食品サンプル小物が別の意味で受けていました

 いよいよ物作りのお祭りが始まった。通称職人コンビのミルレインとロイリスは朝早くから出店の準備で出かけていき、仲間達も支度が出来た面々から楽しそうに出かけていった。悠利は家事を一区切りさせてから出かけるつもりなので、皆より遅れてのスタートだった。

 悠利達は物作りのお祭りと言っているが、正式名称は「職人祭」である。ただ、あまりにも端的すぎるネーミングから、何をやっているのかよりわかりやすい「物作りのお祭り」という名称で親しまれているのだという。確かに、そっちの方が親しみやすい。


「ユーリ、準備は出来ましたか?」

「うん。お待たせ、イレイス」

「それでは、行きましょうか。楽しみですわね」

「楽しみだね」


 身支度を調えた悠利が玄関へ向かうと、一緒にお祭りを回る約束をしていたイレイシアがそこに立っていた。待たせてごめんねと謝る悠利に気にしないでくださいと微笑むイレイシア。今日も美少女の笑顔はプライスレスである。

 特にこれといって目当てがあるわけではない悠利とイレイシアは、二人で楽しくお祭りを見て回る約束をしていたのだ。なお、非力な悠利と非力なイレイシアの二人である。常に悠利の傍らで護衛を自認している従魔のルークスは、自分がこの二人を守らねばみたいな空気を醸し出していた。

 しかし、そんな風にキリッとしていても、ルークスの見た目は愛らしい小型のスライムである。張り切ってるねーみたいな感じで、どこまでも微笑ましく見られるのであった。


「イレイスはどこか見たいところか、気になるところかある?」

「いえ、そもそもどういった方々が商品を出していらっしゃるかも知らないので、端から端まで見て回ろうかと思っていたんです」

「なるほど。僕もね、お祭り自体は初めてだから、端から全部回ろうとは思ってるんだ。ただ。何人か知り合いもいるし、そこには顔を出したいかなって思ってるんだけど」

「ご一緒しますわ」

「うん、ありがとう」


 そんな風に和やかに雑談をしながら、二人はお祭り会場を見て回る。

 プロからアマチュアまで、様々な人々が出品しているとだけあって、並んでいる品々は多種多様だった。また、その出来に関してもピンキリだ。しかし、商品がピンキリということは値段もピンキリということだ。つまり、子供のお小遣いでも買えそうなものから、ちょっと真剣に予算を検討しなければならないな、というような品々まである。

 また、物作りのお祭りというだけあって、ジャンルの幅が本当に広い。食器を売っている場所があると思えば、別の場所では髪飾りや衣料品を売っている。基本的には出来上がった品を並べているのだが、衣料品などに関してはその場で手直しやオーダーメイドの依頼を受け付けているものもあるらしい。

 色々あるなぁと思いながら、悠利とイレイシアはゆっくりと会場を見て回った。見慣れた王都の街並みが、全く違う場所に来たかのようで面白いのだ。

 そうやって会場を巡っていると、何やら人々が口々に騒いでいる場所に出た。何のお店だろう、誰が出品しているのだろうと思って覗いた悠利は、思わず「あ……」と小さく声をあげた。

 何せそこにいたのは、顔見知りの青年だったのだ。

 

「こんにちは、サルヴィさん。大盛況ですね」

「おー、来たかー。うん、何か知らんが大盛況だ」

「えーっと、営業というか、売り込みというか、説明というかは、しなくてよろしいので……?」

「向いてないからなー。面倒くさい。とりあえず品物を並べておいたら勝手にあーだこうだ言ってくれてるから、ほっとこうかと思って」

「そこでほっといちゃダメだと思うんですよ、僕」

 

 心の底からツッコミを入れた悠利に、サルヴィの方は別にいいんじゃないかと言わんばかりの顔である。このお兄さん、全くもって営業する気がない。本当になんというか、作る方にしか振り切らない人である。

 サルヴィが商品として並べているのは、悠利も見たことのあるカップケーキのペン立てとベーコンの定規だ。ちなみにベーコンは、新たに生のベーコンも存在しているので、焼く前のベーコン、焼いた後のベーコンの二種類が並んでいる。

 それ以外にもついでとばかりに並べられているのが、サルヴィが今まで作ってきた食べ物の模型達だ。大衆食堂木漏れ日亭で食品サンプルとして使われ散るものや、大食堂食の楽園でパティシエのルシアの下で販売している以外のもの、まあ早い話がサルヴィが趣味で作った品々が適当に並べられている。

 ここ、とても重要である。並べ方がものすごく雑然としていた。店主のやる気がちっとも感じられないのである。

 せめて種類ごとに揃えればいいものを、持ってきたのを適当に並べてみたと言わんばかりのディスプレイだ。ものすごく雑然としている。他の出品者たちは皆、品物を分かってもらいやすいように並べたり、解説を添えたりを一生懸命やっているのだが、サルヴィは並べるだけだ。おまけに、並べたら後は知らんと言わんばかりに座ってぽけーっとしているのだ。

 品物を見てああだこうだと騒いでいる人たちも、サルヴィ本人に話を振っても意味がないと思っているのか、商品を手に取って自分たちだけで盛り上がっている。もしかしたら、最初こそ作者であるサルヴィに色々聞いていたのかもしれないが、反応があまりになかったので諦めた可能性がある。

 あまりにも通常運転すぎるサルヴィにがっくりと肩を落とす悠利に、イレイシアが伺うように声をかけた。


「ユーリ、こちらの方はお知り合いですの?」


 そこで悠利は、イレイシアとサルヴィの間に面識がないことを思い出した。慌ててイレイシアに向き直って、サルヴィを紹介する。


「うん、そうだよイレイス。この人はサルヴィさんって言って、アクセサリー職人のブライトさんの幼なじみの職人さんだよ」

「ブライトさんは知っていますわ。素敵なアクセサリーを作る方で、レオーネさんのご友人ですわよね?」

「うん、そのブライトさんだね。で、こちらのサルヴィさんは樹脂加工職人さんです」

「樹脂加工?」

 

 はて?と言いたげなイレイシアに、悠利は簡単にサルヴィの実家のお仕事について説明した。樹木系の魔物から取れる特殊な樹脂を加工して、食器などの日用品を作っているという説明だ。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にもいくつか樹脂加工の食器はある。軽くて壊れにくいので持ち運びに適してるので、旅のお供として大人気だ。また、壊れにくいということで子供用の食器としても重宝されているらしい。

 そこまでを説明した後に悠利は、テーブルの上にサルヴィが雑然と並べている食品サンプルの一つを手に取った。それは、とてもとても美味しそうな煮卵であった。

 半分に切った煮卵を重ねて並べたようにしてくっつけてある。断面が美しく、白身と黄身のコントラストが抜群だ。また、とろりとした半熟の黄身が、何とも言えず食欲をそそる再現度だった。


「サルヴィさんの本業は樹脂を加工して食器とか日用品とかを作るお仕事だったんだけど、今はこんな感じで食品サンプルを作ってるんだよ」

「食品サンプル……。まるで本物の食べ物のようですわね」

「そう、本物みたいな模型を作るお仕事だね」

「そういったお仕事がありますの?」


 不思議そうなイレイシアの言葉に、悠利はすっと視線をそらした。そらさずにはいられない理由があったのである。

 実は順番が逆なのだ。食品サンプルを作るという仕事があったのではなく、趣味で自分が食べた美味しいものを日記に書くが如く模型として制作していたサルヴィがいたのである。そして、彼の道楽を何とか仕事に活かせないか、という風に頭をひねった結果の食品サンプル職人である。

 しかし、そのあたりの流れはイレイシアにわざわざ説明するのもアレなので、ユーリは結論だけを告げるようにした。


「今のところサルヴィさんは、《木漏れ日亭》のダレイオスさんが作った料理を模型にしてメニューの代わりに展示してもらってたり、《食の楽園》のルシアさんが作ったスイーツの模型を実物より小さな大きさで作って、それをお土産物として店頭販売してもらってるよ」

「色々な職業がありますのね」

「そうだね」


 素直に感心しているイレイシアに水をさすのもあれなので、悠利は無難にうなずくことにしておいた。世の中には知らなくてよいこともあるのだ。

 続いて、サルヴィにイレイシアを紹介する。こちらはあくまでも簡潔に告げるだけで終わる。


「サルヴィさん、彼女は僕と同じ《真紅の山猫スカーレット・リンクス》所属の訓練生で、吟遊詩人のイレイシアです。僕らはイレイスって呼んでます」

「初めましてサルヴィです」

「初めまして、イレイシアと申します。あの、商品を見せていただいてもよろしいですか?」

「ああいくらでも見てくれ」


 お伺いを立てたイレイシアに、サルヴィは満面の笑みで答えた。営業をするつもりは欠片もないが、そんなサルヴィでも自分が作った商品に興味を持ってもらうのは嬉しいらしい。

 ただし、続いた言葉は色々とアレだった。

 

「とりあえず手元にあるやつは全部持ってきて並べてあるんだ。適当に並べてあるから、好きに見て欲しい」

「サルヴィさん、それじゃダメなんですよ。並べるならもうちょっとこう、考えてですね……」

「面倒くさい」

「うぅ……。一言で終わっちゃった……」


 勇気を出してツッコミを入れてみたが、サルヴィには全く通用しなかった。このお兄さんはどこまで行ってもマイペースなのである。少しはやる気を、とぼやく悠利の発言は、右から左にスルーされていた。安定のサルヴィ。

 はぁとため息をつく悠利をよそに、イレイシアは感心したように食品サンプルを見ている。そんな中、悠利は気になったことを問いかけてみた。


「あの、サルヴィさん」

「ん?どうした?」

「僕さっきから気になってるんですけど、皆さんただの食品サンプルの方にばっかり反応してて、一生懸命作った雑貨の方には反応が薄いような感じがするんですが……」

「そうなんだ。ペン立てになるとか、これは定規だとかちゃんと言ったんだがな。文房具になってることより、料理の再現度の方を気にしてるみたいでなぁ……」

「そうですか」

 

 ただ、そうやって騒いでいる者たちの気持ちもわからなくもないのだ。

 サルヴィが作る食べ物の模型は、現代日本の食品サンプルと遜色のない仕上がりである。そういったものが存在しないこの世界において、突如現れた本物と見紛うばかりの模型というのは、それだけで騒ぎになるのだろう。

 それに樹脂を加工して作っているだけだとサルヴィは言うが、色の再現度が本当に素晴らしいのだ。透明度、艶やかさ、まるで本当にそこにその料理があるかのような、今にも香りが漂ってきそうな仕上がりである。

 まあ、商品に興味を持ってもらえたという意味では、ありがたい点ではあるのだろう。やはり、認知度を上げるのは大切だ。

 しかし難点が一つある。


「ちなみにサルヴィさん

「ん?」

「たとえば、《木漏れ日亭》みたいにメニューとして使いたいから作ってくれ、という依頼が来たとします。どうしますか?」

「料理を食べてから考える」

「ですよねー……」


 そこの主義主張は絶対曲げてくれないサルヴィであった。

 そう、このお兄さんは、食べて美味しかったものを模型として再現しているだけなのだ。ここが重要で、自分が作りたいと思ったものしか作らない。多分彼の本質は職人ではなく、完全に芸術家である。

 幸いなことに《木漏れ日亭》のダレイオスは、メニューにあるものを模型として作ったのなら買い取るという風に言ってくれている。おかげで、サルヴィの道楽もきちんと仕事になっている。ルシアの方も、ミニチュアで作ったスイーツの模型がそれなりに好評で、継続的に納品を希望してくれているという。

 だが、極端な話、この二人の作ったもの以外をサルヴィが作ることはほぼほぼないのだ。王都には食事を提供する店は多々あるのだが、サルヴィの好きな味はこの二人が作るものなのだ。そして彼は、自分が美味しいと思ったもの以外は作らない。

 よって、食品サンプルを見て興味を持ってくれた人々が依頼をしてくれたとしても、サルヴィが作るとは限らないのだ。そこで主義主張を曲げて依頼を受けてくれるのなら仕事として安泰なのだが……。真面目なブライトが幼馴染の代わりにあれこれと気を揉むのはこういう理由だった。

 ただ、困った人だなと思いつつも悠利は、その自由さがあるからこそサルヴィが作る模型は本物と見紛うばかりの仕上がりなのだろうと思ってもいる。情熱が違うのだ。食べて美味しかったものを、その美味しさを余すことなく再現したいという意思で、彼はここまで完璧な模型を作り上げるのだから。

 やはりサルヴィは、職人ではなく芸術家として生きた方が良いような気がする。ただし、食品サンプルを芸術品として認めてもらえるかは解らないが。


「あの、こちらのカップケーキ型のペン立てを買わせていただくことはできますか?」

「ん?ああ、かまわないぞ」

「ありがとうございます」

「あ、サルヴィさん、僕もペン立て買います」

「君は皆のとは違うペンを使ってなかったか?」

「僕のペンも入るんで。それに、飾っておいても可愛いじゃないですか」


 悠利が告げた言葉に、イレイシアが顔を輝かせて反応した。

 

「ええ、そうです。そうなんですよね、ユーリ。今までお店で見かけるペン立てというのはお洒落なものもありましたけれど、どう見ても文房具という感じですから……。こういった、飾って可愛いというデザインのものはなかなか見かけませんわ」

「並べておくだけでも可愛いよね」

「はい」


 満面の笑みを浮かべる美少女。やはりイレイシアの笑顔はプライスレスである。文房具という日用品に、飾って可愛いというオプションが付いているのがポイントが高いのだろう。

 あと、カップケーキのデザインというのが良いのだと思われる。このカップケーキは、ルシアが丹誠を込めて作ったものを模している。美味しそうで可愛らしいカップケーキなので、見た目の可愛さに食いついても仕方ないのだ。多分。

 そんな二人に、サルヴィは二種類のベーコンの定規をひらひらと見せて、こっちは?と問いかける。それに関してイレイシアは、少し悩んだ末にご遠慮しますと申し訳なさそうに答えた。

 

「そっかベーコンはやっぱり可愛くないか」

「可愛い、可愛くないが理由ではないのですわ。申し訳ありませんけれど、わたくしはその、あまりお肉は得意ではありませんので……」

「肉は得意じゃない?」

「イレイスは小食で、お肉よりお魚の方が好きなんですよ。あと、お魚の中でも生が好きですね」

「生……。つまり、生の魚の切り身を定規にすれば面白いということか?」

「面白いかは知りません」


 大真面目な顔で告げたサルヴィに、悠利は思わずツッコミを入れた。サルヴィを相手にしていると、どうにも悠利がツッコミ役に回らなければならないらしい。珍しい姿にイレイシアとルークスが目を丸くしていた。

 そんな一人と一匹を放置した状態で、悠利はハッとした表情でサルヴィに言葉を投げかけた。


「サルヴィさん、面白そうなら作ってみようと思うんですか?」

「うん?」

「だって、今までは基本的に美味しかったものしか作ってないですよね?」

「あぁ……。いや、今まではな、自分以外に誰も興味は持たないだろうと思ってたから、自分の好きなものだけを作ってたというか」


 ブライトにも何作ってんだって怒られてたし、と続けられた言葉に、悠利は遠い目をした。ブライトが怒っていたのは、仕事もせずに遊んでばかりであって、精巧な食べ物の模型を作ることに対してではない。どうも、そのあたりがちっともサルヴィに通じていないのだなと悠利は思った。

 そんな悠利に気づいた風もなく、サルヴィは言葉を続ける。このお兄さんは典型的なまでのマイペースで、絶望的なまでに空気を読まないのだ。


「でも、雑貨にするなら興味を持ってもらえる感じにやつを作るのも楽しいかなと思って」

「……えー、だったら、食品サンプルの依頼もえり好みせずに受けてみたらどうでしょうか?」

「それはなんか嫌だ」

「……そうですか」


 やっぱりそこは曲げてくれないサルヴィだった。ただ、光明は見えた。雑貨にするならば、サルヴィは面白さで作る可能性があるということだ。

 なので悠利は、食品サンプルを見てあーだこーだと言っている人々に聞こえるように言葉を発した。


「じゃあサルヴィさんは、雑貨にするものだったら、面白そうだったら作ってみようと思ってるんですねー」

「あぁ。ちょっと思ったんだが、手鏡の裏面に目玉焼きとか楽しそうじゃないか?」

「美味しそうなパンケーキとかでも良いと思いますよー」


 にこにこと笑いながらサルヴィとアイデアについ話す悠利。何でそんな話をしているのだろうと不思議そうなイレイシアと、二人の会話よりもおいてある食品サンプルや雑貨の方が気になるらしいルークス。

 そして、二人の会話に聞き耳を立てるようにしている人々。彼らは、悠利の意図を理解したらしい。つまり、自分のところの料理を雑貨にアレンジできるなら、この気分屋の男に仕事が頼めると理解したのである。各々、顔を見合わせてうなずきあうと、ひとまず並んでいる商品を購入して去っていくのだった。


「……これでうまくいったかな……?」

「何か言ったかい?」

「いいえ。独り言でーす」


 サルヴィは悠利が何を考えてあんな風に会話をしていたかなんて、ちっとも気づいていない。まぁ、悠利としてもサルヴィが解っていなくても良いのだ。お仕事を発注するであろう皆様が理解してくれていれば良いのだから。

 今の会話をヒントに、発注側が上手にサルヴィの興味を引いてくれることを祈る。そうすれば、サルヴィの道楽はちゃんと仕事になるし、間口が広がるようになる。

 もしかしたら、需要が増えれば弟子をとるようなことになるかもしれない。この先もサルヴィが自分の好きなことを仕事に出来るように、ほんのちょっぴりお節介をできたかなと思う悠利なのでした。




 なお、後日ブライトから、雑貨にするのでも良いからとサルヴィの元へ様々な依頼が届くようになったと教えてもらうのでした。お仕事があるのはとてもとても良いことです。


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