青色の少女

第218話 ラングルーネ・ツバキ基地へ


 〈アヴェンジャー〉搭乗者の少女を拘束し、エノー基地へと帰還したツバキ小隊。

 隊員たちはトレーラーの周辺で、報告に向かったタマキを待っていた。

 そこへ〈音止〉の修理のため残っていたトーコとユイがやってくる。

 トーコは見張りに立っていたサネルマの装備を見て尋ねる。


「任務お疲れ様。

 だけど、機体傷ついてない? 輸送任務だったよね?」

「あー、そうだったんですけど……。

 ちょっと説明は中できいて貰っていいですか?」

「訳ありね。了解」


 外では話せないことなのだろうとトーコは察して、トレーラーの荷室を覗く。

 出迎えたのは〈ヘッダーン5・アサルト〉を装備した、完全武装状態のナツコ。

 奥の床には拘束された少女が転がる。

 そんな彼女へと向けてフィーリュシカが対装甲拳銃を突き付ける。

 傍らではカリラが何らかの残骸を賢明に組み立てようと試行錯誤している。

 一目見て分かるのは、何があったのかさっぱり分からないということだけだった。


「ごめんナツコ。何があったか教えて貰って良い?」


 困惑するトーコに対して、ナツコはかいつまんで輸送作戦と、その後の追跡、現れた敵との戦闘について説明した。


「なるほどね。

 とういうことは隊長しばらく帰ってこないね」

「え? どうしてです?」

「だって指示されてない輸送隊の追跡してバレたんでしょ?

 怒られるのは確実だろうし、悪ければ軍法会議かも」

「タマキ隊長、軍法会議の常連さんですね」


 可笑しそうにそう言ってのけるナツコに、トーコは頭を痛める。


「笑い事じゃないからね。

 前回は結局開催されなかったからいいものの……」


 それでもナツコは「今回も大丈夫ですよ」と楽観的に笑って見せた。

 トーコはとても気が気では無く、床に転がる拘束された少女を指さす。


「あの子、ここに居るってことは報告しないつもりなの?」

「そう、なんでしょうか?」

「何も言ってないってことは、上にも言わないつもりだね。

 あの子口はきけるの?」

「タマキ隊長は自分が戻るまでは誰も口をきくなと言ってました」

「了解」


 トーコとしては〈アヴェンジャー〉搭乗者に尋ねたいこともあったが、タマキが会話を禁止しているとなっては何も出来ない。

 兄に怒られて帰ってきたタマキが機嫌を損ねているだろうことは容易に想像できるし、そうなった彼女が言いつけを守らなかった隊員に対して厳しい罰を与えるだろうことも明らかだ。


「何がどうなったらこんなことになるんだ」


 トーコの傍らに居たユイが、目の前の状況に呆れきったように呟く。

 そんな彼女の瞳はいつも以上に淀んでいて、心の底から目の前の状況が理解出来ないようだった。


「一応聞くけど、ユイは何か知ってたりするの?」

「何も。愚か者の考えることは何一つ理解出来ん。

 あたしゃ修理に戻るぞ」


 そう一方的に言い残して、ユイはトレーラーから出て行った。


「私も戻りたいけど、多分、残ってた方が良いんだろうな」


 タマキが戻り次第恐らくろくでもない命令が下されるだろう。

 聞きたくない思いもあるが、聞かなかったところでどうせ後々従わざるを得なくなる。

 トーコは「どうしてです?」なんて尋ねるナツコに「どうしてでも」と適当に返して、椅子に腰掛けた。


          ◇    ◇    ◇


「これよりツバキ小隊はエノー基地を出立。

 前進する大隊に随伴し、ラングルーネ・ツバキ基地へ入ります」


 報告から戻ってきたタマキは、トレーラー荷室に隊員が集まっているのを見ると、その場で命じた。

 すっかり夜も更けた時間に前進命令。

 しかも多くの隊員はさっきまで輸送任務についていて、戦闘したばかりだった。

 しかし向かう先がラングルーネ・ツバキ基地だと知ると、隊員たちの表情も若干綻ぶ。

 

 かの基地は以前ツバキ小隊がその初期造営に協力したことから基地名称にもなった。

 基地司令である師団長がツバキ小隊のことを覚えていたのなら、快適な専用宿舎を再び使えるかも知れぬと、淡い期待すら持つ。


 命令に対して返事をしながら、カリラが挙手して問いかけた。


「お姉様はどうします?」

「置いていきたい気持ちもありますが、連れて行きます。

 ナツコさん、車椅子の準備を。

 向こうに着くまではイスラさんの介助をお願いします」

「お待ちくださいまし。お姉様の介助でしたらわたくしが――」

「あなたは運転手です」


 タマキにぴしゃりと言いつけられてカリラには返す言葉も無かった。

 大型トレーラーを運転できるのは、カリラの他にはイスラとフィーリュシカ。

 イスラは怪我をしていて運転など出来ないし、フィーリュシカには別の任務がある。


「細心の注意を払ってくださいまし!

 くれぐれも、お姉様に怪我をさせたりなどしないように!!!!」


 カリラが語気を強めてナツコに迫る。

 ナツコは敬礼してそれを了承した。


「もちろんです! お任せ下さい!」

「何かありましたらただではおきませんからね」


 ナツコは負傷者の介助を、本来のハツキ島婦女挺身隊の目的に沿った行動だと考えていた。

 だから人一倍介助任務には熱意を持っていたし、タマキから指名されたことを喜んでいた。

 それにイスラと会うのは久しぶりだ。

 カリラから彼女が元気だと聞き及んでいたから、会えるのは楽しみだった。


 タマキが他に質問があるかと隊員を見回すと、リルが手を上げて尋ねる。


「戦況はどうなってるの?」


 タマキは頷いて、端末を確認しながら答える。


「東部戦線はラングルーネ基地攻略に向けて統合軍が攻勢に出ています。

 〈パツ〉攻略作戦における帝国軍の損失は予想以上に大きかったらしく、今のところボーデン方面、ラングルーネ方面共に統合軍が優勢です。

 今回の大隊司令部の前進も、ラングルーネ・ツバキ基地までの安全な輸送路を確保出来たための決定です」

「リーブ山地南ルートが安全?」


 リルは回答に対して疑問を呈した。

 丁度今し方そのルート付近で戦闘してきたばかりだから当然の疑問であった。

 されどタマキは大きく頷いて肯定する。


「安全です。

 先に伝えておきますが、今回の戦闘については報告書に載せていません。

 それを踏まえた上でまだ質問がありますか?」


 リルは肩をすくめて見せて「正気じゃない」と批難の言葉を口にするが、声が小さかったため、タマキはそれを聞こえなかったことにした。

 タマキはそれで質問を打ちきろうとしたが、トーコが挙手し簡潔に尋ねる。


「輸送のついでにいろいろしてきたそうですけど、罰則は?」


 質問を受け、タマキは髪の先を指でいじる。

 これは聞かれたくない質問をされたときの態度だと、トーコは察した。


「ちょっとしたものです。

 出撃停止命令と、設備利用の制限。大したものではありません」

「総司令官からは?」


 トーコは恐れを捨てて重ねて問いかけた。

 どうせもう罰は言い渡されたのだ。後で知ることになるより、早めに報告しておいて欲しかった。

 しかしタマキは肩をすくめて返す。


「今のところ何も」

「報告はされたのですよね?」

「大隊長からされたはずですが、返答はまだです」


 トーコは納得いかなかったものの「回答ありがとうございます」と返して質問を終えた。

 今回の輸送任務は総司令官直々に下したはずだ。

 その任務中に予定外の行動をとられたにもかかわらず、何の音沙汰もないのは不自然であった。

 それでも、返答がないのだから待つしかない。

 黙っている相手にわざわざ罰を求めて問い合わせる必要性など何処にもありはしないのだから。


「では移動準備を。

 サネルマさん。動物用の檻を輜重科から受け取ってきて下さい」

「はい。

 ――何に使います?」


 返答してから、サネルマは檻の用途について問いかけた。

 タマキは口には出さず、ただ床に転がる少女を指さした。

 流石にそれはと、サネルマは確認をとる。


「人権侵害では?」

「義務を果たさない人間に権利はありません。

 ――やけに静かですね」


 不当な拘束をしたあげく動物用の檻に放り込んだとばれたら大問題だが、タマキはまるで気にする様子も無かった。

 それよりも少女が一切動かないことの方が気になって、フィーリュシカに視線を向ける。

 フィーリュシカは短く答えた。


「寝ている」

「そう。でしたらよろしい。

 檻が届き次第閉じ込めておいて。

 所属と名前を言うようなら出しても結構。ただし拘束は解かないで」

「承知した」


 タマキが再度移動準備を命じると、隊員は急いで準備にとりかかった。

 大隊全ての準備が整った深夜前。

 ツバキ小隊のトレーラーはエノー基地を出立し、大隊輸送車列と合流。ラングルーネ・ツバキ基地を目指した。

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