第161話 襲撃者

 大隊長との定時連絡を終えたタマキは受話器を置くと通信室を後にしてため息をついた。

 箝口令の敷かれた捕虜輸送車両襲撃については、カサネ側も上層部より通達があり調査は打ち切らざるを得なかったらしい。

 隠れて調査は続けるつもりらしいが、ただでさえ攻勢が始まり忙しい東部戦線にいながら、秘密裏に進めるのは困難だろうと予想された


 再び大きくため息をついたタマキは、衛生部管理の分析室へ入る。

 スーゾのつてで腕利きの、口の硬い分析官を紹介して貰っていた。分析を依頼したのは、〈サリッサ.MkⅡ〉に付着していた〈アヴェンジャー〉搭乗者の肉片。

 遺伝子情報を拾い上げれば身元が分かる。――はずだったのだが、タマキより年上の女性分析官は調査結果のまとめられた端末を示して首を横に振った。


 ――分析不可能。


 端的に言うならば、それが唯一の答えだった。

 肉片もそれに付随した血液も人間のものではない。かといって別の生命のものとも一致せず、人為的に合成されたなんらかの生体材料だということ以外の何も分からなかった。


 折角掴んだ手がかりが空振りに終わり、捕虜輸送車両襲撃について調べるきっかけを失った。上層部から止められている以上実地調査も行えず、車両を奪った彼らが何処へ向かったのかも分からないままだった。


 分析担当官へ礼を述べると、タマキは隊長業務へ戻る。

 ツバキ小隊の中で怪我もせず病気もしていない人間はタマキだけだ。今まで他の隊員へ投げていたような雑務すら、彼女自ら手をつけなければいけないような状況だった。

 だが既に事件から2日も経過している。そろそろ自分のことは自分でやれと、怪我の状況に合わせて仕事を振り始めた。


 足を怪我しているが上体は無傷なサネルマとリルには書類仕事を。両腕を怪我しているが足と口は動くイスラには伝達係を。全身打撲しているはずだが妙に元気なカリラには〈R3〉修理を任せる。

 脳疲労で倒れたトーコと風邪をこじらせたユイはもうしばらく休養が必要。ナツコは左腕の軽い怪我だけだったが、肉体的にも精神的にも介護が必要なトーコへつきっきりにさせるしかなかった。


 カサネの大隊所属となり、義勇軍ゆえの煩雑な統合軍との手続きについて仕事量は減っていたのだが、本来の所属基地ではないレインウェル基地に長期滞在するとなれば否応なしに手続きが必要になる。

 個室に籠もり施設管理担当者とのやりとりをしながら、サネルマ達に渡す編集が必要な書類をまとめていると、イスラが扉の外から声をかけた。

 手の空いたタイミングで入室許可を出すと、イスラとフィーリュシカが入室した。

 フィーリュシカの怪我の様子が良くなっていたので、定期連絡便に乗って合流するよう指示を出していたのだ。


「伍長殿をお連れしました」

「ご苦労様。フィーさんもよく来てくれました。詳しく説明は出来ませんでしたが、いろいろあってツバキ小隊は現在レインウェル基地に留まらざるを得ない状況になっています。

 あなたの診断書は拝見しました。担当医の許可も出ているので退院とします。

 ――入院中は大人しくしていたでしょうね?」

「無論です」

「大変よろしい」


 口頭で確認をしたが、タマキはレイタムリット基地へと連絡をつけて、彼女の入院中の様子は逐一確認していた。

 カサネの信頼する担当医からの報告では、ツバキ小隊が捕虜輸送車両の護衛に出立してから、レインウェル基地への移動指示を出すまで、病室でずっと大人しくしていたらしい。


「現在ツバキ小隊は怪我人と病人を抱え、機体の修理にも手が回っていない状態です。しばらくはあなたに業務が集中することになりますが、対応よろしくお願いします」

「承知した」

「早速ですがこれをサネルマさんへ渡して下さい。基地の地図と各隊員の持ち場については既にあなたの端末へ共有しています」


 フィーリュシカはこくりと頷き、渡された端末と機材を受け取ると、自身の端末を確認した。

 それから移動開始する前に、タマキへと尋ねる。


「隊長殿。質問よろしいでしょうか」

「構いませんよ」

「ナツコは無事でしょうか?」


 問いかけにタマキは頷いた。


「ええ、無事ですよ。左腕に軽い怪我を負いましたが、直ぐに完治するそうです」

「怪我をした?」

「至近弾を受けたそうで。怪我で済んだのが奇跡のような状況です」


 フィーリュシカは一瞬顔をしかめた。いつもは無機質で感情の感じられない彼女が明らかに不快感を表したのに対してタマキは内心驚いた。


「仕事が済んでからで構わないのでナツコと面会させて頂きたい」

「構いません。彼女はトーコさんの看病を担当しています。自由時間にでも話に行って下さい。もし彼女が困っていたら手を貸してあげるように」

「感謝する。ではこれで失礼する」


 フィーリュシカは機械的にお辞儀をすると退室した。

 タマキは業務に戻ろうとしたが、いつまで経ってもその場から動こうとしないイスラへと物臭な視線を向ける。


「用がないなら仕事に戻るように。宿舎担当官へ部屋の手配を要求するよう指示しているはずです」

「それはもちろん把握してますよ。でもさ少尉殿――」

「中尉です」

「――中尉殿。これなんとかして貰えませんかね?」


 これと言って、イスラはギブスで固定された両腕を、僅かに動かして示した。


「あの藪医者何考えてるか分かったもんじゃないぜ。何処の世界に両腕とも固める医者がいるんだ? 右腕だけでも外して貰えませんかね」

「治療内容については担当医へ直接要求なさい」

「きいてくれないから困ってんだ。中尉殿から言ってやってくれませんかね?」

「要求は却下します。問題は無いと確認したはずです」

「いやいや。問題はあるって。これじゃ宿舎担当官訪ねるのにノックも出来ないぜ」

「先ほどのように声を出せばよろしい」


 タマキは一切要求に応じるつもりは無いとぴしゃりと言いつけた。それでもイスラは重ねて抗議する。


「この状況でどうやって飯を食うんだ?」

「カリラさんが手伝うから問題無いと言っていました」

「トイレだって1人じゃ行けないぜ」

「カリラさんが手伝うから問題無いと言っていました」


 繰り返された回答に、イスラは口元を引きつらせながらも、切り口を変えて情に訴えようと語りかける。


「なあ中尉殿。妹に介護される姉の気持ちを考えてごらんよ」

「献身的な妹を持って嬉しくてたまらないでしょうね」

「本気で言ってる?」


 尚も食い下がろうとするイスラをタマキは気怠げな瞳で睨み付け、全ての要求を否定するように再度言いつけた。


「治療内容については担当医へ直接要求なさい」

「堅物め」

「罰が欲しいなら直接そう言ったらよろしい」

「分かりましたよ。あの藪医者に掛け合うことにする。――うん? ちょっとそれ見せて貰っていいか?」


 ギブスについては諦めたイスラだったが、タマキの机の上にある写真立てを見て、かろうじて動く右手の指でそれを示した。

 その行為を気に入らなかったタマキは手の甲でイスラの右手をはたく。


「指ささない。あまりに不敬な行動です」

「いや、怪我人なんだけど」


 怪我をしている右腕を軽くとは言え叩かれたイスラは抗議したが、タマキは聞く耳持たなかった。

 それでも写真立てを手にして、イスラへと見せる。

 短い黒髪。若干垂れ気味の優しそうな瞳。左目の下に泣きぼくろ。タマキが実家から持ち出して、いつも自分の近くに置いているユイ・イハラ提督の若かりし頃の写真だ。


「ユイ・イハラ提督の少尉時代の写真ですよ」

「ああ! イハラ提督か! 道理でどっかで見たことあると思ったんだ!」


 イスラは抗議するのもつかの間、その説明に感嘆の声を上げた。

 タマキは唐突に声を上げられて驚きながらも尋ねる。


「何の話ですか?」


 尋ねられたイスラは、今度は叩かれないよう右手首から先を動かして手のひらで写真を示すようにすると告げた。


「あの時〈空風〉に乗ってたのイハラ提督だった」

「――!!」


 タマキは勢いよく立ち上がった。上げそうになった右手を抑え込み握りしめると、イスラを威圧するように睨み付けて静かに告げる。


「おふざけでも、言って良いことと悪いことがありますよ」

「いやいや待ってくれ中尉殿。確かにあの時見たのはこの写真とそっくりだったんだって」


 少しばかり冷静になったタマキは反論するように返す。


「イハラ提督は大戦末期、連合軍と枢軸軍の最終決戦前の前哨戦において、宇宙空間に放り出されて死亡しました」

「でも死体は見つかってないんだろ?」

「だとしてもこの写真は20歳の時のものです。生きていればもう40過ぎですよ」


 その反論に対してイスラは一時口をつぐんだが、思いついたことをそのままに口走った。


「大戦末期に子供産んでたら、今丁度20そこそこってことになるよな?」

「馬鹿馬鹿しい。イハラ提督に子供は居ません」


 イスラの意見を一蹴して、タマキは腰を下ろした。

 公式な記録ではユイ・イハラに子供は居ない。

 秘密主義を貫き、特に大戦末期、ユイ・イハラ提督やアマネ・ニシ元帥が乗艦した新鋭戦艦周辺の情報一切を秘匿している枢軸軍のことだから、その情報すら隠している可能性はある。

 だがタマキには、敬愛するユイ・イハラの娘が自分の敵になっているとは信じられなかったし、幼少時代、アマネからも彼女の子供についてきいたことは無かった。


「じゃあ生体クローンとか」

「まだその話を続けるつもりですか?」


 尋ねられたイスラは、いつもとは異なるタマキのあからさまに不機嫌そうな声に、かぶりを振るしかなかった。


「いや全く」


 イスラは仕事へ向かいますと告げたが、タマキはその前にと尋ねた。


「念のため確認しておきます。捕虜輸送車両を襲った〈空風〉に搭乗していたのは、本当にユイ・イハラ提督と似ていたのですか?」


 再度示された写真を見て、イスラは確かに頷いた。


「ああ。似てたなんてもんじゃない。まるで双子みたいに、これ――こちらに映っているお方とそっくりでした」


 そこまで言われてはタマキも認めざるを得なかった。

 自身がそんなことは信じられないと思ったとしても、上官である以上、部下の言葉を聞かないわけにはいかない。


「良いでしょう。その情報はこちらで預かります」

「そうしてくれ。じゃ、仕事に戻るよ。ギブスの件は考えといてくれ」

「その議論は済んだはずです。直ぐ仕事に戻るように」


 厳しく言いつけられたイスラは退室する。手を怪我している彼女のためにタマキは扉を開けるのを手伝って、席に戻ると写真立てを見つめた。


 捕虜輸送車両を強奪した敵。

 人間とは異なる生体組織を持つ〈アヴェンジャー〉搭乗者。

 大戦の英雄、ユイ・イハラ大元帥とそっくりな〈空風〉搭乗者。

 そして2度、〈音止〉の前に立ち塞がった、黒い〈ハーモニック〉。

 

 統合軍勢力圏内で実行された凶行。

 逃げ場のないはずのレインウェル基地北方から、奪われた捕虜輸送車両も敵も忽然と姿を消した。


 輸送を担当したのはアイレーン出身部隊。トトミ星系総司令官コゼット・ムニエの手持ち部隊。そして輸送護衛をツバキ小隊に指示したのも彼女だ。

 事件について知っているとすれば彼女の他に居ない。


 タマキは資料ケースからメモの書かれた紙切れを取り出した。

 以前リルから受け取った、総司令官へと直接繋がるプライベートアドレス。

 士官用端末を手にして通信機能を立ち上げるも、アドレスの入力を思いとどまった。


 コゼットは今回の事件に箝口令を敷いた。更に調査の一切を認めないとしている。

 これは事件について問われても何も答えないという意思表示に違いない。


 だとしたら、何故彼女は口をつぐむのか。

 そして何故、ツバキ小隊に輸送護衛を指示したのか。


「黒幕はムニエ閣下――いえ、そんなはずはないわ」


 口にして、直ぐに自分で否定する。

 タマキは母からコゼットは信頼出来ると伝えられていた。

 だとしたら、箝口令にも調査打ち切りにも理由があるはずだ。

 理由はともかく、今の時点で言えることは何も無く、この件に関して調査されたくないという意思表示だけはしっかりと伝わっている。


 タマキはプライベートアドレスを資料ケースへしまい直す。

 そこで昨日スーゾから受け取った、フィーリュシカの血液検査結果の入ったデータディスクを見つけた。

 受け取った後いろいろあって、結局まだ内容を確かめていなかった。

 ついでだからと取り出したそれを士官用端末に繋ぎ、スーゾがまとめたレポートを表示させる。

 簡潔な内容だけが記されたそれを見て、タマキは言葉を失った。

 再度読み直し、更に検査結果のデータをくまなく確認する。

 スーゾのレポートが正しかったことを理解したタマキは、今日一番大きなため息を吐き出した。


「全く、面倒な仕事を増やしてくれました」


 元は自分が依頼した検査。

 彼女の身元を疑ったのも自分。

 この決着をつけなければならないのが誰なのか、それは明らかだった。

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