第246話 三極式世界面変換機構
「で、賭けの話はどうなったんだ?」
「仕方なく無効で手を打ちましたわ。
全く、トーコさんの強情さには呆れさせられますわ」
「良い勝負だと思うがなあ。おっと、こっちであってたな」
先頭を進んでいたイスラが格納庫の表記を見つける。認証をナギから受け取った認識コードで解除すると、格納庫の扉が開いた。
イスラとカリラの2人は艦内探検をすると談話室から出てここに訪れていた。
フライヤーの乗り込んだ格納庫とは別の装備格納庫。恐らくこちらには宙間決戦兵器。そして〈R3〉が保管されているだろうと予想していた。
「これは――〈音止〉か?
流石は宙間決戦兵器。でかいな」
格納庫の小さな明かりに照らされて〈音止〉の姿が浮かび上がる。
こちらは宙間決戦兵器の〈音止〉。普段見ている装甲騎兵の〈音止〉の倍近い大きさがあった。
今は機体全体を固定されていて、改修を待っている状態のようだ。
「こちらのは? 更に大きいですわね」
カリラが持っていた明かりで〈音止〉の隣に駐機されていた機体を照らす。
照らし出されたのは15メートル級宙間決戦兵器。
巨体を誇るそれは、更に背中に直径15メートルに及ぶ大型の輪っかを背負っていた。
それが一体何なのか、イスラにもカリラにも見当がつかない。
「なんですの、この機体は?」
「分からん。分からんが、今用があるのはこいつじゃ無いことだけは確かだ」
「そうでしたわ」
カリラははっとして明かりの照らす先を変える。
明かりは通路を照らし、2人は宙間決戦兵器格納庫から隣の区画へと向かう。
「やっぱりこっちだな。あるか?」
「少しお待ちを」
辿り着いたのは〈R3〉の保管庫。
カリラは格納容器を明かりで照らして、そのうちの一番大きいものに手をつける。
「ありましたわ。〈アヴェンジャー〉で間違いありません。
全く、手間をとらせますわ」
「丸々持ちだすのは目立つぜ」
「それでも、これは保存すべき機体ですわ」
「止めはしないさ」
イスラが運搬用のリフターを持ってくると、2人は協力して〈アヴェンジャー〉をそこへ乗せた。
カリラは格納容器を開けて中身を確かめる。
「機体は問題無し。
コアユニットはやはり〈アザレアⅢ〉のものを持ち出したようですわ」
「壊れてるな。
突撃機のコアで超重装機動かせば当たり前か」
「いえ、わたくしの三極式世界面変換機構が稼働していれば動かす程度なら可能なはずですが――
壊されていますわね……。あのクソガキ許せませんわ」
カリラはコアユニット下に懸架された自作ユニットが故障しているのを見て更に怒りを噴出させた。
まあまあとなだめるイスラ。
そんな2人を、突然煌々と光を放った照明が照らす。
来客に、イスラは咄嗟に〈アヴェンジャー〉にカバーを掛けて見えなくし、カリラはリフターを近くの棚へと押し込む。
「余計なことしなくていい。
丁度使うところだったわ」
格納庫に入ってきたのは青い髪、青い瞳をした小柄な少女。シアン・テラーだった。
彼女は後ろ手で運搬用リフターを引きながら、右手に持った拳銃をカリラへと向ける。
「物騒ですこと」
「人の装備に手を出すな」
「こっちの台詞でしてよ! 〈アヴェンジャー〉はわたくしのものです!!」
主張するカリラ。
変態機収集家としては、乗員保護を無視した超重装機というこの上ない変態機は是非ともコレクションに加えたかった。
しかしそんな個人的事情などシアンはまともに取り合わない。
「元々それはお母様の所有物。
統合軍による鹵獲も無効。所有権はいまもこっちにある。
分かったらそこから離れろ。
撃たれたく無いでしょ」
シアンは拳銃を向けて恫喝するがカリラは涼しい顔だ。
「どうぞ撃てるものなら撃ってみなさいな。
これだけ距離があれば拳銃弾なんて掠りもしませんわよ」
カリラは避ける気満々だ。しかも応戦するつもりなのか拳銃を手にしている。
シアンはそれをバカバカしいと相手にせず照準を横にずらす。
「あんたは避けれてもそっちの義足は無理でしょ。
さっさと消えろ」
イスラに銃口を向けられて、カリラは一歩踏み出すとその射線上に割り込んだ。
手にした拳銃を強く握り、今にも駆け出そうとしている。
シアンとカリラの距離は10メートル。
カリラの有効射程は2センチ。そこまで近づかなくては命中弾を期待できない。
一色即発の空気。
しかしそれはイスラのおどけた声で遮られた。
「まあまあ。落ち着こうぜ。
そっちの言い分ももっともさ。
こっちとしちゃ、とりあえずカリラの私物だけ回収できりゃそれでいい。
どうせ壊れちまってるしそっちも必要無いだろ?」
シアンは怪訝そうな目を向ける。
あくまで〈アヴェンジャー〉の回収を目的としていたカリラだったが、イスラを人質に取られている以上ごねられない。仕方なく頷いて見せる。
「機体については後日金髪のほうのクソチビと交渉しますわ」
「お母様があんたなんかと交渉するとは思えないけど好きにしたら」
シアンは拳銃を下げて、運搬用リフターを引いて2人の元へ足を進める。
カリラは拳銃を手にしたままだったが、どうせ当たらないとシアンは余裕の表情だった。
カリラとしても当てられる自信も無いし、当てたところで殺せるかどうかも不明瞭なので拳銃をしまう。
空いた手で2人は隠した〈アヴェンジャー〉を引っ張り出して、三極式世界面変換機構の取り外し作業を進める。
作業中の2人へシアンが尋ねる。
「それなんなの?」
「あなたには関係ないでしょう。
それよりまさかそのコアで〈アヴェンジャー〉を動かすつもりですの?
随分小さいように見えますけれど」
「あんたには関係ないでしょ」
シアンとカリラは再び睨み合う。
どちらも人付き合いに致命的な欠陥を抱えている。
カリラはイスラ。シアンはアイノを妄信していて、それ以外の人間の言葉をまともに扱おうとしない。
それを理解していたイスラは止むなく仲裁に入る。
「コアの入れ替えなら技術者の手が必要だろ。
手を貸してやってもいい」
「あんたらの手なんか必要無い。
あたし1人で十分よ」
「貴様! お姉様が下手に出ているからと調子に乗って――」
「まあまあ。
互いに協力できる部分はしていこうじゃないか。
アイノちゃんとうちの隊長殿は手を組むつもりだ。
あたしらだって仲良く出来るはずさ」
「そうは思えないわ」
「同感ですわ」
シアンとカリラは睨み合ったが、時間の無駄だと互いに視線を外した。
シアンが後ろ手に引いていたリフターを前に押し出して、乗っていたコアユニットを示す。
「骨董品だけど、統合軍のコアユニットよりずっと高性能よ」
カリラはそのコアユニットを一瞬確かめただけで正体をつきとめた。これについては以前詳細なデータを見たことがあったからだ。
「小型化した深次元転換炉ですわね。
お母様の論文に記載がありましたわ。
宇宙で最初の〈R3〉に搭載された、お父様の作ったコアユニット」
「お母様の知識で作ったのよ」
「何を適当なことを――。
いえ、そう言えば……」
カリラは少し言葉を句切り考える。
深次元転換炉は間違いなくアイノの発明だ。それは枢軸軍新鋭戦艦〈しらたき〉に搭載されたのを皮切りに、宙間決戦兵器〈音止〉にも使われた。
ロイグは深次元転換炉を小型化したコアユニットを使って、〈R3〉の元祖と言うべき機体を開発した。装備したのはアキ・シイジ。
そして彼女はそれを用いて、当時フノス星系技術総監だったレナート・リタ・リドホルムを宇宙海賊の元へ連れ出した。
話の順番を考えれば、ロイグはレナートからではなく、アイノから深次元転換炉の技術を教えられたとするのが妥当だ。
実際、彼はアイノのことを『先生』と呼んでいた。
「確かに、金髪おチビちゃんの知識を借りたようですわね」
「当たり前でしょ。
で、それ何?
直ぐ壊れたけど、起動して少しの間〈アヴェンジャー〉の質量をずっと軽くした」
シアンが〈アヴェンジャー〉にはめ込まれた三極式世界面変換機構を指さす。
向こうがコアユニットの情報を公開したので、カリラもそれに応じて簡潔に説明した。
「三極式世界面変換機構。
お母様――レナート・リタ・リドホルムが構想した、深次元転換炉の応用ですわ。
深い次元に存在するエネルギーに干渉することで、通常次元における物理法則を改変する」
「その理論はお母様も知ってる。
実際〈しらたき〉の深次元転換炉は物理法則を改変してる。
でもそんな小型で動くわけないし、そもそも連続的な改変には向かないはず」
「そこはわたくしによる改良でしてよ。
詳しい説明はあなたにしても意味ないでしょう」
シアンはバカにされたことに不快感を露わにしながらもその指摘を認める。
「説明はお母様にしたらいいわ。
で、それ直ぐ壊れたけど、もっとまともなの作れないの?」
自身が開発した機構の欠陥を指摘されてカリラは顔を赤くして反論する。
「まだ調整中だった機構を、勝手に変なコア繋いで起動したから故障しただけでしてよ。
きちんと調整を行えば壊れたりしませんわ」
「じゃあ調整して」
シアンは事もなげにそう命令する。
カリラはそれを一蹴した。
「これはわたくしの私物ですから持ち帰らせて頂きます。
そういう約束だったはずですわ」
構わず取り外し作業を進めるカリラ。
シアンはそれを制止する。
「待ちなさいよ」
「待ちません。
これはわたくしの私物で、宇宙にこれきりですわ。
修理の必要もありますし、そもそもあなたなんかに渡す理由がありませんわよ」
「超重量の〈アヴェンジャー〉と物理法則改変は相性が良い。
あんたなんかが持ってるよりずっと上手く扱える」
「でしたらどうぞ同じようなものをお作りくださいまし」
カリラは話ながらも粛々と作業を進めた。
シアンはもうそれを止めようとしなかったが、かわりに提案する。
「設計図渡して」
「渡したところでどうしようもありませんわよ。
わたくしがこれを作るためにどれだけ苦労したと思っていますの?」
「そんなの知らないわよ。
でもスサガペ号の工場なら何だって作れる」
カリラはそれを頭ごなしに否定しようとしたが、確かに一理あると俯く。
スサガペ号には宇宙中から集められた、人類の技術の粋とも呼べる工作機械が集まっている。
それにレナートの技術に関する知識を有するロイグが乗艦している。彼ならカリラが設計した機構の中枢部分についても、注釈をつければ再現可能だろう。
更にここにはアイノが居る。彼女ならカリラが不得意な深次元転換炉のコア部分についても改良案を出してくれるだろう。
三極式世界面変換機構はまだ試作の段階だ。
しかしこれだけの要素が集まれば、実用可能な機構が産み出せるかも知れない。
「連絡はとれますの?」
カリラが問うとシアンは即座に頷いた。
「当然よ。
それにあいつらはお母様の言いなりよ」
「そのようですわね」
設計図を渡してしまうかどうか、自分だけでは結論を出せなかったカリラはちらとイスラの方を見やった。
視線を向けられた彼女はにやりと笑う。
「いいんじゃないか?
親父にも少しは働かせた方が良い」
「お姉様が言うなら間違いありませんわ。
一度こちらは回収させて頂きます。
動作ログを確認して、設計に反映させてからデータを送りつけますわ。
宛先はどちらにします?」
「あたし宛てでいい。
スサガペ号には〈しらたき〉からじゃないと通信繋げないし」
シアンは自分の端末を突き出す。
統合軍の規格品と形状は違ったが、カリラが自分の端末を突き出すと、連絡先情報が交換される。
「早めに送って」
「分かっていますわよ。
精々〈アヴェンジャー〉を壊さないでくださいまし」
イスラとカリラは三極式世界面変換機構を取り外した。ユニット自体は両手で抱えられる大きさだ。帰りのフライヤーに乗せても問題は無いだろう。
これ以上壊れないように布でくるんで、運搬用のボックスへ収納する。
それから2人は〈アヴェンジャー〉のコアユニット交換作業にも手を貸した。
カリラとしてはシアンの技術者としての腕など一切信用していないので、機体を壊されてはたまらないとの判断だった。
しかしそんな予想とは裏腹にシアンは手際よく作業を進めていった。
3人がかりでの作業はあっという間に終わり、エネルギーパックを繋いでテスト動作を行う。
〈アヴェンジャー〉は全てのセルフチェックを通過した。
ただ本来突撃機相当の機体を動かすために設計されたコアユニットだ。超重装機である〈アヴェンジャー〉を動かすには出力が足りない。
「間違ってもこの状態で動かすような真似は控えてくださいまし」
「バカにしないで」
当然そんなことは分かってるとシアンは突っ返した。
カリラは本当に分かっているのかと疑いながらも、ひとまずはシアンに任せることにした。
作業を通して、彼女の技術者としての腕は悪くないと判断したからだった。
「理解出来ているのなら構いませんわ」
「ああ。それにおチビちゃん。良い腕じゃ無いか」
イスラにチビ扱いされてシアンは眉を潜める。
しかし後半は褒められたので、彼女は寛大な心でイスラを許した。
「当然よ。
あたしが何年お母様の助手をしてたと思うのよ」
「なるほど」「道理で」
イスラとカリラは視線を合わせて小さく笑う。
幼い頃からずっとアイノの元で働いていた。きっとそのせいでこんな性格になったのだろうと勝手に決めつけていた。
にやにや笑い合う2人。だがそれもシアンが怒り出す前に切り上げて、カリラは世界面変換機構の入った運搬ボックスを抱えた。
それからシアンに追い立てられるようにして格納庫の出口へ向かう。
「2度と勝手に入らないで」
廊下に出るまで見送られた2人。
シアンは一方的に告げると格納庫の扉を閉じ内側からロックをかけた。
廊下で数秒待ってからイスラがロック解除を試そうとするが、認証は通らない。ナギから受け取った認証コードでは開けられなくなっていた。
「この程度のロックでしたら解除可能ですわよ」
「いいよいいよ、冗談だって。今開ける意味もないさ。
ま、青色おチビちゃんの怒った顔も見たかったけどな」
「それでしたら、後でいくらでも見ることになるでしょうね」
「違いない」
肩をすくめるイスラ。カリラもそれを見て口角を上げ、それからそそくさと運搬ボックスを運び始める。
合法とは言えない手段で部品を集め製作した手前、おおっぴらには出来ない。
タマキもコゼットも目を瞑ってはくれるだろうが、完成までは秘匿しておきたかった。
2人は協力して人目を避けるように移動して、〈しらたき〉まで来るのに使ったフライヤーへと運搬ボックスを積み込む。
ボックスには内容物について『〈アザレアⅢ〉コアユニット』と表記された。
作業を成し遂げた2人は、何食わぬ顔でツバキ小隊に貸し出されていた談話室へと戻った。
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