尾形参考人に対する意見聴取-七

(青木委員)

 ありがとうございました。それではこれが私からの最後の質問です。巨大球体に対する大規模攻撃は、福島県南相馬市と青森県六ヶ所村近郊において二度敢行されました。

 南相馬市における攻撃は治安出動の際の武器使用、六ヶ所においては災害派遣、害獣駆除のための武器使用とそれぞれ法的根拠は異なりましたが、それぞれの活動において陸海空各自衛隊がその持てる装備を文字どおりフル活用して巨大球体を攻撃いたしましたが、その過程において相当量の弾薬を消耗したと聞き及んでいます。

 そこで参考人にお伺いいたします。

 これまで参考人にご説明いただいたように、どうやら政府は参考人の説明を最大限に類推解釈して巨大球体を生物と認定したようでありますけれども、もし当該巨大球体が政府認定のとおり生物であったと仮定して、重砲火器等近代兵器によっても殺傷不可能な生物などというものが存在し得るか、という点について質問いたします。

 附言いたしますと、そのような生物が存在することについては私は相当懐疑的であります。参考人、よろしくお願いします。


(尾形参考人)

 重砲火器が通用しない生物など存在するのかというご質問ですが、それにつきましては私、永年生物学を研究する立場ではありますが、研究対象である生物を重砲火器によって殺傷するというふうな研究を行ったことはありませんので、あるともないともいえませんが、常識で考えればまあ存在しないだろうな、とは思います。

 一方ですね、そういった重砲火器類に対して有効な防御ということを考えますと、やはり鋼鉄材を利用した装甲以外に我々素人には思い浮かびません。

 皆さんウロコフネタマガイという新種の巻き貝をご存知でしょうか。これは近年発見された巻き貝でありますが、どうやら体内に保有する酵素の働きによって硫化鉄を生成しているようで、文字どおり鉄の外装をまとっている生物であります。

 もちろん硫化鉄の貝殻を身に着けているからといって重砲火器類ですら弾き返す、という話をするつもりはありません。しかしこのような鉄の貝殻を生物が自力で生成できるということは、ウロコフネタマガイの事例を以てしても、紛れもない事実なのであります。

 さて、その観点から「摩耗」と外観と挙動を観察いたしますと、まず出現当初のニュース映像では非常に黒々とつやを帯びているように見えました。翻って岩手県の太平洋沿岸部、リアス式海岸を北上する「摩耗」の体表面については、この段階で出現当初と比較してかなり黄色がかっているように見えました。私は実際に「摩耗」を間近で観察したわけではありませんし、この体表面の色合いの変化は、撮影した時間帯であるとか、その時々の日照の加減、撮影機器の特質による錯覚とも考えられなくはないのですが、もう一つ可能性として考えられるのは、これは「摩耗」の体表面に錆が生じていたのではないか、ということであります。私は原子力の専門家ではありませんが、同じ大学に勤める原子力分野の教授から聞いた話では、ウランなどは酸化すれば黄色を呈するということでした。ウラン鉱石などはイエローケーキなどと呼ばれるそうであります。

 先ほどウロコフネタマガイの話をしました。この新種が発見されましたのは深海であります。何故深海か、といいますと、これは明らかなのですが、酸素の含有量が多い浅海では硫化鉄に覆われた体が赤茶けた錆に覆われて、死んでしまうんですね。ですからずっと以前から深海でひっそりと棲息していたんでしょうけど、撮影機器の進化著しい近年まで人類に発見されることがなかった、ということであります。

 「摩耗」を観察しますと、体表面の筋繊維状の紋様とその複雑な動きから、これを昆虫類のような外骨格と考えることは適当ではありません。核燃料を捕食した際には、この紋様に沿って外皮が開口したことから外骨格や外殻ではなく一種の筋肉のように挙動して開閉したものと思われます。先ほども説明したように、蛇腹のように紋様を動かして移動していると考えられますので、筋繊維状の紋様、と申し上げましたが、文字どおり筋繊維をクチクラ等で覆ったような構造なのではないかと考えられるわけであります。

「摩耗」が女川湾に海没した際の津波水位の遡行高から推計して、質量七十五万トン以上と判断されることから、相当高密度かつ複雑にその筋繊維が体表面を構築していたのではないかと考えることに矛盾はありません。

 人類にとってはカドミウム、ストロンチウム九〇等の化学物質は大変有害であります。これは、そういった物質が、人間の体内ではあたかもカルシウムのように振る舞い、かえってカルシウムの骨吸収を阻害して骨に吸着するからであります。これによって非常に骨が脆くなったり、骨腫瘍の原因にもなるわけですが、「摩耗」がそういった放射性物質を代謝に利用する何らかの酵素を体内で生成し、或いは保有していると仮定いたしますと、ウランやプルトニウムといった、強い放射線を発する重金属ですら代謝に利用して、筋繊維を維持、構築しているということも考えられます。これら重金属が直径二二〇メートルの球体のなかに、七十五万トン以上の重量で高密度に密集しておれば、重砲火器類による攻撃にも耐え得るのではないかと考えます。

 一方でウロコフネタマガイが深海に棲息し長く発見されなかった事情を考慮しますと、やはりそのような重金属によって体表面を構築している以上、酸化には非常に弱かったのではないかと考えられます。崩壊直前の映像があれば是非見てみたいのですが、今申し上げた予想が正しければ、六ヶ所村における崩壊の段階で、相当程度体表面が黄色がかって見えると考えられます。


(青木委員)

 尾形参考人、ありがとうございました。大変貴重なご意見を賜りました。以上で尾形参考人に対する意見聴取を終わります。

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