第111話 逆転の策
帝国軍が防御特化の〈アースタイガー〉を曝してからも、統合軍は榴弾砲による砲撃の手を抜かなかった。
砲撃をやめれば、今は内側に隠れた歩兵を守りつつ進んでいる〈アースタイガー〉が進行速度を速めてしまう。いくら撃ち込んでも上面の追加装甲に阻まれると分かって尚、攻撃を止めることは出来なかったからだ。
「まずい事になりました……。これでは運良く砲弾が当たったところで、あの装甲に弾かれる」
タマキは悔しそうに観測装置から送られてくる映像を睨んだ。
浅い角度で侵入するツバキ小隊のカノン砲尖鋭弾は、命中したところで追加装甲の表面を滑ってしまうだけだ。起爆に成功したとしても、長距離射撃での安定性を重視した尖鋭弾は爆発のエネルギーが小さい。榴弾砲の爆発を物ともしない装甲に効果があるはずも無かった。
「クモ、というよりカニ? カメ? なんでしょうこの生き物」
リルから共有される映像をメインディスプレイに表示させたナツコは、その鎧を纏った形状の4脚重装甲騎兵を見てそう感想を漏らす。
「なんだろうな。少なくとも真っ当な兵器じゃ無いことは確かだ」
「でもこれ、どうするんですかね」
「どうしようもないんじゃないか?」
ナツコの問いにイスラが答える。
その素っ気ない返答に対してナツコは声を上げた。
「そんな! この戦いは負けられないんですよね」
「そうだが、このままあの群れが砂浜に道を通しちまえば砲撃部隊を下げて野戦するしかないわけだし、レインウェル基地正面までの野戦で削れるだけ削って、基地防衛戦で守り切るほかないさ」
イスラも自分で口にしながらそれが果たして可能なのかどうか分からなかったが、帝国軍が榴弾砲対策をしてきた以上、海岸線での防衛作戦は失敗したと言ってしまっていいだろう。
「野戦だって? 統合軍が? バカな話だとしか言いようが無いな」
いつの間にか〈音止〉の後部座席から下りてきていたユイがイスラの言葉を否定する。ユイは反論も聞こうとせずタマキの元へ向かった。当然、タマキはいい顔をしない。
「待機命令を出したはずですが」
「〈音止〉は待機している。そんな下らんことはいい。観測班に榴弾砲着弾の瞬間を正確に捉えるよう言え」
「その口の利き方は――何か考えがあるというの?」
タマキはユイの態度を叱責しようとしたが直ぐあらためた。
この面倒くさがりの技術者が、わざわざ〈音止〉から下りて自分の足でここまで歩いてきたのだから、何も考えがないとは思えなかったからだ。
「当然だ。だからまずは映像を送らせろ」
「いいでしょう。ツバキ7。統合軍榴弾砲着弾の瞬間を高倍率でとらえて」
『了解』
リルは返事を返し、共有されている統合軍の着弾時刻を読み上げる。
観測装置の倍率が上げられて、侵攻する〈アースタイガー〉の上部追加装甲。殻のようなそれが拡大される。
ユイはタマキの指揮官用端末に表示される映像に、目を見開いて集中する。
リルによるカウントが進み、いよいよ着弾となった。
一瞬ホワイトアウトした映像だが、直ぐに露出補正がかけられ適正な表示が為される。
ユイは榴弾砲の着弾と、その爆発の瞬間を確かめて、分かったように頷く。
「こりゃただの複合材料装甲じゃないな」
ユイは納得したようだが、タマキはそれだけで「はいそうですか」とは言えない。即座に尋ねる。
「対処法は?」
「質量で叩き潰す」
「それは無策と同義でしょう」
「だがこの装甲相手じゃそれしかない」
きっぱり言い切ったユイ。タマキはため息半分に、一応大隊司令部へとバンカーバスターの配備を勧める意見を提出した。
「バンカーバスターの配備が間に合うとは思えません」
「しかしここであいつらに海岸線を素通りさせるわけにはいかない。どんな手を使ってでもこの場所で食い止めるしか、統合軍に勝ち目は無い。どんな手を使ってでもだ」
繰り返すようにユイは口にして、それで用件は済んだと〈音止〉へと帰っていく。
「バンカーバスターって何でしょう?」
ナツコはタマキの口にしたワードが気になってイスラへと尋ねる。
イスラは待ってましたとばかりに答えた。
「バンカーってのはあたしらがトレーラー隠してるような、コンクリート製の防衛拠点。それを破壊する兵器だからバンカーバスター。
質量と落下速度による運動エネルギーを叩き付けて分厚い壁だろうが容赦なく貫いて潰せる攻城兵器だな」
「それがあれば〈アースタイガー〉も倒せるんですね!」
「あればな」
意味深な言葉をイスラが口にすると、ナツコは先を促すよう首をかしげる。
応じるようにイスラは説明した。
「帝国軍はいくつか山頂に重砲拠点を構えてるから当然対空砲も存在する。つまり爆撃機搭載のバンカーバスターは使えないか、物量にものを言わせた飽和攻撃でしか成立しない。よって今の統合軍には実行不可能。
となると重迫撃砲から発射するしかないんだが、これがとんでもなく重い上に射程が短くて、移動に時間がかかる。
今回の統合軍の作戦は防衛作戦だから、拠点制圧用の兵器であるバンカーバスターは前線に用意されていない可能性が高く、レインウェル基地から引っ張り出すことになるが、言った通り時間がかかるからそれまでに帝国軍は砂浜を通過する」
言われたことを頭の中でまとめて、ナツコは1つの結論に辿り着いた。
「ってことは、為す術が無いと」
「そういうこと」
いやそれじゃあ駄目じゃないかとナツコが言い返そうとすると、いつの間にか近くに居たタマキが咳払いしてそれを遮った。
「おしゃべりはもうよろしいですか。砲撃を再開します。発砲に備えて下さい」
「で、でもタマキ隊長! このカノン砲じゃあの装甲に通用しないんじゃ――待って下さい。カノン砲ですよね。〈アースタイガー〉のデータを頂けますか?」
タマキは命令が受け入れられなかったことに不快感をしめしつつも、イスラにデータを出すよう指示した。
ナツコはイスラの端末に表示された〈アースタイガー〉の装甲データを頭の中に押し込むと、最近学んだばかりの弾道学の知識を総動員してカノン砲の威力を算出した。
既に砲撃の弾道はリルが観測装置を使って算出してくれている。後はそのデータを元に、尖鋭弾の着弾時の運動エネルギーと爆発の化学エネルギーを見積もってやれば――
「タマキ隊長! このカノン砲なら、〈アースタイガー〉を破壊可能です!」
導き出された結論を口にする。続いて、その概要を口にしていく。
ツバキ小隊のカノン砲陣地は、砂浜を進む帝国軍の斜め側方。
低仰角で放たれた浅い侵入角度の弾道は、〈アースタイガー〉上部の追加装甲をくぐり、その下部へ到達可能。
側面追加装甲の隙間を縫って、脆弱な脚部関節に命中させる事さえ出来れば、尖鋭弾の運動エネルギーによって関節部分装甲を変形させ、更に爆発によって内側の可動部分を破壊可能だ。
4脚機のため足1本折られても通常なら移動可能な〈アースタイガー〉だが、重砲運用可能な機体に対しても巨大すぎる追加装甲を備え、更に足下が砂浜とくれば移動は不可能となる。
その場で帝国軍の侵出を遅滞させる立体障害と成りはてる。
内容を言葉を選びつつも可能な限り縮めて説明したのだが、タマキはいい顔をしなかった。
「なるほど。仮説としてはおもしろい考察だとは思います。ですが、それは実現不可能です」
「え、どうして」
ナツコは実現不可能と言われて言葉に詰まる。
タマキは指をぴんと立てると、ナツコの質問に答えるような問いを口にした。
「精度のいい尖鋭弾と言え誤差は必ずあります。それを低速とは言え移動している目標の、側面装甲の隙間を縫って、脚部関節の僅かな脆弱点に命中させる事など、誰に実現可能だと言うのですか?」
問われたナツコは完全に言葉を失った。
弾道を計算することは出来る。誤差も、何発か撃てば尖鋭弾の持つ特徴から、射撃時に生じる誤差を導き出すことも可能だろう。
しかし相手は30キロ先にいる。命中までに数十秒。その間にどう動くか、ナツコには分からない。人間による行動選択という無限乱数が存在する以上、移動しそうな点は予想出来ても、移動する点まで計算できない。
そしてナツコの策を実現させるためには、僅か数ミリという精度で移動点を予測しなければならない。
敵は動く。それも、ただ動くのではない。レーダーが捉えた砲弾接近情報を見て判断し、極力被害の少なくなるよう思考して動く。
となれば、奇跡でも起こらない限り、ナツコの考えは実現されない。そう、奇跡でも起こらない限りは――
「理解出来ましたか。でしたら――」
タマキは砲撃再開の指示を出そうとした。だがそれを、無感情な声が遮った。
「自分が」
手を上げたのはフィーリュシカだった。
ヘルメットに収まりきらない銀色の美しい髪をなびかせながら、フィーリュシカはタマキの前に立つ。
「照準と装薬量の調整を全て自分に任せて頂けるのであれば、ナツコの案は実現可能」
フィーリュシカの言葉には、タマキも、そしてナツコも耳を疑った。
自分が無理だと判断した案を、フィーリュシカは実現可能だと言う。
当然、タマキは反論した。
「あなたの射撃技能が優れているのは理解しています。それでもこの距離ではどうしようもないでしょう」
「いいえ隊長殿。実現される可能性がゼロでない以上、実現に一切の問題は存在しない」
タマキは言葉を失った。
少し間を置いて「あなたは」と口にしたが、その先は飲み込まれてしまう。
だがその静寂を打ち破るように、イスラがこの場に相応しくない陽気な調子で声を発する。
「ならやってみようぜ少尉殿。どうせ普通に撃ったら、砂浜のオブジェになるか、装甲で滑って海へ突入して海底のオブジェになるか2択だ。だったら、フィーリュシカ様に賭けてみたって失う物は何もないだろう? こっちも駄目だった時は同じようにオブジェが生産されるだけさ」
「判断を願います。隊長殿」
イスラの言葉に便乗するよう、フィーリュシカは短く告げて、無感情な深紅の瞳でタマキを見据えた。
ナツコも、期待を込めた目でタマキを見つめる。
集まる視線を振り払うようにタマキはため息交じりに首を振ると、カリラを呼び寄せて尋ねた。
「装薬量をマニュアル調整可能なよう改造を施すのにどれほどの時間が必要ですか」
「先ほどから準備は進めていましたわ。120秒頂ければ可能です」
「よろしい。60秒で何とかして」
「承知いたしました。お姉様の手をお借りしても?」
「ツバキ5、手を貸してあげて」
「了解、少尉殿」
イスラとカリラはカノン砲の火器管制装置へと急ぎ向かい、急ピッチで改造作業を進めた。
タマキはフィーリュシカと向き合い、その深紅の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「あなたに賭けます。ですがあなたにとってもこれはリスクです。その理解はしていますか?」
「はい。しかしながらどんな手を使ってでも、帝国軍の侵出はここで止めなければならない」
フィーリュシカはやはり無感情に、淡々と答える。
その答えにタマキはゆっくり頷くと、命令を下した。
「ツバキ3。ツバキ小隊所有カノン砲射撃管制の一切を委任します。これを用い、海岸線進軍中の帝国軍〈アースタイガー〉を撃破せよ」
「承知した」
フィーリュシカは敬礼を持って応じると、きびすを返してカノン砲へと向かった。
その背中へナツコは声をかけようとする。
聞きたいことはたくさんあった。でも、今は作戦中で、フィーリュシカはとんでもない大役を任された。
自分には自分のやることがある。
出しかけた声を引っ込めて、かわりにタマキへ作戦中意見したことを謝ると、弾薬ケースの元でしゃがみ込み、砲撃に備えた。
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