トワイライト~あの日の君と平和な日々を~

在原小与

第1話

「綺麗な海だ……」

 ぼそりとつぶやいた言葉は誰にも聞かれることなく空へと消えていく。

 目の前には、真っ青な絵の具を、ぶちまけたような鮮やかな空と海が広がっていた。

 水面には真夏の太陽が容赦なく照りつけ、足元のアスファルトからは熱が放たれているようにも思えた。

 その熱さは、忘れがたい頭の片隅に仕舞い込んでいた記憶を呼び起こす。


「……今年も平和だ。あの時、私達が願っても手に入らなかった世界だ」


 海を背に造られた合祀碑に手を合わせる。黒い石で仰々しく造られたそれには銘文が刻まれていた。

 戦時中に散った若者達の名前だ。

 1945年8月15日。この日付を聞き、今の若者は何人が終戦記念日だと答えられるだろうか?

 お国のためと命をかけて散っていった記憶を今の時代の若者は何人間違えずに言えるだろうか?


「……来たよ。今年は会えるだろうか?」


 しゃがみこみ、合祀碑に刻み込まれている学友の名前を指でなぞる。

「今年で68回目の終戦記念日。戦地へ赴いたのは昨日のことのように思える……忘れたくても忘れられない生き抜いたあの日……」

 思い出したくなくて記憶を押し込めるように手を握りしめ立ち上がった。

 陽が高く倒れるような暑さのためか周りには人一人いない。

「皆、墓のほうか?ここへ来るのは日が落ちて涼しくなった頃だろうか……確かに、この暑さはきついだろうな」

 合祀碑のある海とは反対側へと歩き出すと少し高くなっている石壁へと腰かけた。


「眩しいな……あの日も暑かった」


 手を額にかざし目を細め空を見上げる。暑さを誘う蝉の声と波の音。ときおり子供達の声が風に乗って聞こえてくる。

「やはり、今年も会えないか……」

 時間は刻々と過ぎ去り、合祀碑の影は向きを変えた。

「いつになったら君に会えるのだろうか?……いつになったら……」

 彼女を思い出す。

 赤紙(臨時招集令状)が来た時に送り出してくれたあの時を。


 ――私は気づいていた。彼女の笑顔とは正反対に、手が震えていたことを。でも、気づかないふりをした。あの時、あの状況ではああするしかなかった。

 お国のためと皆が喜んでいた、あの時代では――――。

 昔を思い出していると、ふと人の気配を感じ立ち上がった。

 時間が過ぎ去ったと言っても、まだ太陽は出ていて暑さも変わらない。


 立ち上がり、足音がする方へと体を向けた。


 海に沿うように一直線に施工してある道の先は、逃げ水のようにゆらゆらと揺れ現実か夢かの境がわからなくなる。

 その揺れる中を、日傘をさしながら歩いてくる着物姿の女性の姿が見えた。

「あれは――――まさか」

 次の言葉が見つからず、暴れ出すほどうるさい鼓動に胸をおさえ合祀碑の前で彼女を待った。


 68年間待ち続けた彼女を。


 1歩、また1歩と彼女が近づいてくる度に、喉に渇きを覚え唾を飲み込んだ。

 別人かも知れないと心のどこかで疑いながらも、彼女であって欲しいと願い続けながら。

 緊張しながら女性が来るのを待つと、下駄の独特な足音と帯につけている鈴の音がちりんと耳に届く。


 ああ…………彼女だ。彼女が約束を守ってくれた。


「……待たせてごめんなさい。こんなにも遅くなってしまって。来る勇気がなかったの……本当にごめんなさい」

 合祀碑の前まで来ると懺悔するように頭を下げる。

「いいんだよ。来てくれただけで私は満足だ」

頭を下げ続ける彼女に目を細めた。


 月日は思っているよりも残酷だ。


 彼女と別れたのは18の時。それから68年。

 細くなった腕、小さくなった肩、深く刻まれた皺は私がいない間に苦労を重ねた証。でも君の美しさは昔と同じ。

 背筋を伸ばし上品に着物を着こなす所作は、私が愛した君となんら変わりはない。

 悲しい時に目を伏せ何かを耐えるように飲み込むその姿もあの時のまま。

「やっとで会いに来れました……夏になる度に来なければと約束を守らなければと苦しかった。でも、ここに来る勇気がなかった……待たせてしまいましたね」

 今にも泣き出すのではないかと少し慌てた。


「そんなに自分を責めることはない。私は君が来てくれると信じていた。ずっと――」

 励ますように彼女の隣に立ち合祀碑を見上げる。

 昔の学友達が見守ってくれているような気がした。傍にいたなら囃し立てていたことだろう。

「ここに来なかった理由を言ってもいいかしら?」

 彼女は線香と蝋燭を取り出しそれぞれに火を付けた。

しばらくすると煙が一筋空へと向かい伸びていく。


「私は、あの時笑顔であなたを送り出したわ。お国のために頑張って下さいと……」

「ああ、私も覚えているよ。村中が送り出してくれたね」

 線香の煙を眺めながら、あの時のことを思い出す。





 騒々しく物々しい雰囲気は誰もが不安を抱えている証拠だろうか?

 駅で、軍服を着た男達が緊張した面持ちで家族や親戚、隣組に最後の挨拶をしている。

『お国のため』と皆が同じことを言っている。本音は違うだろうに。

 冷めた目でその光景を眺めている私もまた……その建前を口にしている一人だ。


 昨晩、家族はもちろん、隣組、学友、親戚達も集まり盛大に祝ってくれた。物資が少ない中おめでたいことだと。私を誇れると口々に褒めてくれた。

 私もまた、同じ台詞ばかり口にしていた。そもそも頭が回らなかったのだ。いきなりの招集令状……誰もが戦況を知っている。


 ――なのに誰もが口に出さない。


 学友達が最後とばかりに国家、軍歌、校歌を順番に歌ってくれている。それは周りも巻き込み歌が一帯を包んだ。

 それを聞きながらも、私は一点を見つめていた。

 少し離れた位置で泣きそうな顔で見つめている――――彼女を。


 結婚したばかりの最愛の妻を。


 籍を入れたのは招集令状が届けられた次の日。お互いの両親も彼女の両親も建前上は喜んでくれたが、本当はどう思っていたのだろうか?

 明日、死ぬかもしれない私と結婚した彼女の今後を心配したはずだ。

本当は、彼女に言いたい。


『必ず生きて帰ってくると』


 必ず……だから君も待っていて欲しいと。

 大声で叫びたかった。でもそれは許されざる言葉。ここにいる誰もが口に出したいと思っているに違いない。でもそれは……言ってはならない。

 これが今を生きる私達の常識。

 学友達が歌い終わると辺りに静けさが戻る。

 誰もがわかっていた。もう行かなければならない時間だと。誰もが、ここを離れたくなかった。


「では、元気で行きます!」


 空気を切り裂くように一人が大声でそう言うと同じ言葉が木霊する。

行って来ます。とは言えない。行って帰ってくると言う女々しい言い方は禁句だった。

 私も周りに習い挨拶をすませ彼女の前へと立つ。

「……これを」

 彼女から差し出されたのは手ぬぐい。

 千人針ならすでに腹に巻いてある。ならこれは……君一人で?

 顔を上げると幼さが残る顔は無理やり笑おうと必死だ。

「き……」

 彼女が何かをいいかけ口を噤む。ぐゅっと唇を噛み口を開いた。

「あなたを誇りに思います」

 顔を上げ、きっぱりと言い切る君が大好きだ。本当は何か別のことを伝えたい。そう言う顔をしている。私にはわかる。


――君のことを愛しているから。


君には素直には言えないけど、心の中では毎日繰り返していた。そして、これからもずっと変わらない。

「あなたを誇りに思います。お国のために頑張って下さい」

 驚きながらも彼女に笑顔で頷く。

 彼女の手が震えていることに気が付いたから。

 これが本心ではないと手ぬぐいを渡された時に、他人に見られないように握られた手から感じた。

 何度も何かをいいかけようとして口を噤む彼女に笑顔で頷く。

「あの岬にいつも君がいることを願っているよ。私はそこに帰るから」

 私と彼女にしかわからない暗号めいた台詞に彼女の目が潤みだした。

「……はい、必ずあの場所へ参ります」

 私と彼女が初めて会った、あの思い出の海岸。


「……では、行きます」


 これが最後ではないと、また会える日が来ると、そう伝えるために力強く。ゆっくりと離された手は、夏だというのに冷たく、ひどく泣きたくなった。

 空を見上げ彼女に背を向ける。


 ――必ず、君の元へと帰ってきます。


 言葉にすることが出来ない想いを何度も心に深く刻みこみながら。少しでも彼女に伝われば私は幸せ者だ。





「違うの……あの時、私はあんなことを言いたかった訳ではないの……本当は本当は」

 アスファルトに崩れるように座り込み、顔を手で覆い涙を流す彼女に伝えたい。

「わかっている。あの時に君が言いたかったことは私に伝わったよ。だから泣かないでくれ」

 彼女の隣にしゃがみ込み何とか泣き止んで欲しいと話しかける。

「あなたに、こう言いたかったの……きみ……ふこと……なかれ――」


「君、死にたまふことなかれ」


 アスファルトに彼女の涙が落ちシミをつくるが、またすぐに消えていく。

「君、死にたまふことなかれ! 何度も何度も言おうとしたわ! あの時、あの瞬間伝えたかった、あなたに。帰ってきて欲しかった。周りがどう言おうと伝えたかったのに。私に勇気がなかった」

「もういい! 終わったことだ。もう君が苦しむ必要はない。あの時、君が何を伝えたかったか感じていた。だから……もう良いんだよ」

 頭をアスファルトの上にこすり付けるように懺悔する彼女を抱き起そうと肩に手をかける。


 ――だが、それは叶わぬ夢。私の手は無慈悲にも、すっと彼女の肩をすり抜ける。

 どうしてだ……こんな時ぐらい、こんな時ぐらい彼女に触れたいのに。それさえも許されない。


「あなたの戦死公報が届けられた時、何度後悔したか……あの時、ああ伝えれば、あなたは待つ者がいるとわかって死ねたのに。少しでも、私が待っていると記憶に留めてくれたのに! 何度も思ったわ……生きて帰ってきて欲しかった」


 あの時、家族を見送る誰もがそう思っただろう。私は肌で感じていた。死なないで欲しいと思うのは皆、同じだ。

「私が生きて帰ってきて欲しいと伝えたら、あなたはどんな姿になっても死ななかったでしょうか?」

 声をあげて泣き出した彼女を抱きしめてあげられない悔しさと、声が届かない切なさに私の頬にも滴がおちる。


「同じだ。あの時、何を言っても私は死んでいた。日本が負けを認めた8月15日の後に戦死した。終戦宣言をしたからと言って戦争がすぐに終わる訳ではない。私の部隊に知らせが届いたのは終戦宣言から1週間後だった……私が死んだ日だ」

 ……泣かないで欲しい。君の笑顔が見たくてここで毎年待っているのだから。そんな泣き顔をみたくて待っていた訳じゃないんだ。だから……。


「おばあちゃん!」

 どうすることも出来なくて手をこまねいていたら遠くから少女の声が聞こえた。

「おばあちゃん大丈夫?」

 少女は彼女に近寄ると背中に手を添え顔を覗き込む。

「茜……来てくれたの? ええ、大丈夫よ。今、謝っていたところよ。和真さんに」


「おじいちゃん許してくれたでしょ?」



 ……おじいちゃん?



 この子は私のことを、おじいちゃんと言ったのか? そんなはずは……68年だ。彼女は再婚していると思っていたが。

 そんなはずは……。

 いきなり現れた制服姿に髪が茶色い少女と彼女を何度も見比べた。彼女には少し似ているとは思うが私には似ていない気がする。

「わからないわ……和真さんが聞いていてくれれば良いわね……こればっかりはわからないわ」

 少女の手を借り立ち上がる彼女に向かって早口で話しかける。


「もういいんだ。お互い様だ。私も君に伝えられなかったんだ。だから……もう!」

 何とか私の言葉が届いて欲しい。

 それだけだった。同じことを何回も何回も言い続けた。


 ――でも、それも叶わぬ夢。


「おばあちゃん、おじいちゃんの名前これ?」

 少女が、彫られている私の名前を見つけ指でなぞった。

「茜だめよ。むやみに触るものではないわ……日が暮れて来たわね。もう戻りましょう」

「はーい、あ……百合おばあちゃん!」

 雲が沈みゆく太陽を隠している中、少女がやってきた道を小走りでかけて行く。

 その先に手を振っている女性の姿が見えた。


「和真さん、私達の子の百合子と曾孫の茜です。あなたが戦死した知らせが届いた次の日にわかったの……孫は今日は仕事でこれなかったわ」

 やはり私の子が?……。

 死んでいるのにと自分でもわかってはいるが動揺は隠せない。

「君は本当に驚かせてくれる」

 思いっきり泣きそうになる顔を歪めながら、声をあげて笑った。

 そうだ、彼女はいつも私を驚かせてくれた。しっかりしていて、お茶目な一面を持っている彼女だからこそ惹かれた。


 彼女となら怒ったり言い合いながらも、笑いながら幸せな人生をおくれるとわかっていたから。

「……また来ますね」

 名残おしそうに手を合わせられる。

「もう行くのか……次はまた来年。寂しいな」

 本音が口から出てしまう。

 待っていたのは68年間。会えたのはほんの30分ほど。寂しさがこみ上げる。

「おばあちゃ~ん早く行こう。暗くなるよ」

 少女が早くと彼女を呼ぶ。


「あの子は本当に落ち着きがないわね。誰に似て……ああ、和真さんに似てるわ。あなたも落ち着きがなかったから。それに、私のことを、おばあちゃんと呼ぶのも止めて欲しいわ……」

「それは聞き捨てならない。私はいつも君を楽しくさせようと必死だっただけだ。あの子のようにせわしなくはないよ」

「もう行くわ……」

 風が吹き込み雲が流れていく。


 すると、不思議なことに沈みゆく太陽の光とは反対にもう一つ、上りゆく白い月が私達を照らした。


「まあ、不思議ね……」


 彼女も眺めながら感嘆したように呟く。彼女も気づいたようだ。見たことも無い光景に。

「おばあちゃん! これトワイライトだよ。お願いしたら、おじいちゃんに会えるよ!」

 遠くから少女の大きな声が風に乗り耳に届く。

 すると彼女の肩が小さく揺れた。

 笑っているようだ。確かにそれは夢物語だ。


「まだまだ子供だな。そんな都合が良い話ある訳がないのにな……きよ子」

 きよ子と同じように笑う。

 すると、きよ子が驚いたように振り返った。


 なんだ?……どうかしたのか?


 ありえないことに見えないはずの私の目の前まで顔を強張らせて歩いて来る。

 なんだ? なにかが変だ。

 目の前まで来ると私に向かって手を伸ばした。

「えっ?」

 まさかとは思ったが、きよ子の震えた手は私の頬に触れた。

「和真さん……来てくれていたのですね。待っていてくれたのですね」

 あの時代に戻った気がした。


 彼女の柔らかい手も私を見上げる優しい眼差しも、そして、その声も……大好きだ。

「……もう苦しまなくていい。私も君に伝えたかったんだ、あの時、生きて帰ってくるからと」

 戸惑ったのは一瞬、次の瞬間いつまで、この状態が続くかわからなくて早口に捲し立てる。

「ありがとう。子供を産んでくれて……本当にありがとう。一人で大変だっただろう」

 こんな言葉じゃ何も伝わらない。言葉では軽すぎる。あの時代のあと生き抜くのは男でも大変だったはず。

 それを君一人で子供を育てあげるのは並大抵の力では足りない。苦労したはずだ。

「今の言葉で苦労なんて忘れてしまいました。よく戻ってきて下さいました」

 彼女の手を取り握りしめる。


「あなたに、こんな風に手を握ってもらったことも初めてだわ」

 泣きながら笑う彼女に同じく泣きながら笑い返した。

「私、ずっと言いたかったことがあるの。あの時、言えなかったことが。あの時本当は――――」

 彼女を引き寄せ抱きしめた。

「わかっているよ。さっき聞いた。もう時代は変わったんだ。言わなくても良いよ」

「和真さん……」

 きよ子が嗚咽を堪えながら泣き続ける。

「でも、私は言わせてくれ。私の声は君には届いていないようだったから……あの時言いたかった。必ず、君の元へと帰ると」


68年ぶりに伝えることが出来た。肩の荷が下りたように心も軽くなった気がした。

 さらに激しく泣く、きよ子の髪を撫でた。

 空の光が、だんだんと小さくなり太陽が地平線へと消えていく。

 月も雲へと隠れ光が小さくなる。


 ――――もう時間なのか。


 太陽と月が私に向かって微笑んだ気がした。


「きよ子お別れだ。もう苦しまないでくれ。ずっと見守っているよ」

 そう言うと、きよ子が顔を上げる。

「ええ、もうすぐ私もそちらへ行くと思いますから迷わないように迎えに来て下さいね」

 茶目っ気たっぷりに伝えてくるきよ子に声を上げて笑う。

「ああ勿論だ。その前に、お盆をむかえる度にここへと来るよ。そして皆を見守る。これからは娘や孫たちも」

「あの子達も見えているかしら? 和真さんのこと」

 視線を娘達に向けると母の腕を掴み孫の茜が何かを言っているようだ。

「……見えているよ。私の娘達だ」

 きよ子は大きく頷いた。


「きよ子……行って来ます」

 きよ子が驚いたように目を大きく見開く。

 ――もう時間だ。

 だから、あの時言えなかった、伝えることが出来なかった言葉をかける。

「行ってらっしゃいませ。いつまでも待っております」

 最後に見たきよ子の笑顔を脳裏に焼き付け、私もまた笑った。


 

「……ねえ、百合おばあちゃん。きよ子おばあちゃん動かないけど迎えに行って来るね」

「待ちなさい茜……きよ子さんは話している最中だから。もう少し待ちましょう」

 きよ子の元へと駆け出そうとした茜の腕を百合子が掴む。

「ええ――待つの――?」

 頬を膨らませて抗議する茜に百合子が軽くため息を吐いた。

「茜、あなたは本当に誰に似たのかしらね。その我慢が出来ない性格は。終戦記念日くらい、曾おじいちゃんを敬いなさい」

「だって――私、曾おじいちゃんに会ったことないし戦争知らないんだもん」

 手を掴んでいる手をすり抜け、茜が百合子から少し離れると足元に落ちている小石を海めがけて蹴り落とした。


 水面に波紋が広がる。


「茜……きよ子さんの前では言わないでよ」

「なんで?前に聞いたよ。きよ子おばあちゃん何も教えてくれなくてさ……泣いちゃったから私はもう聞けないよ」

 水面に波紋が広がるのが楽しいのか、それとも暇なのか茜がまた小石を蹴った。

「……軽く言える話じゃないからよ。聞くのと実際に体験するのとでは重さが違うから。その場にいないと辛さなんてわからないわ」

 百合子がきよ子を伺う。


「茜、トワイライトって何?」


 孫が叫んでいたが何を言っているのかわからず首を傾げた。

「百合おばあちゃん知らないの? 有名じゃない。月と太陽が同時に照らす奇跡の世界だよ。その時、一番会いたい人に会えるって言われているの」

 自慢げに説明する茜に百合子が苦笑する。

「なら……きよ子さんはおじいちゃんに会えたかしらね」

「うーん、あの様子だと会えたんじゃない? そう考えた方がロマンがあるよ」

 まだ高校生の孫からロマンと古風に言われ、百合子が苦笑いを浮かべた。

「そうね……その方が夢があるものね。あ、太陽が沈むわ」


「百合おばあちゃん、そう言えば家の周辺に熊が出るんだって。まだ夏で山に木の実があるはずなのに変だよね」

 石を蹴ることにあきてきたのか茜がしゃがみ込む。

「熊ね……鈴でも付けて登校しなさい。あ、母さん、お父さんと会えた?」

 二人に向かって歩いてくるきよ子に百合子が興味本位で聞くとにっこりと微笑んだ。


「――――ええ、相変わらず素敵だったわ。和真さんに、また恋をしてしまうほどにね」

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トワイライト~あの日の君と平和な日々を~ 在原小与 @sayo

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