第69話 ツバキ小隊の休日⑤

「なるほど! 良く分かりました、サネルマさん! ありがとうございます!」


 サネルマから拳銃の取り扱いについて講習を受けたナツコは礼を述べる。

 拳銃については義務教育でも講習を受け、婦女挺身隊の入隊課程でも講習を受けていたが、実際に実物を所有するにあたって再度講習を受けておきたいとタマキに頼んでみたところ、副隊長のサネルマを推薦されたのだ。


 サネルマはナツコの頼みを快諾し、婦女挺身隊で使用していた拳銃取り扱いのテキストをどこからか取り寄せ、それに従って講習を行った。

 婦女挺身隊時代から副隊長として部下に何かと講習を施すことの多かったサネルマの話は分かりやすく、ナツコもかつて受けてはいたがすっかり忘れていた内容を思い出した。


「いえいえ、副隊長のお仕事ですから。それにしても、よく拳銃が手に入りましたね」

「はい、その――フィーちゃんがうまいこと交渉してくれて」


 本当のことを言えるはずも無く肝心な部分はぼかして伝えたが、サネルマはそれで何となく納得してくれたようだった。


「それで試射します? 隊長さんから射撃場の使用許可は貰ってきてますよー」

「是非試したいです!」

「そう言ってくれると信じてましたよ。じゃあ行きましょうか」


 2人は射撃場に移動し、サネルマは受領した弾薬の扱いを簡単にレクチャーする。それから実際に扱う前にと統合軍のデータベースを覗いて〈アムリ〉の使用方法を確かめる。


「む、統合軍の仕様書は相変わらずですね……。ちょっと待ってね」

「は、はい。難解な奴ですね……」


 2人は統合軍規定に基づいて記された取扱説明書の解読に難航し、頭を悩ませる。

 そんなところにイスラとカリラがやってきて、イスラは机の上に置いてあったナツコの〈アムリ〉を手に取る。


「タマちゃんから銃を買ったってきいたが――ほー、〈アムリ〉か。いい銃じゃないか。良く手に入ったな」

「あ、イスラさん! ちょっと、弾入ってますよ!」

「ん? 入ってないぞ?」


 弾倉も薬室も空であることを確認してから手に取ったイスラは反論するが、ナツコは入っていると言い張った。


「入ってますって」

「あー、そういうことね。入ってる入ってる」


 イスラは仕方なく拳銃を机の上に戻すと、今度は2人がのぞき込んでいた射撃場に据え置きの端末へと目をやる。


「取扱説明書なんか見てるのか? 統合軍の書いた物なんて見ない方が身のためだぜ。視力が落ちるだけだ」

「そうはいっても、これしかないじゃないですか」

「民間のデータベース漁った方がましなもんが出てくる。なあカリラ」

「その通りですわ。ちょっと失礼」


 カリラは端末を自分の元に引き寄せると民間のネットワークに接続し、いつも自分が使っている銃器の取り扱い方法をまとめているデータベースへとアクセスした。


「〈アムリ〉はこれですわね。基本的な扱いはこれに従えばまず問題ありませんわ。分解整備の方法はメーカーが動画を公開していますから、それを見ながら真似すれば良いですわ」

「おお! 分かりやすい!」


 統合軍のデータベースとは打って変わって理解しやすい取扱説明にナツコは瞳を輝かせ、サネルマも「覚えておこう」とデータベースのアドレスを自分の端末へとコピーした。


「あ、でもカリラさん、もし時間があったら1度分解整備に付き合って頂けると……」

「はぁ? 何でわたくしがあなたの拳銃の整備に付き合わないといけませんの? 自分の所有物は自分で責任を持つのが常識でしょう」

「そ、それは……そうですけど」


 きっぱりと断られて落ち込むナツコ。

 しかしそんなナツコを不憫に思ったのか、単にカリラをからかって遊びたいと思ったのかは定かでは無いが、イスラが口を開く。


「そうは言いつつも付き合ってくれるから、ホントにカリラは出来た妹だよ」

「嫌ですわお姉様。整備士として当然の行いですもの」

「だよな。良かったなナツコちゃん。カリラが付き合ってくれるってさ」

「え? あ、ありがとうございますカリラさん! イスラさんも!」


 一転して付き合って貰えることになったナツコは素直に喜ぶ。イスラにおだてられたとあって、カリラもまんざらではなさそうであった。

 それから取り扱い方法を一通り確認してから、弾倉に弾薬を込め、拳銃に装填する。

 ヘッドホンとゴーグルを付けたナツコは射撃位置に立った。


「おう、頑張れナツコちゃん」

「頑張って下さいねー」

「あ、あのちょっと、集中させて下さい」


 気が散るとてんで駄目なナツコが懇願すると、イスラとサネルマは後ろに下がって距離をとった。

 静かになった環境でナツコは薬室に弾丸を送り込む。それからオープンサイトを覗いて現れたターゲットの中心へと狙いを定めると、トリガーに指をかけ引き切った。


 乾いた発砲音。

 発砲の衝撃で手首が軽く浮いて、響いた音がヘッドホンを通じて鼓膜を震わせる。

 震えていた手を抑えると、拳銃のデコッキングレバーを下ろしてハンマーを戻し、それからターゲットを確認。中心からやや左側ではあるが、しっかりと命中していた。


「おー、凄い凄い。初めてにしちゃよくやるじゃないか。カリラの3億倍くらい上手い」

「な、なんですって!?そ、そんなことはありませんわ、わたくしだってしっかり狙えば!」


 カリラは自分も参加すると拳銃を抜いたが、イスラから射撃場の使用許可を得ていないからまた今度とたしなめられると仕方が無く拳銃を収めた。


「あはは、こうやって落ち着いて狙える環境なら当てられるんですけど……」


 実戦ではどうだろうか。

 今日だって、闇市で男に捕まりそうになったとき体はすくんでしまい全く動けなかった。

 もし同じ状況になったとして、その時自分は銃を抜いて戦えるだろうか――


「扱いに慣れておくことは大切だよ。それにしてもナツコちゃん、どうして拳銃を持とうって思ったの? 今朝の話だと扱える自信がないって言ってたけど」

「それは――そうだったんですけど、自分の身は自分で守らないといけないって思ったんです。こうして義勇軍になったわけですし、いつまでもフィーちゃんにばかり頼っては居られないですから」


 そんなナツコの頭を唐突にイスラがわしわしと撫でた。

 突然のことにナツコは驚いて、手を振り払おうとするが自分が拳銃を持っていたことを思い出し直ぐさま手を引っ込める。


「ちょっとイスラさん、止めて下さい! 私、拳銃持ってますよ!」

「いやあ、ナツコちゃんが自衛の大切さに気づいてくれたようでお姉さん嬉しくて。おっしゃるとおり、自分の身は自分で守るこった」


 ナツコがむくれるとイスラは頭をなでつけていた手をどけて、一方的に別れを告げると射撃場から出て行った。

 カリラは「何て羨ましい」と睨み付けたが、姉が1人でさっさと退室してしまったものだから、慌ててその後を追いかけていく。


「むう、私のことを馬鹿にして」

「あれはあれでイスラちゃんなりにナツコちゃんの事をかわいがってるつもりなんだよ。それにイスラちゃんの言うとおり、自分の身は自分で守るってのは大切な心構えだよ」

「そうでしょうけど――」


 それは分かってもイスラの伝え方が納得いかなかったのだ。とはいえそれをサネルマ相手に愚痴ったところで意味はない。

 サネルマはぽんと手を叩くと、射撃場の端末を操作してターゲットを人型のものへと変更した。それを手のひらで示して、ナツコへ提案する。


「なにはともあれ何事も練習あるのみ、だよ。しっかり慣らしておけばいざというときも自然に体が動いてくれるものさ。

 さて良い機会だから特別に、ハツキ島婦女挺身隊流護身射撃術についてこの不肖サネルマ・ベリクヴィスト副隊長直々に伝授して進ぜましょう!」

「わあ! それは是非教えて頂きたいです!」


 表情をぱっと明るくしたナツコは拳銃をしっかりと握り直し、サネルマ曰くハツキ島婦女挺身隊に伝わる護身射撃術とやらを、小一時間かけて丁寧に教え込まれた。

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