第221話 しらたき・糸こんにゃく論争

 更生施設に入ったツバキ小隊は共同食堂の使用について許可が必要だった。

 施設利用制限を受けている手前、隊員全員の基地ゲート通行許可なり食堂使用許可なりを申請するのは非常に手間であり、支給される最低限の食料で食いつないでいく必要があった。

 それを見越してタマキはエノー基地を出る際に食料をいくつかくすねて居たし、以前より隊員がそれぞれに自分好みの食料を蓄えていた。

 だから制限された環境においても、食糧事情に関しては良好な部類にあった。


 更生施設には収容者向けの食事を作る厨房がある。最低限の設備しかないが、ツバキ小隊にとっては必要十分だ。

 調理係は立候補したナツコが任命され、運動してばかりでお腹を空かせた隊員のために腕を振るった。


 昼食は、根菜とネギ科の鱗茎野菜、それに缶詰の合成肉とコンニャクの加工食品を煮込んだ料理だった。

 管理棟にある食堂に集まった隊員に、ナツコの作った料理と、支給されたパンが配られる。

 捕虜の見張りを命じられているカリラ以外が集まると、タマキが食事の合図を出した。


「では頂きましょうか」


 許可が出ると隊員たちは各々食事を始めた。

 初めて見る料理に、トーコは透明な糸状の食品をフォークの先に引っかけて問いかける。


「この透明の物体は何?」

「ああ、それは白滝ですよ」


 トーコは「しらたき?」と首をかしげる。

 ナツコが詳細な説明をしようとしたが、それを遮るようにユイが机を叩いた。


「糸こんにゃくだ」

「だから白滝ですよ」


 意義を唱えるユイに、すかさずナツコが反論する。

 ユイは更に意義を唱える。


「糸状にしたこんにゃくなんだから糸こんにゃくと呼ぶのが正しい」

「それを白滝と呼ぶから白滝なんです!!」


 そもそもこんにゃくって何だと問いかけるトーコを一切無視して、2人は立ち上がると睨み合った。

 トーコは相手にしていられなくなって「食べられるものなら何でも良い」とそれを口に運ぶ。ぷにぷにとした独特の食感に、染みこんだ煮汁の味。それなりに美味しいと、その名称についての興味を失う。


「私は全宇宙白滝協会を代表してこれは白滝だと言っているんです」

「同じ台詞を吐いた奴がいるぞ。

 どいつもこいつもありもしない団体の代表を語りやがって。

 だから白滝派は嫌いなんだ」

「私は本当に代表なんです。

 いいですか。開拓歴1874年の――」

「1875年、トーリアス・ナイマン著、白滝の製造法に関する宇宙共通報告書。

 それは著者の個人的思想を多分に含むし、そもそも情報が古い」

「な、なんでそう言い切れるんですか!

 宇宙史に残る正式な記録です!」

「どの宇宙史だ?

 当時は宇宙開拓黎明期だ。宇宙の代表は星の数ほど存在した」

「でも後に宇宙連合政府となる系譜の著書です」

「後の話をしてるんじゃない。当時の話をしてる」

「だとしても――」


 2人の言い合いがいつまで経っても終わる気配を見せないので、遂にタマキが机を叩いた。

 大きな音にびっくりしてナツコが口をつぐむと、タマキは告げる。


「食事中です。

 他のことがしたいなら余所でどうぞ」


 ナツコは謝罪して席に座った。

 朝から運動してお腹が空いているのだ。食事抜きは辛いし、折角任命された調理係を解任される可能性もあった。

 ユイも食事抜きだけは遠慮したいと判断したのか、誤りはしなかったものの席に座る。


「食事中くらい静かにしなさい。

 ――しかし珍しいですね。あなたがそんなに他人に対して食いつくなんて」


 騒ぎが収まるとタマキがユイへと語りかけた。

 ユイは鼻を鳴らして返す。


「別に。昔、同じ内容で友人と喧嘩したってだけだ」

「その喧嘩は決着がついたの?」


 タマキの言葉に、ユイはうんざりしたように口元を引きつらせたが、それでも律儀に返す。


「つかなかった。向こうがムキになって埒があかない。

 全くいくつになってもガキみたいな奴だった。

 しかもそいつと来たら翌日まで根に持ってやがった。

 こっちが仕事で設計した船の名前について尋ねたのに、何を勘違いしたのか「白滝は白滝だから」とのたまいやがる。

 頭にきたから船の名前を〈しらたき〉で申請してやった。

 当時の上司も「他では見たことのない斬新なアイデアだから採用」とかバカを言ってそのまま通された。

 今となっちゃなんであんなことをしたのか後悔してる。

 だからあたしは以降「しらたき」なんて名称を絶対に認めないことにした。

 あらゆる歴史を調べて確信したが、糸こんにゃくは糸こんにゃくだ」

「なんてことをぅっ!」


 売られた喧嘩を買おうと勢いよく立ち上がったナツコだが、勢いの余り机に膝をぶつけ、痛みのあまり飛び跳ねようとしたが、飛び跳ねたらまた何処かしらぶつけそうだからとトーコに押さえつけられた。


「危ないからじっとしてて。――前にも同じ事やったでしょ」

「うう……。そうでしたっけ……?」


 ナツコは痛みのあまり鮮明には思い出せなかったが、確かにこの膝の痛みは経験したことがあるなと、うっすらと記憶がよみがえった。

 そしてその時も、ユイと料理について揉めていたような気がした。


「下らない喧嘩はわたしの見てないところで静かにやって下さい。

 それにしても、あなたがそんな変わった人と友人だったというのは意外ですね」

「変人だが、お前たちよりは幾分か人間が出来てた」


 不特定に向けた発言にタマキはむっとしたが、冷静に返す。


「是非会ってみたいわ」

「戦争で死んだよ」


 即座に返された言葉にタマキは一瞬言葉を失った。

 食事をしていた隊員たちの空気も一瞬にして冷めてしまう。


「ごめんなさい。無思慮だったわ」

「別に。あいつが愚かだっただけだ」


 ユイは気にしてない風を装うが、その様子はいつもとは違っていて、どこか物憂げだった。

 すっかり冷めてしまった空気。

 ナツコはそれを変えようと、思い出したように声を上げる。


「あ! カリラさんの食事どうします? 用意はしてあるんですけど」

「直ぐ出来ますか?」


 タマキが問うとナツコは大きく頷いた。


「はい。暖めるだけなので」

「食べ終わったから呼んでこようか?」


 食事を終えたトーコが立候補すると、タマキはそれを認めた。


「お願いします」

「了解、呼んで来ます。

 ――ナツコ、食事美味しかったよ」


 トーコは昼飯の礼を言うとカリラを呼びに食堂を出て行く。

 ナツコは席を立って厨房に向かい、カリラともう1人分用意された料理の鍋を放熱器にかけた。

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