第3話 新月の魔女

 新月の夜でした。

 鈴鳴り姫の十五歳の誕生日まで、あとたったの一日でした。

 眠っている姫の左耳になにやら不思議な声が聞こえてきました。

「さあ、姫や。わらわの言うことをよくお聞き。おぉ、かわいそうに、そのような鈴の枷を押し付けられて」

 その声に姫は飛び起きました。

 涙がぽろりとこぼれました。声の言うとおりでした。

 今まで一生懸命明るく振舞い、勉強も剣も何もかもがんばってきたのに、誰もが姫を愛しませんでした。

 辛くなかったわけではありません。必死にこらえて耐えてきたのです。

「姫や、わらわの言うことをよくお聞き。皆ひどい人達ばかりだ。でも、あいつらはいつも幸せなのさ。間違っているとは思わないかえ?」

 本当にそうです。

 汚い心を持った人々が幸せで、自分が不幸だなんて、どこかが間違っています。

「その通りさ、姫や。だからこれから思い知らせてやろう。あいつらに似合った不幸を与えてあげようではないかえ?」

 左耳以外についた銀の鈴が一斉に震えだし、大きな音を立て始めました。

「でも……」

 忌み嫌った人達もいましたが、そうでなかった人もいたような気がします。胸に煌く月の石を右手で押さえ、姫は魔女の言葉を避けようとしました。

 そう、このような醜い鈴鳴り姫でも、美しいと言い、愛していると言ってくれた人が。

「でも、じゃないよ! おまえは不幸だ! 嫌われ者だ! 幸せになる努力をしてどこが悪いというのかえ?」

 神経質そうな新月の魔女の声が、姫の左の耳から頭を駆け巡りました。

 姫は頭を抑えました。

 不幸でした。生まれて一度も幸せなんてありませんでした。

 少しだけの幸せは、後の不幸を際立たせるためのものでした。

 姫がそう思って涙を流したとたん、細工師が心をこめて磨き上げた銀の鈴が、あっというまに真っ黒に染まっていきました。


 ちょうどその頃、王様は新月の魔女への祈りを捧げていたところでした。

 しかし、突然の侵入者にいきなり後ろから殴られ、ばったり倒れてしまいました。

 朦朧とした王様の耳に新月の魔女の高らかな笑い声が響きました。

 王様を殴りつけ、足蹴にして、窓辺に歩み寄ったのは、なんと鈴鳴り姫でした。

 姫は王様のほうを振りかえり、無様な姿を見て笑いました。

「私に鈴をつけて笑いものにした罰だ! 思い知るがいい!」

 そして、窓から飛び降りると、甲高い悲鳴をあげて消えてしまいました。

 王様はよろよろと窓辺により、恐る恐る窓の下を見ました。

 どのようなひどいことをされても、王様の愛は変わりません。

 新月の魔女に支配されたまま、高いところから飛び降りてしまったのです。姫が落ちて死んでいるに違いないと思い、王様は確かめる前にすでに泣きだしてしまいました。

 しかし、窓の下に姫の姿はありません。悲鳴のような声をあげる鳥が二羽、星空の向こうに飛んでいくのが見えただけでした。


 その夜から王国で月を見ることはありませんでした。

 それどころかどんよりとした雲が覆い、昼間も薄暗い日々が続きました。

 作物は枯れはじめ、家畜は病になりました。

 王様は、殴られた傷が病んで寝込んでしまいました。

 民人は、やれ鈴鳴り姫の呪いがはじまったのだよ、と噂しました。

 姫が南と北の秘所を破り、宝玉を奪って新月の魔女に捧げたため、満月の魔女が滅んでしまったのだと、とんでもない作り話さえ言う者もありました。

 いずれにしても、満月の魔女の力は、この国のどこにも感じられなくなりました。

【月の魔法に守られた幸福の国】は、いまや【月の魔法に呪われた闇夜の国】と呼ばれるようになりました。

 王国の闇の噂は三つの湖を越えた国まで届きました。

 新しい店を持ち、姫を忘れるために仕事に熱中していた細工師の耳にも、恐ろしい噂は伝わりました。

 魔女の使いとなった姫の話に、細工師はトンカチを落として、そんなはずはないと叫びました。

 あの美しい人が、魔女の手先として悪行を重ねているなどと、どうして信じることができましょうか?

 細工師は再び店を閉めると、トンカチも何もかも捨ててしまい、人々が愚か者と罵る中、闇に染まった恐ろしい王国へと戻りました。

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