第180話 母の記録
ツバキ小隊の輸送車両は、積み降ろされていくコンテナと入れ替わるようにスサガペ号へ乗艦した。
強襲と不穏なワードが頭についているが、輸送艦には違いなく、荷室が艦の大部分を占めているようだった。
指揮官席に座るタマキは、先導してくれる誘導車のライトを細めた目で睨みながら、送り出したリルのこと、そして宇宙海賊の本当の目的を思案する。
もしリルへあの小包――恐らくはメルヴィルがつきとめたであろう統合軍内に存在する帝国軍内通者の情報――を渡すのが目的とすれば、わざわざ地表に艦を降ろした説明がつかない。
メルヴィルは地表に降りたスサガペ号は撃たれ弱いと言った。そしてそれは間違いないだろう。
宇宙船という乗り物は大気圏内での行動に制限がある。
いくら大気圏内を自由航行可能なスサガペ号と言えど、宇宙空間での活動を前提に設計された以上、大気圏内、しかも地表に完全降下した状態では十分な性能は発揮しきれないのは明らかだった。
そのリスクを冒してまで地表にやってきた理由。
コゼットが小包の手渡しを望んだから?
軍隊において上官の命令は絶対だ。だが自称宇宙海賊がコゼットの命令に従う義務が存在するのか。
そして今、彼らは何を積み降ろしているのか。
ユイはタマキへバカとは話すなと忠告した。
だがタマキは、メルヴィルが求める情報を簡単に渡してくれるような人間では無いと判断していた。
彼女は副艦長という肩書きながら、スサガペ号の実権を掌握している。
だとしたら、うっかり口を滑らせてしまいそうなバカを狙うべきだ。特にあの艦長は、ちょっとした拍子に隠すべき情報を話してしまう、絶対に味方にはしたくない危うさを持っている。
「車両停止。全員降りて整列」
スサガペ号荷室内車両置き場の一等地に車両が駐車されると、タマキは命じた。
コアユニットが停止すると隊員達は外に出て一列に並ぶ。
誘導員の男は艦長が来るまでお待ちくださいと告げて、自分の作業へ戻って行く。
待ち時間を与えられると、イスラは運び出されていくコンテナを眺めて呟いた。
「ありゃあ帝国軍のコンテナだな」
「そのようですね。強襲輸送艦の本領を発揮したのでしょう」
ユイの言葉を信じるのならば、彼らは統合軍の味方のはずだ。だとしたら帝国軍の物資を手に入れる手段は、強奪か、それとも窃盗か。どちらにしろ敵対的手法によるだろう。
「それで、宇宙海賊は歓迎してくれるみたいだが、あたしらはそのお招きに応じて構わないのかい?」
イスラの問いかけに、念のためタマキはユイへと視線を向けた。
だがいよいよ毎度確認をとられるのが億劫になったのか、言い捨てるように返される。
「自分で判断しろ」
ぶっきらぼうな態度にはタマキは眉を顰めるも、結局ユイの言葉を信じることにした。
その上で自身が求める情報の取得に役立つようイスラへと返す。
「節度を守るのであればお好きにして結構」
「さっすが中尉殿。ちょっくら探検させて貰おうぜ」
「それは素晴らしい考えですわお姉様!」
「あ、私も行きたいです!」
「節度は守るように」
イスラとカリラ、ナツコが浮かれているのを見てタマキは再度釘を刺したが、当人達の返事は軽い。それでも好き勝手暴れてくれた方がタマキとしては都合が良かったので、自由にさせることにした。
「待たせたな! 客人よ!」
ツバキ小隊の元にやってきたのはパリー1人だった。
メルヴィルが居ないことにタマキは思わず微笑んでしまう。
「いえ、乗艦させて頂き感謝しています。任務完了までの間ですが、くつろがせて頂きます」
「ああ是非そうしてくれたまえ。ニシ閣下の孫をもてなせるとあれば――トーコちゃん!? トーコちゃんだろう!?」
話の最中であったにもかかわらず、パリーは突然目を見開いて、眼帯すら外して両の目でトーコを見つめた。
「何です?」
トーコは突然なことに驚きつつも、駆け寄ってきたパリーに対していい顔はせず気怠げに返した。
だがパリーはあろうことかトーコの肩に手を置いて、更に顔を寄せる。
「やっぱり! トーコちゃんだ!」
「止めてください。手を下ろさないならば撃ちます」
トーコは拳銃に手をかけ、視線でタマキへと発砲許可を求める。
それより先にタマキが撃ってしまいそうな剣幕をしていたが、それでもパリーは手を離そうとはせず、興奮した面持ちで、つばを飛ばしながら話す。
「いやあ! 大きくなったなあ! あんなに小さかったのに。それにいい女になったじゃないか。お母さんにそっくりだ――おぅ!?」
最後の最後、聞き捨てならない言葉を聞いて、トーコは拳銃に手をかけていなかった右手でパリーの襟首を掴んで引き寄せた。
長身のパリーの首を無理矢理に引きつけて間近で顔を寄せ、銃口を向けながら尋ねる。
「母を知っているの?」
「ああ、そりゃあもう散々世話になった。死神、アキ・シイジ。宇宙広しと言えど、あの方より強い人間は居ないだろう。
この艦だって、彼女無しには手に入らなかった」
「今どこに居るの?」
「そりゃあ――」
パリーが話そうとすると、ごほんと大きな咳払いがそれを遮った。
「客人に適当な話をされては困ります」
「もしや秘密だったか?」
「ええ。先ほどまでは。口の軽い人間は信頼を失いますよ」
「以後気を付けよう」
「結構。下がりなさい」
メルヴィルに一睨みされて、トーコはパリーを解放し、拳銃を腰のホルスターへと仕舞った。
後ろに下がったパリーの代わりに、メルヴィルがツバキ小隊の前に立つ。
トーコは成り行きとはいえ拳銃を向けた非礼を詫びる。
「大変失礼なことをしてしまいました」
「構いません。非があるのはこちらでしょう」
メルヴィルは背後に立つパリーをちらと見て告げる。
そんな彼女へと、トーコは尋ねた。
「母の話をして頂いてもよろしいですか?」
「秘密のはずでしたが、それは愚かな男によって破られました。差し支えない範囲で話しましょう。
しかしまずは客室へ案内します。話は後ほど」
トーコは静かに頷いた。
それを見てタマキが隊長として挨拶し、メルヴィルに率いられてツバキ小隊は艦内にある客室へと通された。
広いとは言えない客室だが、8人がかけるのに十分な大きさの机と、冷蔵庫、洗面台のある部屋だった。
「冷蔵庫の中は好きにして構いません。食事が必要でしたら食堂へ。トイレは食堂横にあります」
「ありがとうございます。――ところで、艦内を見てまわって構いませんか?」
「ええ。構いません。
ただし立ち入り禁止区域、及び乗組員の居ない区画はご遠慮ください。
事故が起きてしまっては責任がとれませんから」
「承知しました。許可頂き感謝します。皆さんもよろしいですね?」
隊員が返事をすると、タマキは頷き、それに対してメルヴィルも頷いて見せた。
「トーコ・シイジ女史。こちらへ」
「トーコ・レインウェルです。お間違いなく」
「これは失礼いたしました。ではレインウェル女史。こちらへ」
メルヴィルに招かれたトーコ。
彼女の不安そうな顔を見てナツコは声をかけようとした。
だがかつてトーコは母親について、会って1発ぶん殴ってやらないと気が済まないと発言していた。
トーコはどんな形であれ、母親に会うことを望んでいる。それを邪魔することは出来なかった。
トーコがメルヴィルと共に言ってしまってから、ナツコは今は考えていても仕方ないからと、探検に出かけようとしていたイスラとカリラへと声をかけた。
「私もついて行きます!」
「おう来い来い。まずは格納庫だ」
「珍しい〈R3〉があるに違いありませんわ! 何としてでも買い取らなくては!」
可能なら珍しくない〈R3〉を買い取って来なさいとタマキが告げていたのを聞かず、3人揃って客室から出て行った。
ナツコが出て行くならとフィーリュシカは護衛のためその後に続く。
客室に残ったのはタマキとサネルマとユイ。
こういうときイスラ達と一緒になってはしゃいでいるサネルマが残っていることに、タマキは違和感を覚え尋ねる。
「サネルマさん、行かないのですか?」
「行きたいですけど、隊長さんを1人には出来ません」
「気にしなくて構いませんよ。彼らは少なくともわたしたちに危害を加えることはないようですから。ねえユイさん」
「信用出来なければしなければいい」
「あなたのことは信用しているつもりです。出来ないのは宇宙海賊のほうです。トーコさんは大丈夫でしょうね?」
タマキは尋ねてはみたが、それは問う必要も無いことだった。
もしトーコの身に何かされる可能性があるのなら、彼女に対しては人一倍心配性のユイが行かせるわけがない。
「知るか」
ユイは自分の感情を隠すようにぶっきらぼうに返す。
人が少なくなってちょうど良いと、タマキはそんな彼女へとずっと気になっていたことを尋ねた。
「それで、あなたは彼らとはどういう知り合いですか?」
「ただの取引相手だ。頭の中身はともかく運び屋としちゃ優秀だ」
「ただの取引相手を随分と信用しているようですね」
挑発的な問いかけにもユイは気分を害さず、鼻で笑い煽るように答えた。
「いつだって金を貸してる人間は偉いのさ」
「宙賊に金を?」
「ああ。この艦の中枢を担うパーツが壊れた際に修理代金をふっかけてやった。まだその借金は返済されてない」
「酷い人です」
「壊れたらまずいようなパーツを壊す奴が悪い。――まあ壊したのはあたしだが」
「本当に酷い人ですね」
タマキは心の底からそう思ったが、当の本人はまるで悪びれる様子も無く、むしろ誇らしげにすら感じているようだった。
「その話暴露してさしあげましょうか?」
「構いやしない。契約書がある以上、誰が壊したかなんてのは今となっちゃどうだっていい話だ」
「宙賊が可哀想になってきました。わたしはトーコさんの様子を見てきます」
「お供しましょうか?」
サネルマが提案したがタマキはかぶりを振る。
「お構いなく」
「そうですか。ではそうさせて貰いますね」
きっぱりと同伴を断られて、サネルマはタマキが別行動を望んでいると理解した。
メルヴィルは監視の目がないところに入らないよう釘を刺した。だがタマキは彼らの秘密を探ろうとしている。
だとしたらサネルマに出来ることは、タマキとは別の場所で彼らの目を集めることだ。
「あなたも好きになさい」
「そのつもりだ」
ユイはそう言って、立ち上がると冷蔵庫から炭酸水のボトルを取り出し客室から出て行った。
本当に好きにした彼女へとため息をつきつつ、タマキも客室から出た。
メルヴィルがトーコと話している今のうちに、パリーを捕まえて尋問するつもりだった。
◇ ◇ ◇
会議室、というよりは尋問部屋と言った方が相応しいであろう、小さな机のある手狭な部屋にトーコは案内された。
メルヴィルは奥の席に座って、部屋の明かりをつけた。室内灯のか細い明かりに照らされた部屋は、しばらく使用されていないのか埃っぽかった。
「このような場所で申し訳ありません」
「いいえ。構いません」
トーコは椅子に腰掛ける。
宇宙艦らしい、複合素材製の完全に床に固定された椅子だった。座り心地は悪いが、そんなことを気にしていられる心の余裕もない。早速尋ねようとするが、先にメルヴィルが口火を切った。
「こちらから伝えられる情報を先に伝えましょう」
「お願いします」
頭を下げたトーコへと、メルヴィルは言葉を選びながら語り始める。
「あなたの母親、アキ・シイジと出会ったのは大戦の末期です。
当時枢軸軍に所属していた彼女は自由を愛する我々の敵でした。ですが艦長のパリーが、相手方の上官と意気投合しまして、以来は行動を共にするようになりました。
我々と彼女の所属した宇宙戦艦が中立地帯のフノス星系に訪れた際、トラブルに巻き込まれました。
我々はそこで先代スサガペ号を失いましたが、彼女の協力によって今のスサガペ号を手に入れました。我々にとって彼女は恩人なのです。
そして戦後、我々は彼女からの依頼を受けました。自分の娘を安全な場所まで運んで欲しいと。彼女の頼みを断る選択肢はありませんでした。
連合軍との戦いに参加した彼女は傷つき、生死の境にいました。最後の力を振り絞りあなたを産みましたが、育てることは出来なかった。
あなたを預かった我々は、惑星トトミの孤児院へあなたを預けました。
講和条約が締結され、コゼット・ルメイア女史とアマネ・ニシ閣下が手を取り合って再建を始めていたトトミは、当時の統合人類政府支配星系の中では治安が良かった。
戦争孤児が溢れるなか、産まれたばかりの赤子を預かってくれる孤児院はここだけでした。
以来、彼女とは会っていません。
――と言うと語弊があるでしょう。あなたを受け取りに伺った時も、結局彼女とは会えなかった。
体調が悪化し出産後直ぐ緊急手術を受けたようです。我々は彼女の担当医からあなたを受け取ったに過ぎません」
メルヴィルは話を終えると一息ついてから、「質問があればどうぞ」と促した。
ずっと探していて、いつか殴ってやろうと心に決めていた母親の話を聞いたトーコは、頭の中がぐちゃぐちゃになって整理がついていない状況だったが、それでも尋ねる。
「母の担当医は誰ですか?」
「アマネ・ニシ閣下の知り合いと伺っています」
執刀医が分かれば何か知っているかもと踏んだのだが、アマネ・ニシの知り合いでは何も分からないのと同義だった。彼もまた行方をくらましている。
トーコは質問を変える。
「父について何か知っていますか?」
「残念ながら。彼女は人工受精と成長促進による短期間での出産を行いました。既に命が尽きかけていたためです。
その時、父親となる人物がいたのか、遺伝子合成によるものだったのか、我々には分かりかねます」
母親が生死不明。そして父親は存在すら分からない。
突き付けられた事実に戸惑いながらも続けた。
「死神、と艦長は言っていました。母は――アキ・シイジは強かったのですか?」
「ええ。当時の宇宙で彼女はまさしく最強の存在でした。
彼女は宙間決戦兵器〈音止〉のパイロットで、最前線で終戦まで戦い続けた。
宇宙で〈音止〉に出会ったら最後。生きては帰れない。
――都市伝説の類いで、実際はそうでは有りませんでしたが、連合軍はそれほどに彼女を恐れていました」
母親のかつての話をきいてトーコは胸を痛めた。
アキ・シイジは強かった。誰よりも強く、宇宙最強の宙間決戦兵器パイロットとして君臨し、連合軍に恐れられた。
その娘のはずなのに、自分は宇宙最強でないばかりか、1人前ですらない。
未熟な自分を責めるトーコへと、メルヴィルは優しげな声で告げる。
「アキ・シイジとあなたは違います。
あの人が特別すぎたのです。彼女のようになりたいと願っても、誰もその願いを叶えられないでしょう。
あなたはあなたの道を歩いたら良い。
彼女の我々への依頼は、娘を安全な場所まで運ぶことでした。きっとあなたが危険な目に遭うことを望んでは居ないでしょう」
トーコはその言葉を静かに聞きながらも、小さく首を横に振った。
「いいえ。私は戦わないといけないんです。妹を守るために出来ることは全部やると誓いましたから。
それに、この戦争に負けたらどうせ私たちは死ぬんです。
だから私は――」
トーコの言葉に重ねるようにメルヴィルが声を発した。
「「戦って戦って、戦い抜いて、生き残ってやる」」
メルヴィルがその言葉を知っていたことにトーコは驚いた。
その心を見透かしたように彼女は語る。
「彼女の口癖でした。
言葉通り、彼女はどんなときでも諦めることなく戦い続け、生き残った」
「でもその結果――」
「確かに彼女は深い傷を負いました。ですがあなたという希望を残した。我々としては、あなたには生き残って欲しい」
メルヴィルの言葉にトーコは再びかぶりを振ったが、それを見てメルヴィルは続ける。
「ええ、理解しています。あなたが自分自身に誓ったのであれば、その誓いは貫かれるべきです。誓いを失うことは死ぬことと同義ですから」
深い慈愛に満ちた笑みを浮かべるメルヴィルの顔を見て、トーコも思わず微笑んだ。
「あなたもやっぱり、宇宙海賊なんですね」
「無論です。宇宙海賊、
大真面目に宣言するメルヴィルを見てトーコは再び微笑んだ。それに微笑み返すようにしてメルヴィルが語る。
「良く似ているとは思いましたが、笑っているとあの頃のアキと見紛うほどです」
「それはどうも」
喜んで良いのか悪いのか分からずトーコは笑みを引っ込めて素っ気ない態度をとるが、メルヴィルは古びた端末を取り出して何やら操作すると、それを机の上に置いた。
「自分の元にはこれしか有りませんが。必要でしたらどうぞ」
表示されて居たのは、トーコとそっくりな、黒い髪を後ろで1つ結んだ、快活そうな印象を受ける女性の写真だった。
服装は恐らく枢軸軍の宇宙用パイロットスーツで、肌にぴったりと密着するもの。
彼女は右手でヘルメットを抱え、突き出した左手でピースサインを作っている。
「私と違って明るい性格だったんでしょうね」
「笑顔の絶えない人でした。元気すぎて呆れるくらいに。
これを撮影したのも、惑星フノスの騒動から脱出した直後でした。
彼女は〈機動装甲骨格〉という出来上がったばかりの兵器でフノス自治陸軍と戦争してフノス技術総監を奪取してきたにもかかわらず、こんな調子だったのです」
フノス星系は、技術力によって中立を保った勢力だ。
その陸軍と戦い、技術者のトップ――軍隊で言うところの元帥を奪取。
写真に写るアキは、そんなことがあったと微塵も感じさせないばかりか、今にも駆けだしてしまいそうな勢いすら感じた。
「あれ、この後ろに写ってるの、〈R3〉ですか?」
背景に写っていた、整備用ハンガーに掛けられたそれに既視感があってトーコは尋ねる。
〈R3〉が産み出されたのは大戦末期。だが当時は艦船整備用の補助器具であり、兵器ではなかったはずだった。
だがメルヴィルは頷く。
「今の人はそう呼ぶようですね。当時は〈機動装甲骨格〉と呼ばれていました。――と言っても、これが第1号試作機ですから、呼んでいたのは我々だけです」
「〈R3〉を開発したのは宇宙海賊だったと?」
「いえ。キャプテンの友人であるロイグという名の技術者です」
「でも知り合いなんですね。写真、一応貰っておきます」
「ええ。是非」
トーコは端末を取り出すと、その画像データを受け取った。
メルヴィルは自分の端末をしまうと、話は以上ですと口にして立ち上がった。
トーコも礼を言って立ち上がると、最後にと尋ねる。
「副艦長殿――」
「メルヴィルで構いません。ここでは皆、オフィサー・メルヴィルと呼びますから」
「ではオフィサー・メルヴィル。嘘はお好きです?」
メルヴィルは表情を崩さずに答える。
「あまり好きではありません。つくのも、つかれるのも」
「良かった。それを聞いて安心しました。もう1つだけ聞かせてください。――隠し事はどうですか?」
問いかけに、メルヴィルは口元に小さく笑みを浮かべた。
「人間というのは隠し事をする生物です」
「ええ。そうですよね。ありがとうございました」
メルヴィルは全てを話したわけではない。
彼女はまだ何か隠している。だが隠した以上、尋ねたところで教えては貰えないだろう。
だとしたら攻めるならば彼女ではなくその周囲だ。
話が嘘でないとするならば、アキ・シイジは一時期宇宙海賊と行動を共にし、産まれたばかりの娘を託すほどに信頼を寄せていた。
パリーはもちろん、その他の乗組員もきっとメルヴィルが話さなかった情報を知っている。
狙うならばメルヴィルの居ない隙だ。彼女の前ではパリーですら理性を取り戻す。
もう1度メルヴィルへと礼を言って先に退室する。彼女も後ろに続き、扉を閉じてロックをかけた。
「よろしければ艦内を案内しましょうか?」
「ごめんなさい。申し出は嬉しいのですけど、気持ちの整理をしたいので、仲間と話させてください」
「分かりました。では何かあれば自分まで」
「はい。本当にありがとうございました」
再度頭を下げて、トーコは早足で客室へと向かう。
客室に誰も居ないのを確認すると、多分ナツコは格納庫に居るだろうなとあたりをつけて、そちらへと足を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます