第240話 ヴァーチューソ

 ラングルーネ基地北部は工場が立ち並ぶ地域で、敷地が広く階層の低い建物が低密度に点在し、それらを大型輸送車両が通行可能な幅の広い道路が繋いでいた。

 〈しらたき〉の攻撃によって防衛施設のほとんどが焼失し、建物の多くが消し飛んだため見通しはかなり良い。

 生き残った帝国軍は、かろうじて残った建物を頼りに身を隠し反撃の機会をうかがっていた。


 統合軍はエネルギー供給施設や弾薬庫、軍需品生産工場などの確保を進め、その道中の障害を排除していく。

 ツバキ小隊も大隊と共に道中の建物にこもった帝国軍を無力化しつつ進軍し、ようやく作戦目標となるエネルギー供給施設までたどり着いた。

 建物の占領を大隊に任せて進軍を続けたため、到着したのはツバキ小隊が一番乗りだった。


「建物ごと燃やしたら駄目なの?」

「こちらが燃やさなくても向こうが燃やすでしょうね」


 施設を射程範囲におさめた建物跡地の瓦礫の元で、タマキはリルの問いかけに対して肯定こそしないものの黙認するような返答をした。

 エネルギー供給施設が無傷で奪えるのならそれに越したことはない。

 しかし建物内には帝国軍が立てこもっている。

 目前に統合軍が迫っている状況で降伏しないのだから当然抵抗してくるし、勝てないと分かれば、せめてエネルギー供給施設だけは渡すまいと破壊工作に移るだろう。

 観測できるコアユニット反応は80を超えている。大型反応も有り。軍隊にとって重要な施設だ。当然、装甲騎兵も配備されているだろう。


「接収できるならそのほうがいいですよね?」


 すでに燃やすこと前提で焼夷弾の準備を進めるイスラとカリラを見下ろして、トーコが問う。


「もちろんです。

 ですが突入にはリスクもあります」


 タマキは応じる。

 もし拡張脳を搭載した〈音止〉がいれば、多少の無茶は承知でいかせたかもしれない。

 だがタマキは今目の前にいる〈ヴァーチューソ〉という機体について、いまだその性能を把握しきれていなかった。


「いけるはずです。多分ですけど――」


 〈ヴァーチューソ〉の視線がフィーリュシカへ向けられた。フィーリュシカは小さく頷いて見せる。

 だがトーコは彼女が怪我をしているのを思い出した。あまり無理できる体ではない。


「やっぱり止めておいた方がいいかも」

「問題ない」


 及び腰になったトーコに対してフィーリュシカは感情なくそう返した。


「フィーリュシカ様が問題ないって言うなら問題ないさ」

「突入するのでしたらわたくしもお供致しますわ」


 イスラとカリラまですっかりやる気になっていた。傍らではリルも装填していた30ミリ榴弾を取り出して徹甲弾に切り替えている。


「良いでしょう。

 やるからには迅速に。それから重要機材の破壊は無しです」

「了解。

 では先行します」


 返事と同時にトーコは瓦礫を乗り越えて飛び出した。

 エネルギー供給施設までの距離は1000メートルを切っている。


 施設内部から発砲炎が瞬く。

 トーコは弾道予測線を頼りに回避運動を開始。

 首筋に接続された有機ケーブルを介して、〈ヴァーチューソ〉は手足を動かすように自在に操れた。

 機動力こそ〈音止〉に劣るものの、その操縦安定性は大幅に優れている。

 特異脳を持たないトーコにとっては、出力重視で操縦安定性を犠牲にしている〈音止〉よりもずっと操縦しやすい機体だった。


 対装甲ミサイルが飛来する。

 左腕音波砲エネルギーチャージ確認。出力最大、効果範囲を絞って、ロケットを引き付けたタイミングで放つ。

 音波振動の強烈な波がロケット弾頭を襲い、信管を誤作動させ、あるいは軌道を逸らした。

 遅れて飛来したロケットを視線同調の機銃で迎撃すると、右腕90ミリ砲に徹甲弾を装填。


 エネルギー供給施設は重要施設だけあって外壁も厚く作られているが、90ミリ砲の直撃には耐えられない。

 戸口は広い方がいいだろうと、90ミリ砲に共鳴のエネルギー供給を開始。

 距離が近くなり砲撃の密度が増す中、トーコは正面入口へとむけて共鳴を伴った90ミリ徹甲弾を放った。


 螺旋を描く発砲炎と共に撃ち出された徹甲弾が瞬く間に着弾。

 固く閉ざされ門を徹甲弾は容易く穿った。

 さらに共鳴効果が作用し、異常振動を始めた扉は物理的強度を無視してバラバラになって崩れ落ちる。


「入り口確保。

 ツバキ8突入します」


 トーコが弾幕を展開しつつ突撃を敢行する。

 その背後に隠れていたカリラとフィーリュシカも姿を現して、一気に加速して入り口を目指す。


 ブースターを始動させ急加速したカリラが先陣を切ると、それを援護するようにフィーリュシカが42ミリ速射砲を放つ。

 砲弾初速と貫通力だけを追求した専用弾薬仕様の42ミリ砲は、迂闊にも射線を通した4脚装甲騎兵〈バブーン〉の正面装甲を食い破って搭乗者を加害する。

 次弾装填の合間に放たれる左腕20ミリ機関砲は、放たれるたびに敵〈R3〉を破壊する。

 必中の機関砲掃射を受けて、施設正面はあっという間に静かになった。

 怪我をしていて本調子ではなくとも、フィーリュシカの強さは健在だった。


 敵機の姿が消えた正面入口へとカリラが身を投じる。

 侵入者を検知して設置型爆弾が起爆したが、最高速まで加速した〈空風〉は爆風を背後に置き去りにした。


「命が惜しいのでしたら降伏をお勧めしますわ!」


 突入したカリラは勧告するが、周囲に隠れていた敵兵はお構いなしに銃撃を仕掛けてきた。

 さらには側面から重砲弾の攻撃を受ける。


「――あ、これは、少しばかりよろしくありませんわ」


 姿を現したのは4脚装甲騎兵〈バブーン〉。

 装備は56ミリ砲と20ミリガトリング。

 〈空風〉にとって回避は余裕ではあるが、いかんせん振動ブレードとハンドアクスと、大方当たらない12.7ミリライフルだけでは相手に出来ない。

 パイルバンカーを持ってくれば良かったと後悔するものの突入してしまってからでは遅い。

 トーコかフィーリュシカが何とかしてくれることに期待してとりあえず回避のみに専念。


 カリラの期待に応えるように、〈ヴァーチューソ〉の90ミリ砲が〈バブーン〉を捉えた。

 共鳴を付与された徹甲弾は〈バブーン〉装甲をいとも容易く食い破り、足の先まで粉々に砕く。


「感謝いたしましてよ。

 ではわたくしはエネルギー抽出機を押さえに向かいますわ!」


 言うが早いかカリラは速度を維持したまま敵の隊列へと突入し、手近な突撃機1機をハンドアクスで屠るとそのまま通り抜けて奥の区画へと駆けていった。


「ああもう! 単独行動!」

「彼女なら問題無い」


 トーコは憤慨するが、フィーリュシカは冷静にそう告げる。

 喋りながらも彼女は黙々と射撃を続け、あっという間に入り口で防衛に当たっていた帝国軍小隊を壊滅させていた。

 トーコも負けじと機関砲掃射を行うが、既に帝国軍は2脚人型装甲騎兵に対抗可能な戦力を失っていた。

 降伏することも出来ず逃げ惑う敵兵に対して粛々と機関砲斉射を仕掛け、ものの十数秒で制圧完了。


「援軍? 外からコアユニット反応」


 トーコは戦術マップを確認して接近中の敵部隊の存在を確かめる。

 直ぐにリルから通信が入り、〈ハーモニック〉2機を含む敵部隊が接近中との報告がされる。


「屋内戦闘は任せるよ。

 私は外の対処してくる」

「自分はあなたを守るよう命令を受けている」


 トーコとしてはフィーリュシカにはカリラの救援に向かって欲しかったのだが、彼女はその点について譲るつもりは無さそうだった。

 エネルギー供給施設に後続のタマキ達が到達したので、カリラの援護はそちらに任せることにする。


「ツバキ8。接近中の敵〈ハーモニック〉迎撃に向かいます」

「ツバキ3、援護に向かう」


 報告に対してタマキも了承を返す。

 相手が〈ハーモニック〉を含むため無理な戦闘をしないようにと付け加えたが、迎撃自体は止めなかった。

 大隊の後続も合流する見込みが立っているので、時間を稼ぐだけでも十分だ。


「わたしたちは屋内の制圧です。

 各機、重砲の扱いには注意して」

「了解。

 直せない物は壊さないよ」

「気をつけます」


 イスラとサネルマは了解を返す。折角踏み込んだのだ。誰だって自分たちの手でエネルギー供給施設を機能不全に陥れるような行為はしたくない。

 2人の返事に満足したタマキは施設奥へと進路を示した。


          ◇    ◇    ◇


 〈ハーモニック〉2機を先頭にして帝国軍部隊が接近しつつあった。

 生き残りの寄せ集め集団だろう。後続の〈R3〉部隊は、機種はもちろん、部隊番号も塗装も統一されていない。

 だとしたら目的はエネルギー供給施設の再占領では無く、残存部隊の撤退支援か、施設の破壊工作。

 どちらにしても近寄らせるわけにはいかない。

 トーコは1500メートルの距離から砲撃を開始する。


 着弾まで1秒。弾道予測線を見られて余裕を持って回避される。

 しかし回避先にフィーリュシカの放った42ミリ徹甲弾が命中。

 〈ハーモニック〉の周囲が揺らぎ振動障壁が作動するも、脚部装甲に対してほぼ垂直に命中し、なおかつ十分な運動エネルギーを有した貫通力特化型の徹甲弾は弾かれること無く装甲に食い込んだ。

 貫通までは至らなかったが、脚部に損傷を負った〈ハーモニック〉は機動走行不可能となり戦列から離脱していく。

 離脱際に苦し紛れに90ミリ徹甲弾が放たれるも、弾道予測線を確認するまでも無く、トーコは機体を軽く横に振ってそれを回避した。


「仕留めるよ」

「よく狙って」

「分かってるって」


 トーコはフィーリュシカからの忠告に軽く返したものの、メインウインドウに表示される照準器を睨む目を細めて意識を集中させた。

 絶対外すもんか。

 トーコの負けず嫌いに火がついていた。


 レインウェル北部で、トーコはフィーリュシカの操縦する〈ヴァーチューソ〉に敗北した。

 彼女は人間の動きを越えた機械に最適化された動きで、拡張脳を使用したトーコの〈音止〉を翻弄し、上回った。


 トーコはアキ・シイジのような特殊な能力を持たない。

 ただ遺伝子がアキ・シイジに近く、拡張脳を使えるという理由だけで生きながらえてきた。

 でも、それだけでは駄目だ。

 拡張脳を使っても、本当に強い相手には勝てない。

 フィーリュシカとの戦いでトーコはそれを身をもって学んだ。


 だから、トーコ自身が強くなる必要があった。

 この先の戦いでも、戦って、戦い抜いて、生き残るために。

 フィーリュシカが出来るようなことは、拡張脳無しでも出来ないようでは生き残れない。


 照準器に映る〈ハーモニック〉の動きを注視する。

 右脚部を損傷し、バランスを崩しながら後退している。

 動きは今のところ単調。だが攻撃を受ければ弾道予測線を見て回避行動をとるだろう。


 拡張脳無しのトーコには相手の回避先を計算によって予測することは出来ない。

 それでもこれまでの経験――他の誰にも経験し得ない、拡張脳を介した膨大な戦闘シミュレーションデータ――から、敵機がとり得る回避行動を予測する。


 90ミリ徹甲弾装填完了。

 同時にトーコは目を見開いて、砲口を僅かに動かした時の敵機挙動から回避行動を推定。

 有機ケーブルを介して微細に砲口を調整し、仮想トリガーを引ききる。


 螺旋を描いた発砲炎が瞬き、撃ち出された徹甲弾は1000メートル以上離れた〈ハーモニック〉へ。

 敵機は回避行動をとるが、徹甲弾はその回避行動先を先読みするように吸い込まれていった。


 敵機周囲が再展開された振動障壁で揺らぐ。

 だが共鳴を纏った徹甲弾は振動障壁を無効化し、威力を減衰させること無く〈ハーモニック〉コクピットブロック正面に命中した。

 爆発反応装甲を突き破り、徹甲弾が正面装甲を抉る。

 敵機は被弾の衝撃で体勢を崩すも自動制御で復帰。しかしその後は弱々しく前進しただけで、力尽きたようにその場で倒れた。


「筋が良い」

「何その上から目線」


 フィーリュシカから褒められるも、トーコは素直に喜べない。

 返答を受けたフィーリュシカはどうしてトーコが不機嫌なのか分からず首をかしげるも、そのまま戦闘を続行した。


「残っている〈ハーモニック〉を仕留める」

「分かってる。ちゃんと合わせてね」

「承知した」


 飛来してきた徹甲弾を回避しながら、トーコは相対距離700メートルまで接近してきている〈ハーモニック〉を睨み、次弾照準を定めた。

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