第27話 ハイゼ・ブルーネ基地 その①

 コレン補給基地に立ち寄り夕食と補給を済ませたツバキ小隊は、コレン補給基地から真北へと向かう道路に入った。

 そこから先はうねるような山道であるが、軍規格に応じた主要道路であることから装甲輸送車両の通行には問題が無かった。それでも運転を代わったイスラは上り坂の急カーブには慎重になり、対向車線に軍の車両が来ると速度を落としてすれ違わなければならなかった。


 夜通しイスラとカリラが運転を交代しながら車を進め、コレン補給基地からおよそ500キロ離れたハイゼ・ブルーネ基地司令所に着く頃にはすっかり太陽が昇りきっていた。

 着任報告のため司令所に立ち寄ったツバキ小隊。指定された駐車場に車両を停めると、タマキは他の隊員に車内で待つように指示して外へ出た。


 ハイゼ・ブルーネ司令所は、シオネ港のような宙族の襲来で慌てて造られた仮設のものではない、大戦後の統合軍統治時代に造られた真っ当な軍事基地だ。

 タマキは入り口で当直士官に個人認識票を見せ、そのまま基地司令のいる司令室まで通される。

 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊は名前こそ小隊だが規模的には歩兵分隊である。しかし義勇軍である以上、統合軍から独立した部隊として扱われる。

 とはいえ施設や装備は統合軍から借りない限りどうしようも無いので、こうして新しくツバキ小隊の指揮官となったハイゼ・ブルーネ基地司令に、隊長自ら挨拶に出向いて頭を下げる必要があった。

 それでもタマキの表情は明るい。

 ハイゼ・ブルーネの基地司令、シンロク・ハヤシ大佐は遠くはあるが一応親族である。当然ニシ大将の息がかかっており、その娘であるタマキに対しても好意的に接してくれるはずだった。


 唯一気がかりなのは、タマキが統合軍大学校を出ておきながら義勇軍の隊長などをやっていることに嫌悪感を示されないかという点だが、これについてもタマキは父から黙認されており、そこまで大事にはとられないだろうと予想していた。

 司令室の扉が開かれると、当直士官はタマキに中へと進むよう促した。タマキが室内に入ると扉が閉められ、司令官席に座っていた険しい顔つきをした40代半ばの大佐がタマキを真っ直ぐ見据える。

 タマキは姿勢を正し敬礼した。


「昨日付をもってハイゼ・ブルーネ基地配属となった、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊付統合軍監察官、タマキ・ニシです」


 タマキが挨拶すると、シンロク大佐も応じる。


「ハイゼ・ブルーネ基地司令シンロク・ハヤシだ。今更挨拶も必要無いだろう。君のことはニシ大将から良くするように言われているし、そうでなくとも君は親族だ。歓迎しよう。こちらに来てくれるか?」


 タマキは返事をして司令官席の前まで足を進める。

 大きな机に埋め込まれたディスプレイにはハイゼ・ブルーネ基地周辺の地図が表示されていた。


「知っての通りハイゼ・ブルーネ基地はシオネ港より北西に位置する。この辺りの海岸線はおおよそ20から40メートル程度の崖になっていて、船を着けることは出来ない。ハツキ島を占領した宙族――ズナン帝国軍だったか? ――が上陸作戦を敢行するとしたら、シオネ港より南側になるだろうと予測されている。つまり……」


 シンロク大佐は一度言葉を句切ってタマキを見た。タマキの意見を求めている。

 タマキはハイゼ・ミーアからの道中、考えていた事を話す。


「帝国軍がハイゼ・ブルーネ基地の防衛区域内に強襲上陸を敢行する可能性は十分にあり得る」

「その通り」


 タマキの意見を聞いたシンロク大佐は頷くと、地図を拡大し海岸線を大きく映した。


「海岸線は海食によって形成された岸壁だ。強襲揚陸艇を上げることは出来ないが、〈R3〉ならこの程度軽々と登ってくるだろう。場所によっては装甲騎兵も登ってくる。一度上陸されれば大陸内部の防衛力は今だ手薄だ。海岸線沿いに進んでシオネ港を狙うのも、山道を南下してハイゼ・ミーア基地を狙うのも容易いだろう。どちらが落とされても、次は船で本隊が送られてくる」

「同意見です。当然シオネ港以南の海岸線防衛は重要ですが、それと同等にこのハイゼ・ブルーネ基地は帝国軍のトトミ中央大陸上陸を阻むための重要な拠点です」


 シンロク大佐は大きく頷いて、険しい顔を少しだけ和らげる。


「現状を正しく把握しているようで大変よろしい。早速だが、ハイゼ・ブルーネ基地防衛区域内にある前線基地に向かって欲しい。3つあるが、意見はあるかね?」


 問われたタマキは表示されている前線基地の場所を確認して思案する。

 海岸線沿いに北側から順にA,B,Cの前線基地が設営されている。各基地には大隊規模の戦力が置かれ、更に前線基地を中心として広範囲に監視塔や防御施設が建設されている。

 タマキは3つの内から、最も海岸線の岸壁が険しい前線基地Aを指定した。


「ここは海岸線が複雑で、海側から攻められた際の火力運用に難があります。目は少しでも多い方が良いかと」

「いいだろう。ではハイゼ・ブルーネ基地司令として命令する。これよりハツキ島義勇軍ツバキ小隊はハイゼ・ブルーネ基地Aサイト、アントン基地配属とする。現地哨戒部隊の指示を受け、哨戒活動に当たれ。

 ただし出立準備期間を1日設ける。立ち上がったばかりの義勇軍で足りない需品も多いであろう。十分に準備してから明朝出立したまえ。輜重科には連絡しておく」

「ご配慮感謝いたします。タマキ・ニシ、承りました。これより出立準備にとりかかります。その前に1つ確認させて頂きたいのですが、ツバキ小隊はハイゼ・ブルーネ基地配属前、〈R3〉の貸与申請を受理されています。ハイゼ・ブルーネ基地と相談のことと注釈が加えられたのですが、こちらで貸与させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「無論だ。とはいえここも〈R3〉の配備が十分とは言えない状況だ。輜重科と良く相談したまえ」

「承知しました。では失礼します」


 タマキは敬礼すると司令室を後にした。そのまま士官に案内されて駐車場に停めたツバキ小隊の装甲輸送車両のもとへと向かう。


「待機ご苦労様。異常はなかった?」

「特にありませんわ。次は何処へ向かいましょうか?」

「輜重科の倉庫へ向かいます。道順通りに進んで下さい。基地内なのであまり速度を出さないように」

「かしこまりましたわ」


 カリラはタマキの指示通り車を走らせて、輜重科の管理する大型倉庫棟の駐車場に装甲輸送車両を停めた。

 タマキはイスラに声をかけ同行するよう告げると、他の隊員には車内で待機するように命じて外へと出る。

 ハイゼ・ブルーネ基地の需品は倉庫には収まりきらず、野外にまで堆く弾薬庫や〈R3〉の格納容器が積まれていた。丁度輸送科所有の大型輸送車両がやってきて、積み卸し作業を行っている。

 これ幸いと、タマキは現場監督者らしい輜重科の士官へと声をかける。


「少しよろしいですか? 〈R3〉の受領に来ました、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊付統合軍監察官のタマキ・ニシです」

「〈R3〉なら武器科だな。整備倉庫に責任者が居たはずだ」


 タマキは礼を述べると、士官が指さした先の町工場のような倉庫へと向かった。


「輜重科の倉庫に行くんじゃ無かったのか?」


 イスラの問いにタマキは答える。


「輜重科は武器・弾薬・車両を扱う武器科と、食料や燃料、衣類等を扱う需品科の2つから構成されています。武器科も輜重科の一部です」

「へえ、紛らわしい。最初から分けときゃ良いのに」

「全くです。しかも武器科の中が武器部と兵器部で分かれていますから、向こうの倉庫でもまた別の倉庫を指定されるかも知れません」

「めんどうなこった」

「ええ、本当に」


 タマキは開け放たれていた整備倉庫の入り口から中へと入る。町工場のよう、とは思ったものの、中は町工場そのもので、多くの整備士が整備用ハンガーに吊された〈R3〉の整備・調整を行っていた。

 タマキは現場責任者らしい〈R3〉整備士官章をつけた中尉を見つけると早速その場に赴き声をかける。


「少しよろしいですか? 〈R3〉の受領に来ました、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊付統合軍監察官のタマキ・ニシです」

「そりゃどうも。輜重科武器科武器部のビームスだ。受領申請は通っているのか?」


 工場焼けしたがたいのいい中年士官は作業の手を止めること無くタマキに尋ねる。


「許可は得ています。確認をお願いします」


 タマキは士官用端末に総司令官印の押された〈R3〉受領申請を表示させるとビームスへと示した。それを見たビームスは作業の手を止め、自分の士官用端末を操作し始める。


「こっちでも確認した。ハツキ島義勇軍ツバキ小隊だな。機種はうちと相談となっているが希望はあるか?」

「突撃機か偵察機。可能なら現行機を」

「了解。4日待ってくれ。準備出来次第連絡する」


 ビームスはそれで話は終わりだと作業に戻ろうとしたが、タマキは割って入った。


「それでは困ります。明朝にはアントン基地へ向かわなくてはなりません」


 しかしビームスは折れない。


「んなこと言ったって渡せる機体がねえもんは仕方が無いだろうよ。見ての通り、作業員総出で届いた〈R3〉の初期調整かけてるが全然手が足りてねえ。そっちの都合がどうあろうと渡せるのは4日後だ。アントンつったってこっからたいした距離は無い。引き渡しの準備が出来たら連絡するから、取りに来てくれ」

「既に明日から任務に参加予定です。初期調整の終わっていない機体で良いので受領させて下さい。調整はこちらで行います」


 タマキも簡単には食い下がらない。しかしビームスは鼻で笑う。


「あのなあ少尉さん。素人が〈R3〉の初期調整を行っちゃいけないって軍規で決まってんだ。義勇軍だろうとそれは一緒だよ」

「分かっています。ですから、調整はこちらで行うと言っているのです」


 タマキはイスラの袖を引いて自分の横に立たせると、その胸につけられた1等整備士章を示した。


「なんだい、整備士いたのか。それを早く言ってくれよ。――待て、お前ら、義勇軍だったな? 確か義勇軍は、独立部隊扱いだよな」

「だとしたらなんでしょうか?」


 タマキが尋ねると、ビームスはイスラを指さした。


「その整備士、1日貸してくれねえか。機体は〈ウォーカー3〉を付ける」


 ビームスの提案にはタマキもイスラも顔をしかめた。確かに義勇軍は独立部隊として扱われる。人員の貸し借りも統合軍内から人事異動させるよりずっと楽だ。


「可能なら現行機が良いと言ったはずです。もう1つ条件を加えさせて頂けるのならヘッダーン社の機体を受領させて頂きたいです」


 タマキの突きつけた要求を、ビームスは両手を振って拒んだ。


「待て待て、ヘッダーンシリーズは無理だって。届いた機体から直ぐに初期調整かけて統合軍の前線部隊に優先配備される。それだって何ヶ月待たされるか分からねえような状況なのに、義勇軍に渡したら一大事だ。分かった、〈ウォーカー4〉を融通する。現行機だ、文句はないだろうよ」


 タマキは悩んだ振りをしてイスラへと視線を向ける。イスラは「別にいいけど」と意志を示したがタマキはビームスの提案を拒んだ。


「昨晩から夜通し移動したため隊員はとても疲れています。これから1日働かせることは出来ません。整備士の貸し出しは半日でお願いしたい」


 タマキが条件を突きつけるとビームスは悩みながらも、手を打った。


「良いだろう。その提案乗った」


 ビームスが手を差し出し握手を求めるが、タマキは応じない。


「待って、突撃機も付けて欲しいわ」

「おいおい、そりゃ欲張りすぎだぜ。なら〈ウォーカー4〉は諦めて〈ウォーカー3〉にしてくれ。そしたら〈ルーチェⅠ〉を付ける」


 流石にその提案にはタマキは応じなかった。イスラも〈ルーチェⅠ〉の名前を聞いて鼻で笑う。悪くはない機体だが、突撃機と呼ぶには薄い装甲と貧弱な火器運用能力で、どちらかというと偵察機のような機体だ。そもそも現行機ですらない。


「偵察機は〈ウォーカー4〉で、突撃機もそれなりのものを。その代わりこちらは整備士を2人貸し出します」


 タマキの提案にイスラは小声で「カリラが嫌がるぞ」と口にしたが、タマキは「あなたが説得して」と一蹴した。

 対してビームスは士官用端末を睨み付け、ツバキ小隊に渡せそうな突撃機を見繕う。猫の手も借りたいほど多忙を極める武器科にとって、一等整備士2人の貸し出しは願っても無い話だ。


「分かった。〈アミュア〉でどうだ」

「〈アミュア〉?」

「指揮官機のCシリーズ造ってる大手軍需企業トリアイナ重工の最新鋭突撃機だ。文句は無いだろう」


 機体名を聞いてもぱっと来なかったタマキはイスラに視線を向ける。


「突撃機がラインナップにないからって理由で適当に造った機体だな。悪くは無いが、あんなのトリアイナ重工の信望者でもなければ買いやしない。そもそも後継機も出すこと無く生産中止してるし。サポートは続いてるがお勧めはしないね」

「なるほど。他には?」


 タマキはきっぱりそう言い放ち、騙して下手な機体を押しつけるようなことは出来ないと理解させた。

 ビームスは再び士官用端末を高速で操作して機体の検索をかける。その傍らでイスラは運び込まれたばかりの最新鋭中装機〈リーフパックⅡ〉の格納容器を指さしてビームスへプレッシャーをかけた。


「突撃機にこだわりがなけりゃあれでいいじゃねえか。あれこそトリアイナ重工の最新鋭機だぜ」

「ふーん。でも今欲しいのは突撃機なのよね。別に中装機でも良いけど」


 機体価格が突撃機の3倍近い中装機を持って行かれては困ると、ビームスは限られた選択肢の中からタマキたちが納得してくれそうな機体を選び抜いた。


「〈アザレアⅢ〉でどうだ」


 タマキとイスラは示し合わせたかのように互いの顔を見合った。


「第3世代機だぜ」

「いまいちぱっとしない機体だわ」

「待てそんなことはない! 後期型だ、第4世代機に匹敵する機体だ! ヘッダーン社の影に隠れちゃ居るが、ヘッダーン暗黒期には〈R3〉のスタンダードを勝ち取ったほどの良機体だ! 高出力コアユニットも付ける!」


 先ほどいまいちぱっとしないとは言ったものの、〈アザレアⅢ〉の実情をあまり良く分かっていなかったタマキはイスラに視線を向けて意見を求めた。


「ま、妥当なところじゃないか。〈アザレアⅣ〉の開発が遅れてるおかげで第4世代機に匹敵するマイチェン受けてる機体だ」

「よろしい。では〈ウォーカー4〉と〈アザレアⅢ〉を受領させて頂く代わりに、半日だけ1等整備士2名を貸し出します」

「ああよろしく頼む。1つ確認させて貰うが、整備士の腕は確かなんだろうな?」


 タマキは「さあどうかしら」と口にして、イスラの発言を促す。


「任せとけ。そのへんのぼんくら整備士の倍は働くぜ」

「だそうで。先に機体の準備をお願いします。イスラさん、調整は偵察機をあなた用に、突撃機をカリラさん用にお願いします」

「待てって、なんであたしが〈ウォーカー4〉なんて装備しないといけないんだよ。〈空風〉があるだろ」

「〈空風〉しかないからです。これは命令です。返事は」


 タマキが返事を求めると、イスラは渋々とながら頷くしか無かった。


「分かったよ」

「よろしい。では夕方に迎えに来ます。ツバキ小隊の機体の初期調整完了後はビームス中尉の指示に従って武器科の手伝いをお願いします。さぼったりしないように」

「分かってるって。早いことカリラを連れてきて貰えると嬉しいよ」

「直ぐ対応します。では、受領証を」


 ビームスが部下に命じて〈ウォーカー4〉と〈アザレアⅢ〉を持ってこさせると、差し出された士官用端末に表示された受領証へとタマキは電子印を押した。


「部下をよろしくお願いします。ビームス中尉」

「任された。あんた、少尉だっけ。将来いい士官になるよ」

「それはどうも。ではわたしはこれで失礼します」


 タマキは整備倉庫から出ると、駐車場に停めてあるツバキ小隊の装甲輸送車両へ向かう。

 タマキはカリラに車両から降りるよう言うと、出てきたカリラにイスラが呼んでいるから整備倉庫へと向かうよう命じて車両に乗り込んだ。


「フィーさん。運転をお願いします。これより宿舎へ向かいます」


 運転を命じられたフィーリュシカは装甲輸送車両の運転席に移動する。


「確か免許持っていましたよね、フィーさん」

「問題ありません」

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