第126話 作戦準備

 ラングルーネ基地は帝国軍がラングルーネ市街地を利用して構築した新しい軍事基地である。


 ラングルーネ市街地自体は陸上交通の要所として、大戦以前より人類の生活拠点が整えられた場所だった。

 市街は南北に長い楕円形のような形をとっており、その南側に行政特区が築かれ、その周囲を高層ビルの建ち並ぶ高密度市街地が広がる。

 北側へ進むにつれて住宅密度は低くなり、リーブ山地真南には軍事産業特区が築かれていた。エネルギー抽出区画、対宙砲はもちろん、ヘッダーン社やトリアイナ重工が〈R3〉製造拠点を構える。

 そこで製造された最終製品は陸路によってトトミ中央大陸東部へ各地へ運び出される他、隣接したボーデン基地より海路によって惑星トトミ首都へと輸送することも可能であった。


 そんなラングルーネだが、今は帝国軍の軍事基地として運用されている。

 ボーデン基地から運び出された資材を使い、南部から北東部へかけては高さ15メートル程度の防壁が築かれた。

 内側の状況を確かめようと無人偵察機が飛ばされるも、既に対空防備は十分整えられていた。

 

 それでも統合軍は衛星軌道上からの観測を行い、帝国軍の妨害を受けながらもかろうじて不鮮明ではあるがラングルーネ基地全体図の取得に成功。

 これによって、本来トトミの戦いとは関係のないはずの本星将官主導の下、トトミ中央大陸における帝国軍駆逐作戦の第1作戦としてラングルーネ基地攻略が起案され、それは承認された。


 現地総司令官コゼット・ムニエ大将、副司令官テオドール・ドルマン中将共に作戦実行に反対したが、本星将官によって作戦を実行するよう強引に通達がなされた。

 ただし、統合軍総司令タモツ・ニシ上級大将は、その通達に際して現地司令官の判断における作戦の中止を無際限に認めるという一文を付与した。


 これによって作戦実施は半ば形骸化したものの、本星将官の意思に背くわけにもいかないコゼットは実行を決意。通達を受けたその日のうちにトトミ中央大陸東部軍司令部に赴き、現地将官を招集し作戦計画の詳細を詰めるよう命じた。


 こうしてトトミ中央大陸東部において統合軍は、ラングルーネ基地攻略を目指して行動を開始した。

 継続的に各方面より輸送艦受け入れを行っていてもエネルギーと弾薬の備蓄には致命的な欠損があったが、それでも作戦は止まらない。


 物資不足に陥っているのは統合軍だけではない。帝国軍とて、新年攻勢の失敗によってその軍事資源に大打撃を受けた。しかも新年以来、帝国軍は惑星トトミに対して1隻として輸送艦を降下させていなかった。


 一段と寒さの厳しくなった統合歴21年冬。

 ラングルーネ基地攻略作戦が開始された。

 海岸線を進みラングルーネ基地南西部より攻め込み、司令部の置かれた中枢区画を叩く第1軍。

 リーブ山地麓を進み、ラングルーネ基地北部、〈R3〉製造拠点及びエネルギー産出地域を叩く第2軍。

 海岸線を更に南下しボーデン基地跡地を攻略。そこから転進しラングルーネ基地南部から第1軍を支援する第3軍。

 レイタムリット東部、デイン・ミッドフェルド基地に対する牽制と陽動を兼ねた第4軍。


 それぞれの軍団が編成され、作戦は開始された。

 ツバキ小隊は第2軍に配属され、軍を構成する師団の1つ。シノ星系出身の師団に属する歩兵中隊へと編入された。


 シノ星系の士官教育は、本星はおろかトトミと比較しても酷いことになっているとST山地攻略作戦の折に知ってしまったタマキは懸念を抱きながらも中隊長へと挨拶に出向く。


 出迎えた中隊長ジャコミノ・ザザ大尉は、小麦色の肌をした壮年の男性で、陽気そうな表情と軽い口調をした人物だった。


「会えて嬉しいよ、ニシ少尉。義勇軍ながらST山地攻略でも、KS拠点攻略でも大戦功を上げたそうじゃないか! 今回のラングルーネ基地は一筋縄ではいかないだろうが、貴軍の活躍を期待しているよ。

 部隊構成を見せて貰ったが、歩兵8のみのようだね。支援攻撃部隊として最左翼に位置して欲しい。補給が必要な場合は連絡してくれ。とはいっても、十分に物資があるとは限らないけどね」

「お心遣い感謝します。では支援攻撃部隊として装備変更を行います。必要な物資については後ほど連絡を。それでは失礼します」


 ジャコミノはツバキ小隊に対して好意的なようだったが、タマキはこういう軽薄な態度の人間があまり好きでは無かった。

 その大部分はイスラのせいではあるのだが、それを差し引いても30を越えた、一応は士官学校を出た人物の態度とは思えなかったからだ。

 目の前にいるときには態度にこそ出さなかったが、中隊司令所から出ると大きくため息をつく。


「こんなことならお兄ちゃんの下の方がマシだった」


 義勇軍という好き勝手配属をかえて構わない便利な存在は、統合軍にとっていいように扱われる。

 そんなこんなで転属に次ぐ転属を繰り返してきたのだが、タマキがカサネ率いる大隊の所属が良いと意思表明してしまえばその所属は固定される。

 当然それは統合軍規定から離れたカサネの個人的権限によるものでしかない。それでも本星上級大将の後ろ盾があるのだから、その所属を動かすのは難しくなる。恐らく総司令官のコゼットですら容易には動かせない程度に。


 それでもタマキが意思表明をしなかったのは、妹の意地と、1つの部隊に縛られない自由を手放したくなかったから。

 だがここまで適当な配属を繰り返されると、それを自由と呼んでいいのか分からなくなってきた。残ってるのは妹の意地だけだ。

 果たしてカサネを前にして「お兄ちゃんの部隊の所属が良い」と、はっきり言い切れるかどうかはタマキにも分からなかった。


 タマキが司令部に戻ると、駐車場に停められたトレーラーの元で積み込み作業を行っていた隊員は整列して出迎えた。

 KS拠点に司令部を構えてから1週間が経ち、町工場だった建物はすっかりツバキ小隊の司令部に作り替えられていた。

 そんな司令部とも今日でお別れ。恐らく戻ってくることはない。基地攻略が成功すればラングルーネ基地へ。失敗すれば――今は何処の所属になるかは分からない。


「正式に配属決定がなされました。ツバキ小隊はトトミ中央大陸東部攻勢第2軍所属として、シノ星系歩兵624大隊第4中隊隷下に編入され、ラングルーネ基地攻略を目指すこととなります。

 カリラさん、イスラさん。支援攻撃部隊として運用がなされるとの事ですので、支援火力重視で装備編成を。受領が必要な装備のリスト作成をお願いします。

 ユイさん――ユイさんは?」


 タマキの質問に、トーコが挙手してトレーラーの荷室を指さす。

 「呼んできて」と声をかけられ、トーコは返事と共に荷室へ入り、ユイを連れて出てきた。


「何か用か?」

「〈音止〉についてですが、前線運用はまだ不可能ですね?」

「片腕無いからな。動くには動くが状態は良いとは言えない。主武装も弾薬不足で60ミリか88ミリしか運用できないぞ」

「分かりました。ではユイさんは待機で――」

「待て。ラングルーネ基地攻略なんぞ失敗するに決まってる。念のためついて行ってやる」


 偉そうにふんぞり返るユイには、タマキも拒否はしなかったがため息交じりに答える。


「あなたがついてきて何の役に立ちますか」

「あたしゃ天才だからな」

「答えになっていません」

「どうにもこの作戦、嫌な予感がする。念のためだ」


 そこまで言われて、タマキも仕方なく頷いた。

 KS拠点に〈音止〉とユイだけを残していくのも不安だったのでついてくるのは悪いことでもない。

 いざとなれば〈音止〉も運用できるとなれば心強い。

 問題があるとすれば、ユイの身を誰が守るかと、トレーラーに〈音止〉を積んだ状態でラングルーネ基地まで辿り着けるかどうか。


「〈TW1000TypeB〉をユイさん向けに調整は可能ですか?」


 タマキはカリラとイスラへ向けて尋ねると、2人はリルとユイを見比べた。

 〈TW1000TypeB〉は第3世代型の偵察機で、今はリル向けに調整されている。

 カリラは許可を得て列から離れると、リルへと手招きしてユイの元に呼び寄せる。

 それから背中合わせで立つように言った。


「何でよ」

「身長が分からないと調整可能かどうか分かりませんわ」

「そんなのデータ入ってるでしょ」

「あなたのデータはね。良いから早く」


 リルもユイも拒否感をあらわにしていたが、タマキが協力するよう告げるとリルは仕方なくユイと背中を合わせた。

 初等部学生にすら見えるユイの身長は、小柄なリルよりも更に小さかった。


「8センチくらい小さいですわね。お姉様、〈TW1000TypeB〉の調整値頂けますかしら」

「こんな感じ」


 イスラは整備用端末に〈TW1000TypeB〉の調整データを表示させてカリラへと手渡す。

 その数値と身長差から必要な調整量を算出したカリラは告げる。


「もう下限ギリギリですわ。ここから更に8センチは……」

「不可能ですか?」


 タマキの問いかけに、カリラはかぶりを振った。


「不可能ではありませんけれど、基礎フレーム削りますから元には戻らなくなりますわ」

「――時間は、どれくらいかかります?」

「設備は整っていますから、2時間もあれば」

「1時間で何とか出来ませんか?」


 無茶な提案だったが、カリラはイスラの方を見て首を傾ける。

 イスラが頷くとカリラはタマキに向き直り答えた。


「お姉様の手を借りてもいいのでしたら」

「よろしい。調整をお願いします。サネルマさん。ユイさんに〈R3〉の基礎講習を」

「待て待て」


 勝手に話を進められていたユイは遂にタマキの声を遮った。


「こんなおもちゃ必要無い。あたしゃついて行くだけだ。戦闘はしない」

「あなたがしたくなくても、向かう先は戦地です」

「まともに動かせもしないような兵器ならない方がマシだ」

「それを今から動かせるようにして下さい。出発して戦闘開始までには最低でも2日ありますから」

「あたしゃ頭脳労働者だ」

「天才なんでしょ。何とかしなさい」

「愚かな奴め」


 ユイは不快感を全面に出していたが、タマキが折れないとみると標的をサネルマへ変更する。


「何であたしがこのハゲにものを教わらなけりゃならん」

「嫌ならリルさんに変わって貰いましょうか?」


 タマキの提案にユイは一層不快感を表した。

 以前ユイは、酔い止め訓練と称してリルのストレス発散のはけ口にされた経験があり、彼女のことを敵視していた。


「今回だけはこのハゲで我慢してやる」

「よろしくお願いしますね! 大丈夫、講習は実績がありますから! 不肖サネルマ・ベリクヴィスト、誠心誠意努めさせて頂きます!」


 副隊長らしい仕事をもらえたサネルマは喜んで、早速個人用端末に新人向け〈R3〉講習マニュアルをダウンロードした。

 戦闘開始までにユイがどれほど動作を習得できるか定かでは無かったが、少なくとも装備と歩いての移動くらいなら何とかなるだろうとタマキは予想していた。


「装備編成はわたしが確認します。トーコさん、手を貸して下さい」

「了解です」


 カリラとイスラをユイ向け〈R3〉の調整に回してしまったので、2人が担当するはずだった装備編成についてはタマキが自ら引き受け、補佐としてトーコを選んだ。


「それ以外は各自機体の確認と、割り当てられた火器の調整をお願いします。では行動に移って下さい」


 指示を受けた隊員は返事と共に割り当てられた仕事へ向かう。

 ラングルーネ基地攻略に向けての準備は急ピッチで進められていった。

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