第241話 ブレインオーダーの戦い

 銃撃。

 対高機動機戦を考えての事だろう。使用武器は小口径高速弾を使う個人防衛火器。

 カリラの体は考えるより早く反応する。

 脳の中枢、思考領域よりももっと奥。本能レベルに書き込まれた戦闘知識は、攻撃に対して反射的に答えを出した。


 至近距離から放たれた銃弾。猶予はごくわずかな時間のみ。

 だが思考を挟まず反射で動き出したカリラは攻撃全てを防いだ。

 〈空風〉のフレームと、手にしたハンドアクスが銃弾の軌道を逸らす。


 それだけではない。姿をさらした敵機に対する攻撃方法を構築。

 機体は〈フレアF型〉。帝国軍の最新鋭突撃機。

 防御機構の振動障壁を有するが、振動ブレードで切り裂けば問題ない。


 急加速して距離を詰める。

 十分距離が近かったため間合いに入るのには数秒とかからない。

 敵機はがむしゃらに個人防衛火器を乱射するが、射撃安定性の高い〈フレアF型〉の攻撃は、それゆえに弾道を予測しやすい。

 カリラは銃弾をはじきながら接近。

 弾数を数え、最後の1発が撃ち出されたタイミングで振動ブレードを引き抜いた。


 敵機は後退をかけつつ機関銃の射撃に切り替えようとするが、〈空風〉の速度はそれを許したりしなかった。

 カリラは間合い深くに入り込み振動ブレードを一閃。


 振動障壁を高周波振動によって無力化し、ブレードの切っ先をヘルメットと機体の間。喉元深くへと突き出した。

 そのまま突撃の勢いで敵機を押し倒しながらブレードを横に払って引き抜く。

 刀身が薄く壊れやすい振動ブレードだが、うまく扱ってやれば何度かは使える。

 カリラにとっては近接武器だけが頼りだ。1つ1つを大切にしなければいけない。


 今倒した〈フレアF型〉でエネルギー供給施設、制御ルームを抑えていた帝国軍兵士は最後だった。


「ツバキ5。制御ルーム制圧しましたわ」

『了解。その場で警戒しつつ待機を。

 こちらも屋内の敵が片付き次第向かいます』


 欲しいのは追撃命令だったが、待機せよと命じられてしまった。こればっかりは致し方ない。幸いなことにこの場所は暇つぶしには事欠かない。


 カリラは倒れた敵の機体からエネルギーパックを奪い取る。

 そのままでは統合軍使用の機体には使えないが、アダプターを介して統合軍仕様のエネルギーパックへと中身だけ移してしまえばいい。

 化学エネルギーと電気エネルギーを変換する必要のある電池と違って、用いられているのは純粋なエネルギーだ。

 移し替えの感覚としては液体燃料の補給に近い。アダプターを接続してエネルギーの伝達方向を決めてやれば十数秒で終わる簡単な作業だった。


 〈空風〉のエネルギー効率はお世辞にも良いとは言えないため現地調達も致し方なし。

 不便ではあるが、〈空風〉の能力をもってすれば敵機撃破もエネルギーパックの強奪も容易なので大きな問題にはならない。

 

 どちらかというと問題は武器の方だ。

 倒れた〈フレアF型〉の腰下ハードポイントに懸架されていたのは信号銃。

 誘導兵器の照準を逸らすための装備だ。


 この機体、近接武器を装備していなかった。

 カリラにとって近接武器は生命線だ。

 だが最近の、更に言うならば最先端の〈フレアF型〉のような機体は、近接武器を装備しないことが多い。


 機体性能が高くなったため、瓦礫の撤去や扉をぶち破るのに、わざわざハンドアクスを使う必要がなくなっていた。

 やむを得ず近接戦闘をすることになっても、手首に搭載されたワイヤー射出機や、脚部アンカースパイク、汎用投射機に組み込まれた近接戦闘用ブレードなんかで代用が利くし、そもそも火器管制の性能が上がったため極至近距離でも機銃で戦えてしまう。

 また誘導兵器の機体搭載量が増えたことで、それほど重要度の高くない近接兵器を積むよりも、敵の誘導妨害に対抗できる信号銃を積んだ方が生存率が高くなるという実情もあった。


 わざわざ近接武器を搭載するのは接近戦前提の高機動機や、敵地へ潜入する偵察機くらいのものとなっていた。

 そういった現状があるのは理解していたが、ここまで収穫がないのはカリラにとって予想外だった。


 〈空風〉は速度のみを追求した機体だ。

 積載能力は最低と言っていい。

 火器管制は最低限。後方カメラすら廃止してミラーを装備。

 更にエネルギーパックすら満足に詰めず現地調達を余儀なくされるような機体だ。

 当然、近接武器を山ほど抱えていられるはずもない。


 だから出撃時に積載する武器は最低限。

 壊さないように大切に使っても、振動ブレードは簡単に折れるし、ハンドアクスだっていつかは使えなくなる。

 そうなったらもう補給を受けるか、それが無理なら敵から奪うしかない。


 だというのにせっかく倒した敵が近接武器を持っていない。

 カリラの武器はハンドアクスと振動ブレードが1つずつになっていた。

 アンカースパイクや移動用ワイヤー、ブースターなど武器として使える機能もあるが、使いやすいのは2つだけ。

 一応12.7ミリライフルを背負ってはいるが、カリラのブレインオーダーとしての知識の中に、自分から銃撃を仕掛けるのに使える物は微塵もない。


 やっぱりライフルなんて装備してくるべきではなかったと後悔する。

 その点、13番目の〈空風〉に乗っていた彼女の装備構成は理にかなっていた。

 ほぼ同じ戦闘データを持つブレインオーダーなのだから彼女から学ぶべきだった。

 今更考えた所で遅いし、きっとタマキもチェーンブレードや炸薬式アームパンチの装備を許可したりしない。

 ツバキ小隊において、この装備は最強ではないかもしれないが最適ではあるのだ。


 空になったエネルギーパックへのエネルギー補給が完了。

 機体漁りは早々に切り上げて制御装置へ。

 据え置きの制御端末にはセキュリティロックが施されていたが、敵指揮官から奪った個人用端末で認証をかける。

 パスコードを尋ねられたので制御盤を開けて自分の端末を接続。パスコード解析ツールを16個並列で走らせる。

 処理スペックが圧倒的に足りてないが、セキュリティがガバガバであることを願うほかない。


 流れる数列を片目で見ながら、意識を周囲へ向ける。

 〈空風〉自身にはレーダーも索敵装置も積まれていない。

 単独で突出したこの状況では、自分の感覚を使って警戒するほかなかった。


 それでもやはりパスコード解析の方も気になる。

 エネルギー供給施設の奪取を目的に突入したのだから当然施設に問題ないことを確認するのが急務なのだが、こうしている間にも帝国軍が逃げ出しているかもしれない。

 可能ならば追撃戦に参加したいという気持ちはある。

 〈空風〉の性能を余すことなく発揮する絶好の機会だ。


 しかしカリラはここを離れるわけに行かない。流れていく数列を眺めていると、ふと1つの数列が脳裏に浮かんだ。

 そんなはずはないだろうとは思いつつも、自身の端末の解析ツールを1つ終了させて、空いた処理能力で制御端末の公開領域にアクセスする。


 公開領域には数列が保存されている。

 パスコードを解くヒントになるがこれだけでは全く使い物にならない。

 だが頭に浮かんだ数列と組み合わせれば、新たに1つの数列を導出できる。

 数列の組み合わせさえ分かってしまえば、そこから先は初等部の学生でも導出できる簡単な計算が残るだけだ。


 導き出された数列を制御端末に入力。

 僅かな間隔を置いて、ロック解除を告げる電子音が鳴った。


「便利な知識ですこと」


 暗号解読は本来カリラの専門ではない。

 彼女には解析ツールを使っての力業しか為す術はないはずだった。

 だが脳の中枢部分に書き込まれた知識が、解析パターンを眺めただけで答えを出してしまった。


 ブレインオーダーは先天的に脳へと知識を書き込む技術の総称だ。扱われる知識は戦闘のみに限定されない。

 カリラの母親であるレナートは自分の知識を残すためにカリラをブレインオーダーにした。この原理不明の暗号解読技術もその知識の1つなのであろう。


 制御端末に指を走らせてエネルギー供給施設の稼働状態を確認。

 惑星からエネルギーを抽出する機構が、冷却装置を停止された状態で出力を上昇させていた。

 このままでは破損して使い物にならなくなる。

 慌てて冷却装置を再起動。切断されていた安全装置も立ち上げて、施設の安定稼働に努める。


 カリラとしてはこんなの施設科の仕事だろうと愚痴りたくなるも、ここまで来てしまった以上放置するわけにも行かない。

 施設機能に異常を来す可能性があると知りながらほったらかしたとなれば、タマキからは当然怒られるし、悪ければ更にその上からも怒られる。


 ちょっとしたことで消滅してしまうような小規模義勇軍でそれは大問題だ。

 手を出したのだから最後まで最善を尽くすべきだ。

 上手くやったのならば戦略資源確保に貢献したとして報償が出るかも知れない。

 小規模義勇軍では、ちょっとした報償でも良い収入源になる。


 ひとまず施設が機能不全を起こさないように処置は施した。

 こんな遠回りな手段をとるくらいだから爆薬を仕掛けている余裕も無かっただろうと、異物チェックは簡易的に済ませる。結果は問題無し。あったとしても爆薬処理は流石にカリラの管轄外だ。


「敵」


 制御端末へと意識の大部分が向いていたにもかかわらず、本能が敵機接近を告げた。

 端末へと新しいロックをかけて振り返る。


 半壊した扉の向こうから敵機接近中。

 駆動音だけを頼りに機種を特定。――恐らく〈エクリプス〉。帝国軍のブレインオーダーだ。


「こちらツバキ5。

 敵機接近中。単機ですので応戦しますわ」

『了解。

 向かっていますので時間稼ぎ程度で結構』

「畏まりましたわ」


 返事は形だけ。カリラは時間稼ぎ程度で済ませるつもりは毛頭無かった。

 わざわざ相手が〈エクリプス〉であることを伏せたのだ。

 しかも単機。自身のブレインオーダーとしての能力を確かめる絶好の機会だった。


 前回、〈パツ〉攻略戦最中でのブレインオーダーとの戦いでは、カリラはタマキと共闘してからくも勝利を得た。

 だがそれはカリラのとんでもない射撃能力に対して、奇跡的に敵機が回避を失敗してくれただけだ。

 あの時奇跡が起きていなければ、タマキも助からなかったし、カリラも無事では済まなかっただろう。


 グレネードで扉が吹き飛ばされ、〈エクリプス〉の姿が露わになる。

 薄い装甲は〈空風〉よりかはマシ程度。

 だが火力は向こうが大きく勝る。右腕23ミリ機関砲。左腕7.7ミリ機銃と汎用投射機。肩には16連装のマイクロロケットランチャー。


 逆に〈空風〉が優位に立つのはその圧倒的な速度だ。

 武装は心許ないが、駄目そうならばタマキたちの――もといタマキと共に助けに駆けつけてくれるだろうイスラを頼れば良い。

 速度で勝る以上逃げ回るのは難しくない。


 敵ブレインオーダーはヘルメットの奥の赤い瞳で無感情にカリラを見た。

 通信機がノイズを発し始める。

 〈エクリプス〉に搭載された通信妨害機構だろう。電子戦装備皆無の〈空風〉には受け入れるほかに選択肢は無い。


 敵機がすっと一挙動で23ミリ機関砲を構えた。

 同時にカリラは姿勢を低くし移動用ワイヤーの照準を定める。


 2人は回避行動をとった。

 思考を介さない反射的な挙動。動き始めはカリラが一瞬早い。

 だが敵機は肉体の反応速度でカリラを上回る。


 帝国軍ブレインオーダー製造の根幹をなす技術は、脳化学的手法による先天的な戦闘能力の書き込みと、遺伝子学的手法による戦闘に最適化された肉体の獲得。

 対してカリラは戦闘知識こそあるものの、戦闘に最適化された肉体ではない。

 カリラの肉体はごく普通の――普通よりか若干劣る程度の身体能力しか持たない。


 ――そんなもの、どうとでもなりましてよ!


 肉体の反応速度を〈空風〉の圧倒的な速度で補う。

 機関砲弾をくぐり抜け、移動用ワイヤーを打ち込む。先端のハーケンが敵機右腕の装甲に突き立った。

 ワイヤーを巻き取って距離を詰めようとするがマイクロロケットが全弾投射される。


 16発のロケット弾頭。

 マイクロロケットと言えど〈空風〉にとっては1発で致命傷だ。

 カリラの戦闘知識は攻撃に対する回答を示す。


 ハンドアクスを投擲。先頭の1発を起爆させ、爆風と飛び散った金属片、ハンドアクスの残骸が残り15発の軌道を逸らす。

 襲いかかる金属片を、固定解除した移動用ワイヤーを振り回して適当に処理。


 その最中も敵機は機銃で攻撃を仕掛けてきている。

 狙いは悪くない。回避ルートを潰すように。脆弱部を撃ち抜くように。極めて正確な射撃を行っている。


 だがそれだけだ。

 カリラの反射速度と〈空風〉の機動力を持ってすれば回避出来ない攻撃は存在しない。

 帝国軍のブレインオーダーは、局所的には最適解を出せても、大局的な最適解を提供できない。


 銃撃する。攻撃を回避する。と言ったような単純な動作はかなり精度が高い。

 だが戦闘に勝利するという最大目的に対する解を導き出せていない。

 行動の1つ1つが単独で存在し、かみ合っていない。はっきり言って欠陥品だ。


 既に攻撃パターンも回避パターンも見切っている。

 後は距離を詰めて脆弱部を切りつけてお終いだ。

 カリラの脳はそれに対する回答を導き出し、身体は脳の指示に従い動き始める。


「もうお終いですわよ」


 機関砲も、機銃も、グレネードもカリラに対して有効打を与えない。

 全ての攻撃を回避し、一気に距離を詰める。

 敵機は機関砲を放棄し個人防衛火器を右手に持った。


 もう遅い。

 既にカリラは勝利を疑わなかった。

 帝国軍ブレインオーダーに対して自身の能力が通用することも分かったし、相手の力量も底が知れた。


 さっさと終わらせてしまおうと、カリラは脳が描く戦闘行動を修正。

 個人防衛火器の弾幕を適当に回避し、回避先に飛来したグレネードを振動ブレードで叩き切って一気に距離をゼロに。

 間合い深くに入り込めたので、後はハンドアクスで――


 ハンドアクスはさっきロケット防ぐのに使っていた。

 これはまずいと距離をとったが、距離をとってどうにかなる問題では無い。

 振動ブレードは刃がポッキリ折れてしまって使い物にならない。

 手にライフルを持ってみるが、カリラの脳の奥に書き込まれた戦闘知識は、銃をどう扱えばいいのか何も教えてくれない。

 こうなったらアンカースパイクと移動用ワイヤーで――。


 頭に浮かんだ考えを拭い、手にしたライフルをしっかりと握る。

 データが無いのは事実だ。

 だがカリラには、イスラから伝えられた射撃下手の解決方法がある。

 それはどこまでもシンプルで分かりやすい究極の方法だ。

 ――当たる距離まで近づけば良い。


 再度加速して距離を詰める。

 相変わらず敵機からの攻撃は高精度に放たれているが、問題になるようなレベルでは無い。

 攻撃を捌ききり相対距離2メートルまで踏み込む。


 ――まだ遠い! もっと前へ!


 緊急後退をかける〈エクリプス〉。

 だが最高速度まで加速した〈空風〉から逃げ切れる機体など宇宙中の何処にも存在しない。

 構えられた個人防衛火器を蹴り飛ばし、更に前へ。それでも止まらずにとにかく前へ。

 前進。前進。とにかく前進。

 カリラの脳に書き込まれた戦闘知識はその滅茶苦茶な要求を実現可能にした。


 間合いの奥深くまで踏み込んで、カリラはライフルを槍のように突き出す。

 銃口が〈エクリプス〉のヘルメットを叩いた。


「これがわたくしの必中距離でしてよ!」


 銃口がヘルメットから僅かに離れた所で引き金をひいた。

 ほぼゼロ距離から放たれた12.7ミリ弾が、ヘルメット正面の透明ディスプレイを撃ち抜く。

 倒れる機体を見下ろして、カリラは自身の射撃技能に自信を持った。


「わたくしの射撃技術も捨てた物ではありませんわ」


 制御ルームにタマキが入ってきていた。

 カリラの戦いの最後を見ていた彼女は、渋い表情を浮かべてカリラの元へ歩み寄ると、常識外れの戦い方をした大馬鹿者を叱責した。

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