマキに凄まれるとナツコは「絶対しません」と言い直した。

 言質をとったのでタマキはそれで良しとした。ナツコは約束を率先して破るようなことはしない。だからこれ以上厳しく言う必要も無い。


「フィーさんとの関係は問題ありませんか?」


 タマキはナツコにフィーリュシカを追いかけて無理にでも連れ戻せと命令を出した。

 結果として2人は戦う事になり、両者の〈R3〉が全壊した。

 1歩間違えば死人が出ていたことだろう。

 そんな殺し合いをさせてしまった彼女との関係についてタマキは念のため確認したのだが、その心配は杞憂に終わった。

 ナツコは笑顔を振りまいて大きく頷く。


「はい。問題ありません。

 さっきも少し話し合ったんです。これからも私を守ってくれるって」


 それなら結構とタマキが返すと、ナツコははっと表情を一変させて神妙な面持ちで問う。


「――あの、タマキ隊長。

 フィーちゃんが命令無視したこと怒ってます?

 出来ればあんまり怒らないであげて欲しいんです。それと、もし罰が必要なら半分は私が負います。

 直ぐに連れ戻せなかった私にも責任がありますから」


 問いに対してタマキは小さくため息を吐いて答える。


「怒っていませんよ。

 こちらの確認不足もありましたから。

 罰も無しです」


 それにナツコはぱっと表情を明るくさせた。


「ありがとうございます、タマキ隊長!」

「どういたしまして。

 ではラングルーネ・ツバキ基地に帰投します。荷物をまとめて出発準備を」

「はい! 直ぐ取りかかります!」


 とは言えナツコは個人の荷物などほとんど持ち込んでいない。

 先ほどサネルマから受け取った教育用端末を除けば、既に身につけている制服と個人用端末くらいのものだ。

 教育用端末を手にして、それで準備は完了。

 ナツコは医務室の扉の前で待っていたタマキの元へ駆け寄ると準備完了の報告をする。


「よろしい。

 ではわたしたちの本来の目的を果たしに向かいましょう」

「はい!

 ハツキ島を取り返しましょう!!」

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