第165話 再訓練開始

「風邪はすっかり治ったようですね」


 朝の定時連絡を終えたタマキは隊員の元へ足を運ぶ。

 最初に訪ねたのは、衛生部より熱が下がったと報告のあったユイ。

 しかし彼女はベッドから起き上がると、半分閉じた濁った瞳でタマキを見据えた。


「もうしばらく寝る」

「却下です。退院許可は出ています。あなたには早速仕事に取りかかって頂きます」

「あたしの手が必要な仕事は存在しないはずだ」


 相変わらずの態度にタマキはため息つきながらも反論する。


「そんなことはありません。トーコさんは〈音止〉運用継続を希望しました。機体の修理が出来るのはあなただけです」


 ユイは悪かった機嫌を更に損ねたようで、目を細めタマキを睨むようにして言い捨てた。


「バカを焚きつけるなと言ったはずだ」

「彼女の意志です。わたしはそれを尊重したいと考えています」

「下らん。才能の無い奴にこれ以上〈音止〉を使わせるつもりはない」

「〈音止〉を動かせるのは彼女だけのはずです」

「動かせるから何だって言うんだ。あいつは拡張脳を使って〈ハーモニック〉如きに勝てなかった。運用方法を見直す必要がある。拡張脳を諦めてまともなパイロット乗せた方がマシな戦力になる」

「そんな上等なパイロットが何処に居ますか」


 タマキは食い下がったが、ユイはまともに取り合うつもりもなさそうだった。

 しかしそれでも、寝直そうとしたユイから布団を剥ぎ取った。


「少なくとも機体は動く状態にまで修理して頂きます」

「うるさい奴め。後でやる」

「わたしがやれと言ったら即座に行動なさい。それともこの部屋から追い出されたいですか? 望むなら素敵な7人部屋が用意されていますよ」


 個室の没収をちらつかせると、ユイは渋りながらもベッドから降りた。


「動くようにはする。その代わりバカどもとの相部屋は御免だ」

「大変よろしい。部屋については仕事ぶりを見てから決定しますので、手を抜いたりしないように」


 返答に満足したタマキは、着替えて食堂に向かうよう指示して部屋を後にした。

 それから、隊員達がまとめられている共同病室へと足を向けた。

 とにかく隊員の健康状態が回復しなければツバキ小隊は何も出来ない。

 通常の軍隊ならば欠員が出れば補充なり再編成なりすればいいのだが、義勇軍にはそのどちらも不可能だ。


「失礼します」


 タマキが入室すると、隊員達は起立してそれを迎えた。


「サネルマさん、リルさん。座ったままで結構」


 足を負傷している隊員を気遣うが、2人はかぶりをふった。


「今日にはギブスを外して構わないと」

「こっちも問題無いわ。衛生部の確認済み」

「それは良い知らせです」


 タマキは士官用端末を見て、衛生部から今朝の診療結果が届いているのに気がついた。

 サネルマとリルはギブスを外し、杖無しでの歩行許可。

 イスラも右腕のギブスの解除と軽作業許可が出されていた。

 カリラは健康状態に問題なさそうなため、痛み止めのみ処方して退院許可が出ていた。


「カリラさんは退院ですね。イスラさんも今日からは〈R3〉の修理にあたって頂きます」

「ようやっと薬臭い部屋から脱出出来ますわ」

「修理は任せて欲しいがついでに病室から出して貰っていいか?」


 病室暮らしに飽きたイスラは意見する。それに続くようにサネルマとリルも病室からの脱出を要求した。


「良いでしょう。衛生部に確認をとっておきます」


 既に入院が必要な状況では無いのだから宿舎へ戻すことについてはタマキも賛成だった。

 いちいち隊員と会うために宿舎と衛生部建屋の間を往復するのを面倒だと感じていたので、この提案は願ったり叶ったりだ。

 全員に着替えて食堂前に集合するよう命じると、タマキは共同病室を出て士官用病室へ向かう。


「失礼します」

「どうぞ」


 ナツコが返答したのでタマキは入室した。

 しかし着替えの最中だったトーコが「ちょっと待って」と声を上げた。

 既に扉を開けてしまったタマキは中に入りながらも、トーコへ背中を向ける。


「ごめんなさい。ナツコが適当言って」

「ご、ごめんなさい。つい癖で」


 トーコの着替えを手伝っていたナツコは急いで患者衣を着せ、それが終わってからもう一度「どうぞ」と声をかけた。


「次からは考えもしないで入室許可を出さないように」

「了解です」

「私に対する謝罪は」

「ごめんなさいトーコさん」


 ナツコはトーコに向けて謝罪する。

 同じ義勇軍同士だろうが、プライバシーは守られなくてはならない。

 トーコは謝罪を受け入れ、次から気を付けてと厳しく言いつけ、それからタマキへと挨拶した。


「おはようございます隊長。私のバイタルは問題ありません。今すぐにでも退院可能です」


 医療用端末が直接タマキへと示された。

 タマキはそれを見て頷くが、念のためナツコの方へと視線を向けた。


「数値の上ではそうかも知れません」

「まだ経過観察が必要だと」

「私はそう考えてます」


 ナツコの意見にトーコが意義を申し立てる。


「担当医も問題無いと判断しています。これ以上ここに拘束される理由はありません」

「本人はこう言っています」


 意義を受け、タマキはナツコへ回答を求める。

 しかし彼女が口を開くより先にトーコが付け加える。


「私はツバキ小隊の一員として、一刻も早く復帰して力になりたい。体調が回復した以上、そうするべきです。

 それにこれまでの常識が通用しない敵が出現している事実もあります。その敵に対応するためにも、基地に居られる今のうちに訓練すべきです」

「だ、そうですが」


 トーコの意見にタマキは頷いて、再度ナツコへと視線を向けた。

 そこまで言われたナツコは、退院を認めざるを得なかった。

 彼女自身、ハツキ島のために出来ることは全部やると誓っていた。トーコの看病につきっきりの状態では訓練も出来ない。

 強くなるために、レインウェル基地で出来ることは山ほどある。それをやらないわけにはいかなかった。


「分かりました。トーコさんがそこまで言うなら。

 ……でも、大きく体調を崩していたのは事実です。絶対に無茶しないで下さい。少しでも気分が悪くなったらちゃんと診察を受けて下さい。それが守れるなら、退院して良いです」

「わたしもナツコさんの意見に賛成です。約束できますね?」


 問われたトーコはしっかりと頷いて返事した。

 それを受けて、タマキはトーコの退院手続きを進めるよう衛生部へとメッセージを送った。それからナツコへと向き直り、指令を言い渡す。


「ナツコ・ハツキ1等兵。現時刻をもってトーコさん係の任を解除します。これまで良く任務を遂行してくれました」


 ナツコは敬礼して応じた。

 そんな彼女へと、タマキは次の指示をする。


「これからは宿舎で生活して頂きます。まずは身支度を済ませて食堂に集合するように。トーコさんの身支度はあなたが手伝ってあげて下さい」

「了解です!」


 もう1度敬礼したナツコは応えたが、トーコは意見を申し出る。


「変な係は終わったはずです。退院許可も出たので着替えの手伝いをされる理由がありません」


 口答えしたところでタマキの指示が変わるはずも無かった。

 それでもタマキは律儀に答える。


「退院の申請は行いましたが許可が出たわけではありません。

 トーコさん係は無くなりましたが、手続き上病人扱いのあなたは隊長が必要と判断した場合は介助を受けなければいけません。

 これ以上口答えするならレインウェル基地滞在中にあなたの世話をする新しい係を設立しますが、意見はありますか?」


 そう脅されては、トーコには「ありません」と答える以外の選択肢は無かった。

 今度こそタマキは「大変よろしい」と口にして、病室を後にした。


「じゃあお着替えしましょうね!」

「お手柔らかにお願いします」


 やる気に満ちたナツコは、トーコにとって不安でしかなかったが、隊長命令である以上、身を任せるほかに術は無かった。


          ◇    ◇    ◇


 食堂の前に集合したツバキ小隊は、全員揃って食事の席に着いた。

 司令部のある基地とあって、食堂設備は充実しており、焼きたてのパンと暖かいスープが提供される。

 衛生部配給のおいしいとは言い難い食事を続けてきた隊員にとっては至福の時だった。


 久しぶりに全員が一堂に会したことで、しばらく交流の無かった隊員同士では話も弾んだ。

 そんな中、ナツコによって髪を後ろで2つ結ばれたトーコは、イスラやサネルマから「可愛い可愛い」としばらくからかわれていたが、やがて飽きられると、ユイへと視線を向ける。

 2人の席は離れていて、気がついていないのか無視されているのか、ユイは黙々と食事を続けていた。

 トーコは意を決して、周りが静かになったところで声を出す。


「ユイ。〈音止〉の修理、どれくらいかかりそう?」


 ユイは食事を続けたが、やがて答える。


「お前には関係の無い話だ」


 トーコは唇をかんでユイを睨み付けたが、今度は明確に無視された。

 ユイのかわりにと、タマキが口を開く。


「少なくとも通常動作可能な状態までは修理させます。状態確認を今日から開始するので修理完了日は未定です。――それでよろしいですね?」


 個室利用権のかかったユイはタマキの問いに頷いた。

 トーコはタマキへと礼を言って、食事を再開する。結局最後まで、パイロットを続けるとユイに対して言うことは出来なかった。


          ◇    ◇    ◇


 食事を終えると、各員に仕事が割り振られた。

 面倒な事務手続きの類いは一通り終わっていたので、怪我の状況を見て割り振られた仕事は大した量でも無い。

 〈R3〉の修理はイスラとカリラに集中し、残りの隊員は体調に合わせて自主訓練とされる時間が多くあった。


「修理までどれくらいかかりそうですか?」


 割り振られた仕事を終えたナツコは訓練着に着替えると整備場を訪れ、修理中の〈ヘッダーン5・アサルト〉の元でカリラへと機体状況を尋ねる。


「部品も揃いましたし今日中には終わりますわ。終わり次第テストしますので体貸して下さいまし」

「はい! もちろんです! そういえば、カリラさんの機体はどうするんです?」


 〈アヴェンジャー〉との戦闘においてカリラの機体は全損していた。それについて尋ねると、カリラは唇をとがらせ、それから答えた。


「壊れたものは仕方ありませんわ。中尉さんからはサネルマさんの使っていた〈ヘッダーン3・アローズ〉をわたくし向けに調整するよう言われてます」

「確かに、修理終わってましたよね」

「レイタムリット基地に置いてきてしまったので今は何も出来ないですけれどね。しばらくは整備士専業ですわ。今まで以上に機体状況は厳しくチェックいたしますので、くれぐれも雑な扱いをしないように」

「ぜ、善処します」


 機体の扱いについてはカリラに逆らうことは出来ない。

 ナツコにとってカリラは機体整備の教官だ。専業になったことで、今まで以上に細かい点まで指導が入ることは容易に想像できた。


「それまでは基礎体力作りしてますね」

「疲れすぎない程度によろしくお願いしますわ」

「基礎体力作りも良いけど、午後シミュレータの予約とれるみたい。ナツコとカリラはどうする?」


 やってきたトーコが2人に尋ねる。

 トーコは〈音止〉が修理中な上、〈アザレアⅢ〉をレイタムリット基地に置いてきてしまったので、動かせる機体がなかった。

 そのためタマキにシミュレータの使用許可を求めたのだが、言い出した結果全隊員の希望を確認してくるよう言いつけられたのだった。


 カリラは機体の修理に集中することを理由に断る。

 次いで視線を向けられたナツコは、どうしようか回答に悩む。


「シミュレータはどうしましょう」

「苦手らしいね。でも基地内で〈R3〉動かすには限界あるから」

「そうですよね……。それにアレの実践にいきなり実機使うのは不安ですし……」

「アレって?」


 トーコの問いかけに、ナツコは教育用端末を取り出した。

 空き時間に勉強するよう勧められてタマキから渡されたそれには、これまでナツコが収拾した電子書籍データが詰まっている。

 その中から以前カサネの財布を使って購入した論文が表示される。


「これなんですけど、統計的〈R3〉戦闘力学概論という論文で、〈R3〉に最適化された戦闘機動について解説されてるんです。

 でも動きが人間的じゃないと言いますか、普通に考えたら無茶な機動ばっかりで、試すにしてもいきなり実機は危ないかなあと」

「それ、見せて貰っていい?」


 論文にトーコは興味を示して中をあらためた。

 黒い〈ハーモニック〉との戦いで機械には機械に相応しい運動理論があると気がついた彼女は、その論文の内容に目を奪われ、可能性を見出した。


「これだ! 凄いよこれ。試してみる価値あるよ」

「そうですよね! ただ内容としては正しいと思うんですけど、一般記事だとこき下ろされてるんですよね。試したら死にかけたとか、理論だけで実行不可能だとか、実用性皆無だとか」

「なんとかなるよ。ううん、これくらい出来ないと、多分あいつらに勝てない」


 ナツコは〈アヴェンジャー〉の姿を思い浮かべて頷いた。

 やる気になっている2人を傍目で見ていたカリラは、うさんくさそうな論文内容に呆れていたが、どんなものかとトーコの後ろから端末をのぞき込む。


「まともな理論なのでしょうね? ふざけた理論の実践で機体を壊したりしましたら修理しませんわよ。これ、著者は誰ですの?」


 問われて、ナツコはトーコから端末を受け取ると表紙を表示させた。


「著者名が手書きで読めないんですよね。カリラさん読めます?」

「あら達筆ですこと。うん? この筆跡……。ちょっと貸して下さる?」


 許可を貰ったカリラは端末を手に取り、著者のサインを拡大して確かめる。

 それはカリラの記憶の奥底に確かに存在するサインだった。


「……リドホルム」

「りどほるむ、さんですか? 有名な人です?」

「わたくしの中では有名ですけれど。この論文貰っていきますわ」

「え? 有料論文なのでコピーガードが――」

「わたくしの前にコピーガードなどないも同然ですからご心配なく」


 カリラは言うが早いか、セキュリティを楽々と解除し自身の端末へと論文データを全てコピーした。

 バレたら絶対にまずいと怯えるナツコだったが、カリラは楽天的に「バレたりしませんわよ」と品の無い笑みを浮かべる。


「では訓練に励んでいて下さいまし。わたくしは〈R3〉の修理を始めます。終わったら連絡しますので、その時はよろしくおねがいしますわ」


 ナツコは返事をすると、トーコと共に整備場からでた。

 それからトーコへと尋ねる。


「ユイちゃんとは話しました?」

「まだ。取り合ってくれなくて。でもちゃんと説得するよ」

「はい。きっと分かってくれますよ! そのためにもまずは基礎訓練です!」

「そうだね。皆のシミュレータ使用希望もきいてこないといけないから、先行ってて」


 ナツコはトーコと別れ、1人基礎体力作りのため、宿舎周辺のランニングコースを走り始めた。


          ◇    ◇    ◇


 〈アルデルト〉をレイタムリット基地に置いたまま、身一つでレインウェル基地までやってきたフィーリュシカは、整備の作業もなく、仕事を貰うためタマキの元を訪れた。

 整備場内の事務室で修理用パーツの申請を出していたタマキは、来訪者を出迎えると要件を尋ねた。


「あなたから訪ねて来るのは珍しいですね。それで、要件は?」

「自分は何をすればいいのか、指示を頂きに来た」


 フィーリュシカの言葉にタマキは首をかしげた。


「自由行動を指示しているはずです」

「自由と言われると何をすればよいのか分からない」

「自由は……自由ですよ。好きにして構いません」

「友人からも好きにしろと言われた。しかし、それでは困る」


 来客の厄介な質問に、タマキは思わずため息をつきかけた。それを飲み込んで、答えを取り繕う。


「何かやりたいことはないのですか? それをやったらよろしい」

「任務遂行以外に為すべき事は無い」

「だから任務が欲しいと?」

「そう」


 フィーリュシカは静かに頷く。

 面倒臭くなったタマキは、彼女に与えるべき任務を思案したが、以前から与えていた指示がまだ有効であることを思い出す。


「あなたにはナツコさんの僚機として彼女を守るよう指示しているはずです。彼女の身のためにも、自主訓練なり、彼女の訓練を手伝うなりして下さい。いちいちそんなことで隊長の指示を仰ぎに来ないように」

「承知した。ナツコの手助けをする」


 フィーリュシカは頷いて、礼を言うと事務室を後にした。

 突然訪れて去って行った来訪者にタマキは大きくため息をつきながらも、フィーリュシカの背中を見送ると脳裏に一瞬妙な感覚がよぎった。


「――フィーさんに何か言うことがあったような……。気のせい? 物忘れかしら。年はとりたくないものだわ」


 思い出そうとしても思い出せぬことに歯がゆさを感じながらも、タマキは目の前の仕事に戻った。


          ◇    ◇    ◇


 〈ヘッダーン5・アサルト〉の修理を終え、ナツコ向けの調整も完了したカリラはメッセージを送信し、テストの準備を済ませた。

 ナツコは遠くまで行っているようで、ちょっと時間がかかると応答を受けた。

 仕方なく端末を取り出して、先ほど受け取ったリドホルム博士の論文を流し読みする。


「なるほど。確かに一理ありますわね。〈R3〉に最適化された運動理論と言うのは。――この機体データ、第5世代機並のスペックですわね」


 論文内で示されていた〈R3〉のスペックシートは、〈ヘッダーン5・アサルト〉と同等の水準だった。

 だがそんなはずは無いと、カリラは論文の執筆年を確かめる。

 執筆は統合歴2年。〈ヘッダーン1・アサルト〉すら世に出ていない時期だ。この時期に第5世代機並の〈R3〉など存在するはずもない。

 だと言うのに、論文に登場する〈R3〉は空想や妄想で取り繕ったとは思えない、実在機ではないかと疑ってしまう程に細かい点まで言及されていた。


「まさかこの年代にこんな性能の機体が作成されているはずはありませんわ。……この論文、データ量がおかしいですわね」


 適当に流し読みしていたカリラは論文の異常な点に気がついた。

 コピーしたときに確認したデータ量と、論文のデータ量が一致しない。

 にやりと下品な笑みを浮かべたカリラは、端末に違法なツールを走らせて、論文データを解析。


「やっぱり、隠しデータですわね。全8項だなんて嘘ばっかり」


 論文データには巧妙に隠された第9項目が存在した。

 カリラは早速データの解読を開始するが、並列して走査していたツールが次々にエラーを吐き出す。


「ぬ。フノス星系の暗号化技術ですわね……」


 前大戦中、宇宙中が連合軍と枢軸軍に塗り分けられる中で、唯一独立を保っていたフノス星系。

 独立維持を可能にしたのは、星系単独で生存に必要な全ての物資・エネルギーを自給できたからに他ならない。

 そしてそれを可能にしたのは、当時の宇宙で最高の技術水準だ。

 そんなフノス星系由来の暗号化技術は、大戦が終結しフノス星系が帝国軍に吸収された今でも解読されていない。

 試算では連合軍時代のスパコンを使って500年くらいかければ解読できるらしいが、あまりに現実的ではないし、今のカリラには実行不可能だ。


「これはお手上げですわね……」


 この暗号を解こうとするならば、解読用キーを知っていなければならない。

 カリラは端末を放り出しかけたが、流れていく暗号の配列に既視感を覚え、記憶をたどる。


「この暗号、もしかして……」


 16桁のコードを入力。暗号のパターンが変化したところで、再度16桁のコードを入力。3回目のコード入力指示に、カリラは暗号パターンすら見ること無くコードを入力した。


「やっぱり。正解ですわ」


 コードが認証され、暗号化されたデータの解凍が開始された。

 手持ちの端末での解凍処理には相応の時間がかかる。それでもカリラは認証を通せたことに満足して、端末を胸ポケットにしまった。


「リドホルム博士の隠し論文。これはわたくしが宇宙の歴史に名を刻むのもそう先のことでもなさそうですわね」


 気色悪い笑みを浮かべているところに、ナツコがやってきた。

 彼女は気味悪い笑い声に体調不良を疑ったが、カリラは平静を装って〈ヘッダーン5・アサルト〉の装着テストを開始した。


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