機動宇宙戦艦しらたき

第242話 ナギ・イハラ

 機動宇宙戦艦〈しらたき〉の活躍によって、統合軍による第3次反攻作戦。――ラングルーネ基地奪還作戦は成功に終わった。

 防衛施設のほとんどを〈しらたき〉の砲撃によって失った帝国軍。

 基地中枢を叩かれた彼らは撤退を開始し、ラングルーネ基地を放棄した。


 統合軍はラングルーネ基地を占領下に置き、残っていた基地施設を有効活用しながら次の戦いに備える。

 破壊された基地防衛施設の再建は後回し。

 統合軍は基地占領の勢いに乗って、トトミ中央大陸から帝国軍を駆逐すべく、攻略作戦の準備を進めていた。


 レイタムリット基地、ボーデン基地、そしてラングルーネ基地を手中に収めた統合軍は東進を開始。

 まずはリーブ山地東側山岳地帯に建築された要衝、ソーム基地奪還へと動く。

 同時進行でトトミ霊山南側ルートを進み、レイタムリット基地から東側。ソーム基地、ラングルーネ基地からは北東側に位置する、荒野の一大拠点、デイン・ミッドフェルド基地をうかがう。


 ソーム基地、デイン・ミッドフェルド基地さえ落としてしまえば、トトミ中央大陸東部方面での帝国軍の基地は、東岸の港湾要塞ハイゼ・ミーア基地とその周辺基地のみ。

 そこまで到達すれば、惑星トトミにおける帝国軍の最大降下拠点。ハツキ島へと手が届く。

 ハツキ島奪還というツバキ小隊の目的が、実現可能になりつつあった。


 統合軍部隊はソーム基地攻略に向けて進軍を開始している。

 第401独立遊撃大隊も、山岳地帯の帝国軍索敵陣地攻略に向けて出立した。


 そんな中、ツバキ小隊はラングルーネ・ツバキ基地で待機を言い渡されていた。

 すっかり人の少なくなった基地。その中においても一層過疎化の進んだ僻地にある元更生施設で、ツバキ小隊は機体整備を進めていた。


 新規に加入したイスラの高機動重装機〈エクィテス・トゥルマ〉、フィーリュシカの高機動突撃機〈Aino-01〉、トーコの〈ハーモニック〉改装型2脚人型装甲騎兵〈ヴァーチューソ〉の機体登録を進め、統合軍仕様に改修を施す。


 コアユニットが抜き取られた〈アザレアⅢ〉は当面駆動不可能。

 フィーリュシカによると、〈アルデルト〉、〈ヘッダーン5・アサルト〉も完全に破壊され修理不可能。

 ナツコの替えの機体を申請しつつ、とりあえず間に合わせで〈ヘッダーン3・アローズ〉を調整する。


 作業が一段落したところで、更生施設前に1台の輸送フライヤーがやってきた。

 地面から僅かに浮き上がった超低空飛行のフライヤーは入り口前の駐車スペースへと着陸。

 運転席から、フード付きのコートで顔を隠した女性が降りた。

 出迎えのため待機していたタマキは彼女へと駆け寄る。


「お待ちしていました。

 わたしはハツキ島義勇軍ツバキ小隊隊長、タマキ・ニシです」


 タマキが名乗ると運転手も丁寧に一礼して応える。


「お出迎えありがとうございます。

 アイノ様の身の回りのお世話をしているナギ・イハラです」


 フードからのぞくナギの顔は、タマキが憧れたユイ・イハラそのものだった。

 優しそうでどこかのんびりとした、人懐っこそうな女性。

 タマキの感じた印象は大戦の英雄からはかけ離れた物ではあったが、タマキの持つ新人少尉ユイ・イハラの写真とは通じるものがあった。


「すいません。1つだけ聞かせて頂けますか?

 あなたはユイ・イハラ提督のクローンですか?」


 ナギは首をかしげながら答える。


「ほぼほぼそうなんですけど、お母さん――ユイ艦長の完全なクローンではありません。

 遺伝子に僅かにですが不純物が混ぜられたので。

 私は娘だと思っていますけど、遺伝子一致率的には97%を越えているのでクローンと言えないこともありません。

 どっちなんでしょうね?」


 逆に尋ねられても、タマキには回答出来なかった。

 ぱっと見た分にはユイとナギは一緒のように見える。だが細かく見てもそうなのかは断定できない。

 タマキの持つユイ・イハラの知識は、祖父の残した記録と、統合人類政府のデータベースに残る記録だけ。

 実際に目の前でユイ・イハラを見たことは無いのだ。

 身体の動かしかた、発音とアクセント、趣味嗜好。そういった知識はほとんど無い。


「わたしには判別しかねます」

「ですよね。

 変なこときいちゃいました。

 どうぞ、乗ってください」


 ナギは謝って、輸送フライヤーの後部ドアを開ける。

 タマキは隊員たちへ召集をかけてフライヤーへ乗るよう指示した。

 隊員たちが後部座席に収まるとタマキは助手席に座る。

 全員の搭乗を確認すると、ナギはフードを降ろしてフライヤーの発進準備を進める。


「その顔は目立ちますね」


 タマキはそんなナギへと語りかけた。彼女は頷いて返す。


「ええ。お母さんは有名人ですから」

「他に運転手は居なかったのですか?」

「本当はこういうのはシアンちゃんの仕事なんですよ」


 ナギは苦笑いを浮かべた。

 ではどうして? とタマキが表情で問うと答える。


「シアンちゃん、ちょっと我が儘なところがあって。

 そのですね……」

「わたしに会いたくないと?」

「ごめんなさい」


 ナギが謝ると、タマキは顔をしかめつつもまあそうなるだろうなと納得した。

 何しろシアンは不当拘束された上に懲罰房に放り込まれたのだ。

 そんな彼女がタマキ達を迎える運転手など買って出るはずも無かった。


「いえ、こちらにも問題はありました」

「シアンちゃん、そんなに悪い子じゃ無いんですよ。

 ちょっと人付き合いに不器用なところがありますけど、根は良い子で――」

「分かっています。

 お姉さんについて、穏やかで優しい人だと褒めていましたよ」

「そういうの、直接言ってくれないんですよね」


 ナギは嬉しいのか笑みを浮かべる。

 それからフライヤーのコアユニット出力を上昇させて、重力制御装置を起動させた。


「では出発します。

 離陸のときだけ少し揺れますので注意してくださいね」


 タマキはシートベルトを締める。

 後部座席に座る隊員たちもベルトを締めた。

 フライヤーが重力を緩和して浮き上がる。ほんの少しだけ揺れたが、一度浮き上がってしまえばあとは滑るように走り出した。

 進路はリーブ山地方面へと向けられた。

 目的地は、リーブ山地に秘匿された機動宇宙戦艦〈しらたき〉だ。


 ラングルーネ・ツバキ基地から離れて安定航路に入ると、フライヤーは自動操縦に切り替えられた。

 運転手の手が空いたのを見て、タマキは手元の航宙日誌をぱたんと閉じて尋ねる。


「質問してもよろしいですか?」

「どうぞお構いなく」


 了承されたので、とりあえず気になっていたことから聞いてみる。


「若く見えますが、歳はいくつです?」

「産み出されてから28になります。

 ただ製造段階で12歳相当まで成長促進がされたのと、成熟した時点で成長が止められたので、肉体的な年齢については分かりません」

「なるほど」


 ナギの見た目は少尉時代のユイ・イハラとそっくりだった。

 彼女が身体の成長をアイノにコントロールされていたとすればそれも納得出来るし、なによりアイノの実際の年齢に比べて幼すぎる容姿にも説明がつく。


「どうしてアイノ・テラーはユイ・イハラ提督の遺伝子を使ってあなたを作ったのですか?」


 少し踏み込んだ質問だったが、ナギは微笑んで答える。


「アイノ様とお母さんは友達だったんです」

「友達?」


 思いもよらぬ回答だった。

 あのひねくれ者のアイノに友人がいるとは思えない。

 仮にいたとしても、どうしてユイ・イハラともあろう人物が、狂った脳科学者と友達になったのだろうか。

 タマキが困惑していると、ナギは疑問に答えるように話し始める。


「初等部で一緒の学級だったそうです。

 アイノ様は昔から頭が良かったのであまり学校には通わなかったみたいですけど、お母さんがそんなアイノ様を気にかけたみたいで。

 アイノ様は故郷の星から離れて辺境惑星に研究所を構えてから、身の回りの世話をさせるために私を作ったんです。

 唯一の友達だった、お母さんの遺伝子を使って」


 ユイ・イハラとアイノ・テラーが友人関係にあった。信じがたいことではあったが、タマキはナギの言葉を信じた。

 少なくともユイ・イハラの遺伝子を引き継いだ彼女の言葉は、タマキにとって信じるに値した。


「他の助手は?」

「シアンちゃんは、機械部品を回収するのに通っていたゴミ投棄用の惑星に遺棄されているところを、アイノ様が見つけてきて蘇生させたんです」

「ゴミ投棄用の惑星に捨てられてよく蘇生できましたね」

「きっとアイノ様で無ければ不可能だったと思います。

 身体の大部分が壊死状態にあったので、擬似的な生体機能を持った有機物質で肉体を作り直したんです。

 そのおかげで普通の人よりずっと身体が丈夫で強いんですよ。

 身体の成長は亡くなった12歳の時点で止まってしまってますけどね」


 シアンが搭乗者の肉体保護を無視した〈アヴェンジャー〉に乗って、無茶苦茶な動きをしても無事なのはきっとそのおかげなのだろう。

 タマキとしても彼女については普通の人間だとは考えていなかった。


「他は?」


 タマキは問う。

 アイノ・テラーの助手。最後の1人は後部座席に座っているフィ-リュシカに相違なかったが、知らない振りをして尋ねた。

 フィーリュシカもその質問について特に反応を示すことはない。

 それを見てかナギは答える。


「アイノ様が存在しないはずの星が存在するとか言いだしたんです。

 人類には認識出来ない空間というか、次元というか、そういうので星系ごと隠してしまっている星があると。

 私にもシアンちゃんにも訳が分からなかったんですけど、アイノ様はあると言い張って出かけていって、それで連れ帰ってきたのがフィーちゃんです。


 確か、物理法則を書き換えることで環境を自分たちに適合させて生きるネットワーク型知的生命体だとか。

 フィーちゃんはその集合体の中では環境書き換え能力の高い個体だったんですけど、能力過剰だったため集合体から切り離されたそうです。

 栄養供給を集合体全体で管理してるから単体では生存不可能らしくて、アイノ様の助手になることを条件に生存能力を与えたと。

 ――私はそう聞いてますけど、間違ってませんか?」


 ナギは振り返りフィーリュシカの顔を見た。

 フィーリュシカは淡々と答える。


「助手になる条件は生存能力ではなく、生存理由を教えること。

 だがアイノはその条件を果たしていない」


 ナギは「だそうです」と告げた。


「そのネットワーク型知的生命体が何故地球型人類の身体を持っているのですか?」


 タマキは当然の疑問を問いかけた。


「――あまり大きな声では言えないのですけど、当時アイノ様は合法的とは言えない人体実験を繰り返していまして、連合軍、枢軸軍問わず、宙間輸送船を襲っては乗組員を拉致していました。

 フィーちゃんを連れ帰ってきた後、生存能力を与えるため、拉致した人の身体にフィーちゃんの脳を移植したんです」


 タマキは振り返ってフィーリュシカの姿を見た。

 外見は地球型人類に間違いない。異なるのは脳だけとなると、見た目や血液検査では引っかからない。


「脳のスキャンをすべきでした」

「スキャンは局所的な情報書き換えで対応可能」


 フィーリュシカは事実だけを淡々と述べる。

 タマキは口元をひきつらせながら「無駄なことをしなくて良かった」と強がりを言った。


「私がアイノから聞いた説明と同じです。

 アイノの説明はもっと雑だったけど」


 トーコが告げるとタマキは頷く。


「でしょうね。

 それで、おじいさま――アマネ・ニシは何処にいますか?」


 今度の質問にはナギもかぶりを振った。


「ごめんなさい。

 その辺りの情報は互いに秘密にしているんです。

 一応生存確認は不定期にしていますけど、場所までは全くです」

「では生きていることは間違いないと?」

「はい。そう思います。

 おじいちゃん――アマネ様に何かあれば帝国軍も動くはずですから」


 とりあえず祖父の無事を確認できて胸をなで下ろすタマキ。

 シアンの言っていたアマネとの定時連絡が嘘だったのは残念だが、ひとまず無事ならばそれでいい。

 最強の宇宙戦艦〈しらたき〉が味方にいるのだ。宇宙の何処にいたとしても、会いに行くのは不可能でない。


「少しよろしくて?」

「はい、構いませんよ。あ、この間はどうも」


 カリラが席を立ちナギの背後から声をかけると、ナギも振り返ってそれに応じる。

 前回、〈空風〉同士での戦闘を行ったカリラに対して、ナギは頭を下げた。


「ええ本当に。

 あなたをあの金髪おチビちゃんが作ったというのは理解出来ましたわ。

 ですが身の回りの世話をさせるのに、どうしてあなたに戦闘知識を書き込んだのか説明頂けていません」

「あー、それなんですけど、当時アイノ様は合法的でない行為を繰り返していまして……」

「つまりおチビちゃんを守るためにあなたをブレインオーダーにしたと」


 ナギは口元に指を当てて、考えながら答える。


「そのつもりもあったのかも知れません。

 でもアイノ様を守ると言うより、私が私の身を守れるようにしたと言った方が適切かも知れないです。

 アイノ様はお母さんのことを鈍くさくて間が抜けていると思っていたようなので、わざわざ私を作るのに近接戦闘技能を書き込んだんですよ」

「近接戦闘技能?」


 カリラが復唱して問う。


「はい。

 あくまで護身用としての戦闘技術なので」

「それで銃撃についての知識が全くないと」

「そうなんですよね。

 アイノ様ったら、脳に書き込む戦闘知識を作る際に近接戦闘のデータばかりサンプリングして。

 お母さんに銃を持たせるのは危険だと考えたらしいです。実際はそんなことないんですよ。お母さんだってちゃんと士官学校で学んでビームライフルの扱いにも習熟してましたから。

 ――でも、私は書き込まれた戦闘知識が過学習を起こしたせいで、銃の扱いは全く駄目です。

 銃を持つ度に味方に被害が出るので、アイノ様からは絶対に銃は持つなと厳しく言いつけられています」

「それで銃を一切装備しなかったと?

 バカな話ですわ」


 カリラは高圧的な物言いで、ホルスターから抜いた拳銃を指先でくるんと回してみせる。

 ナギは慌ててそれを止めようとするのだが、言いつけは絶対らしく拳銃に触れようとはしなかった。


「あ、危ないですよ。

 触っただけでも大変なことになるんです。

 私が何度味方に向けてトリガーを引いたことか」

「死人は出なかったんですか?」


 タマキが尋ねるとナギは強ばった表情で答える。


「奇跡的にゼロです。

 怪我人はたくさん出ましたけど。

 本当に危ないのはアキちゃんが処理してくれたので」

「大変な苦労人でしたのね」


 カリラはトーコをちらとみて同情するように告げた。

 トーコは顔をしかめるばかりだったので、カリラはナギへ向き直り本題に入る。


「それで、あなたの戦闘知識ですけど、レナート・リタ・リドホルムに渡しまして?」

「レナート様ですか?

 そう言えば一時期レナート様の元に居たことがあります。

 その時に調べられたのかも」

「ブレインオーダーの製造方法も?」

「それはアイノ様しか知らないので、私には分かりません」


 カリラは目を細めてナギを睨む。

 彼女はそれに首をかしげて微笑むばかりで、それ以上の情報を引き出すことは無理そうだった。

 カリラがふてくされたように喉を鳴らすとナギが告げる。


「でもレナート様が使った戦闘知識は、私に書き込まれた物とは別の物だと思いますよ。

 多分、銃の扱いに欠陥があるのを見つけて、味方を撃たないように修正したんだと思います」


 カリラは再びナギを睨む。

 実際、カリラは味方を撃ったことはない。

 だが射撃に関する知識を加えられたわけでは無い。ただ安全装置が取り付けられただけだ。

 だからカリラの射撃は全く当たらない。味方に当たらないよう強制しただけで、射撃技能が上達したわけではないのだ。

 レナートはカリラに書き込んだ戦闘知識を『Brain Order 2.0』と記したが、実際には単なるマイナーアップデートだった。


「貴重なご意見感謝いたしますわ」


 カリラはそれで話を打ち切って席に戻る。

 タマキが話の内容について気になったようで口を開きかけていたので、尋ねられる前に逃げたのであった。


「まだ他に何かあればご自由にどうぞ。

 到着まではもう少しかかりますから」


 ナギが屈託無い笑みを浮かべてそう言うと、タマキは手にしていた航宙日誌の表紙をそっとなでてから返した。


「ではユイ・イハラ提督――あなたのお母さんについて教えて頂けますか?」


 その問いかけにナギは満面の笑みで応じる。


「はい。是非聞いて下さい。

 お母さんは宇宙で一番の名艦長だったんですよ!」

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