尾形参考人に対する意見聴取-六

(青木委員)

 ありがとうございます。もう一つお伺いいたします。先ほど尾形参考人は、巨大球体が放射性物質を好んで摂取し代謝エネルギーに変換していると説明されました。そのような生物が出現し得る背景として、人類初の核実験から八〇年近い歳月を経て、シアノバクテリアが地球上に酸素を充満させたころと近似した環境変化が起こっていることを指摘されました。

 一方政府は、巨大球体を「摩耗」と名付け生物と認定いたしましたが、同時にこれが生物としての特殊性から二度と再び出現する可能性はない、とも認定いたしました。尾形参考人は政府による再出現性に関する意思決定についてどのようにお考えでしょうか。


(尾形参考人)

 結論から申し上げると、私自身はこの種の生物が再度出現するか否かについては、結果を以て論ずるとしか申し上げられません。

 ご質問と直接関係するかどうか分かりませんが、キリンの首は何故長いのか、という命題について一つの有力な仮説をご紹介いたします。

 キリンというものは、アフリカのサバンナに棲息するあの首の長いキリンですね。現在確認されている首が長いことに起因する生存競争上の利点は明らかです。他の大部分の草食動物が、頭を下げて地面に生えている丈の低い草を摂取しておりますから、キリンの競合相手というのはもう殆ど同種のキリンしかいないわけです。サバンナにおいては丈の高い樹上の葉は、キリンによって独占されているといっても過言ではありません。

 さて、従来のダーウィンの進化論的観点からキリンの進化の過程を観察しますと、キリンは食糧獲得の要請によって世代を経るごとに段階的に首が長くなっていった、という考え方であります。しかし、首が短いキリンの祖先についてはその化石が発見されているにも関わらず、その中間種にあたる化石は現在に至るまで発見されておりません。中間種の存在を一次史料によって確認できないわけでありますから、生物学的にはキリンは、首の短いものから、いずれかの時点で現在の首の長い姿に一足飛びに進化したとしか考えられないわけであります。

 このような一足飛びの進化が何故起こったのか、それを説明する一つの学説として、ウィルスによる突然変異種の登場という説がございます。過去のある時点において、キリンの祖先の間に大流行したウィルス性病原体の影響によって、首の長い奇形のキリンが大量に発生した、という推論であります。当然首が長いことによって享受できる食糧獲得上の恩恵は明らかでありますから、首の短いキリンはある時点で異種間の生存競争に敗れ、或いは環境変化に対応できず姿を消したとしても、ウィルス性病原体の大流行によって大量に発生した奇形腫は、首が長いという特質のために生き残り、生存競争に打ち克って、奇形種同士の交配を繰り返し、首の長い姿を維持しつつ現在に至るまで種を存続させることに成功している、という推論であります。

 この仮説が正しければ、奇形種というものは決して生存に有利な特質を与えるものばかりではありませんから、外見上顕著な特質を備えて生まれてはきたものの、その時々の環境とミスマッチを来して繁栄できなかった種も数え切れないほどありましたし、実際そういった奇形種と思われる化石も古い地層から時折発見されることがあります。

 キリンは幸いにして環境変化に適応した形質の、変異種間同士で交配を繰り返して、現在に至るまで種を存続させてはいますけれども、繁栄の可能性を秘めながら環境変化の波間に姿を消した異形の種も多く存在したこともこれまた事実なのです。

 以上のとおり考察いたしますと、これは多分に逆説的なものの言い方になって恐縮なのですが、「摩耗」が再度出現すれば、それは現在の環境が「摩耗」の生存にとって有利なものとなっているということで、「摩耗」が種を存続させていることの証拠であり、これが二度と再び出現しないようであれば、「摩耗」という生物は環境にミスマッチを来している一過性の異形の種であり、現下の環境では繁殖不可能な種であった、生物史上の徒花あだばなだったと結論づけることが出来るというわけであります。

 ですから、政府担当者に対して私が、「摩耗」が再出現することはないと申し上げた事実はございませんし、そのような断定は先ほどから縷々申し上げてたように私の見解とも一致しません。そもそもその点に関しては政府担当者からのご質問もなかったように記憶しております。個人的には、「摩耗」が海底で繁殖しているなどという事態は御免蒙りたいと考えてはおります。

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