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 彼から子供の、家族の話を聞いた記憶がない。左手の薬指は何もはまっていない。

「そうでしたか。ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう」

 眉尻を下げて向畑さんは微笑む。

「頑張ってくれたのは嫁さんだけどね」

 その微笑みには、うっすらと悔しさが滲んでいるようだった。

「マスター見て。これが息子、俺なんかよりシュッとしていて結構なイケメンだろ」

 向畑さんは嬉しそうにスマートフォンを見せながら言った。小さな四角い画面には卒業式の看板と共に、一人の男の子が写っている。 

野外のスポーツをしているのだろうか、日に焼けた健康そうな顔で、照れたように笑っている。その笑顔には嬉しさも垣間見えた。きっと母親と笑いながら撮ったのだろう。和やかで優しい写真だった。

「息子が三歳の時に離婚したんだ。原因はいろいろあって別れてしまったけど、結婚したことを後悔したことはなかったよ。子育てや大変なことをアイツに背負わせてしまった事と、息子に肩身の狭い思いをさせたことは多分、一生後悔するだろうけど」

 静かに言った言葉にその重みを感じる。人生において“責任”はどんな道を歩もうとついて回るものだ。

「俺が出来ることは金を送ることだけだった。誕生日プレゼントを一緒に選んでやったこともない、ケーキも思い出も何もあげられなかった。それでも息子は、こんなに立派に育ってくれて」

 そこまで言って向畑さんは言葉を詰めた。口を開いたのは深呼吸をしてからだった。

「あのまま傍にいたら大学に行かせてあげられたかもしれないと思うと、やっぱりちょっと悔しくてね。息子は俺と違っていい子だから、きっと母親の為に進学を諦めたんだと思う。頼ってくれていたら無理してでも金を用意したのに」

 遠くを見つめたまま、小さく鼻をすする。離れていても大切な存在は変わらないのだろう。

「素敵な息子さんですね」

「あぁ、そうだろう」

「はい。その年齢でとてもしっかりされています。お母さんのことも、お父さんの事もちゃんと考えてらっしゃる」

「え?」

 向畑さんはきょとんしてこちらを見た。

「だってそうでしょう? これ以上両親に負担を掛けたくなくて、そうしたんじゃないのですか?」

 例え父親の事を考えていなかったとしても、ただ単に大学へ行きたくなかったのだとしても、向畑さんがそう思うには別にいいじゃないか。彼だって泣けるくらい、息子の事を愛しているのだから。

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