第68話 ツバキ小隊の休日④

 辿り着いたのは路地裏に設営されたテントで、それは統合軍の物であった。

 明らかに軍事物資が横流しにされている現場を見てナツコは絶対これはやばいやつだと確信したが、フィーリュシカが構わず入っていってしまったのでついて行くしか無かった。


「失礼する」


 テントの中には統合軍の火器輸送用金属ケースが机代わりに並べられ、その向こうにかなりの高齢ながら、筋骨隆々とした見るからにカタギではない男が座っていた。

 テントの奥には大きな棚が並び、やはり軍の横流し品と思われるケースが並べられている。


「軍人が闇市に何のようかね。悪いが、あんたらに売る物はないよ」


 老人はしゃがれた声でそう言い放つ。同時にテントの裏手から1機の〈R3〉。〈ヘッダーン1・アサルト〉が入ってきた。右手には短機関銃を持ち、銃口がフィーリュシカへと向けられる。

 ナツコはやっぱりやばいやつだったと、直ぐに逃げようとフィーリュシカの軍服の袖を引くが、その相方はと言うとまるで気にした風も無くて、構わず老人の正面まで進んだ。


「買い物に来たのではない。近くで違法な拳銃を見つけた。これはこの店で扱ったものか?」


 尋ねながら、フィーリュシカは机の上へと先ほど回収した武器を並べる。

 老人は武器を一瞥して、それからかぶりを振った。


「知らんな。妙な言いがかりは止めて頂きたいものだ」

「そう。失礼した」


 フィーリュシカは並べた武器を持ち帰ろうと手を伸ばす。しかしその手を老人が制した。


「この武器は置いていって貰おうか」

「それは出来ない。証拠品として統合軍へ報告する義務がある」

「それならば――」


 老人が手を上げる。ナツコの目にも、それが攻撃指示をするサインだと直ぐに分かった。だが、攻撃が開始されるより前にフィーリュシカが口を挟む。


「銃を探している。左利き用の女性でも扱える護身拳銃。それと交換ならば、この武器を提供しても構わない」


 老人は上げかけた手を下ろし、フィーリュシカを値踏みするように見据えた。それから舌打ちを1つすると、背後に立つ〈ヘッダーン1・アサルト〉へと棚の箱をとるよう指示した。

 老人は降ろされた箱を机の上に置き、その中身を示す。


「悪いが左利き用はこれきりだ」

「そう。確かめさせて貰う」


 フィーリュシカはその銃を手に取った。

 〈アムリ〉という名の付けられたそれは統合軍でも一般的な9ミリ弾を使用する拳銃で、信頼性も高いと評判だった。ナツコが普段身につけることを考えればもう少し小型のほうが都合は良かったが、機構は問題無かったので、フィーリュシカはそのままナツコへと手渡す。


「これでどうか?」

「は、はい。これでいいです」


 今すぐにでもこの場を立ち去りたい気持ちで一杯のナツコは銃のことなど確かめもせず即答する。

 調べたところで拳銃に対する知識はゼロも同然なので、フィーリュシカのチェックを通過しているのならそれ以上何も言えることもない。


「交渉成立。では失礼する」


 フィーリュシカはナツコに退店を促し、自身も身を翻すとそのテントを後にした。

 ナツコは後ろから撃たれるのではないかと気が気では無かったが、何とか無事に外へ出て、それから数人の男に尾行はされたものの、メインストリートまで生きて戻ることが出来た。

 長く続いた緊張から、ナツコは体の力が抜けてその場に座り込んでしまう。


「寿命が縮まった気がします」

「それはいけない。体調不良か?」


 真面目に問いかけるフィーリュシカが可笑しくなって、ナツコは小さく笑うと立ち上がり、疲れたので休みましょうと近くの喫茶店を指し示す。


 統合軍兵士で賑わう喫茶店の2人がけの席に座って、ナツコは手に入れたばかりの拳銃を取り出した。新品らしいその拳銃の側面に印字された文字を読み上げる。


「あ、むり。〈アムリ〉ですか。あれ、弾が無いですね……」


 弾倉は空で、薬室も空だった。箱に入っていたのだから当然と言えば当然だが、これでは撃てないのではと首をかしげる。


「統合軍の9ミリ弾が使える。基地で支給を受ければ良い」

「なるほど。でも、どうしましょう。やっぱりあそこ闇市だったみたいですし、タマキ隊長になんて説明したらいいか……」


 タマキの厳しい目つきが浮かび不安でいっぱいのナツコだが、フィーリュシカはやはり無感情な表情のままで、こともなげに答える。


「隊長殿は闇市で買い物をするなと言った。これは交換したものなので問題は無い」

「え? あの、それはどうでしょう。そもそも交換に出したのも違法品だったんですよね? フィーちゃんも統合軍に提出する義務があるって」


 フィーリュシカはナツコの言葉に頷いたが、それでも我関せずとばかりに答えた。


「差し出したものが違法品だったという証拠は今となっては何処にも無い。それに、時として規則というのは破られるためにある」


 ナツコはその言葉に耳を疑った。

 どんなときでも規則を最優先するのがフィーリュシカだ。だというのにその言葉は、余りにフィーリュシカらしくない言葉であった。

 困惑したナツコに答えるように、フィーリュシカは続ける。


「友人がよく使っていた言葉。彼女は度々ああいった手を使って金品を巻き上げていた」

「へ、へえ……。どんな人なんだろう、凄く気になります」


 口にしつつ視線で説明を促してもみたが、フィーリュシカはそれ以上は話してくれなかった。

 注文していた飲み物が到着し、それを飲み終わると2人は退店し、残っていた買い物を済ませると定期便発着場へと足を向ける。

 まだ早い時間とあってか発着場の列は来る時と比較して随分と短く、時間になると数台やってくる兵員輸送車両には余裕を持って乗り込めた。


 ナツコは席に座って移動できる素晴らしさを噛みしめつつ、結局服以外に買い物をしなかったフィーリュシカへと、小さな紙袋を差し出す。


「これ、今日付き合って貰ったお礼です」

「礼は不要」

「そう言わずに受け取って下さい。私を助けると思って」


 フィーリュシカはそういうことならと受け取った。ナツコが視線で開けてもいいですよ、と訴えかけると、フィーリュシカは紙袋を開封する。

 出てきたのはヘアブラシで、手にしたそれをフィーリュシカはまじまじと見つめる。


「この間の輸送任務の時、髪が砂だらけになって大変だったので」

「そう。確かに大変だった。これは助かる」


 フィーリュシカはヘアブラシを紙袋にしまい込むと、それを大切そうに抱えた。

 お礼の品が喜んで貰えたのはそれを見繕った身としても嬉しかった。にこにこしてフィーリュシカの顔を見ると、いつもの無感情な表情とはちょっと違う、なんだか嬉しそうな顔をしているように感じた。


「フィーちゃん、笑ってます?」


 問いかけると、フィーリュシカは首をかしげ、それから小さく頷く。


「少し。――昔、姉に髪をとかされたことを思い出した」

「お姉さんいたんですね。フィーちゃんの家族ってどんな人だったんですか?」


 今度の問いかけにはフィーリュシカは答えてくれなかった。

 かわりに「その質問は難しい」とだけ口にして、またいつもの無感情な表情に戻ってしまう。


「ごめんなさい。答えづらいことを聞いてしまって」

「構わない。ただ説明が難しかっただけ」

「そう、ですか」


 それきりフィーリュシカは口をつぐんだので、ナツコも大人しくして車に揺られる。

 思いがけない小さな冒険に巻き込まれたりもしたが、初めての休日としてはいい時間を過ごせた、ように思う。買い物も無事に出来たし、ちょっとばかり相方とも仲良くなれた。

 そんな風に考えていると、昨日の疲れと先ほどの緊張で眠気がわっと押し寄せて来て、ナツコは揺れる車両の中で眠りに落ちてしまう。

 ナツコとフィーリュシカを乗せた兵員輸送車両は、来たときと同様、1時間ほどでデイン・ミッドフェルド基地に辿り着いた。

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