第160話 トーコの誓い

 ナツコがトーコの体を拭き、服を着せている最中、病室の扉が叩かれてタマキが入室した。

 着替え中の入室をタマキは謝ったが、トーコは気にしないよう言って、着替えを急がせる。それが終わると、タマキはナツコへと尋ねた。


「トーコさんの体調はどうですか?」

「まだ良くないです。熱も下がらないのでしばらく休む必要があります」

「ちょっと」


 トーコは2人の会話に割って入る。


「熱は大分下がりました。基地内を歩くのに問題はありません」

「わたしはナツコさんに尋ねました。勝手に発言しないように」

「そうですよ。私はトーコさん係ですからね!」


 結託した2人に対してトーコは顔をしかめる。

 ナツコはトーコの安全を考える余り拡張脳の使用には反対だし、タマキも統合軍の量産ラインに入っていない上に後遺症が残る可能性のある拡張脳には反対だ。


「ではナツコさん、トーコさんにはもうしばらくここで休養して貰うように。彼女については一任しますので、担当医とよく相談して対応するように」

「はい! お任せ下さい! ナツコ・ハツキ一等兵。引き続きトーコさん係の任務につきます」

「大変よろしい」


 びしっと敬礼したナツコにタマキは満足して、ようやっとトーコへと声をかける。


「少しだけあなたと話があります。ナツコさん、申し訳ないですが席を外して頂けますか?」


 タマキはベッド脇の椅子へ座るとナツコへ退室を促した。

 だがナツコはそれを受け入れず、一歩前に出て意見した。


「タマキ隊長。私はトーコさん係に任命されています」

「それとこれとは――」


 タマキはナツコへと、トーコから目を離さないように命じていた。

 だからといって個人的な話にまで同席されるのはその範疇の外の事だ。再度退室を命じようとしたが、それより早くトーコが口を開いた。


「私は構いません」

「……いいでしょう」


 ため息と共にタマキはナツコの同席を認めた。そして〈音止〉の運用について、言葉を選びながら尋ねる。


「〈音止〉についてのことです。損傷は激しく、修理には時間を要するでしょう。ですがその前に、パイロットであるあなたに確認しておきたい。

 今後も〈音止〉に搭乗する意志はありますか?」


 トーコはその話題かと俯いて、少し悩んでから口を開いた。


「――ユイは何と言ってます?」

「わたしはあなたの意見をきいています」


 ぴしゃりとそう返されて、トーコは口をつぐんだ。

 それからしばらく黙っていたが、やがて小さく答える。


「少し考えさせて下さい」

「……良いでしょう。今はあなたも休養が第一です。退院許可が出る頃に、またうかがいます」

「はい。ごめんなさい」


 答えを出せないことをトーコは謝罪する。

 タマキはそれを気にすること無く、もう1度ナツコへとトーコの事を頼むと退室した。


 2人きりになった病室で、表情を曇らせたトーコへとナツコは声をかけた。


「タマキ隊長の言った通り、今のトーコさんにはお休みが必要です。しっかり休んでくれないと私が怒られますからね」

「分かってる。眠らせて貰うから、ナツコも休んでて良いよ」

「はい。トーコさんが寝たら、私も休みますね」


 ナツコはしっかり眠るまで目を離さないと釘を刺して、宣言通りトーコが眠りにつくまでしっかり見張っていた。

 それから衛生部によって運ばれてきた夕食を食べると、椅子に座ったまま眠りに落ちた。


          ◇    ◇    ◇


 ナツコが目を覚ますと、すっかり夜も更けていた。

 部屋の明かりが消されていたので、手探りで端末を探し、輝度を最小にして電灯をつける。


「あれ、トーコさん」


 ベッドの上にトーコは居なかった。点滴の針は抜かれ、ナツコの室内履きが持ち去られていた。

 念のため病室内にあるトイレを確認して、そこに誰も居ないことを確かめるとナツコは個人用端末からタマキへ連絡を取ろうとする。

 だが発信の前に思いとどまって、病室用のスリッパを履くと外へ出た。目指した先は、〈音止〉が保管されている整備場。


 整備場は小さな明かりがつけられていた。

 そして〈音止〉の足下には人影。ナツコは手にしたライトをそちらへ向けた。


「あ、ナツコ。どうしたの」

「どうしたのじゃないですよ。勝手に抜け出して」


 明かりに驚いたトーコだったが、やってきたナツコを何食わぬ顔で迎えた。

 無断で病室を抜け出された事にナツコは怒っていた。


「外に出るなら私に一声かけてくれたらいいんです」

「そしたら出してくれたの?」

「当然駄目です。トーコさんは休むのが仕事です」

「だったら声かける意味ないでしょ。それよりナツコ、コクピットまで登るの手伝って貰って良い?」

「よくそんなこと頼めますね……」


 トーコもそれは無茶な頼みだとは理解していた。

 しかしまだ発熱と頭痛が続き、足下のふらついていた彼女の姿に、ナツコは渋りながらも引き受けた。


「仕方ないですね。でも帰ったらちゃんと休んで貰いますからね」

「分かってる。上から昇降用ワイヤー下ろしてくれれば良いから」

「全くもう。本当に分かっているんでしょうね」


 苦情を述べながらもナツコは整備用の階段を上り、昇降用ワイヤーを下へと降ろす。

 トーコはそれにつかまったがナツコは直ぐには上げず、自分も下へ降りた。


「そんな体で落ちたら大変ですよ」

「落ちないって」

「落ちてからじゃ遅いんです」


 ナツコはトーコの体を支えて、昇降用ワイヤーを掴み足をかける。


「ナツコの方が不安」

「嫌なら上げません。ちゃんとつかまって下さい」

「分かったよ。ほら、これでいいでしょ」


 トーコはナツコの体にしがみついた。

 それをナツコはワイヤーを持っていない方の手で支えると、指先でワイヤーの巻き上げ操作を行う。

 ゆっくりと上昇したワイヤーによって、2人はコクピットブロック横まで到達する。

 小さな明かりに照らされたそこには、痛々しい傷跡が残る。右肩の切断痕は、コクピットブロック寸前まで到達していた。


「うっわ。これよく生きてたな」

「本当ですよ。心配したんですからね。もう降ろして良いですか?」

「背中側まわって貰って良い?」

「もう気の済むようにして下さい」


 ナツコは言われるがまま昇降用ワイヤーを操作した。

 機体背面に移動すると、トーコは片手を離して〈音止〉の制御コンソールへと自身の端末を繋ぐ。電源は通されているらしく、ロックが解除されコクピットが開いた。


「ちょっと待ってて」

「駄目です。ついて行きます」

「そう。落ちないでね」

「こっちの台詞です。あ、危ないですって。もう!」


 トーコはナツコの手を振りほどくと、コクピットへと飛び乗った。後を追いかけるようにして、ナツコもワイヤーをコクピットへと近づけて中へ体を滑り込ませる。


「うわ、案外狭いですね」

「後部座席無理矢理作ったみたいだからね」


 初めての〈音止〉コクピットに興奮しながらも、ナツコは後部座席へと収まった。内部はユイによって清掃されていて、飛び散った嘔吐物も綺麗に片付けられていた。


「それでトーコさん。タマキ隊長に言われたこと、悩んでいるんですか?」


 突然図星をつかれ、トーコは言葉を詰まらせた。

 回答を保留し、補助電源で〈音止〉を機動待機状態まで移行させ、それから観念して答えた。


「――そうなるかな。こっぴどくやられちゃったし、多分、ユイも私が〈音止〉に乗ることを良く思ってないだろうから」

「そうですか? でも、トーコさんはどうなんです? もう戦うのは嫌なんですか?」


 重ねられた問いかけに、トーコは答えを出せない。


「私は――。でもナツコだって、私が〈音止〉で戦うのには反対でしょ」

「当然です。トーコさんが危険な目に遭わないと戦えない兵器なんてもってのほかですよ。

 でも、それは私の意見です。トーコさん自身がこれを使うと望むなら、私にそれを止める権利はありません。

 だから気になっているんです。トーコさんは、本当はどうしたいんです? タマキ隊長だってトーコさんの意見を聞きに来たんです。トーコさんは自分の答えを出さないといけないんです」


 回答を要求されても、トーコには答えは出せなかった。

 髪の先を指でいじって、それからぼうっと天井を見上げて口を開く。


「宇宙にはとんでもなく強い人が居るって、ナツコ言ったよね」

「はい。本当に驚きです。フィーちゃんも凄い強いと思いますけど、あの〈アヴェンジャー〉の人は、それとも別の強さでした」

「私もそう思ったんだ。あの黒い〈ハーモニック〉と戦って、自分がどれだけ半人前でど素人で下手クソなパイロットかよく分かった。

 前回戦ったときは〈音止〉の全力を出せなかったけど、今回は出し切って負けた。

 拡張脳を使えるようになって自分が強くなった気でいたけど、そうじゃなかったんだなって。強いのは機体であって、私じゃなかったんだなって。

 ――だから、私、怖くなっちゃった。宇宙にまだあんなに強い人が居るって分かって。次に戦う相手が、私の勝てる相手だって保証は何処にも無いんだって」


 トーコの言葉を受けて、ナツコもゆっくりと頷いた。


「そうですよね。私も怖いです。これまでトーコさんやフィーちゃんに守って貰って生き延びてきましたけど、次も助けて貰えるとは限りません」

「だったら――」


 トーコは言葉と共に後ろを振り向く。

 しかしナツコの怯えた表情を見て、声のトーンを落として尋ねた。


「――ナツコは言ったよね。もっと強くなるって。

 でも、強くなったところであんな化け物みたいな敵には勝てないかも知れないよ。帝国軍はブレインオーダーだって作ってる。魔女みたいのが次々に戦場に出てくるかも知れない。

 それでも、強くなって、戦い続ける覚悟はあるの?」


 問いかけに、ナツコは即座に頷いて見せた。


「はい。お互いを殺せる武器を持って戦場に立っている以上、絶対安全なんてあり得ません。どんなに技術を磨いても、良い機体に乗っても、死ぬときは死にます。

 それに〈アヴェンジャー〉やブレインオーダーみたいなとんでもない敵が居るのも事実です。

 ――それでも私は、ハツキ島義勇軍として戦うって決めたんです。ハツキ島を取り戻すために出来ることは全部やるって誓ったんです。

 だから、少しでも強くなれるなら強くなります。どんなことがあっても、故郷へ向けて手を伸ばすことだけは止めません」


 トーコは前を向くと、ナツコの言葉を噛みしめた。


「やっぱり、ナツコは強いね」

「そんなこと無いです。強いのはトーコさんです。これまで何度も、自分の体を犠牲にしてまで戦ってくれました。私にはそういうこと、多分出来ないです」

「私なんて、ただ拡張脳の強さを自分の強さだと勘違いして暴れてただけだよ」

「それでもツバキ小隊が今こうして全員無事でいるのは、トーコさんのおかげです」


 トーコはそれはどうかな、なんて口にしてから、思い出したように尋ねる。


「ねえナツコ。以前に、ナツコがハツキ島を取り戻すまで私が守ってあげるって約束したの覚えてる?」

「忘れるはずがありません。大切な約束です」


 ナツコが頷くと、トーコは続けた。

 自分に言い聞かせるように、ゆっくりと、誓いの言葉を口にする。


「私も誓うよ。ハツキ島を取り返すその日までナツコを守る。そのために私が出来ることは、全部やる」

「――でも」


 トーコは戦う事を拒んだはずだ。それは彼女の意志に反するのでは無いかと、ナツコは心配するような声をかけた。

 しかしトーコはそれをきっぱりと否定する。


「軍人だからね。怖いから戦えませんなんて言えないよ。それに、私はナツコのお姉ちゃんだから。妹が戦ってるのに、傍観するだけってわけにはいかないよ」

「こんなときばっかりお姉ちゃんぶって」

「都合の良いときばっかり妹ぶる人に言われたくない」

「む。――でもトーコさんが決めたことなら、反対はしません。納得もしませんけど」

「それで構わないよ。あ、でもユイの説得どうしよう。手伝って貰って良い?」

「ユイちゃんは……強敵ですね。手伝いはしますけど、力になれるかは分からないです」


 ナツコはユイに毛嫌いされているので、説得に行ったところで口汚く罵られて終わりだ。むしろそれならまだ良い方で、完全無視を決め込まれる可能性すらあった。


「〈音止〉直して貰えないと、私、半人前だから、せめて機体はちゃんとしてないと」

「確かにこの機体は強いですけど、トーコさんなら別の機体で戦っても強いと思います」

「でも拡張脳に慣れちゃうとね。いや、そういうこと言ってるから半人前だって罵られるんだろうけどさ」


 トーコは起動キー下のコンソールボックスに手をかけた。

 ロックは解除されたままで、開いたそこには拡張脳の起動スイッチと、有機ケーブルの柄。


「それが有機ケーブルですか?」

「後ろにもあるよ。そうそう、その箱。開いてるかな」


 後部座席のコンソールボックスもロックはかかっておらず、簡単に開いた。

 ユイ用の有機ケーブルの柄を持って、ナツコは真っ直ぐに引き出す。

 ぬらりと濡れた、光沢を持つ謎の材質で出来た針。それは20センチ近くあり、引き抜いたそれを見てナツコは体を震わせる。


「え、これ、結構長くないですか? どうやって使うんです?」

「首筋にグサッと。神経と一体化するから大丈夫なんだって」

「へ、へえ。私にも拡張脳が使えればトーコさんの力になれるんですけど。――づべだいっ」

「え!? 刺した!?」


 間抜けな叫び声に驚いてトーコが振り向くと、ナツコは有機ケーブルを自らのうなじに突き刺していた。


「さ、刺しました。冷たかったです」

「え、大丈夫?」

「今のところは」

「いや。それ普段ユイが刺してるから、感染症とか……」

「あ、まずいですかね? ――うん?」


 ナツコの脳内に、有機ケーブルを伝って直接情報が送られてきた。


”二式宙間決戦兵器〈音止〉

 状態 : 待機 ”


「あ、何か視えます」

「そうそう。脳と機体を直接接続するから、脳内に情報が送られてくるんだよ」

「へえ。どういう原理なんでしょう」

「それは私も知らない」

「あれ」


 ナツコが勘を頼りに脳から適当な指令を送っていると、それに応じて応答が返ってきた。


”二式宙間決戦兵器〈音止〉

 自己診断工程

 全機構点検  : 異常検知 要修理

 冷却機構   : 未接続

 脳接続    : 確認

 拡張脳同調率 : 98% ―― 同調

 警告 : 拡張脳複数確認

    : 循環接続 要接続確認

    : 保護機構作動 休眠状態移行工程開始

 自己診断異常終了”


 警告音が短く1度だけ響くと、コクピット内に灯っていた明かりが非常灯を残して消え去り、計器類からもエネルギー供給が遮断された。


「あ、あ、まずかったですよね!?」


 突然のことにナツコは状況も把握できないまま、慌てて首筋から有機ケーブルを引っこ抜いた。


「う、うん、どうだろう……。見てなかったからなんとも言えないけど、今度それとなくユイにきいてみる」

「そ、それとなくお願いします。やっぱり、〈音止〉はトーコさんにしか動かせないんですね……」

「そうみたいだね」

「とにかく。トーコさんはまだ休んでないと駄目です。タマキ隊長が見回りに来る前に病室に戻りましょう」


 トーコが念のため通常の立ち下げ処理を行うと、2人はコクピットから這い出した。

 ふらつくトーコの体をナツコは支えて、昇降用ワイヤーで下へと降りると、整備場の電灯を落としてこっそり病室へと戻った。

 病室に戻るとナツコは端末を操作して、点滴の針が抜けたので刺し直して欲しいと衛生部へとメッセージを送る。

 それからトーコをベッドに横たわらせて布団を掛けると、ベッド脇の椅子に腰掛けた。


「抜け出したことはタマキ隊長には黙っていてあげます」

「それはどうも。見ての通り、もうすっかり健康だから、明日からは室内だけでも動けるようにして貰えると更に嬉しい」

「前向きに検討はしておきます」

「トイレだけでも自分で行かせてよ」


 要求に、ナツコは尿瓶を手にしてつまらなそうに答える。


「スーゾさんに使い方を教わったので、1回くらい実践してみたいんです」

「そんな理由だったの。分かった。トイレは勝手に1人でするから」

「え、ちょっと待って下さいよ! 1回だけ、1回だけでも実践を!」


 懇願するナツコだが、トーコは取り合わない。

 そんなくだらない理由で実験台にされる人間の気持ちを少しは考えるよう言ってつっぱねて、早速ベッドから降りて室内に設置されているトイレへと向かう。

 ナツコがそれを止めようとしたのだが、ちょうどそのタイミングで扉が2つ叩かれた。

 ツバキ小隊の人間ならそれを聞き間違えることは無い。

 間違いなくタマキのノックだ。

 トーコが慌てて布団に戻り、ナツコも外されていた点滴の針を布団の中へと突っ込んで隠した。


「こんな時間に騒がしいのは何処の誰ですか」


 入室したタマキは睨みをきかせて、何食わぬ顔を頑張って作ろうとしているナツコを見つめる。

 ナツコが視線を逸らすとタマキはトーコを見たが、そちらは寝たふりをして誤魔化そうとしていた。


「消灯時間は過ぎていますよ」

「そ、そうですよね。ごめんなさい。トイレに行こうと思いまして」

「話し声が聞こえましたが」

「そ、そうですか、ね? 多分、トイレに行きたい余り独り言が出ていたんだと思います」


 口から出てきた苦しい言い訳に、ナツコ自身もこれは無いなと思いながらも、電気を消してタマキに早く帰って貰おうと試みる。

 だがその試みは失敗し、入室したタマキはベッドの元までやってきて、暗闇の中で止まっている点滴を目ざとく見つけると、外されていた針を布団の中から引っ張り出した。

 尋ねられるより先にナツコが言い訳する。


「偶然とれました」

「テープで固定してあったのに?」

「はい。不思議ですね」

「お馬鹿」


 タマキはこつんとナツコの頭を叩いた。

 それから寝たふりを続けるトーコへ声をかける。


「トーコさんの言い分も聞いておきましょう」

「……トイレに行こうと思って外しました」

「そんな馬鹿な話がありますか」


 流石に病人であるトーコを叩きはしなかったが、タマキは険しい顔で、明らかに悪事を働いてきた2人を順々に見る。


「衛生部へ連絡はしましたか?」

「はい。直ぐに来てくれると思います」

「よろしい。病人相手ですから罰を与えたりしませんけれど、1つだけ忠告しておきます。心してきくように」


 2人は頷き、つばを飲んだ。

 しかしタマキから出てきたのは予想外の言葉だった。


「悪さをするなら、バレないようにやりなさい。わたしの部下なら出来るはずです」


 2人は顔を見合わせて、それからナツコは敬礼して、トーコは頷いて応えた。

 それで満足したらしいタマキはその場を去ろうとしたが、それをトーコが呼び止める。


「あの隊長。この前の話についてです」

「答えは退院の時のはずですが」

「今きいて欲しいです」

「よろしい。ききましょう」


 タマキの許可を得て、トーコは体を起こした。


「私は、〈音止〉のパイロットを続けたいと思います。

 私もツバキ小隊の一員です。ハツキ島を取り返すまで、戦い続けます」


 その回答にタマキは大きくため息をついた。


「そう言ってくるのではないかとも考えていました」


 タマキはナツコの方を見た。

 彼女がトーコを焚きつけたのではないかと疑ったが、トーコが自分の口で自分の思いを吐露した以上、それを無碍にも扱えない。


「分かりました。あなたの意見は可能な限り尊重します。ただしあまり期待しないように。整備士が整備士ですから」

「ユイも私が説得します。機体を壊したのは私の責任ですから」

「やってくれるというなら頼みたい所ではありますけど、何度も言うようですがあなたの今の仕事は休むことです。

 体調が回復したら面会の機会は設けましょう。ですから、まずは休養を第一に。ナツコさん、引き続きお願いします。ただし次に問題を起こしたら解任しますからね」


 ナツコはぴっと敬礼して、引き続き『トーコさん係』を務める旨を述べた。

 今度こそタマキは病室から出て行った。

 完全に扉が閉まるのを確認して、トーコは布団から抜け出してトイレへ向かう。


「あ、ちょっと! さっきのタマキ隊長の話聞いてました? トーコさんは休むのが仕事です。トイレは私に任せて下さいよ! なんで無視するんですか! ちょっと!」


 スーゾから尿瓶の使い方を教わったナツコだったが、それを実践する機会は結局訪れなかった。

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