第7話 それでもまだゲームはオープニングを迎えていない

 謎の少女(クイーン)とすれ違ったあと、程なくして階段を降りきるとそこには黒く塗られた木製の扉が存在した。見た目はごくありふれた普通の扉。しかし実際にはシステム上の制限がかかっていて、会員以外はドアノブを回すことも出来ないらしい。


「では入るぞ。ここが第1アリーナから76アリーナ、全ての猛者が集う唯一の場所、トライビートだ」


 会員であるストリバが木製の扉を勢いよく開ける。中に広がっていたのは、落ち着いた雰囲気でまさに隠れ家的な内装の店だった。

 てっきりアリーナのように異様な空間だと思っていたのである意味拍子抜けだった。けれどこちらの方が印象は良い。


「これは確かに、バトルで熱くなったあとのクールダウンにはうってつけだな」

「そうだろう。早速だが空いてる席に座って先程の戦いの検討を――」

「あれ? ミッチーとストリバだ。丁度良いところに」


 目の前にいくつかあるテーブル席の一つ。そこには莉央が座っていた。俺達が来るよりも前に来ていたようでテーブルには食べかけのケーキとコーヒーカップが置かれている。どうして居るのか訪ねてみたらどうやら俺の知らない知り合いとここで話をしていたらしい。

 ただ、その知り合いはさっさと帰ってしまったようだが。


 それにしたってどこかへ行くのならゲーム内にしろ、リアルにしろ一言欲しかった。まあこちらも報告せずにここに来たので口には出さなかったが。


 そんなことは一切気にしない莉央があっけらかんと俺達に向かって空いているからと手招きをしてきたので遠慮無く座ることに。


「しっかしせっかくミッチーが来たのに残念だなあ。今日店長居ないんだもん。会わせたかったのに」

「別にそんなの向こうにとっても迷惑だろ」

「いやむしろ店長は喜ぶと思うけどなあ。私の時も喜んでくれたし」

「よく分からないけど俺の知り合いか?」

「うーん、答えて良いけどもう会ったときのお楽しみにしてしまおう。その方が愉快だし」


 そうは言われても気になって仕方が無い。

 ストリバはとくに興味は無いのかそれとも元から知っているのかこちらの会話に入ってこない。慣れた様子で店員を呼びつけて紅茶を注文していた。

 コイツもコイツでマイペースである。


「それで二人は今から感想戦?」

「まあそんなところらしい」


 実はこの場所に来るまでに感想戦とは何かをある程度聞いていた。そうはいっても将棋の感想戦とは意味がほとんど一緒で、直前に行った対戦を対戦者同士で分析するというものだ。当然、アクション要素もある《AB》の対人戦では盤面の再現は出来ないのでそこは動画を見ながら、「ここはこうするべきだった」「もしそうなら俺はこうしていた」というのを話し合うそうだ。


 それから大事なことがもう一つ。実は《AB》では対戦を行った相手のデッキやステータス振りが分かるようになっている。なのでそちらに関しても検討する場なのだ。


「早速だが君のステータスは見せてもらった。そして思ったのだが、どうしてここまで極端なんだ?」


 そう言って見せてきたのはステータスを投影させることが出来るアイテムステータスボードだ。そこに俺のステータスが羅列されている。


《ミツル》

クラス:ガンナー(補正値 ATC1.5倍 SPD1.5倍 DEF0.5倍 MDF0.5倍)

HP(体力):1500

ATC(攻撃力):571(+256)

DEF(防御力):394(+88)

MAT(魔法攻撃力):297

MDF(魔法防御力):394

SPD(素早さ):544(+256)


 《AB》のステータスはこのようにして表示される。ちなみに括弧の前の数字は自分の装備のステータスの合計値。括弧内はプレイヤーが割り振った数値だ。そこにクラスごとの補正を当てはめたものが実際のステータスとなる。

 例えば俺の攻撃力だと装備合計値の571に、割り振れる数値を一つのステータスに対する最大値の256を足して、そこからガンナー補正の1.5倍をかけた1240が実際の攻撃力となる。小数点以下は切り捨て。


「これはまあいっそ清々しい振り方をしているな。攻撃と素早さに最大値とは」

「まあこれが一番しっくりくるからな。最速最強で速攻しかけるのが楽しいし、俺は一番強いと思ってる」

「まあ私もそれに負けたわけだから一つの真理なのだろう。しかしどうして残りをDEFに振っているのだ? 耐久を上げるならHPで構わないのでは?」

「いやこの防御力は相手の攻撃を弾くのに必要なんだよ。防御に下方が入るガンナーだと俺の装備じゃ無振りはDEF200切るから相手の攻撃ほとんど防げないし」


 このゲームの場合、いくらジャストガードでもあまりにこちらの耐久が低ければダメージ関係無しに吹き飛ばされることがある。

 そうなればせっかくダメージを抑えたにも関わらず、大きな隙を晒して1発でやられてしまうという事態になりかねない。


「しかしそれでは本末転倒では無いか? ガンナーで無くともソルジャーや剣士でもガンブレードは使えるのだからそちらの方が……いや、圧倒的なスピードを得るためにガンナーを選択したのか。忍者などと違って火力が上昇するからカウンターも綺麗に決まる」

「その通り。それにガンナー補正で射撃の精度上がるしな。ていうかよくそこまで話だけで辿り着いたな」

「まあストリバは観戦記者もやってるから。環境外の知識も自然とあるのよ」


 横から口を出してきたのは莉央だ。彼女は彼女で一人でケーキを美味そうに食っている。まあコイツはガンブレードに関しての理解度は間違い無く日本一だ。何故ならばこの7年間ずっとガンブレードと共に数々の大会を渡り歩いてきたのだから。


「そういえば最初から気になってたんだが観戦記者ってのは?」

「よくぞ聞いた! とはいっても書いて字のごとくアリーナでの試合を記事にしてブログに上げているだけなんだがな。しかしこれはこれでやりがいのある仕事だ」

「それって言っちゃ悪いが需要はあるか? 今なら全部の試合が動画で見られるのに」

「全てが見られるというのは反対に見たくないものまで均一に目に映ってしまうということだ。もちろん全てのバトルが心躍るモノに違いないが、どうしても差というモノは生じてしまう。その中でも最も楽しめるモノを厳選して、自分の言葉で文字に起こして伝えるのが我らの仕事だ。

 それに動画には出てこない解説や環境考察、プレイヤーの戦術検討なんかを入れると読者は食いついてくれる。いわば読者と筆者の終わりなき戦いのようで非常に愉快だぞ? 広告収入もあるにはあるしな」


 笑みをこぼしながらの言葉だった。

 それだけ観戦記者としての仕事が楽しいということなのだろう。でなければこんなにのめり込みはしないはずだ。


「野暮だったな」

「構わないさ。そういうことも含めて初心者に全てを伝授するのは我々先を行く者の役目だ」

「どこまでも気持ちのいい男だな」

「だがそんな男にも不満はある」


 その瞬間、ストリバの目の色が変わった気がした。まるで野獣のような眼光。しかもその瞳の中には宣言通り未練たらたらな鈍い輝きが映る。

 本当に態度が安定しないな!

 しかも俺にとって不穏な匂いしかしないのが状況の無茶苦茶さ加減を物語っている。


「この私に勝った男がB3止まりとは納得がいかん! この感想戦で今の環境の全てを叩き込んでやるから今すぐS3までは上り詰めろ!」


 理屈が飛躍しすぎている! そもそも戦闘狂から逃げるために感想戦OKしたのにこれでは本末転倒だ。


「え、いや待ってそれはおかしい。もうすぐ夜の11時だし……」

「あ、いいねそれ。私も協力する!」

「LIOまで何言ってんだよ!!」


 結果、俺達はこのトライビートで互いの手の内全てを晒す勢いでさっきの対戦について話し合ったあと、二人の戦闘狂に連れられて第1アリーナに凱旋。そして並み居る戦闘狂を相手に深夜3時までランクマッチを戦い続ける羽目になり、無事にS3ランクに上がることとなった。

 その後俺は現実に戻って死に体で莉央と自分の布団を敷いた後、ぶっ倒れるように眠りにつきましたとさ。


 あとこれは完全に余談なのだが、ストリバ一押しの紅茶は仮想現実の中とは言え、今まで飲んだ紅茶の中で一番おいしかった。



 ミツルが眠気に負け、地獄のランクマッチラッシュを寝落ちという形で幕を下ろしたその頃。もうすっかり熱も冷め、観客が居なくなった観客席で、金髪の少女クイーンはミツルが戦い続けていたフィールドを見下ろしていた。

 彼女はミツルとすれ違った後も何だか帰る気にはなれずに第1アリーナの観客席に遊びに来ていた。そして暇を持て余していたところにミツルが登場。それからずっと彼の戦いを見守っていた。


「カードを使うタイミングと、どんなに不利な状況も強引に覆す作戦立案能力。それに細い線を通すような作戦を迷わず実行できる確かな胆力がある。はっきり言ってS3ランクなら充分すぎる実力の持ち主ね」


 クイーンは僅かにミツルの評価を上方修正していた。けれど手放しで褒めることはしない。それでもまだ彼女の思う強者の水準には届いていない。


「なまじ7年前の遺産が大きなものであるせいで自分の殻を破る必要が無いのがネックね……強力なライバルでもいれば話は変わるんでしょうけど」


 そう結論付けて少女はアイテムストレージから棒つきキャンディを取り出す。真夜中の甘いものは体に良くないとは言え、ここは仮想現実。多少の罪悪感はあれど体に直接の影響はない。


「ってあれ? 私何だかんだで彼のこと気にしすぎじゃない? こんな夜遅くまで起きてるし、試合はずっと見てるし、今後について考えたりしてるし……いや、これは自分のためよ。いずれ独立して自分のチームを作る身として有望な新人を発掘するごっこをしているのだわ」


 誰もいない観客席で一人しどろもどろしつつ、自分でもよく分からない言い訳をするプロプレイヤー。誰かに見られていれば噴飯ものの赤っ恥だが幸い彼女一人だ。何の問題もない。


――だがその時一人、クイーンの三段ほど後ろの席で一人、椅子から立ち上がる影があった。


「――!?」


その影の存在にクイーンは思わず振り替える。恥ずかしいところを見られたからではない。その存在を今初めて認識したことに底知れない恐怖を抱いたからだ。

 顔も体つきも深くかぶった黒いローブによって見ることができない。プレイヤーネームも何らかの隠匿系アイテムを使っているのか見ることができない。そんな怪しさが尋常ではないプレイヤーだがクイーンは特に問い詰めたりしない。


 人のプライバシーに踏み込めばクイーンの方がマナー違反になって罰則を受けるというのもある。だがそれ以上に、現時点ではそこまでの興味は持っていなかった。その決定的な一言を聞くまでは。


「《MAX》、あなたの底は全て見えた。勝って最強を証明するのは私の方だ」

「ちょっと待ち――」


 クイーンが声をかけるより先にローブの人物はログアウトしてしまった。これでもう後を追うことはできない。ただ確かにソレから放たれた言葉はログにもクイーンの耳にも残っている。


 そしてクイーンは笑った。誰もいないアリーナで、全体に響き渡るような大きな声で。そして満足の行くまで笑ったあとで。


「これから進む道に因縁も充分。《LIO》のやつ、本当に面白い拾い物をしたわね

 ――良いわ、私も乗ってあげる。かつての最年少最強コンビの復活劇。その舞台にね」


 クイーンもまたログアウトする。



 役者は当事者も気付かない間に次々と揃っていく。ただ、主役だけがまだ舞台裏からは出られていない。だがそれも今だけの話。


 一度回り始めた歯車は、全てを巻き込んで更に速く、更に力強くなりながら回り続けるのだから。


第一章 END

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