第112話 反撃開始

 海岸線を帝国軍は進み続ける。

 既に全長30キロある砂浜の中間地点を越えていた。


 統合軍は砲撃を着弾時刻合わせから随時射撃へと切り替え、手数でもって歩兵だけでも削ろうと試みる。

 それでも〈アースタイガー〉が倒れない以上、いくら榴弾の破片が内側の歩兵を傷つけようと進軍は止められない。

 〈アースタイガー〉は火器を一切装備していないが、内側の歩兵は統合軍の重砲陣地を攻撃し得る迫撃砲なりを装備していると予想された。

 これ以上の接近を許せば、かろうじて侵攻速度を遅らせている重砲の攻撃を止めざるを得なくなる。そうなってはレインウェル基地前線に、帝国軍部隊が展開してしまうだろう。


「装薬完了済みの初弾は通常通り撃つ」


 タマキが戦況を確認していると、砲撃準備完了したフィーリュシカが声を発する。

 カノン砲の火器管制装置とフィーリュシカの装備する〈アルデルト〉の火器管制装置が直接接続され、照準の制御と装薬量の設定がマニュアル操作に切り替えられる。


「了解。任せます。既に統合軍は随時射撃の許可を出しています。準備完了次第、合図して発砲を」

「承知した。砲撃準備」


 フィーリュシカは無感情な声でこれから砲撃を行うことを告げた。

 タマキは一歩下がり姿勢を低くして砲撃に備える。準備完了と同時に、フィーリュシカは仮想トリガーを引いた。


 爆音と爆風を巻き起こし、200ミリ尖鋭弾が放たれる。

 フィーリュシカは言葉通りそのままトリガーを引いただけで、弾道の行方を気にすらせずに次弾装填の催促を行う。


 ナツコとイスラが200ミリ尖鋭弾を運び込むと、フィーリュシカは「少し待って」と声をかけてその尖鋭弾をじっと見つめ、手で表面を触って確かめる。


「そんなんで当たるようになるのかい?」

「集中させて欲しい」

「こりゃ失礼」


 おどけて尋ねたイスラだが、フィーリュシカにそう言われては素直に謝って口をつぐむしか無かった。

 砲弾の確認は10秒程度で終わり、装填指示がなされると、ナツコとイスラは砲弾を薬室へ送り込んで定位置へと戻っていく。


「照準も任せてしまってよろしいのですよね?」

「そう。こちらで行う」

「かしこまりました。大人しくしていますわ」


 カノン砲の火器管制装置担当だったカリラは、フィーリュシカがその場を引き継いだので発射機構と砲身の点検に努める。


 カノン砲の照準はフィーリュシカの操作によって微調整され、2種類の液体装薬もその量を調整された。


「先頭の機体を狙う。観測をお願いしたい」

「了解」


 タマキは頷き、リルへと通信を繋ぐ。

 詳しくは説明せず、ただ先頭の機体付近を注視のことと命じ、了解がかえると射撃に備えて姿勢を低くした。


 普通に考えたのならば、当たるわけがない。

 特に先頭を進んでいる機体は自身の選択によって速度を決定している上、周囲を他の機体に囲まれて居ない分移動可能な領域が広い。

 どんなに優れた砲手と言えど、着弾まで数十秒かかる30キロの長距離砲撃では意味をなさない。その間に相手がどのような行動をとるか、完全な予測など不可能なのだから。


 ――だがもし本当に当てられたら。

 数機でもいい。その場で足止め出来たのなら、バンカーバスターの用意も間に合うかも知れない。

 そうなれば帝国軍は甚大な被害を被るであろう。

 長く続く海岸線に展開されている帝国軍の総数は煙幕によって把握できない。だが、それがレインウェル基地前線を占領しうる大戦力であることは確かだ。

 無敵だったはずの盾をはぎ取られて榴弾砲の餌食となれば、今は大きく帝国軍側に傾いている惑星トトミにおける戦力バランスが、拮抗まで持ち込める可能性すらあった。


 今はまだ机上の空論でしか無い。

 だが実現出来たのなら、トトミでの戦いをひっくり返すような事態になるだろう。


 それだけではない。

 こんな不可能を可能としてしまえば、これまで不問としてきたフィーリュシカの身元について、タマキは詳細に調査せざるを得なくなる。それこそ、兄の権限はもちろん、父親の権限すら使ってでも――


「砲撃準備」


 タマキの見つめる前で、フィーリュシカが静かに告げる。

 フィーリュシカは無感情な瞳で、ただただカノン砲の薬室を見つめていた。

 そして、伸ばした右手の人差し指をカノン砲の仮想トリガーへとかけ、引ききった。


 カノン砲の砲口が瞬き、爆風と爆音が同時に押し寄せる。

 何ら変わることは無い、これまで通りの射撃。


 タマキは再びリルへと観測を厳とするよう告げ、出遅れていたナツコへ次弾装填を急ぐよう命じると、観測装置から送られてくる映像に対して目を見開いて注視した。


 着弾まであと15をリルが告げる。10から先は自分がカウントを引き継ぐ。


「10、9、8、7、6、5、4、3、2――」


 観測装置からの映像は、統合軍の榴弾によって爆炎と煙に包まれていた。

 だがカウント終了の直前、一瞬だけ視界が確保され、先頭を進む〈アースタイガー〉の巨大な姿が露わになった。


 1、0――


 頭の中でゼロを数えた次の瞬間、〈アースタイガー〉の側面追加装甲の内側で、爆炎が瞬いた。

 これまで榴弾砲をものともせず進んでいた〈アースタイガー〉が初めて足を止め、同時に、装甲の内側から薄い桃色の――ハツキ色の煙が上がった。


 4脚のうち後ろ足1本をたたき折られた〈アースタイガー〉は、不幸にもその瞬間後ろ足に体重をかけていた。急遽前足へ体重を移そうとするも、3本の足では増えすぎた自重を支えきれない。

 勢いよく崩れた姿勢は自重によって加速され、残っていた足からも煙が上がる。関節が焼き切れた〈アースタイガー〉はその場で砂浜に崩れ落ちた。

 内側に居た歩兵は無事では済まなかっただろう。

 〈アースタイガー〉は残っていた足を動かして立ち上がろうとするが、重い追加装甲に潰されるような姿勢のままもがくだけだった。


『ちょっと! 何が起こったのよ!』


 突然起こった異常な事態に、何の説明もされていなかったリルが声を上げる。


「作戦行動中です。ツバキ7、弾道の計算を」

『分かってるわよ。でも、奇跡にしたって馬鹿げてるわ――弾道計算完了。送るわ』


 リルから送られてきた弾道のデータは、確かに尖鋭弾が側面装甲の隙間をくぐり抜け、〈アースタイガー〉の脚部関節を撃ち抜いていた。


 本来ならばあり得ない現象が目の前で起こっている。

 タマキは次弾発射準備を完了したフィーリュシカへ向けて鋭い視線を送る。

 ただ者では無いことは分かっていた。だが、ここまでとは予想だにしなかった。

 

 ――それでも。

 これは戦争だ。そして統合軍は圧倒的不利な立場に立たされ続けている。

 使える物はどんな物でも使わなければならない。

 そうでなければ、義勇軍の目的を遂げることも、タマキ個人の目的を遂げることも、それどころか生き残ることさえ出来やしない。


「ツバキ3。今のは狙って命中させたと判断してよろしいですね」

「肯定です」

「よろしい。次弾標的は?」

「次に先頭へ出ようとした機体を狙う。ここより先へは進ませない」

「大変よろしい。準備出来次第砲撃を。以降、弾道観測を待たず砲撃を許可します」

「承知した」


 フィーリュシカはカノン砲に向き直り、発射準備を告げると迷うこと無く仮想トリガーを引いた。

 タマキは爆音と爆風をやり過ごすと、リルへ先頭の機体を観測するよう告げ、それから大隊司令部へ通信を繋ぐ。


「こちらツバキ。大隊司令部、応答を」

『こちら大隊司令部』

「速やかに200ミリカノン砲の尖鋭弾、液体装薬、替えの砲身を用意して欲しい」

『待て――』


 司令部要員は何か言おうとしたが、タマキはそれを遮って告げる。

 作戦行動中にこんな行為軍人として許される訳がないが、事態は急を要していた。


「直ぐ判断がつけられないのなら大隊長か副官へ繋いで。発信元はツバキ小隊のタマキ・ニシ少尉と」


 名前を出すと、大隊長の妹であることを察した司令部要員は即座に通信をカサネへと繋いだ。作戦行動中だというのにカサネは直ぐに応答した。


『どうしたタマキ! 何かあったのか!』


 妹を心配するシスコンの声だ。

 タマキはそれを内心笑いつつも、あまり時間が無いので急いで話す。


「これからことは起こります。こちらの観測装置の映像を送るから見て。残り8秒」

『唐突だな。こっちは今――』

「いいから見て」


 有無を言わさず命令すると、カサネは「分かった」と答えた。

 それを受けてタマキはカウントを進める。

 ――4、3、2、1、0。


 先ほど倒れた機体の横を通って前に出ようとしていた〈アースタイガー〉が、突然側面からの砲撃を脚部に受け、その場で停止した。

 上がったのはまたしても、ハツキ色の煙。


「これで2機目。ツバキ小隊には〈アースタイガー〉を確実に撃破可能な能力がある。直ぐに200ミリカノン砲の尖鋭弾と液体装薬。念のため替えの砲身を用意して欲しい」

『何が起こっている。その位置から――』

「終わったら全部説明する。というか、わたしも分からないこと多いから調べるの手伝って欲しい。

 でも今はとにかく補給を。お願いお兄ちゃん」


 絶対にカサネが言うことを聞いてくれる魔法の言葉を口にしたが、それは必要なさそうだった。

 カサネは山岳地帯に展開しているというのに海岸線側で起こっていることも良く把握していて、そしてツバキ小隊がそれを打開し得る能力を持っているという事実も即座に受け入れた。


『分かった。直ぐ準備させる。護衛も必要だな。そこを砲撃できそうな山頂もこっちで押さえる』

「ありがとお兄ちゃん、大好きよ」


 用件はそれで済んだとタマキは通信を終了する。

 同時にフィーリュシカが次弾発射を告げ、砲撃が行われた。

 恐らくこれも命中する。これで3機――


「次弾装填を。どうしましたか? ちょっと、大丈夫!?」


 タマキが弾薬ケースへと視線を向けると、ナツコがその場で地面に手をつき倒れかけていた。イスラが介抱に入ったが、ただ事ではない様子だ。


「ツバキ5。装填をお願い」

「承りましたわ」


 装填をカリラへ任せると、タマキはナツコの元へと駆けだした。


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