第139話 新生ツバキ小隊
ツバキ小隊はニシ家邸宅でだらけきった時間を過ごしていた。
イスラとカリラは使用人につまみを用意させて果実酒の栓を開ける。
ようやっと飲酒制限の解除されたトーコも1杯貰って、これまで統合軍の配給する安酒しか飲んだことの無かった彼女はその繊細な香りにすっかり魅了された。
ナツコは初めて惑星首都に来たこともあり、来る途中で見た近代的な都市に夢中になっていて、フミノから渡された商業地区のマップデータを眺めて、何処に行こうかとフィーリュシカと相談する。
フィーリュシカは興味なさそうにしながらも話に相づちを打って、それを受けたナツコは勝手に盛り上がって訪問する店舗のリストを作成していく。
サネルマはフミノから借りた電話を使って、惑星首都に居る知り合いへと次々に連絡をとっていく。8割程度は知り合いの安否確認と自分の生存報告だったのだが、残りの2割程度はツバキ小隊の今後を考えた準備だった。
その中でも重要な人物との面会を取り付け、ツバキ小隊の制服に着替えると外へ飛び出していく。
ユイは飯と風呂の時間以外はトレーラーの中で過ごし、修理用パーツはもちろん整備用の施設もないため〈音止〉関連の仕事をすっかり諦め、寝ているか端末をいじっているかの生活だった。
リルはそんな隊員たちの姿を見て呆れるが、不機嫌そうな顔をしただけで注意することも無く、電話を借りて1本だけ連絡をとった。
時間は過ぎていき昼前。使用人が昼食の準備を始めた頃、ニシ家邸宅に統合軍法務部からタマキ宛ての荷物が届いた。
フミノに呼ばれて、タマキはそれを玄関で受け取る。
開封する前から結果は分かっていた。それでも念のため中身を確認。
出てきたのは書類と、簡易包装された荷物。とりあえず書類を取り出し内容をあらためる。
その結果に満足し、フミノに居間で大人しくしているように言いつけると、荷物の封を切って中身を身につけ、庭に出た。
「全員集合、整列!」
平穏だった空気を切り裂いてタマキの声が響く。
居間でだらけていた隊員も、その声を受けて咄嗟に立ち上がった。
「き、着替えた方が良いですかね!?」
セーラー服を着ていたナツコは素っ頓狂な声を上げるが、リルに「いいからさっさと出ろ」と言いつけられ庭に飛び出した。
庭で待っていたタマキは統合軍の士官服を着こなしていて、少尉の階級章を身につけ、手には士官用端末を持っていた。
まごついたナツコと、酒瓶の保存に手間取ったイスラ、カリラが遅れて整列すると、タマキは隊員達を睨んで一喝する。
「遅い! 何をだらだらしているのですかあなたたちは!」
「あんたに言われたかないわよ」
リルが小声で言うと、タマキはそれを睨み付ける。
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「別に」
「なら黙ってなさい」
リルは声を出さず、黙ったまま敬礼して応じた。
「よろしい。――ユイさんは?」
「トレーラーかと」
「呼んできて」
こういうとき呼びに行くのはトーコの役目だと決まっていた。
彼女は直ぐにトレーラーに向かい、一悶着あったようだがユイを引きずり出して連れてくる。明らかに寝起きだったが、それでも隊員達の端っこに立って眠たげな目でタマキを見つめる。
「よろしい。これで全員――1人居ませんね」
「あ、サネルマさんが出かけてます」
「行き先は?」
出かける報告など当然受けていなかったタマキは発言したナツコに対して尋ねるが、答えは得られなかった。
視線を順々に他の隊員へと移していくが、全員が首を横に振る。
「あら、皆さんどうしました?」
丁度玄関にやってきたサネルマは、庭に集まっているツバキ小隊を見つけて声をかけた。
だが声をかけてから、きちんと整列している隊員を見て何があったのか察して、謝罪と共に駆け足で庭にやってきて定位置につく。
「謹慎中の身分ですよ。出かけるなら行き先を報告しておきなさい」
「はい! 不肖サネルマ、心得ました!」
ピッと敬礼した彼女にタマキは満足して、あらためて整列した隊員へ視線を向ける。
「先ほど統合軍法務部から通達がありました。ラングルーネ基地攻略戦でのわたしの命令無視についてですが――」
ナツコはごくりとツバを飲んだ。
だが他の隊員は、没収されたはずの階級章や士官用端末をタマキが持っているのを見て結果が分かっていた。
「――審議前に軍法会議開廷が見直され、取り下げられました」
言葉の意味が分からないナツコはきょとんとして、隣に目をやって知っていそうなサネルマへ尋ねる。
「どういうことでしょう?」
「つまり、ええと、軍法会議がそもそも行われない。何にも悪くなかったってこと」
「ええ!? それじゃあ!!」
期待を込めた眼差しを向けられたタマキは咳払いして答える。
「軍法会議は開催されず、つまり無罪判決と同義です。判決が出た以上、わたしは答えを出さなければなりません。
その前に確認させて下さい。
わたしはあなたたちがハツキ島を取り戻すための協力を惜しむつもりはありません。
ですが、わたしにはわたしの目的があります。行方不明となった祖父の居場所をつきとめたい。そのために、あなたたちを利用することがあるかも知れません。
それでも、あなたたちは、わたしの隊長再任を望みますか?」
ナツコは大きく頷いて、隊員達と顔を見合わせる。
それに応じるように皆、大きく頷いた。ナツコはサネルマから言うよう促すが、イスラに背中を軽く押されて半歩前に出る。
戸惑ったが、それでももう半歩踏み出したナツコはタマキの顔を真っ直ぐ見た。
「私たちの考えは変わりません!
昨日言ったとおりです! それがタマキ隊長の望むことなら、私たちも協力します!
その代わりにタマキ隊長も、私たちがハツキ島を取り戻すのに協力して下さい!」
言葉を受けてタマキは小さく頷いた。
そして一歩前に出ると、隊員達へと深く頭を下げる。
「ハツキ島奪還のため協力を惜しむつもりはありません。
ですから、お願いします。もう1度、わたしにハツキ島義勇軍ツバキ小隊の隊長をやらせて下さい」
頭を下げたタマキを咄嗟にナツコは止めようとしたが、イスラの手が肩におかれると、姿勢を正し、隊員達と意思確認してから告げた。
「――ツバキ小隊は、タマキ隊長の隊長再任を希望します!」
「ありがとうございます」
タマキは再び頭を下げて礼を言う。
イスラはカリラと手を打ってにやりと笑う
「これで新生ツバキ小隊の誕生だ」
「監察官の登録手続きを進めるよう中佐には連絡しておきます」
「――1ついいですか」
サネルマが挙手して発言した。
タマキが頷くと、隊員も黙ってサネルマへ視線を向ける。
「と言ってもすいません、急なことだったので皆さんと相談する時間が無くてですね……。少し時間を頂いても良いですか?」
「お任せします」
タマキの許可が得られるとサネルマは後ろに下がって皆に集まるよう手招きする。
整列を崩してサネルマの元で密集し円陣を組んだツバキ小隊。サネルマの相談に対する結論は、数秒も待たずに出された。
円陣を解いて再び整列するとサネルマが挙手する。
「どうぞ」
「はい。これはツバキ小隊としてではなく、ハツキ島政府、ハツキ島婦女挺身隊としての決定です」
かつての部隊の名前を出されたタマキはきょとんとして頷く。
そんなタマキへとサネルマは1歩近づいて問う。
「統合軍少尉、タマキ・ニシさん。あなたは先ほどハツキ島奪還のため協力を惜しむつもりはないと言いました。この言葉に、嘘偽りはありませんか?」
問いかけには即座に回答が為された。
「ありません」
返答を受け、サネルマは懐からアクセサリーケースを取り出す。
結婚指輪でも入っているかのように大切に扱われたそれは、タマキの目の前に差し出されると蓋が開く。
中に入っていたのは、ハツキ島の象徴であるツバキの花をモチーフにした、純銀製のハツキ島婦女挺身隊の隊員章。
それはタマキが以前買い取った真鍮製のレプリカでは無い、本物の隊員章だった。
「あなたはこれまで、ハツキ島のために戦い、ハツキ島市民の命を助け、自分の身を賭してまでハツキ島義勇軍を守ってきました。
その功績を称え、ハツキ島臨時政府はあなたをハツキ島婦女挺身隊、名誉隊員として認める決定をしました。
これからもハツキ島のため、力を貸して下さいね?」
タマキは地面に膝をつき、両手で隊員章を受け取った。
「謹んで拝命させて頂きます」
隊員から歓声と拍手が送られ、タマキは受け取った隊員章を早速襟につけた。
「これからもよろしくお願いしますね、隊長さん」
「こちらこそよろしくお願いします、副隊長」
立ち上がったタマキとサネルマは握手をかわす。再び歓声が上がり、タマキのハツキ島婦女挺身隊名誉隊員就任を祝った。
そんな様子を眺めてトーコは聞こえるように呟く。
「私も欲しいな」
サネルマは懐に手を入れると、もう1つアクセサリーケースを取り出す。
だがそれは手渡されず、直ぐにしまい直された。
「用意はしてあります。ユイちゃんの分も。でもトーコちゃんの名誉隊員就任は、ナツコちゃんの許可が得られてからです」
トーコは確かめるようにナツコへと視線を向ける。
ナツコは微笑んでいたが、決断は冷静だった。
「まだ駄目です!」
「なんでさ」
「トーコさんは最近私の言葉を蔑ろにしがちです! だから駄目です!」
「ナツコの都合じゃない」
不満そうだったが、トーコ自身もその決定には納得していた。
ハツキ島婦女挺身隊の隊員にとって、純銀製の隊員章は特別な物だ。
それを渡されるのにふさわしい人間と認められるのに、トーコはあと少し、ユイはとてつもなく遠い。
「ま、これでめでたく新生ツバキ小隊の誕生だ。丁度、リル様がくれた上等な酒もある。宴会としようぜ」
イスラは既に宴会ムードだった。当然カリラもそれに賛同するし、サネルマも祝杯をあげることに意見はなかった。ナツコやトーコも賛成していた。
それでも、タマキはそれを認めなかった。
「あなたたちは謹慎中でしょう。飲酒なんてもってのほかですし、宴会も認められません。そもそも、隊長が決定した今、謹慎解除後の活動に向けて準備をすべきです。やらなければならないことは山ほどあります」
浮かれモードから一転、飲酒禁止と宴会禁止を言い渡されたイスラは絶望した。
他の隊員も、実家帰省中のぐーたら状態からいつものタマキに戻ってしまったことに、若干の不安を覚える。
それでも果実酒に未練のあるイスラは食い下がった。
「なあ少尉殿。まだ次期監察官派遣の申請も、隊長の決定もまだだろ? 1杯くらい――」
「はい?」
不用意な発言をした彼女はきつく睨み付けられた。
当然イスラはそれ以上何も言えず口をつぐんだが、タマキは隊員達の様子を見渡して、ため息1つ吐き出してから告げる。
「――1杯だけですよ。それと、騒ぎすぎないように」
「やっぱりあたしらの隊長はあんたじゃなきゃ! さあ祝杯だ!」
「全く口ばっかり適当言って」
「いいじゃねえか。ほらタマちゃん、あんたが主役だ。早く行こうぜ」
タマちゃん呼ばわりされてもタマキは怒ることなく、呆れて大きなため息をついたがそのまま隊員に居間まで連れていかれた。
新生ツバキ小隊誕生の祝杯が上げられ、その日は結局、タマキに対して正式な辞令が下りるまでは宴会が続いた。
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