第61話 ツバキ小隊の休日?⑦
「イスラさんは無事通過ですね。トレーラーに戻って休んでいて構いません」
『いや、折角だからこのままナツコちゃんに付き合うよ。どうせナツコちゃんが終わるまで帰れないんだろう?』
「良く理解しているようで大変よろしい。むしろわたしはカリラさんが無事に射撃訓練を終えられるか心配です」
『そうか? いや、そうだな。じゃあそっちに付き添ってやるとしようかな。ナツコちゃんのほうはフィー様とリルちゃんに任せよう』
『あたしは休みたいんだけど』
「無事に回避訓練終えたら休んで頂いて構いません。ではリルさんどうぞ」
リルは何とかタマキの射撃をかいくぐり、回避訓練を無事に終了した。
「お疲れ様。リルさんも終了ですね。休んで頂いて結構」
『そうね、そうするわ。ところでナツコは大丈夫なんでしょうね』
「さあ、どうかしら。心配なら見てきてくれても構いませんよ」
『別にナツコが心配な訳じゃない。さっさと帰れるかどうか心配してるの』
「でしたらナツコさんが早く終えられるようにアドバイスをお願いします。その方がわたしも楽が出来て助かります」
『命令なら仕方がないわね。従うわ』
リルは真っ直ぐにナツコの元へと向かう。
「全く素直じゃない子です」
「リルが素直だったら気持ち悪いだろ」
「どうしてイスラさんがここにいるのですか? カリラさんは?」
「あいつは行軍に関しては言うことないよ。射撃さえなんとかなれば、回避の方も大丈夫だろう」
「妹さんのこと、信頼してるのね」
「もちろん。あいつの射撃下手は今に始まったことじゃない」
「そっちではなくて――まあよろしい。サネルマさんが来ました」
「あら、そういやそんなのも居たな」
「あなた、時々酷いこと言いますね。サネルマさん、どうぞ始めてください」
サネルマは無事に射撃訓練を突破したが、回避訓練で命中弾を受け、行軍訓練へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
『出てから2秒で建物の隅! よしっ! ほら当たった! 見ていました? お姉様!』
400メートル先の不規則に動くターゲットに対して、カリラは1発で命中弾を出した。
移動先を予測したのでも、照準を動きに合わせて補正したのでも無く、何処にターゲットが出てどんな動きをするのかを覚えて決め撃ちしたのだ。
「それは実戦だとなんの役にもたちません」
「全くだ。しかも1回外したらテンパって駄目駄目になるやつだろ」
『で、ですが、決め撃ちが駄目とは言われていませんわ!』
続いて現れたターゲットに対しても、カリラは記憶していた移動先に対して銃弾を放ち、命中させた。
「そういえば言っていませんでした。別にそれでも構いませんけど、そこの十字路。左側にターゲット出ますよ」
カリラはタマキの言葉で左側へと視線を向けたが、ターゲットを発見できない。
『だ、騙しましたわね!』
「わたしが嘘を言ったことがありますか。良く見てください」
カリラは目を細めて視線の先を拡大し、ようやくターゲットを発見した。
『距離1200!? 有効射程距離外ですわ!』
「その銃の有効射程は2500メートル。単純な射程だけなら7000以上あります。問題無い距離なので当ててください」
『そうは言われましても――』
カリラは1200メートル先のターゲットに対して発砲するが、銃弾はターゲットをかすりすらしない。
「当たらない方に300」
「賭けるものじゃありません」
「そうだよなあ。当たらないの分かってるもんな」
イスラはタマキに対して笑って返したが、タマキはじとっとした目で、足を完全に止めているにもかかわらず1発の命中弾も出さないカリラを見つめていた。
そのあまりにも絶望的な射撃センスに、タマキは呆れて口を開いた。
「――今日中にカリラさんが1発であの距離に命中弾を出せるようにしたら、300支払っても良いですよ」
「あら、それ信じても良いのか? 現物支給で頼むぜ」
「お酒でしょう? 構いませんよ」
「よーっし、ちょっとやる気出てきた」
イスラは4階建てのビルから飛び降り、カリラの元へと駆け寄った。
銃の構え方から親身にレクチャーを始める。
「カリラさんはイスラさんに任せて大丈夫そうね。サネルマさんはあと何回かやればクリアできそうかしら。――問題は……」
行軍訓練で泥だらけになってやってきた、ナツコへと視線を向ける。
上達はしてる――と思う。
本人にやる気もある。
だけれどそれだけでは足りない。
タマキが求めているのはちょっとした上達じゃない。劇的な変化だ。
そのためにナツコには、今日中にこの程度の訓練は突破して貰わなければならない。
時刻は既に正午を過ぎていた。
「出てから銃を向けてたら間に合わないわよ。出る場所を予測して向けておくの。なんでいちいち銃口を下に向けるのよ、鈍くさいわね」
「そ、そうですよね! 分かりました!」
「ホントに分かってんの? だいたい訓練なんだから予想するまでも無いでしょ。的の出る場所なんて決まってんだからいい加減覚えなさいよ」
「う、うう、厳しい……で、でも、そうですよね。次は意識してみます!」
「それではもう1周してきてください。サネルマさんも一緒に」
回避訓練で失敗したサネルマも加わり、ナツコ達は行軍訓練を始めた。
◇ ◇ ◇
雨は勢いを増すばかりで、足下の状況もどんどん悪くなっている。
視界も不十分、だが速度を落とすことは許されない。
ナツコは泥に足をとられるたびにバランスを立て直す。
ただ走るだけのはずなのに、神経はもちろん、操作にはある程度の筋力もいる。
どれだけ繰り返しただろうか。同じような道を進み、障害物を越え、転んでは立ち上がり、また同じような道を走る。
だんだんと頭がぼんやりしてくる。
でも気を抜くと、すぐに泥の塊に足をとられて、慌てて片足に力を入れてその場に踏みとどまり、前を行くフィーリュシカの背中を追いかける。
何度も何度も転びそうになって、それでも走り続ける。
いまチェックポイントいくつまで来たっけ?
そんなことを考えていたら、胸の奥から何かがこみ上げてくる。
飲み込もうとしたが、止まらない。
急いでヘルメットのディスプレイを上げ、その場でこみ上げて来たものをはき出した。
立ち止まって、嘔吐する。今朝胃に入れてきたものが全部、はき出された。
喉が熱い。胸焼けがして、余計に気持ち悪くなる。
『ナツコさん』
そこに、タマキから通信。名前を呼ばれ、慌ててかすれた声で返事をした。
『吐くときはコースから外れてお願いします』
「は、はいっ」
『遅れています。すぐに戻ってください』
胸焼けもするし、喉も痛む。頭も痛くなってきた。
でも、体は軽くなった。
自分は、朝食をぶちまけるためにここに居るんじゃない。
だって、今日のこの訓練は、きっと自分のための訓練だ。
隠しているが誰が見ても分かる面倒くさがりのタマキ隊長が、わざわざ休日をつぶして準備してくれたんだ。
あの人はただきつい訓練を押しつけている訳じゃ無い。必要だからやっているんだ。
『ナツコさん、返事は?』
「はい! すぐ戻ります!」
返答して、ナツコは急いで隊列へと復帰した。
◇ ◇ ◇
「長距離射撃は1秒以内に撃ちなさい。そうすれば次のターゲットに余裕を持って対応できるわ」
「はい! 1秒ですね! 銃口を向けて、ターゲットが出たら拡大してロック、直ぐに射撃。ここまで1秒、大丈夫です!」
「ちゃんと当てなさいよ。撃つ前後で速度を変化させない。体はそっちに向けておく。左手で機銃を支える。ここまでやって駄目なら馬鹿の妹の方と一緒に基礎からやり直して来なさい」
「馬鹿って――」
「分かったの? 返事は」
「分かりました、行ってきます!」
リルのアドバイスを聞き終え、ナツコは準備を整えると勢いよくスタートを切った。
「リルさんご苦労様。助かるわ」
「本来あんたの仕事だと思うけどね」
「それもそうね。次から一緒に走ろうかしら」
「勘弁してよ。あんたの吐くところは見たくないわ」
「わたしが? まさかそんな。あ、サネルマさん吐き終わったらコースに戻ってください」
タマキは無線でサネルマに声をかける。これで嘔吐は3人目。ナツコが吐いた直後に、カリラも嘔吐していた。欲張って朝飯を食べ過ぎるからだとイスラに怒られてカリラは泣きそうになっていたが、イスラに手を引かれてそのまま訓練に復帰した。
「リルさんは大丈夫よね?」
「吐かない訓練はしてる」
「それもそうね飛行偵察機乗りですもの。わたしは始めて乗ったとき5分と持ちませんでした」
「あんた、飛んだことあるの?」
「これでも士官学校出ていますから。一応必修科目でしたし。ほとんどの人はシミュレータで少し動かして終わりですけど、面白そうだったので無理言って飛ばして貰ったの」
「意外と根性あるのね。下手すりゃ死ぬわよ」
「怖い物知らずだったのかも知れません。でもそのおかげでちょっとやそっとくらいでは吐かなくなりました。最後は1時間くらい飛んでいられたわ。そのときは黙って機体を借りた物だからいろいろと問題になったけど」
「あんたみたいのが本星の大学校卒業できるようじゃ統合軍も腐りきってるわ」
「同感です」
2人話していると、ナツコの射撃訓練が終わりスコアが表示された。
「ナツコさん、無事に射撃訓練通過です。そのまま回避訓練を始めてください」
『はいっ!』
元気よく返事をして、恐れを知らないナツコはそのまま回避訓練のスタート地点を通過する。
「まだここから長そうね」
「そうですね。ですが予想より早くここまでこれました。リルさんのおかげかしら?」
「あたしは何にもしてないわよ。あ、被弾したわね」
「夕方までには帰りたいです。うまいことナツコさんにレクチャーしておいてもらえますか?」
「一応きくけどそれは隊長命令なの?」
「無論です」
「了解。命令には従うわ」
リルは隣のビルへと飛び移り、回避訓練のゴール地点へと向かった。
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