第16話 特訓! 現実を越えるとき
《2025年8月21日 20:31 フダリオ山》
《ABVR》においてフダリオ山とはどのような場所か。一言で言えばシナリオ進行に一切関係の無い寄り道スポットである。
とはいえ観光目的でこの場所に来るプレイヤーはそれなりに多い。マップのほぼ最北端に存在するフダリオ山は年中雪が降っているため、どのタイミングで行っても一面の銀世界になっている。そんな場所はこのフダリオ山しか無く、またいつでも雪遊びが出来るという点からカジュアル勢からの人気が高いスポットとなっている。
しかもこのフダリオ山に運営は並々ならぬ拘りがあるらしく、2ヶ月前に開催された『太陽神の咆哮』というイベントの演出で全ての地域が灼熱の太陽によってHPがジリジリ減っていくという地獄と化していた中でもフダリオ山だけは「辺境の地にあるので影響を受けない」などと平気な顔で雪を降らしていたのは記憶に新しい。
そしてこのフダリオ山の人気の秘密はその豊富なアクティビティにある。スキーやスノボーといったウィンタースポーツやワカサギ釣りなんかも楽しめ、また初心者向けの低難易度ダンジョンなどが有名なのだが、ストリバに連れてこられたのはそのどれでも無かった。
「なんだこの坂……」
俺達の目の前にあるのは不自然なほどに何も無い坂。
周りは木々で埋まった森だというのに、そこだけは一直線の坂になっていた。普通に考えればプレイヤー達が整地したのだろうがどうしてもそんな風には見えない。むしろもっと長い時間をかけて自然に出来たようなそんな気配がするのだ。
「ここは運営があらかじめ用意していたミニゲームの一つ。この坂を登り切った先にある景品アイテムを取ってくるだけという至ってシンプルなモノだ」
「本当にシンプルだな。でも特訓ってことは一筋縄じゃあいかないんだよな?」
「当然だ。まあこれを見ると良い」
そう言ってストリバは目の前の坂に向けて石を放り投げる。一瞬何がしたいのか分からなかったがすぐに答えはやって来た。
突如坂の上にポップする大量のエネミー。《キャノンボールボア》という名のそのモンスターの群れはたった一つの石ころが投げられただけというのに狂ったような速度で坂を下っていく。それは動物の移動というよりも落石事故――いや、チェーンガンから放たれた銃弾の雨がイメージ的には近いかも知れない。
「君にはアレを突破して頂上に行って貰う。当然倒す必要は無く、上に登ればいいだけだ」
「一応言っとくけどあんなもんプレデターでも無けりゃ無傷じゃすまないだろ」
ちなみにキャノンボールボアは俺の場合HPの3分の1強は一撃で持って行く。つまり確定3発で死ぬし、運悪くクリティカルなんて貰えば2発で死ねる。つまりは全てが致命傷なのである。
それが大量にやってくるのだから悪夢以外の何でも無いだろう。
「何、喰らわなければ突破はできる。皆その理屈で頂上へと辿り着いたのだから」
「嘘だろお前」
しかしストリバから冗談を言っている気配は無い。マジでこんな無理ゲーにもよく似た行為をさせようとしているのだ、この男は。
しかしまあこれはゲームだ。それもミニゲームなら死んでもペナルティーは存在しない。とりあえず挑戦して、死んでから考えてもいい。そんな軽い気持ちで坂へと足を踏み入れる。
「ああ、言い忘れていたがコマンドカードの使用は禁止だ。そうしなければ特訓にならないからな」
「えっ」
思わずそんな声を漏らすがもう遅い。足を踏み入れた瞬間、その地獄のミニゲームは始まっていた。
坂の上から『キャノンボールボア』の団体様が俺に向かって一直線に迫ってくる。その数はまさに無数。そしてその速度はあくまで体感だが時速80キロはある。つまりかなり速い。
俺は戦闘の『キャノンボールボア』を横っ飛びで回避。しかしその隣にも当然のように他の個体がいる。
俺はすかさず構えたガンブレードを振り下ろす。もはややけっぱちに近い行為だったが一撃で倒すことに成功する。どうやらこのミニゲームはエネミーのHPがかなり少なめに設定されているようだ。
けれども無数に居る敵の1体を倒した程度で状況は何も良くなることは無く、俺の視界は一瞬のうちに暗転することになった。
◇
「なんだよこの無理ゲー」
その後10回のトライを繰り返した末に出した結論がこれだった。
ガンナー最速の動きで運が良くて避けられるキャノンボールボアの数は3体。その後はそれ以外が一挙に押し寄せてきて押しつぶされてHPを削りきられるという地獄を味わっていた。
動きそのものは見えないほど速いというわけでは無いのだが、いかんせん数が多すぎるためかわしたところに次のキャノンボールボアが居るなどは当たり前。当然、すぐに次の行動に移らなければと思うのだが体がうまくは動かない。
しかもそれが坂に足を踏み入れたら間髪入れずに襲いかかってくるのだから本当にタチが悪い。
「まあ最初はこうなるか」
ストリバは特に大きなリアクションをしない。まあ口ぶりからしてこのような結果になることは最初から分かっていたのだろう。何度か来たことがあるみたいだし。
「ここが『VRアクロバット特訓場』と呼ばれる理由が分かったか?」
「特訓場の方はな。けれどアクロバット要素が分からん」
「それも理屈そのものは簡単だ。ほんの僅かな奴らの隙を突くにはこれまでの動きでは無い、もっと複雑な動きが必要となる」
「複雑な動き?」
「まあ見ていろ」
そう言うとストリバは少しだけ俺から距離をとると突然大ジャンプ。更に空中で2回転して見事に着地した。
その体操選手のような動きに思わず拍手したが、運動神経良いアピールでは無いだろうなと思う。もしかしたらこの特訓において重要なことを伝えたいのかもしれない。
「とまあこのように体操の代表選手のような動きが私は出来るわけだが、当然これは運動神経に起因するモノでは無い。というかVR慣れしている人間ならシステムのアシスト無しに空中で武器を振り回すなど容易い」
「そんなこと――いや、あるな」
思い返せばS3以降のランクマッチならば相手が空中で銃を撃ってきたり、落ちながら戦おうとしてきたりとかなりバリエーションに富んだ動きをしてきていた。それに対して俺は基本的に地上での行動ばかりな上にカナのような流れる動きでは無く一つ一つの独立したモーションしかやっていない。
まるでVR普及以前の格闘ゲームのように。
「お前の動きは必要以上に型にはまりすぎている。VRMMOが自由のゲームである以上、もっと好き勝手やっても良い」
「けれどそんなこと言われてもそんなすぐには……いや、それを矯正するためのこのミニゲームってことか?」
「その通り。ここは型が決まった動きならクリアは不可能に近い。
しかしながら一見どこにも隙が無いように見えるキャノンボールボアの群れが作る僅かな隙間に潜り込むことが出来たならばコマンドカードという武器がなくともあの坂を登り切ることができるだろう。
なればこそその全てを捨て去って、その仮想の体を使いこなしたとき、プレイヤーはあの頂上へとたどり着ける.それこそ『アクロバット』とでも評されるような動きを会得したときにな」
相変わらず芝居がかったしゃべり方だったが 、意味は分かった。つまり俺はここで一回今までのアバター操作を捨て去って、1から作り直さねばならない。
本当の意味でこのゲームの正しい操作方法を身につけるためにも。
「よし、そうと決まれば早速特訓再開だ」
「その意気だ。ではそろそろ私は立ち去ることとしよう。約束があるのでな。それに私なんかよりもずっと立派な教師が到着したところだ」
ストリバはそう言うと山の一点を指さす。
そこには赤色の髪をしたドレスによく似た服を着た女アバター、すなわち《LIO》だ。
「いやあ、紆余曲折あったリアルでの用事が終わってさ、二人ともアリーナに居ないからどこ行ったんだろと思ってたんだけどマスターが教えてくれてさ。こうして馳せ参じたワケ」
俺達のすぐ傍まで駆け寄ってきた莉央の説明は口早だった。途中で噛まなかったのはプロとして色々な修羅場をくぐり抜けているからだろうか。
そんなことを無意識に考えてしまう辺り、最近周りの人間の些細なことでも過剰に評価する癖が付いてきている気がする。
「では私はこれで失礼しよう。決闘の日は私観戦させて貰う」
「ああ、いろいろありがとな」
短く言葉を交わすと、ストリバはゲートキーを使ってどこかへ行ってしまった。
ここからは莉央と二人きりとなる。
そして莉央は何故かめちゃくちゃウキウキしている。ドン引きしたくなるほどに。おそらく強敵に勝つための特訓というシチュエーションがこいつのロマンを求める心を激しく刺激しているのだ。
「さあてせっかくの特訓なワケだけど、ジープで追い回す?」
「バカ言うなよ、そんなの決闘前に俺が死ぬ」
冗談もほどほどに再び坂への挑戦を再開しようと軽くストレッチ。
そしてさて挑戦しようというところで少しだけ脳裏に浮かんだことがあった。
「なあ莉央、お前もここに挑戦したのか?」
「うん。サービス開始したての時にね。VR出身のプレイヤーに勝てないのが悔しいの何のって感じで」
「その時ってどれくらいでクリアできるようになったんだ?」
「うーんと3日かな?」
「3日かあ……それだとかなりギリギリになるな」
約束の日は次の日曜、つまり4日後だ。ギリギリ間に合いはしても、それだとクイーンについて研究する時間が最悪全く取れない。さすがに専用の対策無しに勝てる相手ではないことを考えると味が悪い。
「なあ、それってずっとここに挑戦してたのか?」
「それは無理無理。あの頃なんて初期の初期だったから便利アイテム集めに自分でクエスト受けてたりもしたし。これに集中なんてとても出来なかった。これに使える時間なんて一日に3時間も無かったし」
つまり莉央は約9時間程度で攻略したということだろう。そう考えるとまだ簡単に思えてくる。しかしながらこの蘭道莉央は類い稀なるゲームセンスの持ち主だ。幸か不幸か復帰してからはその実力を拝む機会は無いが、俺が現役だったときとは比べものにならないだろう。なので莉央の倍は時間を要するであろうことは想像に難くない。
しかし俺には時間がある。元より装備なんかは揃っているし、今は夏休み。昼間だろうと真夜中だろうと《ABVR》はプレイが出来る。
このアドバンテージを考えた上で俺がノルマにすべき期限は――
「明日いっぱいだな」
「お?」
「明日フルに使ってこの無理ゲーを攻略する。じゃなかったらプロには泥の一つもつけられねえ」
目標は定まった。あとは攻略するだけだ!
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