アロマ石鹸と香水の有効活用


 調香師レオポルドは、とても勤勉な人物である。

 確かな技術と完璧なるセンスを誇る、調香師としては一級と称えられる能力を持っている。どんな相手にも物怖じせず、また己の商品に一切の妥協を挟まない彼の人は、まさしく職人と呼ぶに相応しいだろう。

 ……まぁ、腕は確かだが、性格がちょっと個性的なので、人によっては苦手にしているのだが。それを差し引いても文句なしの品質を誇る香水を作り出すので、お客様は各方面に多数いる。

 そんな美貌のオネェは、時折|真紅の山猫《スカーレット・リンクス》に顔を出す。普段は店で客の相手や、工房で商品の調合などを行っているのだが、茶飲み友達である悠利ゆうりの元へやってくることもあるのだ。

 忙しいレオポルドを知っているので、悠利の方から店に顔を出して世間話をしにいくこともある。けれど今日は、レオポルドがやって来ているのだった。


「新商品のアイデア、ですか……?」

「えぇ、何か思いついたことがあったらで構わないのよ」

「レオーネさんの香水を使った商品……」


 うーんと悠利は唸る。普段お世話になっているレオポルド相手なので、出来れば何かお役に立ちたいとは思っているのだ。けれど、それでも突然言われていきなりアイデアが出てくるかというと、ちょっと無理だ。

 勿論、レオポルドも無理難題をふっかけるつもりはない。お茶を楽しみながらの雑談として口に出しただけだ。なので、真剣な顔で唸る悠利を見て笑みを浮かべる。


「ユーリちゃん、何もそんなに真剣に考え込まなくても良いのよぉ」

「レオーネさんの香水がとっても素敵なのは解ってるんで、何かないかなーとは思うんですけど」

「だから、無理に考え込まなくても大丈夫よって言ってるでしょう?自分一人で考えるより、誰かの意見を聞いた方が色々と考えつくから聞いてみただけよぉ」


 真面目ねぇと笑うオネェに、悠利は首を傾げる。別に真面目なつもりはなかった。ただ、いつもお世話になっている相手なので、自分に出来ることを探してみただけだ。あくまでも自然体でそう思っている悠利である。

 そんな悠利が解っているので、レオポルドはやはり楽しそうに笑うのだ。いつも一生懸命で、誰かのために頑張る悠利をレオポルドは可愛がっているのである。多分、可愛い可愛い弟分みたいな認識なのだろう。

 後、同じ趣味の仲間。


「レオーネさん、新商品を作ろうとしてるんですか?」

「新商品はいつも考えてるわよぉ。香水って、使う人が限られるでしょう?だから、より幅広く使って貰えるように色々と考えているの」

「あぁ、確かに香水って、女性や裕福な男性が使うイメージですもんね」

「勿論そういうお客様は尽きないけれど、出来るなら色んな人に使って欲しいでしょう?」

「レオーネさんの香水は素敵な香りですもんね」


 常に前向きなオネェの職人として、商売人としての考えに、悠利は素直に同意した。レオポルドが作る香水は、とても素敵な香りだ。勿論お値段はそれなりにするが、質の良い香水を良心的な価格で販売している。

 また、単なる香水だけではない。

 薬師としてかつては冒険者をしていたレオポルドには、その視点からの商品もあるのだ。代表的なのは魔物除けの香水で、安全な旅を求める人々が買い求めている。また、その質の良さを認めて王都の冒険者ギルドでも販売されている。

 特に表立って販売をしてはいないが、自身が戦闘時に使う香水も作っている。香りが与える効果というのはバカに出来ない。相手の感覚を狂わせる匂いを操る美貌のオネェは、今でもかなりの戦闘能力を誇っている。

 そんなレオポルドの香水を活用する新商品のアイデアと言われて、悠利も頭を悩ませる。悠利に出来るのは一般人感覚で考えることだけだ。ただし、その一般人感覚は現代日本での生活を基盤にしているので、こちらの人々にしてみれば珍妙なアイデアになることもある。

 趣味特技が家事全般で、可愛いものや綺麗なものを好んでいた悠利ではあるが、男子高校生にとって香水はあんまり縁がないものだった。母や姉が使っているのを見ていたぐらいなので、なかなか良いアイデアが浮かばない。


「具体的に、どういう層に使って欲しいとかってありますか?」

「出来るなら、香水に馴染みの無い人達に、親しんで欲しいとは思っているわ」

「となると、香水の形状のままより、何か違うものにして香りに馴染んで貰った方が良いと思うんですよねぇ……」

「そうねぇ。香り付きのハンドクリームは好評なんだけれど」


 アレって女性しか使わないからと続けられた言葉に、悠利はハッとした。香料入りの何かを作るというのは良いアイデアだ。そして、悠利の知識の中に、香水というかアロマオイルを活用するある商品が思い浮かんだ。


「レオーネさん、石鹸はどうでしょうか?」

「石鹸?」

「石鹸を作るときに、ハンドクリームのときのように香料を入れるんです。レオーネさんの香水の匂いを仄かに感じられる石鹸って、お洒落だし使いやすいと思いませんか?」

「あら素敵!」


 悠利の提案に、レオポルドはぱんと手を叩いて喜んだ。どうして考えつかなかったのかしらと大喜びする美貌のオネェ。いつもお世話になっている相手が喜んでくれているので、悠利はちょっと嬉しくなかった。自分でもお役に立てたというのは、嬉しいことだ。

 悠利達が普段使っている石鹸は、特に香料が強いものではない。実にシンプルな石鹸だ。

 対して悠利が思い出した香料入りの石鹸は、可愛らしい形や色をしていた。女性へのプレゼントにも使われていたので、そういう風にギフトとしても使えるかも知れない。

 また、香水を買うのはハードルが高くても、香り付きのお洒落な石鹸ならば買いやすいかもしれないのだ。香水は嗜好品だが、石鹸は日用品である。そこでちょっと贅沢を楽しむのも、まぁ、悪くないのではないかと思った悠利である。


「ユーリちゃん、具体的にどんな感じとかイメージあるかしらぁ?」

「香料はそんなに沢山入れない方が使いやすいと思います。ふわっと香るぐらい?後は、形や色もお洒落にしたら、贈り物に使えるかなぁって感じです」

「うふふ。随分と具体的ね」

「故郷にあったので。姉がよく買ってました」

「本当、ユーリちゃんの故郷って素敵なところねぇ。一度行ってみたいわぁ」


 楽しげに微笑むレオポルドに、悠利はあははと笑った。連れて行くどころか自分が戻れないので、どうにも出来ない悠利である。そもそも、何で自分が異世界に吹っ飛ばされているのかすら、解っていないので。

 なので、その話題に関しては笑って流すだけだ。どこかの偉い人が移動手段を見つけてくれるまで、悠利にはのんびり生活するぐらいしか出来ないのだ。……一応、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の頭脳担当である学者のジェイク先生が、仕事の合間にちょこちょこ調べたりはしてくれているようです。成果はまだちっとも無いが。

 雑談をしながら石鹸のアイデアを相談する二人。実に楽しそうな光景だ。生物学上の性別は男性が二人なのだが、会話内容は女子組が混ざっても問題無いぐらいの話題である。安定の二人だった。彼らは趣味が合う同士なのである。

 そんな風に話していると、不意にレオポルドがアンニュイな表情でため息をついた。美貌のオネェがそういう顔をするとぐっと絵になる。……まぁ、悠利は絵になるとか思わずに、何か困りごとかな?と心配そうに見るだけなのだが。


「香水の瓶、今のよりも更に小さいのを作るべきかしらねぇ……」

「レオーネさん?」

「お客様がなかなか使い切れないってお困りなのよ」

「あー、香水って、別に一度にそんなに使いませんもんね」

「えぇ、そうなの」


 レオポルドの発言に、悠利は納得した。香水は瓶で購入するが、一度に付けるのはそこまで多くない。毎日使うわけでもなければ、残ってくるだろう。

 また、お洒落に拘る人々ならば、服を変えるように香水も変えるだろう。そうすると、使い切れないこともあるのかもしれない。色々あるなぁと思う悠利だった。


「ユーリちゃんは、買ってくれた香水は匂い袋にしていたのよねぇ?全部使い切れたの?」

「いえ、流石に全部は無理です。ハンカチに染みこませてタンスの中に入れたりしてますけど」

「貴方、本当に流れるように女子力高いわよねぇ」

「衣類の消臭になって良い感じですよ」


 にこやかに笑う悠利に、レオポルドは感心する。十代の少年でそこまでさらりと香水を活用する者はいないだろう。なお、悠利の間隔では防臭消臭アイテムの替わりみたいなものである。市販品がないので、素敵な匂いだと解っているレオポルドの香水を使っているのだ。

 そもそも、匂い袋、サシェを作るのに購入したのが目的であって、普通に使うつもりはカケラもないのだ。悠利は周りが着飾ったりお洒落をするのを見るのは好きだが、自分自身をどうにかしようとは思わないタイプなので。見ているだけで幸せなのだ。

 そこで悠利は、自分が活用している方法を思い出した。もしかしたらやっていないのかもしれないと思い、口を開く。


「レオーネさん、僕、洗濯にも使ってるんですけど」

「洗濯?」

「はい。すすぎのときに数滴香水を入れると、仄かに香りがするんです」

「……それ染みになっちゃわないの?」

「そんなにいっぱい入れないです。2、3滴ぐらいですよ」

「そんな使い方があったのねぇ……」


 感心するレオポルドに、悠利は説明を続けた。自分がレオポルドの香水にどれだけ助けられているのかをちゃんと伝えたかったのだ。


「下着とか、ハンカチ、シーツ類を洗うときにちょっと入れると、とっても良い香りになるんですよ」

「なるほどねぇ。使う香りを選べば、良い感じになりそうねぇ」

「そうなんです。とくに、シーツは良いですよ!レオーネさんの香水で香り付けをして、太陽に干すととっても良い匂いになるんです」

「ありがとう」


 満面の笑みで伝える悠利に、レオポルドは微笑みを浮かべた。自分の商品を上手に活用してくれていること、それを喜んでくれていることが、職人でもある彼には嬉しいのだ。自分が作ったものが客を笑顔にしていると解るのは、格別なので。

 そして同時に、悠利のその発想はレオポルドにとっては渡りに船だった。洗濯は、どの階級の人々でも行うことなので。


「つまり、お客様にその方法をお伝えすれば良いのよね」

「そうですね。香水を無駄にするより、有効活用してもらえたら嬉しいですし」

「あたくしも勿論そう思っているのだけれど、あたくしよりもお客様が無駄にすることを気にしていらっしゃるのよぉ」

「優しいお客さんが多いんですね」

「えぇ、おかげさまで。あまり変なお客様はお越しにならないの」


 にっこり笑顔のレオポルド。その麗しい微笑みを見ながら、そうだろうなぁと思う悠利だった。お仕事に真面目な職人さんであるが、レオポルドは天下御免のオネェである。それを知った上でやってくる客なので、その段階である程度の選別はされているだろう。

 また、レオポルドが店主を務める《七色の雫》の香水は、質の良さに合わせてお値段もそれなりというので有名だ。決してぼったくっているわけではない。むしろ、原材料や出来映えを考えればかなり良心的だ。それでもやはりそれなりのお値段なので、買い求める客の層もある程度の収入がある人々になる。

 客というのは不思議なもので、一定の水準以上を求められる場所には、品性も一定の水準以上の人々が集まるのだ。

 勿論、成金という言葉が示すとおりに、お金はあるけれど品性はちょっとお粗末な方々もいる。けれどやはり、富裕層というのは精神的にも余裕のある人々が多い。そういう意味でも、レオポルドの客は良心的なお客様が大半だった。

 ちなみに、ごくまれに現れるちょっと困ったお客様に関しては、目に余る行動を認識した瞬間に店主自ら叩き出すという徹底っぷりだ。具体的には、金に物を言わせて店内で横柄な振る舞いをし、他のお客様に無体を働くような方々である。オネェは自分の店に来るお客様を守ることを躊躇わない。

 もっとも、貴族にも顔の利くレオポルド相手に喧嘩をふっかけるのは愚の骨頂だ。彼のお得意様には、御貴族様もたくさんいるのだ。社交界にも顔出す美貌のオネェを、舐めてはいけない。

 まぁ、悠利にはそんな事情は解らないし、レオポルドも伝えるつもりはない。なので悠利の中では「レオーネさんを見ても平気な人ばっかり集まるんだろうなぁ」という結論に達していた。間違ってはいないが、正解でもない。


「今回も素敵な意見をありがとう、ユーリちゃん。おかげで助かっちゃったわ」

「お役に立てました?」

「それは勿論」

「それなら良かったです」


 満面の笑みを浮かべるレオポルドに、悠利も嬉しそうに笑った。他愛ない雑談をしていただけだが、役に立てたのは本当に嬉しかったので。


「とりあえず、石鹸は作っている職人に話をしてみるわ。試作品が出来たら使ってみてちょうだいね」

「いいんですか?」

「実物を見たことのある貴方の意見は貴重なの。是非ともお願いしたいのよ」

「僕でお役に立てるなら、喜んで。それに、レオーネさんの香水は素敵なので、それを使った石鹸もきっと素敵になると思うので、楽しみです」

「嬉しいことを言ってくれるわね!本当にユーリちゃんって可愛い!」

「もが……ッ!」


 悠利の素直な感想に喜んだレオポルドは、感極まったように悠利の身体を抱きしめた。男同士なので抱擁されても別に問題は無い。しいていうなら、着痩せするのでほっそりして見えるが、その実元冒険者らしく鍛えられた筋肉の逞しい胸板に押しつけられて苦しいだけで。

 麗しい美貌のオネェは地味に細マッチョだった。以前一緒にお風呂に入ったときにも思ったが、見た目に反して筋肉があるのだ。そして、筋肉があると言うことは腕力もあるということである。抱きしめられて少しばかり息苦しい悠利だった。

 とはいえ、レオポルドは自分でちゃんと気づいてくれる。悠利がもがもが言っていると、ぱっと手を放して解放してくれるのだ。その辺り、いつまでも気づかないレレイとは違った。ありがたい。


「ごめんなさい。ついはしゃいじゃったわぁ」

「いえ、大丈夫です。石鹸の完成、楽しみにお待ちしてますね」

「えぇ、待っていてちょうだい」


 新しい楽しみが出来てうきうきしている悠利と、そんな悠利に優しい笑顔を向けるレオポルド。実に平和な光景だった。

 そして、二人の楽しい楽しいお茶会は、まだまだ続いた。途中で通りかかったアリーがレオポルドに声をかけられても面倒くさそうに立ち去っていったり、同じく通りがかったブルックがお菓子だけ食べて早々に立ち去ったりと、その後も愉快な光景が見られるのでありました。




 後日届けられたアロマ石鹸の試作品は悠利と女性陣のハートを鷲掴みにし、製品化される日を皆が心待ちにするのでした。



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