第24話 其は魔物印の赤絵の具なり

「店長~、赤い絵の具でオススメの商品ってなぁい?」

「んー、これからなぁ」


 そう言って店長が棚から取り出したのは、なんの変哲もないチューブに入った絵の具であった。

 ヌッティはセレモンド王国のとある画材店の息子である。それほど画材に詳しいというわけではないが、幼いころから画材店の手伝いをしたため客の求める画材が置かれている場所をすぐに見つけることができるという謎の特技を持っていた。客の曖昧な説明でも適切な画材を見つけられることから、デザイン関係の仕事に就く兄弟姉妹から画材店を継ぐようにと言われ、現在修行中だ。

 そんなヌッティは本日、梅廉国のとある雑貨店――ルメイ堂にやってきて、カウンターにもたれていた。


「……うーん、他の赤い絵の具と違いが分からないよ店長」

「君ねぇ。自分から求めて置いて、何を言っているんだいぃ?」

「だーって、オレが使うモノじゃねーし!」

「なら、どうしてオススメを聞いたんだねぇ?」

「あーっとね、うちの常連さんに赤い色がとっても好きな子がいてさあ」


 それはヌッティの実家、画材店の近くにある美術大学の学生さんだという。

 専攻は油絵で、中等学校に通うころからいくつかの大きな賞を取っているとかなんとか。ヌッティは名前は聞いたことはあれど、どのような賞かは全く知らなかったので、聞き流す程度にしていたためどの賞であったのか覚えていない。

 そんな学生さん、ヌンミは赤い色を特に好んでいるという。元々黒かったという髪は鮮やかな赤に染め、赤茶色の目には何も入れず、常に赤い衣をまといる。更に持ち物の全ても赤でそろえ、聞いたところによると家の中も赤いもので埋め尽くされているという。幼いころに出会った、赤い色のみを使用した絵画に惚れ込んでから十五年以上を赤いものに囲まれて育ってるとかなんとか。

 しかしそんなヌンミでも、理想の赤というものに出会えたことはない。

 赤という色にも様々ある。リンゴやトマトなどの食べ物や夕日に染まる空、流れる血潮。日々の移り変わりで変化する赤、大量生産の中で変化を忘れた赤。そのどれもがヌンミにとって魅力的な色だが、理想の色ではなかった。


「理想の赤って言われてもさー、その理想ってオレの理想じゃないからよく分からないんだよねー」

「まあ、そうだろうねぇ。特に君なんか、ガラス以外は全部似たり寄ったりなんだろおぉ?」

「そう! いやあ、ガラスの小物はいいよね。こんなに小さな姿をしているのに、それぞれ違う輝きをもっている」

「その子にとっての赤が、君にとってのガラスなんだろうよぉ。とりあえず、僕のオススメはこれだねぇ」

「うーん、そっかー」


 ヌッティはデザイン関係の仕事に就く兄弟姉妹とは違い、自ら芸術を作るというタイプではない。画材店の息子でありながら、後継ぎとして選ばれながらもそれほど画材に詳しくないのにはそういった理由がある。しかし、そんなヌッティもガラスで作られた小物には目がなかった。

 手の平に収まるサイズのガラス細工は、ヌッティの祖母が特に好きだったものである。おばあちゃん子であったヌッティがそれを好きになることは自然なことで、今は亡き祖母の集めたガラス細工は全てヌッティが形見として引き継いだ。祖父はガラス細工に興味はなく、ヌッティの両親や兄弟姉妹もガラス細工以外のものに心を奪われていたため、ヌッティはお気に入りのガラス細工を全て手に入れることができたのだ。

 人形に小物入れ、食器にアクセサリーとヌッティのコレクションは多岐にわたる。その数は祖母の形見を入れてすでに五百を超えており、ヌッティの部屋はキラキラと輝くもので埋め尽くされていた。

 さて、店長がヌッティに渡したなんの変哲もないチューブに入った赤い絵の具はどのようなものなのだろうか。


「ねえ、店長。これってどんな赤なわけ?」

「吸血種の魔物の血を練り込んだ絵の具だよぉ」

「お、おおぅ……」

「赤にこだわりを持つ子なら、薬草が練り込まれたモノはほとんど使用しているでしょおぉ」

「ああ、うん。うちに卸してる絵の具の赤は全部使ったって言ってた」

「そりゃ凄いねぇ。結構な数があると思うんだけどぉ……。でもまあ、特級の魔物の血が練り込まれた絵の具ならどうだろうねぇ? 下級とされる魔物の血を練り込んだ絵の具は手に入りやすいからすでに使っているだろうさぁ」

「愛玩系のものは今使ってるって言ってたよー」


 絵の具と言っても、その種類は様々だ。

 水彩絵の具、アクリル絵の具、梅廉画絵の具に油絵の具など。使用する人によって好みが違い、また生産国やブランドによっても色合いや使い心地に差異がある。

 そして最近人気を高めているのが、魔物の血を練り込んだ絵の具だ。魔法薬などを作る際に使用する薬草などは昔から使用されており、近年はダンジョンという特殊な環境下でしか育てることのできない薬草が練り込まれた絵の具が店頭に並ぶようになったとか。しかしそれに比べて魔物の血を練り込んだ絵の具は生産が難しく、出回っている数もそれほど多くはない。

 特に、上級とされる魔物や特級とされる魔物の血を練り込んだ絵の具は百に満たない数ほどしか生産されていなかった。


「それで、この絵の具かー」

「赤い色と限定するならば、吸血種の赤が一番発色が良くてねぇ。まあ、とりあえずは五本やるから一本試供品として渡してみたらどうだいぃ?」

「うん! それはいい考え! 店長さっすが~」

「はいはい。ダメだったら他のを用意するから、使った感想はちゃんと聞いてくるんだよぉ」

「はーい」


 五本のチューブと、いつも仕入れている様々な画材を持ってヌッティは帰って行った。

 それから数日後、眩しい笑顔を浮かべたヌッティは開口一番ヌンミと交際を始めたことを店長に告げるのだ。

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