第244話 本当の敵

 ナギに連れられてコゼットとリルがブリーフィングルームに入室した。

 入室するなりコゼットはアイノを一瞥する。しかしアイノはそれを完全に無視。

 コゼットは釣り上がった瞳を不機嫌そうに細めて、アイノとタマキの中間の席に腰掛けた。


 リルはそんなコゼットへ不快感を隠さない視線を向けていたが、彼女が座ったのを見るとタマキの隣の席へ腰を落とす。もちろん、コゼットの居る方とは逆の席だ。


 アイノとコゼットは不仲らしく、互いに牽制して視界に入れようとすらしなくなった。

 ナギが飲み物をお持ちしますと退室すると、ようやくコゼットが口火を切った。


「〈しらたき〉は修理完了と判断して構わないのですね?」


 顔も見ずに繰り出された問いかけにアイノは音も無く頷き、付け加えるように告げた。


「問題は無い」

「勝算はあるのでしょうね」

「向こう次第だな」

「中途半端な仕事をされては困ります」


 コゼットが意見するとアイノは濁った瞳で彼女を睨み付けた。


「愚か者め。

 統合軍がまともならもう少しマシな環境で修理出来た」

「修理拠点は発見されなかった。

 スサガペ号の荷物は全て届けた。

 何が不満ですか?」

「頭上を敵に闊歩されて不満が無いわけないだろ。

 あと階級以外取り柄の無い無能な司令官が気に食わない」


 リルが「言えてる」と小さく同意の言葉を口にするとコゼットは睨みをきかす。しかしリルと目線が合うとそれから逃れるように視線を逸らした。


「付き合ってられるか」


 アイノは立ち上がり出口へと向かう。

 それをコゼットとタマキが同時に呼び止めた。

 互いに顔を見合い、立場の弱いタマキが発言権を譲る。


「後で艦内を調べさせて頂きます」

「壊さない範囲で好きにしろ」


 アイノが質問には答えたと扉を開く。

 それを逃がさないようタマキが問いかける。


「わたしの質問は終わっていません」

「そいつに聞け」


 一方的にそれだけ言い捨ててアイノは出て行ってしまった。

 入れ替わりでやってきたナギがコゼットの前に紅茶のカップを置くと、頭を下げて謝罪する。


「ごめんなさい。

 アイノ様ったら我が儘で」

「それは分かってます。

 彼女にはやるべきことだけやって頂ければ構いません」


 コゼットはそう返すが、質問の途中で退室されたタマキは顔をしかめる。

 だがそれを察したように、リルの元に紅茶を運んだナギが告げる。


「アイノ様に用があるのでしたら私に言ってくれれば取り次ぎますよ」

「ええ。そうさせて頂きます」


 タマキが返すと、ナギはにこっと微笑んで退室した。

 ブリーフィングルームに部外者3人だけおいて出て行って良いのかとは思ったが、タマキもリルもその点には触れなかった。

 むしろコゼット1人になったのは都合が良い。

 アイノがこの場に居ない方が、彼女はいろいろ話してくれるだろう。


 片腕だけで紅茶を飲むコゼットへ、タマキは小さく手を上げて発言許可を請う。

 コゼットはカップを置くと頷いた。


「先日は突然プライベートアドレスへ通信を入れて申し訳ありませんでした。

 その時の会話の中で、帝国軍の攻撃を凌いだらわたしの質問にも答えるとおっしゃって頂けたと記憶していますが、間違いないでしょうか?」


 問いに対して、コゼットはしっかりと頷いて見せた。


「答える気が無いのならこの場には来ませんでした。

 どうぞ好きに尋ねて下さい。

 ただ、先に断っておきますが、私はそれほど旧枢軸軍側の事情には明るくありません。

 質問の内容に必ずしも回答出来るとは限らない点だけ理解下さい」

「はい。それで十分です」


 タマキは礼を述べて、それから質問を始める。


「アイノ・テラーの存在については最初から把握していたという理解で構いませんか?」

「ええ。その通りです」

「〈しらたき〉の運用計画はいつから?」

「講和条約の締結式典が終わった直後です。

 と言っても話はニシ閣下とアイノ・テラーの間で既に進んでいて、私はそれに無理矢理組み込まれたに過ぎません」


 回答に対してタマキは疑問を投げかける。


「ムニエ司令抜きで話が進められていたと?」

「そうです。

 元々この計画は、ニシ閣下とアイノ・テラー。そして〈ニューアース〉艦長カリーナ・メルヴィルの間で進められていました。

 しかし連合軍と枢軸軍の最終決戦でカリーナ艦長が命を落としたため、その後任として、私が選ばれたという訳です」

「つまり戦争中には既に、連合軍と枢軸軍で戦後計画を立てていたと?」


 タマキは回答に違和感を覚えた。

 詳細を尋ねようとすると、それに割って入ってリルが声を上げる。


「ちょっと待ちなさいよ。

 前に聞いた話と違うわ。

 戦後のアイノの行方は分からないって言ったはずよ」

「いちいち居場所を教え合うような仲ではありませんから」


 コゼットは嘘は言っていないと持論を述べる。

 リルは「屁理屈だ」としながらも追求を続けた。


「あんたあいつに艦長殺されて恨んでたんじゃないの?

 なんであいつと仲良くしてられるのよ」


 コゼットは「仲良くしたつもりはない」と前置きして、不機嫌そうに左手で髪の先をいじると答える。


「確かにカリーナ艦長を殺したのはアイノ・テラーです。

 ですが艦長は復讐を望まなかった。

 自分の後任に私を指名して、枢軸軍と協力して統合人類政府を樹立するようにだけ求めた。

 あの人は『戦争の無い平和な宇宙』を求めた。あの人の望みは私の望みよ。私はそれに従うだけ。

 その過程でアイノ・テラーの力が必要ならば利用します。殺すのは彼女が用済みになってからです」


 コゼットは懐から、女性用の護身用リボルバー拳銃を取り出して机の上に置いた。装填された弾は1発。アイノ・テラーを殺す分だけだ。

 リルは続けて、挑発するように言葉を投げかける。


「あいつは悪魔だって言ってなかった?

 よくそんな奴の力なんて借りられるわね」


 リルの苛立ったような顔に対して、コゼットも釣り上がった目を細める。

 互いに怒っているようだが、この2人は元々こういう顔だ。

 コゼットは苛立っているような表情をしながらも、落ち着いた声色で答える。


「奴は紛れもなく悪魔でした」

「だったら――」


 リルの言葉をコゼットが遮る。

 リルが口をつぐむと、ゆっくりと続きを話した。


「枢軸軍に引き入れられた時の奴は、間違いなくそうだったでしょう。

 でも人は変わるものです。

 枢軸軍にはユイ・イハラとアマネ・ニシ閣下がいた。悪魔でさえ変えてしまう2人が。

 あの2人と出会い、共に戦う中で、彼女は変わっていった。

 大戦が終結する頃には、悪魔だったアイノ・テラーは居なくなっていた。

 彼女はただ、友人の最後の願いを叶えることだけを望んでいる」


 リルは信じられないというような表情を浮かべるが、内心では分かっていた。


 タマキもそうだ。

 ツバキ小隊に所属したアイノは、口は悪いし態度も悪かったが、それでもトーコのことを誰よりも心配していた。

 そしてなにより、アマネの航宙日誌に記されていた彼女は、噂に聞くような狂った脳科学者の姿とはかけ離れていた。

 彼女は仲間のため、そして戦争終盤においては平和な宇宙のために戦ったのだ。


 タマキは少し間をおいて次の問いを口にする。

 先ほどアイノに聞いたが、答えを得られなかった問いだ。


「そのために彼女は、いえ、彼女を含めあなたたちは、帝国軍と戦っているのですか?」


 コゼットは頷きかけて、それから小さく首を横に振る。


「あなたには真実を伝えましょう。

 私たちにとって帝国軍は倒すべき敵です。

 ですが、最終目標ではありません」


 タマキは相づちを打って続きを促す。

 コゼットは言葉を選んでゆっくりと告げた。


「あの大戦中、表舞台に引き出された悪魔はアイノ・テラーだけでは無かった。

 もう1人。彼女と匹敵するような人物が存在したのです」


 タマキは「誰?」と問いそうになったが、少しだけ自分の頭で考える。

 アイノ・テラーと並ぶような人物。

 そんな人物に心当たりは無かったが、仮にアイノに匹敵するような人物であれば、機動宇宙戦艦〈しらたき〉のようなものを産み出しているに違いない。


 フノス星系技術総監、レナート・リタ・リドホルムが浮かんだが、彼女は既に亡くなっている。

 彼女が設計した強襲輸送艦〈レナート・リタ・リドホルム級〉は宇宙海賊が保有し、彼らはコゼットたちに組みしている。


 だとすれば他の可能性は――。

 1つだけ、前大戦中、〈しらたき〉と匹敵する兵器が存在していた。

 そもそもアイノ・テラーが〈しらたき〉を設計したのは、その兵器に対抗するためだ。


「〈ニューアース〉?」


 タマキがうかがうようにして呟くと、コゼットは頷いて見せた。


「そうです。

 連合軍の機動宇宙戦艦〈ニューアース〉。

 その設計者、ユスキュエル・イザート。

 彼もまた、大戦によって歴史の表舞台に立った」


 タマキは盲点だったと顔をしかめる。

 統合人類政府が秘匿した情報はアイノ・テラーについてだけではなかった。

 ユスキュエル・イザートについてもまた、統合人類政府内のあらゆるデーターベース上からその記録を抹消されていた。


 タマキが言葉を失っていると、リルが声を荒げて問う。


「そいつが危険人物だって誰も考えなかった訳?」

「連合軍は把握していたようです。

 彼は自分の技術に絶対的な自信を持っていて、その実証の為にはあらゆる犠牲をいとわなかった。

 彼に権限を与えれば、よからぬ行動を起こすだろうと予期されていました。


 それでも、100年以上続いたあの大戦では、開戦以来連合軍側が劣勢だった。

 多少の危険があろうとも枢軸軍に対抗しうる宇宙戦艦を建造する必要があった。

 〈ニューアース〉によって首都防衛艦隊が壊滅した枢軸軍が、危険を承知でアイノ・テラーに絶対的権限を与え〈しらたき〉を建造したのと同じです。


 ただ違ったのは、連合軍にはユイ・イハラもアマネ・ニシ閣下もいなかったと言う点です。

 私はもちろん、カリーナ艦長にも、彼の暴走を止めることは出来なかった」


 言葉を句切ったコゼット。

 タマキは挙手して発言権を乞うと、尋ねる。


「ですが最終決戦では〈しらたき〉が勝利したのですよね?」


 公式には引き分けとされている最終決戦だが、実際は枢軸軍が勝利していた。

 その事実をタマキは父タモツから、リルはコゼットから知らされている。


「ええ。あの決戦では枢軸軍が完全勝利しました。

 ですが奴は狡猾な男です。

 連合軍と枢軸軍が結託して、彼を捉えるために決戦を挑んだと直前で察知しました。

 彼はカリーナ艦長に重傷を負わせ、1人〈ニューアース〉から脱出した」


 今度はリルが手を上げて問う。


「〈ニューアース〉はどうしたのよ」


 コゼットはため息と共に答える。


「戦後、まんまと彼に持ち出されました。

 設立されたばかりの統合軍は指揮系統に問題があった」

「連合軍側の代表が無脳だっただけじゃ無くて?」


 コゼットは怒ったような顔をしたが、リルの言葉を否定しない。


「私は元々サブオペレーターです。戦艦の秘匿も管理も専門外でした。

 それに、彼の持つ技術を高く評価する信望者は旧連合軍内に多数いました。

 内部から手引きされてしまったらどうしようもありません」


 管理に問題はあったが、無かったとしても彼なら持ち出しただろうとコゼットは暗に示す。

 まだ食ってかかろうとするリルを制止して、タマキは尋ねた。


「〈ニューアース〉は敗北したのですよね?

 持ち出された時、直ぐに戦える状態だったのですか?」

「いいえ。大破していて、大規模な修理が必要な状態でした」


 それを聞いて制止されていたリルが発言する。


「だったら直ぐに追撃すれば良かったじゃない」


 発言をコゼットは否定しない。


「その通りです。きっとそうすべきだった。

 〈しらたき〉が追撃に出れば、大破した〈ニューアース〉の所在を明らかにし、打ち倒すことも可能だったでしょう」

「だったら何で――」


 リルの言葉をコゼットは遮った。

 目を細めるリルに対して、彼女は告げる。


「当時、エネルギー不足は深刻な領域に達していた。

 即座に手を打たなければならない状況でした。

 いくつかの星系を見捨てる選択をすれば、〈ニューアース〉ごと彼も倒せたでしょう。


 ですが、誰もその選択を出来なかった。

 あのアイノ・テラーもです。ユイ・イハラの意志を継いだ彼女は、辺境星系を見捨てたり出来なかった。

 誰かを切り捨てることは、ユイ・イハラの意志に反しましたから」


 タマキはユイ・イハラの記録を回想し、きっとそうだっただろうと頷く。

 だがリルはそれでは納得しなかった。


「その結果が今の統合人類政府なんじゃないの?」

「その通りです。

 〈ニューアース〉を持った彼は、かつての独立国家、ズナン帝国の末裔を傀儡にして帝国を築きました。

 〈ニューアース〉の力を背景に、彼は帝国軍のあらゆる実権を握り、影の支配者として君臨している。

 統合人類政府との終わり無い戦争も彼が引き起こしたものです」


「そのバカは何が望みなのよ。

 宇宙支配? それとも統合人類政府に対する嫌がらせ?」


 リルが問うと、コゼットはかぶりを振った。


「極めて個人的な事情です。

 彼は自分の技術に絶対的な自信を持っていた。

 〈ニューアース〉は宇宙の全てを支配できると信じていた。

 だけれどその野望は絶たれた。

 〈しらたき〉によって彼の自信は打ち砕かれたのです。

 今の彼を突き動かしているのは復讐心ですよ」


 回答にリルは呆れてしまった。

 宇宙全てを巻き込んだ戦争の発端が、個人の復讐だなんて余りにバカげている。


「バカバカしいにも程があるわ。

 ただ〈しらたき〉が憎いからって――」

「〈しらたき〉ではなくアイノ・テラーへの対抗心でしょう。

 彼の設計した〈ニューアース〉も、宙間決戦兵器〈ハーモニック〉も、アイノ・テラーの発明には勝てなかった」


 呆れ果てたリルは言葉も出なかった。

 かわりにタマキが問う。


「つまりこの戦争は、ユスキュエル・イザートとアイノ・テラーの代理戦争だったということですか?」


 コゼットは回答を渋ったが、結局はそれに頷くしか無かった。

 それから弁解するように付け加える。


「だとしても避けては通れない戦争です。

 アイノ・テラーが居なければ戦争は無かったかも知れません。

 ですがその場合起こったのは、〈ニューアース〉による絶対的支配でしょう」


 〈ニューアース〉に支配された宇宙がどんなものかは分からない。

 今の戦争に明け暮れる宇宙より、もしかしたら平和だったかも知れない。

 だが歴史をやり直すことは出来ない。


 既にここまで来てしまった。

 統合人類政府とズナン帝国。2つの勢力によって宇宙は塗り分けられ、それぞれが宇宙の全てを支配可能な新鋭宇宙戦艦を有している。

 構図は前大戦末期と同じだ。

 だが今回は対等講和はあり得ない。

 行き着く先は、統合人類政府による支配か、ズナン帝国による支配か。

 どちらにしても宇宙の支配者が誕生することは間違いない。


「確認させて下さい。

 統合人類政府が目指す支配は、ズナン帝国による支配よりも良いものですか?」


 コゼットは苦笑いして告げる。


「少なくとも私はそう信じています。

 エネルギー問題は解決しました。以前の宇宙より不便になるかも知れませんが、全ての人類が持続可能な生存圏を維持することが可能でしょう。

 ――階級だけが取り柄の人間が言っても信用出来ないかも知れませんが、ニシ閣下も同じように考えていました」


 最後の自虐的なコゼットの発言にタマキは苦笑いする。

 そして不用意な発言をしかねないリルを小突いて一時黙らせると、問いを重ねる。


「ユスキュエル・イザートは取り除かなければいけませんか?」

「そういう結論になってしまうのでしょうね」


 コゼットは物憂げにそう告げる。

 彼女は連合軍側の人間で、〈ニューアース〉に乗って戦っていた。

 その設計者との戦いは、必ずしも彼女の望むものではないだろう。

 それでも彼女の意志は固かった。


「カリーナ艦長とニシ閣下がそう結論を出しました。

 ユイ・イハラだけは最後まで共存の可能性を探っていたようですが、そんな彼女を、彼は殺してしまった」


 タマキにとって聞き流すことの出来ない内容だった。

 顔色を変えてタマキは問う。


「イハラ提督を殺したのも彼なのですか?」


 コゼットは頷く。


「最終決戦の前哨戦、とされていますが、あの時予定されていたのは話し合いのはずでした。

 ですが彼は勝手に不意打ちを仕掛けた。

 アイノ・テラーを狙ったようですが、結果として、彼女をかばったユイ・イハラが命を落とした。

 話し合いは行われること無く、連合軍と枢軸軍は最終決戦へともつれ込むことになった。

 結果は知っての通りです」


 タマキは机の下で拳を握りしめながらも、体面上は平静を保ってコゼットへ礼を述べた。


「ユスキュエル・イザートがどのような人物か理解出来ました。

 お忙しいところわたしたちの質問に答えてくれたこと。心より感謝します」

「どうせ暇よ」


 タマキの制止より早くリルがそう悪態をつく。

 咎めようとするが、先にコゼットが答えた。


「どうせ暇ですよ。

 私の使命は〈しらたき〉修理までの時間を稼ぐこと。

 目的は達成しました。後のことは副司令のほうがずっと上手くやってくれます」


 リルは「ほら」と自分の発言の正しさを主張する。しかしリルにとっては母親でも、タマキにとっては雲の上の上官だ。

 謝罪させようとするがコゼットはそれを遮る。


「構いません。

 上官扱いされるより、家族として扱ってくれたほうがマシです」

「誰があんたなんか家族扱いしたってのよ」

「そうでなければ何処の世界の2等兵が大将にそんな口をききますか」

「相手がコネだけで出世したバカ女なら話は別よ」


 2人は互いにいがみ合い、嫌悪感を隠すこと無い顔を向け合う。

 流石にこれは本当に怒っているだろうと、タマキはリルの頭をつかんで無理矢理に頭を下げさせる。


「無理に謝らせなくて結構。

 それよりこちらから質問させて下さい」


 コゼットの言葉を受けてタマキはリルを解放した。解放された彼女は小声で悪態をついたが、タマキは聞こえなかったことにしてコゼットへと頷いて見せる。


「ニシ閣下が帝国領内に潜伏している件は聞きましたか?」

「はい。アイノからそのようにうかがっています」

「それでは、あなたは何処まで付き合うつもりですか?」


 問いに、タマキは少しばかり思案する。

 コゼットたちの最終目標は戦争の原因であるユスキュエル・イザートの排除。

 そのためには〈ニューアース〉を撃破しなければならない。

 惑星トトミの戦いに比べると、ずっとスケールの大きな話だ。

 それでも考えをまとめたタマキはしっかりと頷いた。


「わたしの憧れはずっとユイ・イハラ提督でした。

 彼女の目指した『戦争の無い平和な宇宙』がその先にあるのであれば、最後までお付き合いします」


 タマキは自身の意志を伝えた。

 それからツバキ小隊について補足する。


「ただしそれはわたし個人の意志です。

 ツバキ小隊の目的はあくまでハツキ島の奪還。

 義勇軍として、それだけは何よりも優先して取り組ませて頂きます」


 コゼットはその意見を了承した。


「ええ。そうして下さい。

 〈しらたき〉が全力で戦うためにも、惑星トトミの支配権は確立しなければなりませんから。

 リル。あなたは――」

「あんたの元には行かない。

 あたしはハツキ島を取り戻すために戦う」


 コゼットの提案を先読みしてリルは突っぱねる。

 何度言っても無駄だろうとコゼットは要求を諦めた。

 リルは自分の意志を示している。

 いくらトトミ星系の総司令官であろうとも、娘の意志には干渉出来やしなかった。


「それより、ロジーヌのバカは何処にいるのよ」


 リルの口から出たかつての副官の名前に、コゼットは一瞬眉を潜めたが回答する。


「恐らくサブリ・スーミアの元でしょう」

「だからそれが何処かって聞いてるのよ」

「……〈ニューアース〉でしょうね」


 ためらいの後コゼットが告げる。

 その回答に、リルは不敵な笑みを浮かべる。


「あたしも最後まで付き合うわ」


 リルはロージヌに個人的な用があった。

 レインウェル地方での空中戦で、彼女は敗北を喫した。その再戦を強く望んでいた。

 コゼットはその申し出に拒否感を隠さなかったが、リルの意志を変えることは出来ない。

 彼女の人生に口出しする権利を、コゼットはずっと昔に放棄している。


「宇宙戦艦同士の戦いにあなたが居ても役には立たないでしょうが、好きにしたらよろしい」

「あんたより役に立つわよ」


 コゼットは反論することも無く、話は以上ですと一方的に打ち切って席を立った。

 ブリーフィングルームから立ち去ろうとするが、その去り際に、タマキへと声をかける。


「ハツキ島攻略が終わるまではこれまで通り第401独立遊撃大隊所属としてその任を全うするように。

 わたしの協力が必要なら連絡を下さい。

 名ばかりの総司令官ですが、それでも多少の援助は可能でしょう」


 言い終わると同時にコゼットは部屋を後にした。

 タマキは立ち上がると、閉まっていく扉に向けて深々と頭を下げた。

 そして扉が閉まりきるとリルの頭を小さく弾く。


「もう少し愛想良くしたらどうですか」

「無理言わないでよ」


 隊長命令だろうとその要求には従えないとリルは鼻を鳴らした。

 タマキはそれ以上追求せず、「ナツコさんを迎えに行きましょう」と退室を促し、2人揃ってブリーフィングルームを後にした。

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