第219話 更生施設

「これ、何処に向かってますかね?」


 まだ日が昇ってから浅い早朝の頃、ツバキ小隊の所属する第401独立遊撃大隊の車列はラングルーネ・ツバキ基地に入った。

 しかしツバキ小隊のトレーラーは大隊の車列から離れ、1台だけ基地外縁部へと進んでいく。


 トレーラー荷室の通気窓を開けて外を見ていたナツコは戸惑いつつ問いかけた。

 傍らに居たイスラは、車椅子に固定された身体を伸ばして窓の外を見ようと試みたが失敗に終わり、ナツコへと苦情を申し入れる。


「なあナツコちゃん。

 いい加減このバカげた拘束をとってもいいんじゃないか?

 あたしゃ健康そのもので、拘束どころか車椅子すら必要無いんだ」

「駄目です。

 私、イスラさん係に任命されたんです。

 安全第一ですから拘束は解けません。

 そのかわり、責任持って介助させて頂きますから何でも言ってください」

「まずはこの拘束をとって欲しい」

「それは駄目です」


 ナツコは強情で、拘束解除については一切譲らなかった。

 イスラはその様子を見てタマキが何故ナツコを介助係に任命したのか理解した。


「タマちゃんも人が悪い。

 こうなるのを分かっててナツコちゃんを任命したんだ。

 なあトーコちゃん」


 イスラは力なくトーコへ語りかける。

 以前トーコもナツコに介助された経験があり、あまりに過保護なその対応については誰よりもよく知っていた。

 だからこそ、いくら言っても無駄だとも理解していた。


「同情はするけどね」

「同情するなら代わってくれよ」

「意見は隊長にどうぞ」

「向こうはもっと強情なんだ」

「知ってる」


 とりつく島も無く、イスラは項垂れて全てを諦めた。


「ねえイスラさん。私たち、何処へ向かっているんでしょう。

 もしかして、前に居た専用宿舎みたいな所ですかね?」


 そんなイスラの心情など一切気にすることも無くナツコが再度尋ねた。

 イスラには外を見る手段が無かったが、どうにもナツコの様子からするとツバキ小隊のトレーラーは大隊とは別の所へ向かっているらしい。

 となると、向かう先はろくな場所ではないだろうと返す。


「残念だけどな。そんな良い場所じゃないだろうよ」

「どうしてです?」


 問いかけに「分からないのか?」と思いながらもイスラは端的に述べた。


「命令無視して出撃停止と施設利用制限くらってるんだろ?

 そんな部隊に専用宿舎なんて夢のまた夢。

 僻地の宿舎なら良い方。最悪、懲罰房じゃないか」

「え、そんなことって……」


 しかし窓から見える景色は基地中央区から離れるにつれ次第に殺風景になりつつあった。

 立ち並ぶ高射砲陣地。広がる演習場。そこから基地防壁を抜けて更に外側へ。

 トレーラーは湿地帯の面影残る、簡易舗装された道を進む。

 進む先には、鉄条網の張り巡らされた区画があった。

 区画内には塗装もされていない簡素な建物。


「懲罰房って、どんな場所ですかね?」


 ナツコは恐る恐る尋ねた。

 イスラは問いかけを笑い飛ばす。


「冗談だよ。

 あのお兄ちゃんがタマちゃんを懲罰房送りにするはずないだろ」

「ですよね! 良かった!」


 ナツコは心の底からほっとして、では進路の先にあるあの建物は一体何だろうと思案し始めた。


          ◇    ◇    ◇


「しばらくの間ツバキ小隊はここを拠点とします。

 機体を管理棟へ。〈音止〉は倉庫に運び入れてください」


 簡素な建物の前でトレーラーが停止すると、外に整列した隊員の前でタマキが指示を出す。

 入って直ぐの管理棟には〈R3〉を保管できるターミナル型装着機が設置されていた。

 ただ隊員としては気になるのは宿舎の方で、一見管理棟以外には窓も無さそうなこの建屋に、真っ当に生活できる空間はどれほどあるのだろうかと不安に苛まれる。


「懲罰房?」


 ナツコが呟く。


「捕虜収容所では?」


 答えるようにサネルマが返す。


「あたしには刑務所に見える」


 最後にイスラが意見を述べると、タマキは勝手な発言を咳払いで黙らせて、仕方なく説明した。


「素行不良者の更生施設です」

「あらしらにはぴったりだ」


 笑いかけるイスラに、タマキは鋭い視線を向け黙らせて話を続けた。


「しばらくの期間、出撃停止と施設利用制限を宣告されました。

 簡単に言ってしまうと謹慎処分です。

 この施設については大隊の入る本宿舎と分けるためだけの措置ですので、更生施設として利用されるわけではありません」

「なら前の専用宿舎でも良かったんじゃないか?」


 勝手な発言を繰り返すイスラ。

 タマキは大きくため息をついたが、叱責することは無かった。


「大隊長もそんなバカげたことを言っていました。

 ですがそれでは反感を買うだろうと、この僻地の更生施設に変えて貰いました。

 何か不満がありますか?」


 イスラはやはり笑って返す。


「いや全く。

 ただ謹慎生活を快適に過ごせる部屋があるかどうかは心配だね」

「ご心配なく。

 あなたはここではなく衛生部の隔離病棟です」

「待て」


 折角エノー基地の病室から出して貰えたというのに、再びの病室送り宣告にイスラはすかさず待ったをかけた。

 しかしそれを聞き入れるタマキではない。


「待ちません決定事項です。

 カリラさん。機体の搬出が済み次第イスラさんを送ってあげて。ナツコさんも同伴を」

「はい! お任せ下さい!」


 ナツコは元気よく返答した。

 イスラはすがるような目をカリラへと向ける。

 しかしカリラは謝るように頭を下げた。

 カリラとしても今のイスラには休んでいて欲しいという気持ちがあり、未練を残しながらも命令を了承する。


「お任せ下さいまし」


 イスラは「そりゃないぜ」と味方を探すように隣を見たが、そちらに居たのはリルで、「怪我人は大人しくしてなさいよ」ときつい口調で返された。

 万策尽きてイスラも病室送りを受け入れる。どうせ出撃停止命令が出ているから戦闘参加は出来ないし、タマキも面会許可を出す気があるようだったので、割り切れなくもない。


「では荷物の移動を始めて下さい。

 フィーさんだけ残って」


 残されたフィーリュシカに対してどのような指示が与えられるのか、ナツコを含め隊員たちはなんとなく理解していたが、それには触れること無く荷物を運び出すためトレーラーへと戻った。


          ◇    ◇    ◇


 タマキがツバキ小隊の謹慎先としてこの更生施設を選択したのにはもう1つ理由があった。

 更生施設には通常の居室の他に、更生施設内で違反行為を起こしたものを収容する懲罰房が存在する。

 金属製の分厚い壁に覆われ、正面は鉄格子。捉えた少女を収容するのに都合が良かった。


 フィーリュシカによって少女は懲罰房に収容された。

 少女は檻の中でずっと寝たままで、雑に懲罰房の硬いベッドに放り出されても起きることは無かった。


「怪我をしていたはずですね。

 軍医に診せる必要がありますか?」

「問題無い。放っておいても治る」


 問いかけに対して、フィーリュシカは少女の怪我について見解を示した。

 タマキはそれに満足して、寝ている少女の首筋へ手を当てる。


「触れると危険」

「噛まれますか? ――脈がない? そんなことは……」


 少女の顔にかぶせていた布を取り、呼吸音を確かめるため顔を寄せる。

 しかしそんなタマキの肩をフィーリュシカが掴んで引き寄せた。


「危険です」

「心配性ですね」


 再度顔を寄せようとするタマキ。しかし少女が目を覚まし、その青い瞳がタマキを睨んだ。


「何?」


 開口一番に少女が問いかける。

 タマキは一歩下がり姿勢を正すと返した。


「質問するのはこちらです。

 まだ所属と名前を言う気になりませんか?」

「コゼットに連絡した?」

「質問するのはこちらです」


 少女の問いをタマキは突っぱねる。

 少女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「そ。まだなら話すことは無いわ。

 もうしばらく寝るから起こさないで」

「答えなければいつまでも出られませんよ」

「構わないわ。

 それじゃあお休み。お嬢ちゃん」


 少女はタマキに背を向けて横になった。

 無理矢理にでも起こして質問に答えさせようかと画策するタマキだが、それは最後の手段だと出しかけた手を引っ込める。


 少女の存在については、コゼットはもちろん、兄のカサネにも話していない。

 まだ時間はある。

 奪った捕虜のこと。〈空風〉や黒い〈ハーモニック〉のこと。〈パツ〉コアユニットの行方。そして彼女たちの目的と、協力者について。

 聞きたいことはいくつもある。

 謹慎処分は不服ではあるが、情報を集める期間だと思えば悪くはない。

 タマキはフィーリュシカと共に懲罰房から出ると指示を伝える。


「フィーさん。扉に鍵をかけて、しばらく見張りをお願いします」

「承知した」


 少女は懲罰房に収監された。

 ツバキ小隊はラングルーネ・ツバキ基地の外れ。更生施設の管理等を拠点として、しばらくの謹慎生活を開始した。


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