第138話 リルとタマキ
ツバキ小隊は全員居間に揃って朝食をとった。
珍しく朝起きてきたタマキにフミノは含みのある笑みを見せたが、何も言わず朝食の準備をした。
ツバキ小隊という来客のために、朝食後には使用人がやってきた。
ナツコやトーコは家事の手伝いを申し出たがお客様だからとやんわり断られ、プロの使用人達によって掃除も洗濯もつつがなく遂行されていく。
ツバキ小隊はやることもなくなったので、思い思いにニシ家邸宅で過ごすことにした。
そして自室に籠もって2度寝をたしなもうとしているタマキを、イスラとカリラが妨害していた時、新たな来客があった。
来客はフミノへとしばらくの滞在許可を貰うと、タマキの部屋にやってくる。
2度叩かれた扉にタマキは応えた。
「どうぞ」
やってきたのはリルだった。
リルは入室すると同時に邪魔者2人へとあからさまに嫌そうな視線を向ける。
「やあリルちゃん、お姉さんとお喋りしに来たのかい?」
「ちょっとタマキ貸して」
リルはイスラの問いに答えること無く、2人へと退室するよう促す。
「悪いが今はあたしらの貸し切りなんだ」
「バカ言ってないで出て行きなさい。最初からあなたたちに入室許可は与えていません」
タマキも退室を促すが、イスラもカリラも動じない。
仕方なくリルは手に持っていた手提げ袋をつきだす。
「これやるから出てって」
「お姉様を物で買収しようだなんて浅はかな考えですわ。そもそもなんですの、それ」
息巻いたカリラが手提げ袋を受け取ると中身を確かめる。
出てきたのは果実酒の瓶だった。
「安酒でごまかそうだなんて――。お姉様大変です!」
ラベルを確かめて素っ頓狂な声を上げたカリラ。イスラも差し出されたそれを確認する。
「アイレーン産の天然物じゃねえか!」
「これ1本で家が建ちますわ」
「よし出て行こう!」
「賛成ですわお姉様!」
2人はリルに礼を言うとタマキの部屋を飛び出してキッチンへ向かって行った。
静かになった室内で、リルは開けっ放しの扉をゆっくり閉めると、ベッドに寝転ぶタマキの元へ向かう。
タマキも体を起こすとベッドの縁に腰掛けて、リルへと椅子を勧めた。
椅子に座ったリルへとタマキは問いかける。
「無事でなによりですが、怪我の様子はどうですか?」
元気だと聞いていたにもかかわらず、やってきたリルは右脚にギブスをして杖をついていた。
しかし彼女は問われると、右脚を大きく動かして答える。
「見ての通り何ともないわ。総司令官専属軍医様のお墨付き。1週間も経たずに治るから気にしないで」
「それは何よりです。――やはり、ムニエ閣下に会いに行っていたのですか」
リルはその問いに、声を出さず小さく頷いて応えた。
「全く出過ぎた行為です」
「別に。あたしは何もしてないわよ」
「軍法会議の判決について要望を出してきたのでしょう」
「だから何もしてないって。ただ確認しただけよ。あんたの軍法会議は無罪判決が出るって」
タマキは一瞬言葉を失った。
されどすぐ言い返す。
「そうなるよう促したのでしょう」
「だから何もしてないって言ってるでしょ。あのクソ中隊長は帝国軍と内通してバカな命令を出してた。その証拠が上がったから、あんたの判決は無罪だって」
「はい? ザザ大尉が内通? あなたは何を言っているのですか。あの人にはそんな野心も度胸もありませんよ。ただ無能なだけです」
「あいつのことなんて知らないわよ。でもこれは事実」
タマキは驚愕したが、頭の中ではもう1つの可能性について考える。
ジャコミノ・ザザは帝国軍と内通などしていない。しかし統合軍は彼が内通していた証拠を掴んだ。そこから導き出される答えは――
何者かが彼が内通した証拠をねつ造し、統合軍に発見されるよう仕向けた。
そんなことを出来る人間は限られる。だか少なくともタマキには心当たりがあった。
「バカげた話だわ」
「全くよ。で、あんたはどうすんのよ。判決は無罪。後はあんたの意思だけよ」
突きつけられた問いにタマキは即答できない。
他の隊員には軍法会議の結果が出るまで考えると言った。だが軍法会議での無罪が確定した今、タマキは答えを出さなくてはいけない。
いつまで経っても答えないタマキを真っ直ぐに見据え、リルは謝罪し懇願した。
「あの時は悪かったわ。あたしが命令に従ってさっさと後退していればこんなことにはならなかった。
面倒な隊員抱えた義勇軍の隊長なんて嫌だろうけど、お願い。自分勝手な頼みだって事は百も承知よ。でもツバキ小隊には――あたしにはあんたが必要なのよ」
告白にもタマキは動じなかった。
「義勇軍の隊長が面倒なのも、隊員が自分勝手なのも折り込み済みです。別にあなたやイスラさん達の命令無視に腹が立っているわけではありません。そもそもそうだったら家にあなたたちを上げたりしませんよ」
「だったら何が不満なのよ」
せっかく謝罪したのにタマキの態度が変わらなかったことにリルは苛立って尋ねる。
タマキはため息と共に告白した。
「わたしの目的はおじいさまの所在を確かめることです。ハツキ島奪還を目指すあなたたちとは目的が異なります」
「そんなの誰だってそうでしょ。誰が隊長になっても、統合軍の人間よ」
「わたしはハツキ島の出身ではありません」
「あたしだって同じよ」
リルは惑星トトミ首都で産まれ育った。
ハツキ島との縁は、ハツキ大学進学後の僅かな間だけだ。
間髪入れずリルは続ける。
「大体、部隊の目的と個人の目的は別のものよ。あたしだって、バカな母親が隠した統合人類政府の真実を確かめたくて義勇軍に入った。あの金髪だってハツキ島のためツバキ小隊に居る訳じゃないでしょ。
あんたが何を目的にしてようと構わない。それでもあんたはツバキ小隊が目的を達成するためやれることをやってきた。
だからあんたに隊長をやって欲しいのよ。こんな軍人まがいの小娘集団をまとめられるのはあんたしか居ない。
もしあんたがそれでもアマネの行方を知りたいって言うなら止めはしないわ。でもね、仮にそうだとしてもあんたはツバキ小隊の隊長を続けるべきだわ」
リルは端末を取り出して、そこに貼り付けられた紙。書き殴られた記号の一部を指で隠して示す。
「あいつのプライベートアドレスよ。それに、アイノ・テラーの話を直接聞いてきた」
「あなたは――」
直接コゼットへ連絡を取れる手段に、これまで手段を尽くしても僅かしか得られなかったアイノ・テラーについての情報。
それはタマキにとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
「わたしを報酬で釣ろうという魂胆ですか」
「別に。欲しけりゃくれてやるわよ。
でもね、言ったでしょ。あたしは統合人類政府の真実を確かめたい。それにはあんたの協力が必要なの。だからあんたには近くに居て貰わないとあたしが困るのよ」
「自分勝手な都合だわ」
「自分勝手で結構。あたしは他人の都合に合わせて自分の目的を諦めるつもりはないわ。で、あんたはどうすんのよ」
再度問われてもタマキは答えられなかった。
苛立ったリルは立ち上がってふんぞり返ると告げる。
「分かったわよ。さっきの取り消すわ。プライベートアドレスも、アイノ・テラーの情報も渡さない。欲しければツバキ小隊の隊長になってそれを寄こせと命令しなさい。話は終わりよ」
リルは退室しようとして、杖を忘れていたことに気がついて取りに戻る。
タマキはそんな彼女に小さく声をかけた。
「ツバキ小隊の隊長を続ける気はあります」
「――だったら、隊長らしく振る舞ったらどうなのよ。いつものあんたみたいに図々しく、あれやれこれやれアホ共のケツ蹴飛ばして回ったらどう?
こんな時間に寝間着着たままベッドで寝転がってるあんたなんか見たくなかったわ。部屋も散らかってるし、顔も汚いし、壁紙も悪趣味だわ」
散々言われたタマキは何か言いたげに顔をしかめて見せたが、リルは高飛車に顎を上げてそんな彼女を見下す。
タマキはそんな彼女の顔をキッと睨み付けて返す。
「壁紙は母様の趣味です」
「知ったこっちゃないわよ」
言いたいことは言い切ったとリルは今度こそ退室しようとしたが、ベッドから下りたタマキはその背中へと手を伸ばす。
「待ちなさい。コゼット・ムニエ大将のプライベートアドレスをこっちに寄こしなさい」
「寝言は聞きたくないわ」
振り返り不機嫌そうな顔を向けて返すリル。
そんな彼女へと、タマキは背筋をぴんと伸ばしていつもの高圧的な物言いで命じた。
「寄こせと言っています。これは隊長命令です」
「ふうん」
リルは気のない返事をして、要求には応じるつもりは無いと手をひらひら振った。
「命令するつもりがあるなら着替えて顔くらい洗ってきなさいよ、ネボスケ」
ばたんと閉じられた扉をタマキはしばらく睨み付けていたが、一言リルに対する暴言を吐くと蹴飛ばしてあった布団をたたみ始めた。
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