若様は鮭料理がお好き

 ワーキャットの里の特産品は、立派な鮭である。周囲を森に囲まれているワーキャットの里なのであるが、その森の奥にある川で鮭を養殖しているのだという。そんなわけで、おもてなしとして用意された本日の夕食は、鮭尽くしだった。

 ちなみに食事の時間までは自由時間ということで皆思い思いに過ごしていたのだが、悠利とアロール、マリア、リヒトの四人は里長ご夫妻に呼ばれてお話をしていた。具体的に言うと、リディ誘拐未遂事件のときの感謝を述べられていたのだ。彼等がいなければリディは誘拐されていたかもしれないので。

 可愛い息子を守って貰ったということで、里長ご夫妻はこちらが恐縮するほどに低姿勢だった。その上、謝礼をと言いだしたので、全員で丁重にお断りしておいた。そもそも何も起きないようにと同行していたのに巻き込まれたのだから、こちらの不手際でもあるのだ。後、あんまり大事にしたくなかったので。

 悠利達のその小市民的な発想は何とか受け入れら、ご夫妻の感謝の言葉を受け取るというだけで落ち着いた。うっかりここでゴーサインを出したら、滞在中ずっと「若様をお救いくださった皆様」みたいな扱いを受ける可能性がある。御免被りたかったのである。

 そんな風に悠利としてはちょっぴり疲れるイベントはあったものの、今は待望の晩ご飯である。悠利は作るのも好きだが食べるのも大好きだ。そして、その土地その土地の美味しい料理に興味津々である。


「すっげー、鮭ばっかり」

「あの鮭美味しいもんねぇ」

「解る。肉厚で脂のってて最高」

「どんな料理か楽しみだね」

「おう」


 隣同士の席に座っているカミールと悠利は、小声でぼそぼそと言葉を交わした。ワーキャットの里の特産品である鮭の美味しさは知っている。お土産で二度も貰っているのだし。だからこそ、それを所謂本場であるワーキャットの里の人々がどんな料理に仕上げてくるのかが楽しみなのだ。

 既に、美味しそうな匂いが充満している。テーブルの上に並ぶ料理の数々は、実に魅惑的であった。あちらこちらでお腹がくぅと鳴る音が聞こえる。

 その音が聞こえるのと、配膳が完了するのがほぼ同時。晩餐の主催である里長が、皆に向けて口を開いた。


「お待たせして申し訳ない。それでは、今から食事としたいと思います。お代わりは随時給仕の者に申しつけてください」


 その言葉を皮切りに、食事が始まった。一応よそ様にお呼ばれと言うことでいつもほどがっついてはいないものの、そこはやはり食べ盛りが大半の一行である。用意された料理にうきうきわくわくで手を出す姿は、どこか微笑ましかった。

 なお、この晩餐に同席しているのは里親夫妻とリディのみである。フィーアはリディの世話役として食事のサポートをしているし、クレストはそのリディの護衛なので後ろに控えている。しかしその二人はあくまでも職務を果たしているだけなので、食事に参加しているとは言えない。

 リディの学友であるエトルは既に家に戻っているそうで、この場にはいなかった。だからだろうか。せっかく悠利達がいるのに両親の傍らの定位置から動けないリディは、少しだけ不服そうだった。それでも文句を言わずに食事をしているので、当人なりに我慢しているのだろう。

 それを視界の端に留めつつ、悠利は目の前の料理へと箸を伸ばした。フォークやスプーン、ナイフも置かれているが、箸も準備されているというありがたい状態である。育った環境で使いやすい食器が違うので、各々が使いやすいものを使っている。

 悠利が最初に手に取ったのは、深皿に入ったスープだ。スープと言うには具がごろりとしており、お汁の量が少なめに感じる。どちらかというと具材を食べるためにスープがかかっているという感じだろうか。

 それは、どう見ても悠利がよく知っている料理に似ていた。形こそちょっぴり違ってころんと丸くなっているが、小麦粉で作った皮で包まれた物体とスープの取り合わせが、悠利にある料理を思い出させたのだ。


「……水餃子みたい」


 ぽそりと呟いた言葉は誰の耳にも届いていなかった。というか、皆も食事に勤しんでいるので、他人のことに構っていられないのだろう。目の前の料理は悠利の記憶にある水餃子のもっちりした見た目によく似ていた。

 こっちの世界にも餃子ってあるのかな?と思いながら、悠利はむにっとした食感のそれを箸で摘まんで口へと運んだ。囓ると、もっちりとした皮の部分の食感と、中に詰まったミンチの味わいが広がる。それは肉ではなく、魚の旨味だった。

 水餃子のような何かの中身は、鮭だった。タマネギと鮭を細かくして混ぜ合わせているらしい。その種を小麦粉の皮で包んで茹でて、スープをかけてあるらしい。スープはコンソメのようなすっきりとした味わいだが、バターが落とされているらしくまろやかに仕上がっている。

 脂がのって肉厚、旨味が濃厚な鮭の身は、ミンチにしてもその味わいを失っていない。塩胡椒と恐らくはニンニクと少量のハーブで味付けされているのだろう。すっきりとしながらコクのある美味しさで、もちもちした皮の食感とあいまって幾らでも食べられそうだ。


「もちもち、美味しい……。これって何て料理なんだろう……」

「そちらはペリメニという料理です」

「え?あ、ありがとうございます」

「他に何か気になることはございますか?」

「このペリメニって、具材は何でも良いんですか?」

「はい。ただここでは鮭で作ることが多いので、ペリメニというと鮭になります」

「そうなんですね」


 悠利のグラスにお代わりの水を注いでくれていた給仕のお姉さんが、丁寧に教えてくれる。優しい、と悠利は嬉しくなった。独り言のつもりだったのに答えてくれるなんて、とても親切だ、と。

 そんな悠利に対して、給仕のお姉さんは楽しそうに笑った。


「若様から、ユーリさんはお料理がお好きだと伺っております。気になることがありましたら、近くにいる給仕の者におたずねくださいね」

「……わぁ」

「それでは、失礼します」

「はい、ありがとうございました」


 まさかの展開に、悠利はちょっと顔を赤くした。確かにお料理は大好きだし、気になったら聞きたくなってしまう。でも、こんな風に先回りされていると、ちょっと照れてしまうのだ。

 悠利がチラリとリディの方を見たら、二人の会話は聞こえていなかったのだろうに、若様はふふんとドヤ顔をしていた。どうだ、僕はちゃんと友達のことを解っているんだぞ、とでも言いたげな顔である。その顔を見ると何も言えなくなる悠利だった。

 悠利がもちもち美味しいペリメニを「水餃子みたいだから作れるかなぁ……。あぁでも、皮から作ってるとなると、人数分の確保が難しそう……」などという現実を考えながら食べている間も、周囲では大皿の料理をわいわいがやがや言いながら仲間達が食べている。

 本日の目玉なのだろう料理は、大皿にどーんと盛られた鮭と野菜の蒸し焼きだ。バターの香りがぶわっと広がっており、もはや匂いの暴力である。バターの他に馴染んだ香りがするのは、味噌だ。

 ちなみに悠利がその大皿料理に急いで手を伸ばさなかったのには、理由がある。何となくその料理をしっている気がしたからだ。匂いから味の想像がつくとも言う。

 だってどう見てもそれは、ちゃんちゃん焼きなのだ。鮭と野菜をバターと味噌などで味付けした蒸し焼き料理。物凄く見覚えがある。見覚えがあるので、底まで飛びつこうと思わなかっただけである。勿論後でちゃんと食べるつもりでいるが。

 

「魚と野菜の蒸し焼きってあっさりするかと思ったけど、バターが濃厚で美味しいわねぇ~」


 そう言いながらひょいひょいと蒸し焼きを頬張っているのはマリアだった。妖艶美女のお姉さんはほっそりとした外見だがそこそこ食べる。肉厚ジューシーな鮭と、同じく肉厚な茄子やズッキーニを食べてご満悦である。

 鮭の脂とバターが溶け合い、それを味噌が包み込む。魚と野菜、それも蒸し焼きとなれば確かにヘルシーなイメージだが、バターと味噌のコンボで濃厚な味わいになっている。味噌の旨味を余すことなく受け止めた鮭は、箸の進む濃厚なおかずとなっていた。

 噛めばじゅわりと脂が広がるだけでなく、ほろほろと崩れる身の食感が何とも言えない。そこそこ大きな切り身で焼かれているので、小皿に取り分けてから解して食べる楽しみがある。一口サイズの鮭を頬張るのも美味しいが、身を解して食べる美味しさもまた格別である。

 それは他の面々も同じだったのか、鮭だけでなく野菜もさくさく売れていた。ただ蒸し焼きにしただけでなく、調味料と鮭の旨味が合わさっているからだろう。このままでとても美味しいという雰囲気だった。

 そこでふと気付いたと言いたげに口を開いたのは、ジェイクだった。普段はそんなに食事に関して口を挟まない学者先生の行動に、皆がどうしたのかと首を傾げる。


「こちらの鮭の蒸し焼き、大変美味しいんですが、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「えぇ、構いません」


 ジェイクが問いかけたのは里長に対してだった。アリーと談笑をしていた里長は、突然の質問にも気を悪くした風もなく会話を切り替えてくれる。優しい。


「使われている調味料に味噌があるようですけれど、この里では以前から味噌をお使いに?」


 ジェイクの疑問は、王都とワーキャットの里の距離が近いことにあった。馬車で数日の距離である。だというのに、王都で味噌が出回り始めたのはつい最近のことだ。正確には、行商人のハローズおじさんが仕入れてきて、悠利が食いついた結果広がっている。

 その疑問に、里長は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。


「交易先から仕入れている調味料ですね。そちらの方で魚と野菜をこのように蒸し焼きにすると美味しいと教わって、里でも作るようになりました」

「ではこの料理は、その交易先の、味噌を作っている地域の料理ということですか?」

「そうなります。手軽に大量に作れるとあって、すぐに里中に広まりまして」


 今では定番料理になっています、と続けられた言葉に、なるほどなーと頷く一同。調味料と一緒に料理の方法を教えてもらえたら、確かに助かる。というか、そうでないと調味料の使い方が解らずに困る。

 その上ここは、特産品が鮭。丁度良かったのだろう。そのおかげでこの美味しい料理が食べられるのかと、一同は良い連鎖反応だなぁと噛みしめていた。

 そこへ、里長の妻であるリディの母親から、とある意見が飛び出した。


「それに、この料理にしますと、野菜嫌いの子供達も文句も言わずに野菜を食べてくれますので……」

「「…………」」


 身も蓋もない意見だった。どこでも一緒なんだそれ、と悠利は思った。

 別に野菜が悪いわけではない。しかし、肉や魚、卵などに比べて、子供には野菜は魅力的ではないのだろう。その子供達でも美味しく食べられる料理というのは大切だ。

 しかもこの蒸し焼き料理、ありがたいことに野菜が原型のまま美味しく食べることが出来る。ハンバーグなどに刻んで混ぜるとか、スープに刻んで入れるとかの手段もあるが、そうなると「野菜が入っていると気付かずに食べている」という状況になるのだ。

 そうではなく、食べているものが野菜だとちゃんと理解した上で美味しく食べられる料理というのは、とても大事である。蒸し焼きで野菜を美味しく食べられたのなら、他の料理でも食べるとっかかりになるからだ。あれなら食べられたでしょう?からスタートするのは良いことである。

 なお、そのセリフを口にしたリディの母親は、視線をリディへと向けていた。若様は美味しそうにペリメニを頬張っており、母親の視線には気付いていない。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で食事をしているときは特に好き嫌いはなさそうだったが、もしかしたらお野菜はあんまり……だった時期があったのかもしれない。

 まぁ子供って野菜嫌いの子多いしね、と悠利は軽く流した。悠利は子供の頃からお野菜大好きだったけれど、そうではない友人は多かった。仲間達だって、野菜が嫌いではないけれど肉の方に飛びつく面々が多い。多分そんなものである。

 主食として用意されているのはパンだったが、同時に大皿にパスタも用意されていた。一口サイズに切った鮭とたっぷりキノコのオイルパスタだ。味付けは塩胡椒とハーフ、ニンニクも利いている。しかし全体の味付けは控えめで鮭の旨味を生かしている。


「この鮭のパスタ、美味しいですね」

「あぁ、美味い。キノコとも相性バッチリだ」

「ついお代わりしちゃいますね」

「確かに」


 にこにこ笑顔で告げるロイリスに、ミルレインも満面の笑みで答えた。他の料理も美味しいが、彼等は特にこの鮭とキノコのオイルパスタを気に入っていた。オイルソースがパスタ全体に絡んでおり、パスタだけを食べても十分に美味しいのだ。

 それに、ニンニクの風味が香るオイルには焼いた鮭の脂もたっぷりと染みこんでいて、口の中で旨味がじゅわっと広がる。あっさりしているように見えて、味という意味では大満足だ。

 そんな二人の隣で、アロールは千切ったパンをパスタの残りのオイルソースに浸していた。柔らかなパンがオイルを吸い込んでいる。……そう、まるでアヒージョとバゲットのような食べ方である。

 旨味を十分に吸い込んだパンを口へと運べば、柔らかなパンから美味しさ広がっていく。ふわふわとしたパンだからこそか、余すことなくオイルを吸い込んでいるのが良い塩梅だった。もしかしたら行儀が悪いかもしれないが、勿体ないなと思ったのでこういう行動に出たアロールだった。

 そして、アロールのそんな行動を見て、見習い組が嬉々として真似をしていた。彼等もオイルソースが美味しいのは解っているので、勿体ない精神が発動したのだろう。幸いなことに特に咎められることもなかったので、パスタとパンも順調に消費されていった。


「この鮭は、燻製でしょうか……?」

「スモークサーモンみたいな感じだね」

「美味しいですわ」

「美味しいねー」


 サラダの上に載っているスモークサーモンのような鮭の燻製に、イレイシアと悠利は笑顔になる。生も大好きな二人なので、柔らかな食感の残る燻製は大変好みであった。ほんのりとした塩気も抜群だ。

 サラダ自体はシンプルなのだが、そこに鮭の燻製があるからこその豪華さがあった。ここも鮭なんだ、ともぐもぐと食べながら悠利は思う。野菜やキノコがあるとはいえ、基本的に全ての料理が鮭である。特産品強いな、と思った。

 そして、確かに鮭ばっかりではあるのだが、味付けや調理方法が異なるので飽きは来ない。それは他の面々も同じなようで、鮭料理を食べ慣れているであろうリディも美味しそうにもりもりと食べている。自由な若様は、きっと口に合わないとか飽きた料理だったらもういらないと言いそうなので。

 悠利の視線の先、リディは小さな身体でもりもりと料理を食べていた。どうやら、鮭料理はリディの好物らしい。まぁ確かに、悠利へのお土産として鮭を持ってきていたが、二度とも今すぐ何か食べたい状態だったのを覚えている。美味しい料理にしてくれるという謎の信頼があったらしい。

 そんなことを思いながら、悠利は美味しい鮭料理を堪能するのだった。




……なお、大量の料理が用意されていたが、流石身体が資本で食べ盛りの冒険者達。綺麗に全部食べ尽くし、喜んでもらえて良かったという里長様からのお言葉をいただくのでした。




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