第234話 オレンジの空
戦闘区域から離脱したツバキ小隊は、大隊の機動補給部隊と落ち合い弾薬・エネルギーパックの補充と装備更新を行った。
4脚対歩兵装甲騎兵〈I-A17〉改修型補給機から事前に要求していた物資が積み降ろされていく。
「30ミリガトリング持ってってくれ。
いやあ、折角の重装機だしと思ったんだが、連射レート制限かかっちまってガトリングの意味が無かったよ」
イスラはそう笑って、右腕に装備していた30ミリガトリング砲を切り離し〈I-A17〉へと積み込んだ。
かわりに56ミリ砲を受領。重装機の対装甲装備としては扱いやすい火砲だ。市街地戦においてはやや大型ではあるが、今のツバキ小隊の編制を考えれば機動戦闘能力より単発火力が求められた。
「ちと重いが、何とかなるだろ。
で、戦況は?」
何事も無かったようにイスラが尋ねる。
タマキはため息半分に応じた。
「予想より帝国軍の侵出が早いです。
速力のある機体を先行して投入したようですね」
「それで囲まれちまったと?
単独行動を許されると突っ走っちまうのはタマちゃんの悪い癖だぜ」
「上官批判ですか?」
タマキはむっとしながらも、イスラの言っていることが正しいとも理解していた。
イスラはからかうように笑って続ける。
「まさか。
ただちょっと慎重さが欠けてたとは思うね。
頼りになるフィーリュシカ様がいないんだ。注意するにこしたこたない。
で、なんで居ないんだ?」
タマキは顔をしかめて回答を拒否する。
フィーリュシカがいない理由など、タマキだって本当のところを知らない。
何処に向かったのか。追いかけていったナツコとも連絡が取れない以上、それすら知る術は無い。
「それよりあなたです。
その機体は?」
「よく聞いてくれた。
こいつは〈エクィテス・トゥルマ〉。
機動力のある重装機として設計された、エクィテスシリーズの最高傑作だ」
「統合軍のデータベースに登録がありません」
タマキは端末を確認して事実を告げる。
それに対して、イスラの背後で〈エクィテス・トゥルマ〉のエネルギー転換炉を整備していたカリラが答える。
「製造規格に通らなかったので当然ですわ。
安全規格は通してますけれど」
「規格外部品を使っていると?」
「部品1つ1つが手作業の仕上げ工程を必要としますから。
ですが一番問題なのは独自仕様のコアユニットとエネルギー転換炉でしょうね。
重装機を高速で動かす大出力コアと大容量転換炉を必要としたため、通常とは異なる構造のエネルギー転換を行っていますの」
「よく安全規格に通りましたね」
コアユニットとエネルギー転換部分は、統合軍が認証した構造の規格品を使用することが義務づけられている。
原理の解明が進んでいないため、特殊な構造を用いると高容量のエネルギーが暴走する可能性があるからだ。
しかし安全規格に通っていると言うことは、少なくとも実用範囲内での長時間連続駆動、負荷状態駆動試験に合格しているはずだ。
「で、問題点は?」
タマキは核心に触れる。
これはカリラのコレクション倉庫から持ち出された機体だ。
真っ当な機体であるはずが無い。
「至極当たり前な物理的問題だよ」
イスラがにやりと笑って答える。
タマキはそれでは答えになっていないと、持ち主であるカリラを睨み付けて回答を迫った。
「お姉様の仰るとおり。
至極当たり前な問題ですわ。
つまり、重い物を速く動かせば壊れやすい。これに尽きますわ」
「故障率が高いと?」
「問題無い。
故障したら直すさ。なあカリラ」
「当然ですわ!
この機体は未来に残すべき人類の宝です!
どんな小さな故障でも立ち所に直して見せますわ!
――見せますけれど、お姉様? 流石に前線でこの機体を運用するのは問題アリですわ」
「なーに問題ない。あたしの腕にかかればこいつは無敵の機体だよ」
イスラにそう言い切られてしまうと、カリラは反論できない。
カリラはイスラに心酔している。イスラの言うことは絶対だ。
しかし同時にカリラは変態機コレクションを人類の歴史に残すべき偉大なる宝であるとも信じている。
いくらイスラの操縦技能が秀でていようが、〈エクィテス・トゥルマ〉はちょっと動かしただけでもエネルギー転換炉が火を噴く機体だ。
しかも修理用パーツの入手はすこぶる難しい。統合軍からの補給可能性はゼロ。カリラは予備部品を一通り揃えてはいたが、そんなものは実戦投入すればあっという間に使い切ってしまう。
「カリラさん、本当に大丈夫ですか?」
確認をとられて、カリラは一瞬否定しようかとも考えた。
しかし故障率はともかく、まともに動いている間だけなら〈エクィテス・トゥルマ〉は最強の重装機だ。
イスラは片足を失い高機動機の操縦は不可能。
だとすれば、この機体は彼女にとって最高の機体になり得た。
「最善を尽くして修理しますわ。
それにコアユニット周りの不具合も、改造すれば何とかなるかも知れません」
「それには大いに期待しますが――無登録機体をこれ以上増やしたくはありません」
「2機も3機も同じさ。なあ」
イスラはカリラとリルへ視線を向けて同意を求める。
〈空風〉も〈Rudel87G〉もデータベースに登録されていない機体だ。
これがダメなら他の機体もダメになりかねないと、同意を求められた2人は頷いて見せる。
「あなたたちはもう。
面倒ごとは御免です。違法機体の使用で問題があった場合は所有者が責任をとるように」
「当然のことさ」
イスラは〈エクィテス・トゥルマ〉の使用が認められて満足そうに頷いた。
「で、足は?」
タマキはそんな彼女へと、失ったはずの右脚について問い詰める。片足の無い状態で〈R3〉は装備できないはずだ。
「惑星首都に統合軍の技術教官やってる知り合いがいてね」
「義足を作らせたと? ですが義足ですよ?
いくら完成したからと言って装着すれば終わりという代物ではないでしょう。機械とは異なります。リハビリもなしに動かせないでしょう」
「そうかい? はめたらちゃんと動いたぜ?」
平然と答えるイスラに、タマキは頭を痛める。
彼女に常識を求めるほうが間違っていた。
足を失ってすぐに、もう健康だから出撃させてくれと懇願してきた女だ。
義足と機体が届いてしまえば、後の問題は理解不能な根性とばかげた才能でなんとかしてしまうであろう。
タマキは再び大きくため息をついて、やむなくイスラを追い返すのを諦めた。
人手が足りないのは確かだ。機体にも中身にも問題はあるだろうが、動いているうちは活用するべきだと結論づける。
「新たに防衛ラインが設定されました。1ブロック後退。ライン防衛に入ります。
――カリラさん。一応あの機体情報、すぐに出せる部分だけまとめて提出して。速力も火器運用能力も分からない機体に指示は出せません」
「かしこまりましたわ。ただ、あまり負荷のかかる状況で運用するのは避けてくださいまし」
「善処しますが相手次第です。すぐに資料作成を」
カリラが了解を返し、端末に〈エクィテス・トゥルマ〉のデータをまとめ始めると、タマキは隊員へ後退指示を出し、補給部隊とともに移動を開始した。
◇ ◇ ◇
ツバキ小隊は大隊に組み込まれ、ライン防衛に従事することとなった。
設定された防衛ラインを守るように、防衛施設が建設され重装機や装甲騎兵が配備される。
速力のある機体は機動防衛戦術をとり、防衛施設へと攻撃してくる敵部隊に対して、一撃離脱を仕掛け戦力を削っていく。
ラングルーネ・ツバキ基地東部。旧市街地には増援も到着していたが、帝国軍の勢いは衰えない。
機体数の優位と、濃密な支援砲撃で防衛ラインを崩そうと猛攻を仕掛けてくる。
既にかなりの数の敵兵を倒していたが、それでも攻撃の手が休まることは無かった。
「大通りに〈ボルモンド〉2機。前の1機に攻撃を集中して」
機動戦を行うタマキは指示を飛ばし、廃墟となった建物を乗り越え大通りへ向かう。
片側3車線の旧市街地主要道路を、2脚人型装甲騎兵〈ボルモンド〉2機を含む敵部隊が前進してきていた。防衛拠点は砲撃によって破壊され、防衛に当たっていた部隊は建物の陰に隠れ攻撃の機会をうかがっている。
ツバキ小隊は敵部隊の側面をとり、かすめるように一撃離脱を敢行した。
先行してリルが空中から30ミリ砲で奇襲を仕掛ける。
無理な飛行姿勢からの攻撃にもかかわらず、30ミリ砲弾は〈ボルモンド〉の足下にいた中装機〈S-15〉を撃ち抜いた。
リルへと攻撃が集中するが、彼女は機関銃を装甲で受け、建物を盾に誘導弾をやり過ごした。
敵の注意がリルへ向いているうちに、イスラとサネルマが攻撃を仕掛けた。
〈エクィテス・トゥルマ〉の56ミリ砲が前方を進んでいた〈ボルモンド〉の右脚部関節脆弱部を撃ち抜く。
続くサネルマが対装甲ロケットを放つが、距離が遠すぎた。周辺の護衛機によって撃ち落とされ、2人は攻撃を受ける前に撤退。
「転進します」
「わたくし何もしていませんわ」
攻撃命令を出されなかったカリラが意見するが、タマキはさっさと下がれと手で示した。
やむなくカリラはタマキと共に後退。
「あの中に飛び込んだらただでは済みませんよ」
「あの程度の数なら問題ありませんわ」
「だとしても、戦果は十分です。
わたしたちは次に向かうべきです」
「次は仕事があることを期待していますわ」
隊長護衛も立派な仕事だとタマキは説教を垂れたが、カリラは納得いかない風だった。
最終的には人手不足なのだから仕方ないと言いくるめた。
ツバキ小隊はその場から離れ、次の区画へと向かう。
その場に留まっての戦闘はすべきではない。機動防衛戦術をとる以上、常に動き続け、所在を明らかにせず一撃離脱に徹するべきだ。
統合軍のデータリンクに敵機情報が次々に共有され、至る所から救援要請が出ている。
タマキは一番近い救援要請を目標地点に設定し、隊員へ戦闘準備を命じて進む。
今度は歩兵のみ。しかし中装機中心の機動攻撃部隊だ。早めに仕留めなければ面倒この上ない。
「ツバキ2、護衛について。
ツバキ5。奇襲を任せても?」
「引き受けますわ」
「結構。敵は〈S-15〉と〈グラディウス.MkⅠ〉の混成中装機部隊です。
40ミリ砲装備のグラディウスを狙って。残しておくと厄介です」
「畏まりましたわ。ではお先に失礼」
カリラは〈空風〉のブースターを展開し、一気に最高速度まで加速すると周辺警戒すらせず真っ直ぐに敵歩兵部隊のいる方向へ邁進した。
「あのお馬鹿」
「きっと大丈夫ですよ。援護に行きましょう」
「そうそう。カリラなら問題無いさ」
サネルマとイスラにそう言われて、タマキは問題の本質を分かってないと憤慨したが粛々と前進命令を出した。
カリラが無茶な突撃をしたおかげで、進軍ルート上に敵機がいないことも確認済み。
速度を上げて敵部隊奇襲へ向かう。
カリラから奇襲攻撃開始の合図が飛ぶ。
奇襲を受けた敵が通信妨害を作動させたのか一瞬カリラからの通信が途絶えるが、この区域の電波は統合軍が掌握済み。直ぐに妨害電波の周波数が特定され通信が復旧する。
『――あーあー。聞こえていまして?
こちらツバキ5。奇襲成功。
とりあえず〈グラディウス.MkⅠ〉2機撃破。まだいけますわよ』
奇襲成功は喜ばしいことだが、これでまたカリラが調子にのるとタマキは複雑な心境だった。
部隊員へ攻撃命令を出し、カリラへ巻き添えを食う前に待避するように言いつける。
6階建ての建物の壁を登り、最上階から敵集団に向けて攻撃開始。
砲撃を受ける敵機へとタマキはロケットを投射。
攻撃成功を確認せず即座に待避開始。反撃のロケット攻撃で建物の主柱が吹き飛び倒壊が始まる。
「このまま転進」
救援要請は留まることが無い。今し方攻撃を仕掛けた中装機部隊へ別働隊が攻撃を仕掛けるが、それを補うように新たな敵部隊が押し寄せてくる。
「キリが無いわね」
「だが続けるしか無いだろう?」
並走するイスラが弾薬装填しながらそう語りかけた。タマキは頷く。
「それは間違いないですが……まずいわね」
指揮官端末を見ると、救援要請で防衛ラインが赤く染まっていた。
全体の5割で救援要請が出されている。このままでは戦線が崩壊する。
防衛ラインを下げるため、急ピッチで後方に防衛陣地が構築されているが、今の防衛ラインがどれだけ耐えられるか。
それに戦線崩壊の危機にあるのは旧市街地方面だけではなかった。
南方の基地防壁正面方向でも、敵の猛攻に押されて防衛ラインを下げ始めている。
まだ分厚い基地防衛ラインが残っているが、東部方面が押し込まれたら南方も今の位置では戦えないだろう。
「援軍は来ていますが、展開が間に合ってません。
このままではラングルーネ・ツバキ基地まで入り込まれるかも知れません」
ラングルーネ・ツバキ基地は基地内戦闘も考慮して建設されている。
防壁を突破されても基地内で十分戦えるだろう。泥沼の基地戦闘は避けたいところだが、総司令官はラングルーネ方面に固執している。ここでの撤退はないだろう。
今はとにかく時間が欲しい。
戦線の崩壊を防ぎ防衛ラインを保つために、結局ツバキ小隊に出来ることはこれまで通り、救援要請に従って敵部隊へ奇襲を仕掛け続けることだけだ。
「作戦継続。
転進。北進し『H-12』地点へ。橋に迫っている敵部隊へ奇襲を敢行します」
タマキは急制動をかけて進路を変更。部隊員もそれに続いた。
「攻撃準備――停止。
攻撃中止! 後退! 下がって!」
あと1つ角を曲がれば敵部隊が視界に入るというタイミングで、タマキが攻撃中止を命じた。
タマキのメインディスプレイ、そして指揮官端末に、統合軍司令部発行の警告が表示されていた。
タマキは警告コードを確認すると即座に命令を発する。
「全速待避!
頑丈な建物か地下室を探して!」
タマキが駆け出すと隊員も後に続く。
各員地図情報を確認して指示に見合った場所を探すが、そんな中イスラが尋ねる。
「そんなに慌てて何事だ?」
「オレンジです」
イスラは「オレンジ?」と聞き返したが、その警告コードには覚えがあった。
トトミ中央大陸東岸、ハイゼ・ブルーネ基地方面に、帝国軍が強襲上陸を敢行した際、霧に隠れる敵部隊に対して投入された兵器。
通称TB爆弾。広範囲を熱と衝撃波で加害する戦略級弾頭だ。
「蒸留所がある。地下室があるはずだ」
「他は――無さそうですね。
直ぐに待避を!」
ツバキ小隊はイスラが発見した蒸留施設の地下保管庫へと駆け込んだ。
既に物資の運び出された広々とした地下室。入り口を塞ぎ、爆風に備えるため5人は一塊になった。
「しかし戦略兵器なんて通るのか?
帝国軍だって対空砲陣地くらい設置してる。迎撃されて終わりだろう」
イスラの疑問は正しい。
戦略ミサイルなんて、高高度レーダーに探知されて、あっという間に迎撃されて終わりだ。
だから現代の戦闘は〈R3〉や装甲騎兵と言った地上兵器による泥臭いものになった。
しかしそれでも、戦略兵器が通用する場面は存在した。
相手が高高度迎撃能力を有していない。もしくは迎撃態勢を整えていない状態への不意打ちなど。
今回統合軍がとったのはそのどちらでもない、超古典的だが、だからこそどんな場面でも通用する手法だ。
「飽和攻撃ですよ」
「飽和攻撃? 冗談でしょう?」
カリラが戸惑ったように声を発する。
タマキだって最初に警告を確認したときには冗談だと思った。
飽和攻撃。超古典的ながら、人類史上最も有効な戦略だ。
戦略ミサイル1発なら撃ち落とされるだろう。
2発撃とうが、3発撃とうが、それは撃ち落とされるだろう。
だが、100発撃てば1発は迎撃をすり抜けるかも知れない。
そして、1発が対空砲陣地か高高度レーダーを破壊してしまえば、それ以降の全ての戦略兵器が有効弾となる。
それだけの戦略ミサイル発射基地を揃えられるのか。
弾頭はどうやって調達するのか。
戦略兵器による飽和攻撃が有効だと分かっていても、誰もそれを実行しようとしない。100発撃てば1発は当たるだろうだなんて、机上の空論でしか無い。
だがトトミ司令部は――コゼット・ムニエはこのトトミ中央大陸東部における一大決戦であるラングルーネ決戦に合わせて、必要な全てを用意した。
トトミ霊山麓のミサイルサイロから放たれた300発にも及ぶTB爆薬搭載弾頭が、ラングルーネの空に橙色の軌跡を描いた。
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