第15話 意外な再会と次のステージ

《2025年8月21日 19:46 レストラントライビート》


「なるほど。つまりお前は《LIO》とのコンビ結成出来るか否かを巡って《クイーン》と戦う訳になったということか」

「まあそういうことだ」


 あの後場所をトライビートへと移した俺とストリバは2人で夜のティータイムとしゃれ込んでいた。

 ちなみにだが最近ストリバの影響でコーヒー派だった俺は紅茶派へと鞍替えしつつある。それだけコイツが勧めてくる紅茶は美味い。


「しかしプロが相手だ。勝算はあるのか?」

「んーそれが何とも言えないんだよな」


 俺はそんな煮え切らない返事を返すしか無い。というのも今回の決闘に挑むに当たって《クイーン》のことを調べていたのだが、ハッキリ言ってあのカナ以上の実力を持っているのは間違いなさそうだった。


 更に言えば今度ばかりは戦術云々でカバーしきれ無い可能性がある。


 具体的に言うと、タイプが同じなのだ。俺と同じスピードを武器にした超速攻戦術。ただ違う点ももちろん存在する。俺がガンブレードという武器を主軸にして戦っているのに際し、クイーンというプレイヤーは武器を持たない。

 《ABVR》において《拳闘士》と呼ばれるクラスの使い手である。


「何が厄介かって素早さに関してだけ言えばこっちが負けるんだよな。拳闘士のSPD補正1.7倍だし。その分HPは少なめだから良いけどさ」

「だが奴のHPを削りきるのは骨が折れるぞ。奴がエクシードマウンテンで何と呼ばれているか知っているか?」

「いや、そこまでは調べがついてない」

「『電光石火の女王』。視界から消えてしまうほどのその俊敏さからついたあだ名だ」


 それは大げさなあだ名だと思ったが、今の俺には馬鹿にする権利は無い。なんせ消える一撃をカナのヤツについ先日喰らっているのだ。

 この《ABVR》というゲームならもしかすればそれくらいのことはできるのではと思ってしまう。


「もっとも消えるほどの速さを見せるのは何試合かに一度だ。おそらくは彼女のコンディションに関係があるのだと思うが……それ抜きにしても私は今のお前に《クイーン》の動きを対処するのは難しいと思っている」

「その理由は?」

「お前はまだまだVRの体を使いこなしていない」


 断言するような厳しい言い様だったが俺はそれを否定しない。理由は一つ、それが紛れもない真実だからだ。


「やっぱりそう見えるか?」

「うむ。カード使用の技術や瞬発力が優れていることは戦った私から見ても明らかだ。だがお前のその体はお前の思考力を縛る鎖にしかなっていないのでは無いか?」


 ストリバの言うことはもっともだ。俺はこれまで移動するか斬るか撃つかの行動しか出来て居らず、更にそれも一度に単一の行動しか出来ていない。それはまるでシステムに全ての動きを決められた一昔前の非VRゲームのように。


「そもそも自由に動き回れるプレイヤーって発想が俺には無いんだよな。どうしても昔やってた《AB4 DX》を思い出しちまうから」

「そういえば旧作からのプレイヤーだったな。しかしお前のような手合いは少なく無い。『これはABなのだからあのキャラクターのように動けば強い』と考えていた者はβテスト期には多く居たものだ」

「じゃあ今は?」

「皆考えを改めた。なんせその頃のアリーナではAB上級者が初プレイの者達に食い殺される下克上が相次いだからな。旧作をプレイしているというアドバンテージは無いに等しかった」


 俺は思わず手に持ったティーカップを落としそうになった。

 ABは戦闘の際に使うコマンドカードの存在がある以上、デッキの構築にも気を配らなければいけない。

 それにステータスに関しても『攻撃力にこれくらい振っておけばあのクラスは倒せる』とか、『防御にこれくらい振ることであの攻撃は耐えられる』などの知識が必要になる。でなければいくらプレイヤースキルが高くても的外れなステータス配分だったために勝てなかっただとか、それこそ倒せると思っていた攻撃でダメージが思ったよりも入らなかったために隙を晒したという事態が発生する。


 そのため他の格ゲーや対戦ゲームでブイブイ言わせてた奴らがABをプレイすると全く勝てないという事案は良くあった。反対にRPGばかりやって育っていた人間がプレイすると良いところまでいけたものだ。


「なんでそんなことに……」

「完全没入型VRMMOというのは、旧作プレイヤーが思っていた以上の可能性を秘めていて、そのことを知っていた他のVRMMOゲームのプレイヤー達はそのポテンシャルを余すこと無く引き出したのだ。それは知識量というABシリーズ絶対の武器から刃をそぎ落とすほどに強力、単純なアクションゲームとしてのプレイヤースキルがモノを言うことになった。故に経験者達は敗北を重ねたのだ」


 業界に明るくない人は良く勘違いするのだがあくまで《ABVR》はとしては初の完全没入型VRゲーム。それ以前にもVR技術の試験目的でゲームセンターにはいくつか完全没入型VRMMOゲームは存在していたのだ。そんなゲームをプレイしていた連中が家庭で気軽に出来る《ABVR》に流れてくるのは想像に難くない。


 そして何より《AB》を極めた奴らが他のゲームをプレイするのは昔からあくまで暇つぶしの域を越えないのでゲームセンターのゲームに本腰を入れることは無かった、ということだろう。


「一部の態度が悪いプレイヤーはそんなゲーセン上がりの人々を『VRインベーダー』と呼んだ。人をインベーダー扱いとは全く不快なことこの上無いが、同時に事実としてあの頃のアリーナは侵略戦争の体を成していた。だが現在では旧作プレイヤー達がVRに順応したことでそのようなことも無くなり、再びABは戦略のゲームとしての姿を取り戻した」

「けれども俺はそのVRに順応していないから格上には勝てないってことか」

「残念ながらそうなってしまう」


 厳しい言葉だったが飲み込むのにそう時間は要らなかった。何せ俺としては胸に溜まっていたモヤモヤが吹き飛んだような気分がしたのだ。これまで見えてこなかった勝てない理由が見つかったような気がしたから。


 けれどそれが分かっても改善策が見つからなければ状況は好転しない。俺は再び頭を捻らなければならない。


「問題はどうやって完全にVRに慣れるかなんだよなあ……」

「そのことだがこれまではクエストにも参加していたのだろう? ならもう少し自由に動けても良いと思うのだが」

「そこまで本腰入れてなかったからポーションと強コマンドのごり押しでやってたんだよ。それこそ必死に動き回らなくても勝てるようなモンスターとしか戦って来なかったし」


 更に言えばプレイ時間は1日1時間。何年前の小学生だよと自分で突っ込みたくなるプレイスタイルだった。


 当然ストリバの言うように攻略勢の中にもプレイヤースキルが異常に高い連中も居る。特にトップギルドのマスターは皆化け物めいており、ボスを相手にノーダメージとかを余裕でやってくる。


 しかもソロプレイヤーの中にも《フリーランサー》と呼ばれる1人でギルドを相手にできると噂される冗談みたいな実力者もいる。まあ攻略勢と対人勢では求められる頭の作りが違うので一概には比べられないのだが、それでも動きだけなら、スーパープレイと呼ばれるプレイを連発する奴は結構いる。


 俺がそこまでヤバい奴にはなれなかったというだけだ。


「とはいえこれからはそうも言ってられないわけだ。さっさとVR慣れしとかないと最悪向こうからタコ殴りにされてゲームエンドだ」

「とはいえそんな短期的に身につけるのは至難の業だ。アリーナに潜っているだけではダメのは確かだが……」


 俺とストリバは揃って頭を悩ませることになった。

 そんな時だ、エプロンを着けた店員さんの一人が紅茶のおかわりを持ってきてくれた。ちなみに飲み放題なので押しつけがましいとかそういうことは無い。


「何かお悩みのようだね」

「ああ、マスターか。実は彼の特訓内容について二人で頭を悩ませて――」


 俺はその時、ストリバの言葉を遮って立ち上がってしまっていた。理由は紅茶を持ってきてくれた店員にあった。


 その店員はこの店で、いや、このゲームで会うのは初めてだったけれど、俺にとって忘れられない瞬間に出会っていた人物。だからこそ俺はここにその人が居ることは信じられなかったが反射的に叫んでしまっていた。


「カオルさん!?」

「やあ久しぶりだねマ――いや、ミツル君でいいんだっけ」


 そこに居たのは7年前、俺と莉央が優勝した全国大会の決勝戦の相手である大学生コンビの内の一人、カオルさんだった。7年ぶりの再開なうえ、アバターなので見た目は当然違うのだが、その纏う雰囲気なんかは全く変わっていない。


「どうしてカオルさんがここに……というかABVRやってたんですね」

「マスターはβ版の頃からこのゲームをプレイしている猛者だ。自信のランクこそ低いがエクシードマウンテンの発展と開発に尽力してくれたという功績も持っているまさにこの山の宝と言うべきだろう」

「そこまでたいそうなことはやってないよ」


 謙遜するカオルさんだがストリバは目をキラキラと輝かせている。本気で尊敬している証拠だろう。まあでもあの頃は神とも呼ばれていたプレイヤーだ。そのくらいの功績くらいあってもおかしく無い。


「それにしてもマスターとミツルが知り合いだったとは驚いた。《LIO》の件にしてもそうだが貴様の交友関係はどうなっているのだ?」

「いやあそれは……リアルで会う機会があったというかだな」


 俺はこのときかなり焦っていた。というのもここでカオルさんが口を滑らせようものなら俺のこれまでの努力は水の泡と消える。いつかはバレるにしろクイーンとの決闘に向けた調整が終わるまでは波風を立てたくない。


「まあそんなところ。それよりもほら、特訓がどうって言ってたけど」

「ああそうだ。実はこの男が大きな壁にぶつかっていて前に進めなくなっているのだ。ここでマスターの知恵を貸していただければありがたいのですが……」


 流石と言うべきかカオルさんは俺に話を合わせるだけで無く自然な形で話題を変えてくれた。しかも俺の特訓法についても考えてくれるらしい。その偉大さは流石社会人と言わざるを得ない。


「さっきの話ならミツル君はVRに慣れていないんだよね?」

「あ。ハイ。お恥ずかしながら」

「それならうってつけの場所がある。旧作プレイヤーの殆どがVRに慣れるために足繁く通った場所がね」

「その場所とは……そうかあそこがあったか!」


 カオルさんの言葉にストリバが芝居がかった様子で呼応する。

 一方何のことやら分からない俺は黙って次の言葉を待つしか無い。

 そしてその一言は放たれた。


「フダリオ山。初期の頃は『VRアクロバット特訓場』なんて呼ばれた場所だ」

「………………………………は?」


 とうとう俺は意味が分からなくなって礼儀もかなぐり捨てた疑問の声を漏らしていた。

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