レインウェル基地にて
第159話 再会と別れ
捕虜輸送護衛任務失敗の結果、ツバキ小隊は保有機体のほとんどが稼働不能となり、主力である〈音止〉すら大破。
隊員の怪我と病気もあって身動きがとれなくなったため、作戦参加可能となるまでレインウェル基地に留まることとなった。
部隊長のタマキは数ある面倒な仕事の中から、最も厄介であろう〈音止〉パイロットであるトーコと、その整備士であるユイの問題を解決しようと、トーコの居る病室へと向かっていた。
その途中、見知った顔に会い足を止めた。
大隊長の副官であるテレーズ・ルビニ少尉と、幼なじみであり現在は衛生部所属のスーゾ・レーヴィ中尉。
ツバキ小隊がレインウェル基地に担ぎ込まれてからテレーズは衛生部側との手続きを一部代行していたため、2人は面識があった。
「あ、タマ。丁度会いに行こうかと思ってたとこ」
「呼び方」
2人きりの時なら多少は譲歩するが、テレーズも一緒とあってタマキはスーゾを咎めた。しかしテレーズは「お気になさらず」と微笑む。
「ほら、テレちゃんは良いって」
「わたしが良くないと言っているのです。テレーズ少尉も、この人にあまり好き勝手させないように。相手が女性とみれば手を出しますよ」
「酷い言いがかりだ!」
スーゾは抗議したが、テレーズは「そのようですね」と再び微笑んで、それから「お誘いはお断りしました」と告げた。
「分かったよ。じゃあニシ中尉、少しお時間よろしいですか?」
「構いませんよレーヴィ中尉。テレーズ少尉も何か?」
スーゾと共に頭を下げたテレーズにタマキは尋ねた。
スーゾはタマキがテレーズを名前で呼んだことについて、自分も名前で呼んで欲しいと抗議したが無視された。
「お別れの挨拶をと思いまして。先日の作戦について調査を命じられていたのですが、上から止められてしまったので自分はレイタムリットへ戻ります。
ツバキ小隊は隊員の回復を待ってから復帰とのことです。定期連絡は1日1回。おって大隊長から連絡が来るはずです」
「了解しました」
テレーズの言葉は大隊長からの指示に他ならない。タマキは敬礼して応じると、世話になったテレーズへ感謝を伝える。
「あんな場所まで救援に駆けつけてくれたことには感謝しています。あの大隊長にはもったいない副官です」
「いえ、救援要請に応えられるよう待機しておくよう指示されたのは大隊長ですから。ちょっとシスコンな所はありますけど、良い上官ですよ」
「ちょっとで済めば良いですけどね。――ともかく、いろいろと手を貸して下さりありがとうございました。更に頼み事をするようで悪いのですが、もう1つだけよろしいですか?」
タマキが頼むとテレーズは直ぐに頷いて返した。タマキの要望を大隊長は全て許可するので、テレーズには自身の裁量でツバキ小隊の要求に応じる権限が与えられていた。
「レインウェル基地の訓練場使用許可を頂けます?」
「え? 訓練ですか?」
テレーズは耳を疑ったが、応えるようにタマキは頷く。
「怪我人も多数いるはずですが」
「全員で行うわけではありません。機体が壊れているだけで健康な人も居ますから。暇にさせておかないためにも、復帰後直ぐに作戦参加するためにも、必要なことです」
そう言われてはテレーズも拒否できなかった。
彼女は士官用端末を取り出すと、レインウェル基地の訓練場管理担当者へ大隊長の名で使用許可を申請する。
「申請は出しました。詳細な使用日程が決まり次第そちらから連絡頂ければ許可がでると思います」
「何から何までありがとうございます」
「いえ、副官の仕事ですから。では自分はこれで。全員揃って元気な姿で、レイタムリット基地で会いましょう」
「はい。それまで兄をよろしくお願いします」
微笑みあって別れの挨拶を済ませると、テレーズは会釈してその場から去って行った。
スーゾはその背中を見送って、下品な笑みを浮かべる。
「ああいうちょっと田舎っぽくて垢抜けない子って良いよね」
「この節操なし」
「む。節操がないわけじゃないよ。だからテレちゃんには手を出してないもの。私は女の子を愛してるからね! 本人の幸せを願うのこそ本当の愛だと思うわけ。一途なテレちゃんには、その思いを遂げて貰うことがテレちゃんにとっての幸せで、私にとっての幸せでもあるの」
「テレーズ少尉が? お相手は誰です?」
真面目なテレーズに思い人が居るというのはタマキにとっては意外で、尋ねたのだがスーゾはとぼけて見せた。
「それは機密事項だからね」
ここのところ機密事項扱いとなった魔女の件や、箝口令のしかれた今回の捕虜輸送車両強奪と、スーゾに対して秘密の多かったタマキはそう言われて拗ねたような顔をされると追求できなかった。
テレーズの個人的事情に対してスーゾが黙秘するのも分かる。本人が言いふらされることを望まないのであれば、スーゾはその緩みきった口を閉じることもあるだろう。
「良いでしょう。それで、あなたの用件は?」
話題を切り替え尋ねると、スーゾは驚いたような顔をした。
「ちょっとちょっと! 元はと言えばタマから頼んだ話でしょ! 血液検査!」
「声が大きい」
頼んではいたが、廊下で大声で言うような内容では無い。慌ててタマキはスーゾの口を押さえようとしたが、スーゾは口をとがらせて、検査結果の入ったデータディスクを取り出した。
「全く酷い話だよ。魔女の血液だと期待させておいて、こんなもの検査させるなんて。まんまとしてやられたよ」
むくれてみせるスーゾだが、タマキには彼女が何故そこまで機嫌を損ねているのかさっぱり検討がつかなかった。
渡したのはフィーリュシカの血液。過去にも検査したことがあり、再検査を頼んだことになるのだが、それに対して腹を立てている訳でもなさそうだった。
「結果は?」
「一応レポートにまとめたから読んでおいて。はしゃいで検査担当の子に「こいつはやばい代物だから扱いに注意して」なんて言っちゃった私の信頼をどうしてくれるの」
「次からは発言内容に気を配るべきでしょうね。ともかく、検査はありがとうございます。また何かあったらお願いします」
「次はちゃんとやばい奴持ってきてね」
「やばい奴を求める防疫担当の人間が居ますか。しばらくはわたしもレインウェル基地に滞在しますが、あなたがさぼっていたら直ぐ衛生部へ連絡しますからね」
「いやいや。私だってそんな頻繁にさぼったりしないから。あ、それよりタマ。再開祝いに今夜どう?」
スーゾからの誘いをタマキはきっぱりと断って、用が無いのなら自身の業務へ戻るよう言いつけると、彼女も本来の目的であるトーコの病室へと向かった。
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