第60話 ツバキ小隊の休日?⑥
『ナツコさん、遅れていますが大丈夫ですか?』
「だ、大丈夫、です」
降りしきる雨の中、行軍試験を続けているとタマキからの通信があり、なんとか体勢を整えると返答する。
『足だけでバランスをとろうとしない。体全体でバランスをとって』
「それがなかなか難しくて……」
フィーリュシカのアドバイスもむなしく、ナツコは雨の中の行軍に未だに慣れていなかった。
『ナツコさん速度を落としすぎです。イスラさんに抜かれるようなら最初からやり直して頂きます』
『面白そうだ。待ってろすぐ追いつく』
イスラは加速して、最高速度で前を行くナツコを追い始めた。
「ええ、そんな!」
強く足を踏み込み、ナツコも加速する。
せっかくあと70ばかりでゴールなのに、最初からだなんてイヤだ! その一心でなるべく速度を上げたつもりであったが、岩を飛び越えようとしたときに泥に足をとられ、飛距離が足りずそのまま岩へと激突した。
『悪く思うなナツコよ。これもお前のためだ』
その上を、イスラが悠々と通過していく。
『ナツコさんは最初からやり直してください』
「はーい、分かりましたぁー」
『気が抜けていますよ。返事は短く』
「はい! すぐやり直します!」
ナツコは立ち上がり、スタート地点へと向けて進路をとった。
◇ ◇ ◇
「ご苦労様。イスラさんならやってくれると思ってたわ」
『そりゃあどうも。ナツコの奴、あれでへこたれなきゃいいが』
「大丈夫でしょう。それよりイスラさんこそ、次は大丈夫でしょうね?」
『もちろんだ、任せとけ』
イスラが射撃訓練のスタート位置に着く。
タマキの合図で走り始め、次々にターゲットへと弾を命中させていく。
前回逃した長距離射撃のターゲットも、十字路前で速度を落とし、悠々と走りながら射撃して命中弾を出した。
「お疲れ様。そのまま回避訓練を。リルさんは射撃訓練を始めてください」
タマキの指示に従い、2人はそれぞれ訓練を開始する。
リルは難なく射撃訓練を突破した。
イスラも雨あられのように降り注ぐペイント弾を回避し、チェックポイントを通過していく。
問題無いようかに思えたが、ゴール直前、突然の横方向からの攻撃を回避しきれず左足に命中弾を受けた。
「そこ銃座無かっただろ――て、あんたかよ」
「少しくらいアクシデントがあった方が面白いかと思って」
「そうだな。全く最高だよ」
背の低い建物の屋上で銃を構えていたタマキは実に楽しそうに微笑んで、イスラへともう1周行ってらっしゃいと指示を出した。
「その前に、1回そっち参加しても良いか?」
「そうね。リルさんにももう1度くらい失敗して欲しいし」
タマキはイスラに待ち伏せの場所を指示して、リルへと開始の合図を出す。
なにも知らないリルは2人の待ち構える交差点へと真っ直ぐ突っ込んできて、突然の不意打ちを回避しきれずに4発の命中弾を受けた。
「いやあお嬢ちゃん残念だったねえ。いや実に残念だ」
「あんたら絶対ろくな死に方しないわ」
「それはどうも。では2人共もう1周やり直してきてください。ナツコさんに追いつけたら次は手加減しますよ」
「良いこときいた。すぐ行ってくる」
「こっちはホント救いようが無いわね」
勢いよく駆けだしたイスラの背中を睨んでリルが呟く。
「イスラさんはあれで仲間思いなのでしょう」
「全然わかんないわ」
「そうかも知れないですね。リルさんも早く行って下さい。もうカリラさんが来ます」
「どうせ射撃で落ちるでしょ。ま、あんたのそのにやけ顔見てるのも飽きたし行ってくるわ。――あと、手加減なんかしなくていいから。撃ってくるのが分かってたらあんたの弾なんて当たらないわ」
「あらそう。それじゃあ次も当てさせて貰うわ」
タマキは微笑んでリルを見送って、カリラへと開始の合図を出した。
◇ ◇ ◇
『あんな、動いてる的に弾を当てるなんて難しすぎますわ!』
『そう言ってもカリラ、最初よりだいぶマシになってるじゃないか』
『そ、そうですかお姉様』
『出てくる場所さえ覚えちまえばそう難しくないさ。何度もやればそのうちお前でも出来るようになるさ。――おや、1人スコアが表示されてないな。バグったかな?』
「イスラさん、意地悪です」
イスラに追い抜かれたナツコは愚痴りながらも、素直にスタート地点へと戻り、再スタートしていた。
(足だけでバランスをとらない。体全体で――)
フィーのアドバイスを意識して、足だけで踏ん張ろうとせずにバランスがとれるように上体を動かしながら走行する。
泥に足を取られた場合もその場で踏ん張ろうとせず、むしろ多少滑らせてやって転ばないようにする。――これはリルから受けたアドバイスだ。
それでも雨の中の高速起動は神経を使うし、小さな動作一つでも細心の注意を払わなければ転んでしまう。
『今の不意打ちはえげつない。ナツコを抜いたら手加減するってきいたぞ』
『リルさんが手加減するなと言いました』
『あたしはリルじゃあない』
『連帯責任です。次、リルさん、始めて下さい』
無線内容から察すると、どうも自分を追い抜くと回避訓練が楽になるという約束事だったらしい。
そしてリルも、回避訓練に失敗したらしくもう1周となったようだ。
「そういえばフィーちゃん。良くあの回避訓練を通過できましたね」
「何も難しいことは無かった」
「そ、そうだろうけど、何かコツとかあるのかなーって」
「今はともかくイスラに追いつかれないようにするのが先決」
「う、うう……。それはそうなんだけど……」
既にイスラはスタート地点に着いている。
チェックポイント450を越えているので大丈夫だろうが、油断は出来ない。
次のチェックポイントへ向けて進路を定めると、両足を踏み込んで一気に加速した。
◇ ◇ ◇
「あら、ナツコさん、やっと来ましたね。それでは射撃訓練から始めましょうか」
「はい!」
大きく頷いて、ナツコはスタート地点に着いた。
先程はフィーリュシカに全てのターゲットを撃たれたが、今回は1人で全て撃たなければならない。
射撃管制システムを起動、残弾は問題なし。
全ての準備が整ったところで、勢いよくスタート地点を通過する。
かしゃん、と音がして、大通り沿いにある建物の2階からターゲットが出現する。
(距離50メートル。外す距離じゃ無い、大丈夫!)
視線を向けターゲットを注視すると、注視点に銃口を向けさせる。銃口の移動が終わったところで迷わず人差し指を軽く引いた。
直後、発砲音が響き、機銃から3発の訓練弾が発射され見事にターゲットの中央に着弾した。
「よしっ! いけるいける!」
ターゲットは次々と現れる。
市街地での奇襲を想定しているのか、前半は近距離にターゲットが飛び出してくる。
途中からターゲットが動くようになるが、射撃管制システムがロックしたターゲットの動作を予想して照準を調整してくれるので、3発撃っておけば最低1発は命中弾を出せた。
「距離400メートル……。ちょっと遠いかも」
雨で視界の悪い中、目を細めて注視点をズームして遙か先に現れたターゲットを確認。
ロックして射撃するが、ターゲットが不規則に動くためなかなか命中しない。
「射撃モード切替、連写」
慌てて音声認識で射撃モードを切り替えて、銃弾をばらまく。
ようやく命中弾がでてターゲットが引き込むが、既に次のターゲットが出現している。
「距離350。狙って狙って――あれっ」
前のターゲットに時間を使いすぎたせいで、時間切れとなりターゲットが引き込んだ。
「つ、次です!」
気持ちを切り替え既に出現しているターゲットへと目標を定める。
「距離380。動いてるけど、なんとか」
銃弾をばらまき、命中弾を出す。
効率は悪いが、今はこれしか当てる方法が思いつかない。
空になった弾倉を取り替えて、次のターゲットへと視線を向ける。
「距離50。これは大丈夫」
ターゲットは不規則に動くが、距離が近ければ発射から命中までの誤差も少ない。
難なく3発で命中弾を出し、そのまま大きな十字路へ突入する。
ふと、視線を左側に向けると、ちらと雨の向こうに赤い何かが動いたように見えた。
「何だろう――あれ、ターゲットだ」
地図を呼び出して確認すると、そこにもきちんと表示されている。
紛れもなくターゲットなのだが、距離が遠い。
「距離1200――こんな距離当たるかな」
足を止め、ターゲットを注視する。
機体に備え付けられたカメラでは倍率が足りていない。注視点に機銃を向けさせると、機銃に装着した高倍率スコープの映像表示へと切り替える。
「誤差10センチ。なんだ、これなら問題なさそう」
人差し指を引くと銃弾が発射され、わずかな時間差をもってターゲットの中央付近に銃弾が命中した。
「よしっ、この調子で次――」
移動を再開すると、コースの先に既に現れていたターゲットが次々と引き込んでいく。
遠距離狙撃に夢中になりすぎて、他のターゲットを全く意識していなかった。
そのままコースを進み、幾つかのターゲットを打ち抜いてゴール地点へ到着する。
『9つターゲットを逃しています。カリラさんよりましだけれど、しっかり狙って撃たないといけません。ナツコさんも、次から使用して良い弾倉は1つまでとします』
「そ、そんな! あの、遠くで動いてる的にどうやって当てたら良いんですか!」
『不規則に動いているようで実際はあるパターンに従って動いていますから、その動作を予測して照準を補正してください』
「動作を予測……照準を補正……。難しそうです」
『そうは言っても、敵は止まっていてくれないのだから、これが出来ないといつまで経っても弾を当てられません』
「そう、ですよね! 次は頑張ります!」
『はい、頑張ってください。ではもう1周走ってきたら再挑戦です』
「分かりました、行ってきます!」
ナツコは元気よく返事をして、行軍訓練のスタート地点へと走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます