第164話 変化

 基地内で生活している間、ツバキ小隊には消灯時刻が設定される。

 基地の防衛にもつかず歩哨に立つわけでもないので、夜は遊んでいないでしっかり寝るようにという隊長の心遣いであり、同時に夜中勝手に行動させておくと問題を起こしそうな隊員を居室に閉じ込めておく大義名分でもあった。


 これは病人だろうと怪我人だろうと平等に適用される。

 病室暮らしのトーコと、その看護係のナツコも当然夜は消灯し睡眠に集中せねばならず、消灯時刻間際になって寝る支度を進めていた。


「私はそろそろ退院するべきだと思う」

「もう少し様子を見る必要があります」


 ベッドに入り布団をかぶったトーコは意見するが、ナツコは聞き入れない。

 既に点滴も外され、食事も普通にとるようになっていたのだが、ナツコが一向に退院許可を出さないためトーコはベッドの上に縛り付けられていた。


「ナツコだって、このまま椅子の上で眠り続ける生活は嫌でしょ。寿命縮むよ」

「そうですか? 慣れると案外眠れますよ」

「こんなことばっか慣れるの早いよね」

「えへへ。そうですか?」


 顔を赤く染めて頭をかいたナツコを見て、トーコは顔をしかめた。

 決して褒めてはいないつもりだが、その気持ちは伝わっていないようだった。


「失礼する」


 そんなとき病室の扉が叩かれた。

 聞こえてきた声は、無機質な、しかし凜と澄んだ美しいもの。

 それをきいたナツコは椅子から降りて、扉を開けに行った。


「フィーちゃん。お久しぶりです」


 訪ねてきたフィーリュシカを出迎えて、室内へ入れた。ナツコは自分用の椅子を勧めるが、彼女は断った。そのままベッドの元まで進むと、トーコへ尋ねる。


「体調は問題無いか」

「私はもう大丈夫」

「もう少し経過観察が必要です」


 トーコの答えを修正するようにナツコが付け加える。

 フィーリュシカは首をかしげ、バイタルを確認させて欲しいと申し出た。ナツコは頷いて、医療用端末を操作してトーコのバイタルチェックを示した。


「問題なさそう」

「ほらね。明日には退院だよ」

「ちょっと! それを決めるのは私です!」


 抗議の声を上げるナツコ。そんな彼女へと向けてフィーリュシカは尋ねた。


「あなたも怪我をしたときいた」

「え? あー、私の怪我は大したことないので」

「だが〈アヴェンジャー〉の攻撃を受けた」

「そうですけど、至近弾だったので」


 フィーリュシカはナツコの左手を手に取り、腕をさすった。


「これなら直ぐ完治する」

「はい。衛生部の人もそう言ってくれました」

「今回の件は自分にも問題があった。申し訳ない」

「え、いや、そんなこと」


 フィーリュシカはナツコのことを守るようにとタマキから命令を受けていた。だが彼女は捕虜輸送護衛の最中はレイタムリット基地に居た。


「怪我をしたのは私が悪かったんです。戦闘中なのに、気を逸らしてしまって」

「いいえ。自分から入念に伝えておくべきだった。今は休んでいて欲しい」

「フィーちゃんも変なところで頑固ですよね。あれ、でもフィーちゃんその怪我は大丈夫なんですか?」


 問いかけにフィーリュシカは2つ返事で応えた。


「問題無い。医師の確認も済んだ」

「うん? いえそっちの話じゃなくて――」

「申し訳ない。この後予定がある」

「消灯時刻前だよ?」


 尋ねたのはトーコだった。

 フィーリュシカもツバキ小隊の一員である以上、タマキの定めた消灯時刻に従わないわけにいかないはずだ。

 だが彼女は頷いて答えた。


「承知している。しかし隊長殿より呼び出しがあった」

「隊長からなら従わないわけにいかないね」

「そういうことなら。でもフィーちゃんもしっかり休んで下さいね」


 フィーリュシカは頷いて、病室を後にした。

 寝る支度を調えたトーコは、椅子に座り枕を用意したナツコへと問いかけた。


「何か気になることあったの?」

「ちょっと。フィーちゃんが怪我しているみたいだったので」

「でも医師の確認貰ったんでしょ?」

「いえ、魔女討伐の怪我じゃなくて」

「うん?」


 トーコが首をかしげると、それに習うようにナツコも首をかしげた。


「あれ? でもフィーちゃんはレイタムリット基地で治療に専念してたんですよね? 何処で怪我したんでしょう?」

「私には分からないけど――ちなみにどんな怪我?」

「打ったんだと思いますけど、お腹から肋骨まわり。右手もちょっと動きが変でした」

「結構広範囲だね。移動中に転んだとかじゃなさそうだけど……。明日本人にきいてみたら?」

「そうですね。そうしてみます」

「ついでに私の退院許可出してね」

「うーん。もう少しだけ様子を」

「そろそろ出してくれないとナツコのこと嫌いになるからね」

「良いですよ。トーコさんが嫌いになっても、私はトーコさんのこと大好きですから」


 なかなか折れないナツコを強敵だと感じたトーコだが、いい加減寝続ける生活も限界なので、明日には何としても退院許可を出すよう説得しようと心に誓った。


          ◇    ◇    ◇


 深夜近く、ツバキ小隊隊員のために用意された宿舎へ入ったフィーリュシカ。

 他の隊員は皆、病室をとってそちらで寝ているため1人だった。

 手にしていた封筒を透明な袋へ入れると、そこへ薬品を注いで修復不可能なレベルまで溶かしてしまう。十分溶けきったら中和剤と固形化剤を加え、固まったそれを袋ごとゴミ箱へ入れる。明日の朝には回収され、焼却炉送りになるだろう。


 必要な処置を終えたフィーリュシカはこめかみに指を当てて、脳に埋め込まれた通信機を起動させた。

 発信先は直ぐに応答したので、要件を告げる。


「問題発生。タマキ・ニシに、最適化した血液を採取されていた。2日分の記憶を修正。証拠品回収済み。しかしそれ以外にも我々について調査を行っている模様」


 報告に対し、相手は返答を送ってきた。

 脳内に直接送り込まれた文面を見てフィーリュシカは頷き、続けて問いかけられた内容について答える。


「承知した、そちらには関与しない。

 彼女の適性について今の時点では判断出来ない。成長過程にあることは間違いない」


 回答に対し短い了解が返された。

 それから今後の方針について簡潔に述べられる。


 ――しばらく好きにしろ。


 フィーリュシカはその内容について尋ねようとしたが、通信は切られてしまった。

 彼女は感情無い表情のまま首をかしげる。

 しかし既にタマキから提示されていた消灯時刻を大きく過ぎていることに気がつくと、寝る支度を整え布団に入った。

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