第2章 そして時は動き出す
第8話 最強コンビの清々しい朝
《2025年8月14日 9:36 大阪 充の家》
新しい朝が来た。
ゲームのやり過ぎで頭がガンガンする俺にも朝日というものは等しく光を与えてくれるものらしく、カーテンの隙間からは優しい光が差し込んでいた。
「今何時だよ……」
投げ捨てるように置かれていたゲーミングゴーグルを引き出しに仕舞いながら壁に掛けられている時計に目をやった。時刻は既に9時半を回っている。
夏休みでもいつもは7時くらいに起きるのだが、昨日は流石に夜遅かったのでこの時間まで寝てしまった。いつもはゲームをやっていたとしても11時半には切り上げて、12時には夢の中だ。
それを昨日は3時までやっていた。しかもずっとランクマッチでガンブレードを振り回していたものだから、その感覚が手に残っているような気がして怖い。
しかし真に恐ろしいのは莉央はこんなのいつものことじゃんと平気な顔して起きていたことだ。しかも俺が寝落ちする寸前も「今頑張ればS1まで走り抜けられる! 行くしか無い!」などと訳の分からないことを言っていたので奴はもう人間では無い。
そんなただの暴言に近い感想を思い描いた直後、俺の頭の中に激震が走った。
「ああ、そういえば今日は莉央が泊まりに来てるんだ……」
そう、今日は隣の部屋で莉央が寝ているのだ。
まあ幼なじみでオタク同士なので男女のアレ的なことはショックなくらいに何も無かった。二人とも何も考えずにぐっすり眠っていたのだから互いに順応しすぎだ。
しかしながらいくら互いに手慣れているからと行って、我が家に遠くから泊まりに来ている者を無下には扱えない。とりあえず朝飯の一つや二つ作ってやるべきだろう。あいにく牛乳とドライフルーツをしこたま突っ込んだコーンフレークと卵を割って焼いただけの目玉焼きしか作れないが。
「あ、今日の朝のニュースも見れてないじゃん。わざわざ録画もしてないしなあ……ん?」
隣の部屋と俺の部屋を隔てていた襖を開けた。しかしその部屋のソファーに寝ていた筈の莉央がそこには居ない。
トイレか朝の散歩に出かけたのかと思ったが、違う。この家で一度も嗅いだことの無い心安らぐ良い匂いが台所から漂ってきていた。
「おはようミッチー。今朝ご飯できるから少しだけ待ってて。あとそれと勝手に冷蔵庫開けて御免ね。食材使わせて貰ってる」
そう言いながら台所に立っていたのは他でもない蘭道莉央その人だ。しかもエプロンなぞつけて慣れた様子で味噌汁を作っているところから察するに、このプロゲーマー料理ができるらしい。
しかもその手際はかなり良い。莉央に家庭的なイメージなど無かったが、この7年で予想外の技能を手に入れていたようだ。
「はい完成。一緒に食べよっか」
そしてテーブルの上に並べられた料理を前にして俺はゴクリと喉を鳴らす。
献立はご飯、卵焼き、焼き鮭、わかめと豆腐の味噌汁、そして小皿に入れられた東京土産の佃煮に、デザートとしてヨーグルトにフルーツの盛り合わせとかなり色とりどりなラインナップになっている。
「本当は筑前煮があれば完璧なんだけど流石に材料も時間も無かったし。野菜分はフルーツで取っといて」
「あ、はい」
あまりの女子力を前に言葉が出なかった。これが仮想現実では口を開けば「バトルしようぜ!」な戦闘狂と同一人物であっていい筈が無い。
「とりあえず食べてもいい?」
「どうぞどうぞ。まあ食材はただで使わせて貰ったしホテル代わりにしてるからこれくらいのことはしないとね」
ものすごくさらっと食費をちょろまかされた。まあ金払えと言うつもりも無かったが家に上がらせて貰ってる側が先に言うのはちょっとした問題行動な気がしなくも無い。
何はともあれ温かい朝食だ。遠慮無く食べるとしよう。
「いただきます」
「はいどうぞ」
俺の向かい側に座った莉央は先に自分で作った料理に手をつけていた。
俺も別に食べない理由は無いのでありがたくいただくことにして手に取ったマイ箸で試しに卵焼きを口に運んでみた。
「うわっ、何これ普通に美味いんだけど……」
「そりゃどうも」
「いや本当に美味いわ。金取れるんじゃね?」
「それは言い過ぎ」
莉央は謙遜してそう言うが、食べた俺としては材料費に対して明らかにお釣りが来る程の価値はあると感じていた。
加えて言うならば寝起きで頭がガンガンする中で食べてこのうまさだ。普通に食べたら相当美味いに違いない。
「しかし料理とかいつ覚えたんだお前」
「プロになる少し前くらいかな。何だかんだでこの仕事も自分の健康に気を遣わなきゃいけないし。それに今一人暮らしだから自炊の必要性はあったしね」
「あれ、お前実家じゃ無かったのか?」
「いろいろあってね」
意外な新事実だったがこれ以上突っ込むのも野暮だと思い、引き下がることにした。
ちなみに俺も一人暮らしだったが両親と妹は今海外に居る。1年前に父親が海外に転勤になり、俺以外の家族はそれに着いていったのだが、俺は高校を転校するのを嫌い一人日本に残ることとなった。わがままも聞いて貰って仕送りもして貰っているので本当に良い親だと思う。
「それはそうと今日はどうする? 私行きたいところあるんだけど行って良い?」
「またエクシードマウンテンか? それ以外でも対戦系の場所は勘弁だからな」
「いや、ゲームじゃ無くてリアルの話」
俺は危うく箸を落とすところだった。
どうやら昨日1日ですっかり俺の頭はゲーム脳になっていたらしい。しかも自分から墓穴を掘り抜いた辺り業の深さは異常だ。
「あーまあそうだよなー! せっかく大阪来たんだしなー!」
「あらやだミッチー。完全にやらかしましたな」
「反論の余地もありゃしねえ」
クスクスと笑う莉央、顔を真っ赤にして俯く俺。地獄がそこには存在していた。
男の赤面とか誰が得するのか。強いて言うなら面白そうにしている莉央しか得していない。俺はこの地獄から抜け出すため強引にでも話題を変えることにした。
「それで行きたい所ってどこだよ? 梅田? ユニバ? 大阪城? それとも遠出して京都とか?」
「うーんっとね。あれ、名前何だっけ?」
うーんとひねり出すようにして頭を抱える莉央。俺はありったけの観光地を言ったつもりだったがこのどれでも無いらしい。ちなみにユニバは最寄り駅は分かるが行ったことが片手の指の数どころか腕の本数しかないのでアトラクションの案内とか出来ないので丁度良かった。関西人の誰もが年間パスを持っていると思うな。
そうこうしている間に俺は味噌汁に手をつける。普段味噌など肉やら魚やらキュウリに塗りつけるものでしか無い俺からすれば文明の利器のように感じてしまう。しかもインスタントとは比べものにならないくらい美味いし。
こうして味噌汁を味わっていると莉央が何かを思い出したようにパンと手を叩いた。そしてその場所の名を告げる。
「日本橋だ! あそこのABストア行きたい!」
彼女が口にしたのは関西におけるポスト秋葉原と言い換えても過言では無い街の名前だった。
第2章 ライバル出現、そして来る牧原充覚悟と決意の時
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