第236話 ユイ・イハラ

 一筋の光が、地上を薙いだ。

 膨大なエネルギーは一瞬にして熱へと変わり、光の進路にあったものすべてが焼き払われる。地形が変わるほどの攻撃は、10キロ先までの地表を削り取っていた。

 攻勢に出ていた攻撃部隊。それに後方で砲撃準備を進めていた特科部隊が、たった一撃で消滅する。

 前大戦末期に建造された、最終世代型と呼ばれる量産された中では最強の宇宙戦艦。

 その主砲であるエネルギー収束砲は、地上を這う統合軍を容赦なく打ち払った。


「損害報告!」


 タマキが叫ぶと、付近から隊員たちの返答が飛ぶ。

 ツバキ小隊は主砲の直撃を免れたため、待避壕への駆け込みが間に合ったのもあって全員無事だった

 エネルギー収束砲の余波で吹き荒れる暴風の中、タマキは大隊との通信を試みる。

 膨大なエネルギーによって通信網は乱れていた。戦術ネットワークを介さない近距離通信に切り替える。しばらくして、ようやく通信がつながった。


『大隊司令部より全中隊へ。損害報告を」


 すぐに全機稼働を返す。

 集計が終わり返ってきた数字を見てタマキは少しだけ安堵した。


「大隊の被害は少ないようです」

「だが周りがこんな状態で継戦可能なのか? 直撃受けたところは待避壕ごとやられてるぜ」


 イスラの言葉に、タマキも曖昧な返事しか返せない。

 宇宙軍士官候補ではあったが、最終世代型の主砲で地上部隊を攻撃するなど、考えたこともなかった。

 宇宙戦艦が前線に出て戦う時代はとっくの昔に終わっていたはずなのだ。


「近づいてきてる」


 リルがラングルーネ基地の方向を指さした。

 高くそびえる基地防壁の向こうから、枢軸軍最終世代型宇宙戦艦〈コール・クレーニ〉がゆっくりと迫ってきていた。


「継戦は無理でしょう。あの主砲を防ぐ手段はありません」


 タマキは退却指示を出した。同時に大隊からも後退指示が出され、分散してさらに後方の援兵豪まで退避するよう通達される。

 だがその命令はすぐに撤回された。


『大隊司令部より出撃中部隊へ。

 総司令官より戦線を維持せよと命令が下された。

 2ブロックのみ後退。帝国軍の反撃に備えよ』


 タマキは事務的に了解を返して、隊員へ申し訳なさそうな表情を向ける。


「あんたのせいじゃない。どっかのバカ司令官が悪いのよ」

「間違いないね。リルちゃん後で文句言っといてくれ」


 イスラがふざけた様子でリルをからかうと、彼女は吊り上がった目を細めて返す。


「自分で言えば?」

「いやー、総司令官閣下に苦言を呈するのはあたしには恐れ多いよ」


 尚もからかうイスラ。リルは顔をしかめ何か言い返そうとしたが、それをタマキが制する。


「作戦行動中に私語は慎んで」


 一呼吸置いて、今度はサネルマが報告した。


「撃ってきました」


 上空の〈コール・クレーに〉が副砲による射撃を開始。高密度のエネルギーが地表に到達すると弾けてクレーターを穿つ。

 1発1発が要塞砲を上回る威力を持ちながら、〈コール・クレーニ〉舷側に並ぶ副砲群から間断なく撃ち出される。


「基地から歩兵も出してきているようです。

 迎撃しつつ緩やかに後退。2ブロック後ろの簡易陣地まで下がります」

「下がるつったって、あのデカブツどうにかしないと戦線維持もクソもないぜ」


 意見しつつイスラも後退を開始。彼女はしんがりにつき、顔を出した敵兵へ56ミリ砲弾を叩き込みながらバック走行で移動する。

 タマキは援護のため指揮モジュールの誘導錯乱を起動して、飛来してきたマイクロミサイルをあさっての方向に進路変更させると返す。


「分かっています。総司令部もそれは理解しているはずです」

「で、どうするつもりなんだ? どんどん前に出てくるぜ。あの副砲の射程に入ったら終わりだ。そうじゃなくたって主砲でまとめて薙ぎ払われる」

「戦線維持をさせる以上、打開策があるのでしょう」


 タマキは自分でそう答えながらも、総司令部に本当に宇宙戦艦に対抗しうる策があるか不安だった。

 イスラは素人なりに意見を出す。


「バンカーバスターで撃ち落とせないのか?」

「とても威力が足りません」

「TB弾頭は?」

「密閉された空間に対しては無力ですし、そもそも迎撃されます」

「〈パツ〉の時に使った〈アーチャー〉は?」

「対宙砲の水平投射ですから可能性はあるでしょう。準備されているかどうかは――」


 対宙砲の水平投射など、撃ったら最後、故障して使えなくなる。

 惑星防衛の要である対宙砲を景気よく使い捨てられるだろうか?

 そんなことを言っていられない状況でもあるし、前回の〈パツ〉の件もあるから用意はしているだろうが、それがいつ前線に届くかはわからない。

 届いたとして、宇宙戦艦のエネルギー装甲を抜けるかどうかも未知数だ。


「なんかほかに良い方法がないか、ぜひ本星大学校卒業生の意見を伺いたいね」


 ツバキ小隊は2ブロック後退し、簡易陣地の防衛施設に駆け込んだ。先着していた補給部隊から弾薬を受領すると、その場で迎撃戦に入る。

 新たに受領した機関砲で弾幕を張りながらイスラが尋ねると、タマキは応じる。


「考えられるのは2つ。

 実現性の低い方は、最終世代型の宇宙戦艦か巡宙艦を持ち込んで決戦を仕掛けることです」

「なるほどそりゃ名案だ。もう1つは?」


 イスラはそれを大してまともにとりあわず返す。

 統合軍が虎の子の最終世代型艦艇を前線に送ってきているわけがない。今から送り始めたところで手遅れだ。

 問われたタマキはもう1つの考えを示した。


「現実的な方法はエネルギー切れを待つことです。

 最終世代型はエネルギー革命前のエンジンを積んでいます。枯渇寸前なエネルギー資源ですから補給は難しいでしょう」

「名案だ。で、どれくらいで尽きるんだ?」

「燃料をどれだけ積んできたかによりますが、仮に満載されていた場合、戦闘行動を続けていれば3日後には」

「地獄のような3日になるな。

 レイタムリットどころか惑星首都まで落ちちまいそうだ」

「宇宙戦艦が本気で殲滅しに来たら首都どころか惑星全部平らになりますよ」


 事実を伝えられてイスラは口元をひきつらせる。

 そこに至近弾を受け、迫撃砲弾の接近警告を受けると、射撃を取りやめ簡易待避壕へと飛び込む。


「戦艦もそうだが歩兵も何とかしないとまずい」

「反撃の準備しつつ一時待避」


 迂闊に飛び出してきた敵機を1機でも打ち追ってやろうと、タマキはマイクロミサイルを装填し、サネルマにも発射準備を整えさせる。

 敵との距離が離れると途端にやることがなくなるカリラには小型の迫撃砲を担がせて、攻撃範囲警告の出ているエリアから待避した。


「――高密度エネルギー反応! 主砲きます!」


 緊急アラートが、〈コール・クレーニ〉主砲にエネルギーが集中し始めたことを告げる。

 地形が変わるほどの主砲。狙われたら最後。防御も回避もできない。


「主砲砲口指向先から待避!」

「ど、どっち向いてます!?」


 サネルマが素っ頓狂な叫び声をあげる。

 彼女の言う通り、宇宙戦艦の船体と一体化したエネルギー収束砲は、砲口の向きから攻撃方向を予測することは難しい。


「とにかく正面から離れて、発射音聞こえたら地面に伏せて!」


 後のことは祈るしかない。偶然助かった1発目のように、次もまた助かるかもしれない。

 しかしエネルギー密度が突然拡散した。

 その情報にタマキは血の気が引いて、叫ぶように命じる。


「全員伏せて! エネルギー拡散! 広域拡散砲来ます!!」


 絶大な威力を誇るエネルギー収束砲。

 その威力を犠牲にして、広範囲にエネルギーを投射することを目的とした砲撃。

 それは本来宇宙戦艦に肉薄した宙間決戦兵器に対して使用されるものだったが、〈R3〉や装甲騎兵を主戦力とする統合軍に対しても有効なのは間違いない。


 暗かった空が無数の光線によって白く染まった。

 ツバキ小隊は衝撃に備えて地面に伏せたまま頭を守る。

 しかし衝撃は訪れない。

 そればかりか射出されたエネルギーによる光も消えてしまったのか、辺りはまた暗くなった。


 タマキが恐る恐る顔を上げ空を見た。

 拡散され無数の光の筋となっていた〈コール・クレーニ〉主砲の軌跡は、煙のように空中で霧散し、掻き消えていく。

 更には〈コール・クレーニ〉そのものが、歪にぐにゃりと曲がったかと思うと、内側から連鎖的に爆発を起こし、主機関が暴走したのかおびただしい光を放ち消滅する。


 〈コール・クレーニ〉背後にそびえていたラングルーネ基地の分厚い防壁までもが、突如飴細工のように変形したかと思うと、赤熱し、内側からはじけ巨大な瓦礫となって音を立てて崩れた。


 不可視の、なんらかの攻撃が行われた。

 見えない攻撃の波は、ラングルーネ基地から打って出ていた帝国軍の頭上にも降り注ぎ、あらゆるものを内側から爆発させ破壊していく。


「何が起こってるの――」


 タマキは後方の空を見た。

 攻撃自体は不可視だが、攻撃によって生じた空気の渦は観測できる。

 そして立ち込めていた雲がぱっくりと裂けていたことから、攻撃の発射地点は予想できた。

 しかし、見つめる先の空には何もない。


「あそこ、ですよね?」


 同じ場所を見上げたサネルマが問う。


「何かあるわけでもなさそうですけれど――空が、変ですわね」


 カリラが空の異常を指摘する。

 皆の見つめる先、雲の切れ目が発生した原点付近で、空が突然ズレた。

 その光景には既視感がある。


「スサガペ号か?」


 イスラが問うが、タマキはかぶりを振った。


「いいえ。あの船にこのような攻撃手段は搭載されていなかったはず――」


 空のズレが大きくなり、エネルギーの揺らぎとともに、隠れいていた物体が姿を現す。


 大型の大気圏内航行可能艦船。

 流線型をした細長いフォルムで、〈コール・クレーニ〉よりも2回り小型。艦首に装備した主砲にいたっては、〈コール・クレーニ〉の半分ほどの口径しかない。


 それでも、船体サイズ、出力エネルギーから、宇宙戦艦であることは間違いない。


 タマキはすぐにデータベースと照合を開始。

 統合軍の保有する3隻の最終世代型宇宙戦艦のいずれとも一致しない。

 しかし帝国軍の保有するもう1隻のものとも異なる。


「まさか――」


 最終世代型以外で、大気圏内を航行可能な宇宙戦艦。それは確かに2隻だけ存在した。


 最終世代型より後に、旧連合軍、旧枢軸軍が1隻ずつ建造した、新鋭戦艦と呼ばれた機動宇宙戦艦。

 100年以上続いた大戦を一変させ、すべての宇宙戦艦を過去のものにした、次元の違う強さを持つ艦艇。


 2隻とも現在は行方不明となっているが、旧連合軍が建造した〈ニューアース〉については多少のデータが残されていた。

 だが、いま空に浮いている宇宙戦艦と〈ニューアース〉は似ても似つかない。

 〈ニューアース〉は〈コール・クレーニ〉より1回り大きい大型艦で、角ばってごてごてとした、荒々しいフォルムをしていた。

 だとしたら、残る可能性は1つしかない。


「枢軸軍の新鋭戦艦……?」


 かつてタマキの祖父が。大戦の英雄、ユイ・イハラ提督が乗った艦。

 それを建造したのは――


 タマキを含め、ツバキ小隊全員の端末が映像データを受信した。

 オープンチャンネルで、敵味方の区別なく広範囲に映像を送りつけている。

 それは先ほどの不可視の攻撃によって電磁場が乱れに乱れているにもかかわらず、鮮明に映し出されていた。


 短い黒い髪をした、柔和な顔の女性。目は若干垂れ気味で、左目の下に泣きぼくろがある。

 枢軸軍の宇宙軍士官服を身につけ、階級章は少尉だったが、その上から、統合軍元帥しか身に着けることの許されない外套を羽織っていた。


 女性はカメラをまっすぐに見据えると、落ち着いた口調で語り始める。


『統合軍の皆さん、到着が遅くなり大変申し訳ありません。

 枢軸軍改め、統合軍大元帥、ユイ・イハラです。

 コゼット・ムニエ総司令官の要請を受け、微力ながら私とこの機動宇宙戦艦〈しらたき〉、以下乗組員は、トトミ星系での戦いに加勢する運びとなりました。


 ――さて、帝国軍の皆さん。非常に残念なお知らせになりますが、我々はこれからあなたたちに対して艦砲射撃を実施します。

 宇宙の半分を支配した機動宇宙戦艦〈しらたき〉の攻撃を凌ぎきる自信がないのであれば、早期の投降を推奨します。

 攻撃開始まで5分だけ猶予を与えましょう。どうか、賢明な判断を望みます。


 では統合軍の皆さん。ラングルーネ基地奪還後。再び会いましょう。

 ご安心下さい。全ての障害はこちらで排除します。あなたたちはただ、勝利をつかみ取るだけでよろしい。

 各員の活躍を祈ります』


 ユイ・イハラは最後に突然のオープンチャンネルによる映像送信を謝罪すると、それで通信を終了した。


 〈コール・クレーニ〉の出現によって絶望的な状況に陥っていた統合軍だが、一転、勝利を確信し、歓声に沸き始めた。

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