第113話 違和感
200ミリカノン砲に尖鋭弾を装填し終えると、ナツコは弾薬ケースの隣へ移動して砲撃に備えた。
自分は当たりっこないと諦めてしまったことだけれど、フィーリュシカならそれすら可能にしてしまうような気さえした。
フィーリュシカは静かに砲撃準備を告げる。
カノン砲の発射に備えて、しゃがみ込みライフルシールドを構える。
フィーリュシカは躊躇無く仮想トリガーを引いた。
瞬間、ナツコの視界が歪んだ。
――何が起こった?
原因を調べようとするも、頭が上手く働かない。
頭の奥に響く高周波の音がノイズのように断続的に続き、思考が妨げられる。
視界不調。耳も上手く聞こえない。体の感覚もいつも通り返ってこない。
タマキが何か命令している。次弾装填を急ぐよう声をかけているようだ。
そうだ、やるべき事をやらないと。
頭痛を堪え立ち上がる。途端に立ちくらみして倒れ込みそうになると、イスラに体を支えられた。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫、です」
何とか言葉を発して、自分の足でしっかり立って見せた。
大丈夫。ナツコはそう自分に言い聞かせて、ぼんやりとした視界の中弾薬ケースから砲弾を取り出し、イスラと共に運んでいく。
フィーリュシカはまたしても運ばれてきた尖鋭弾をつぶさに見て、手で触れて詳細を確かめた。それから装填指示がなされ、カノン砲に尖鋭弾を装填するとナツコは弾薬ケースの元へ戻る。
「顔色悪いぜ。本当に大丈夫か?」
「はい。立ちくらみしちゃったみたいで。もう大丈夫です」
ほんのすこし時間が経っただけで、さっきまで苦しかったのが嘘のように治ってしまった。
まだ頭の中枢部分でノイズのようなものが瞬いているがさほど気にならない。
視界もはっきりしてきたし、耳も良く聞こえる。平衡感覚もばっちり取り戻していた。
弾薬ケースの元でしゃがみ込むと、何が起こったのか原因を考える。
異変が起こったのは間違いなくカノン砲発射の瞬間だ。
だとすると爆音が気になる。
視線でコンソール画面を操作して、聴覚保護機能を呼び出す。
当然、機能は有効になっていた。
とすると、爆風?
そういうわけでもなさそうだ。爆風からはライフルシールドと〈R3〉が守ってくれている。
残るは……液体装薬の燃焼ガスだろうか。
不完全燃焼したガスを吸い込んで、一時的に脳機能が麻痺したと考えることは出来た。
生憎このカノン砲の液体装薬の組成を知らないためそれが真実か確かめることは出来ないが、燃焼ガスなのだから多量に吸い込めば酸欠を起こしても不思議は無い。
ナツコはそこまで考えると、〈ヘッダーン1・アサルト〉に標準装備されていた簡易酸素マスクをくわえた。
「どうした突然そんなの取り出して」
「いえ、酸欠っぽくて」
「あー。風向きがまずかったのかもな。それ噛んでりゃ安心だよ」
「はい。もう安心です」
もう大丈夫だと安心すると、着弾のカウントが終わろうとしていた。
メインディスプレイに観測装置の映像を表示させて、ナツコはそれを食い入るように見つめる。
すると、観測装置がとらえていた〈アースタイガー〉が突如足を止め、その内側から薄桃色の煙が上がった。
「あ、当たりました」
「流石フィーリュシカ様だ。まぐれってわけじゃないんだろうな」
「正直信じられませんけど、フィーちゃんなら当ててもおかしくないですよ」
これまでもフィーリュシカは信じられないような現象を起こし続けてきた。
彼女が放つ88ミリ砲は、相手が回避行動をとっていようがその回避先へと確実に着弾し、逆に彼女を狙った銃弾は全てが回避されるか〈アルデルト〉の無いに等しい装甲で弾かれた。
それはきっと〈R3〉の操縦が凄い上手いからだとナツコは思っていたが、ここまで物理法則から乖離した現象を見せられると、それだけでは無いのではないかと思わずにはいられなかった。
タマキとフィーリュシカはなにやらやりとりをしていたが、それを終えるとフィーリュシカは砲撃準備を告げた。
ナツコは聴覚保護が有効になっていることを再確認。簡易酸素マスクから目一杯酸素を吸い込んで、発射の直前に息を止める。
フィーリュシカが仮想トリガーへ指をかけ、迷うことなく引ききった。
砲撃。
瞬間、またナツコの視界が歪む。
脳の中枢を直接揺さぶられるような衝撃。
それは爆風でも爆音でも、ましてや燃焼ガスの仕業でもなかった。
原因不明。
既に脳は正常に思考できる状態では無かった。
混乱した感覚が滅茶苦茶になり、視界は歪む。
「おい大丈夫か。どうした」
イスラが声をかける。
何か答えないとと、ナツコは声を発しようとするが体が思うように動いてくれない。
それでも頭の奥でキンキンと鳴り響く高周波ノイズを無理矢理堪えて立ち上がると、「大丈夫」と声を絞り出す。
「そうは見えないぞ。何本に見える」
「0です。腕の数なら1ですけど」
イスラが握った拳を突き出してくるので、これはからかわれてると思いつつも律儀に答えた。
そんな馬鹿なやりとりをしていると、脳内のノイズも段々と収まってくる。
視界も良好とは言えないが問題無い。ナツコは笑顔を作って、弾薬ケースから砲弾を取り出す。
「見ての通りもう大丈夫ですって。ちょっと砲撃に驚いただけですよ」
「さっきまで全然平気そうだったのにか?」
「そうですけど――とにかく次弾装填しないと!」
有無を言わさず砲弾を持つように促して、そこから2人でフィーリュシカの元へ運んだ。
「あの、フィーちゃん。それって、何をしてるんです?」
砲弾を確かめていたフィーリュシカへと問いかける。
最初にイスラが「集中させて欲しい」と怒られていたが、それでも気になって仕方がなかった。
「おまじない」
「え? ええと……」
唐突に出てきた、合理性の欠片もない言葉にナツコは耳を疑った。
まだ先ほどのノイズの影響が残っていて、いつもより耳は遠い気がする。聴覚保護もつけっぱなしだし、聞き間違えたのかも知れない。
「ごめんなさい、ちょっと聞こえなくて」
「集中させて」
「はい」
そう言われてそれ以上追求することなど出来なかった。
確認作業を終えると砲弾を装填し、ナツコは弾薬ケースの元へ戻る。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「イスラさん、こういうときだけ妙に心配性ですよね。大丈夫ですよ。もう大分落ち着いてきてます」
「落ち着いてきてるってこた、何ともなくはないんだろ?」
「そ、それは、そうですけど、大丈夫ですって」
「ナツコちゃんの大丈夫は当てにならないんだよ。砲撃に驚くんだったら伏せてたらどうだ?」
「大袈裟すぎません?」
「今すぐ伏せないとタマちゃんに言いつけるぞ」
「強硬手段に出ましたね……。分かりました。そうしてます」
やっとツバキ小隊が統合軍のために働けているというのに、タマキに体調不良を言いつけられて後方待機させられたらたまらないと、ナツコは提案を素直に受け入れざるを得なかった。
砲撃に備えて伏せ、その体勢のままメインディスプレイを注視する。
観測装置は先ほど行動不能にした〈アースタイガー〉の横を通って前に出ようとする機体をとらえている。
カウントが進み、1と0を頭の中で数えると、やはり〈アースタイガー〉は足を止め、装甲の内側から薄桃色の煙が上がる。
「やっぱりフィーちゃんは凄いですね。でも――」
確かに〈アースタイガー〉は脚部関節に尖鋭弾の直撃を受けて倒れたはずだ。
しかし先ほど見た〈アースタイガー〉の機体データと、今の砲撃の弾道を比べてみると違和感を覚えた。
ナツコの示した案は追加された側面装甲の間を縫って通るというものだった。
しかし今の弾道は、側面装甲に直撃するコースだった。
でも、そんなことあり得ない。起こり得ないことだとナツコは自分に言って聞かせる。
そもそも観測装置からの映像はそこまで精細度は高くないし、描画周波数も遅い。
機械的な描写不良でそう見えてしまっただけだろう。
まだ頭の調子が回復しきっていないため、詳細な計算はとても出来るような状況では無かったが、側面装甲に命中した尖鋭弾が内側に到達しないことくらい、ちょっと考えただけで分かることだ。
フィーリュシカが砲撃準備を告げる。
ナツコはこんなこと考えている場合じゃないと、砲撃に備えた。
聴覚保護よし。酸素マスクよし。地面に伏せた状態で、頭を守るようにライフルシールドをかぶるようにして構える。
これで万全の態勢だ。今度こそ――
砲撃。
脳を揺さぶられ、強烈な高周波ノイズが駆け巡った。
何が起こった――
考えようとするが、脳は思考を行える状態では無い。
それどころか、何も考えるなと言わんばかりにノイズの塊を吐き出してくる。
駆け寄ってきたイスラが何か言っているのは分かった。でも何を言っているかは分からない。
それでも言葉に応えようと、頭痛を堪えながら立ち上がろうとする。
だがナツコが体を起こそうとした瞬間、ひときわ大きなノイズが脳の中枢部分で響いて、地面に両手をついた。
イスラが体を抱きかかえる。
遠くからタマキの声も聞こえた。
でも、それに応えようとして、失敗した。
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