かき氷は適正サイズでお願いします。


「そういえば、僕、かき氷について思ったことがあるんですけど」


 のんびりとした口調で悠利ゆうりが口を開けば、皆の視線が彼に集中する。それを別に気にせず、悠利はいつもの調子で言葉を続けた。……彼はいつでもどこでもマイペースなのです。


「かき氷のサイズ、もうちょっと小さく出来ませんか?」

「え……?」

「お店で提供してるサイズだと、大きすぎないかなぁと思って」


 悠利の言葉に、ルシアはぱちくりと瞬きを繰り返した。何を言われているのか解らないという感じだった。

 ルシアがここ《食の楽園》で提供しているかき氷は、まるでパフェのように煌びやかなかき氷だ。果物やクッキーが載っているし、濃厚なソースがたっぷりかかっている。ちょっと贅沢なかき氷なのである。

 かき氷の知名度は、ルシアが建国祭の屋台で売り出したこともあって、それなりに知れている。お客様からの評判も好調だ。だからこそルシアは、悠利が何故そんなことを言い出したのかが解らないのだ。

 けれど、悠利には結構重要なことだった。


「ルシアさんのかき氷って豪華仕様じゃないですか?なので、結構お腹いっぱいになっちゃうんですよね」

「でも、値段を考えるとあれくらいの分量になってしまうわ」

「それも解るんですけど、僕、思うんです」

「ユーリくん?」


 悠利はぐっと拳を握った。真剣な顔をしてルシアに告げる。


「あのかき氷じゃ、お代わり出来ないって!」

「「…………」」


 力一杯叫んだ悠利に、皆の視線が突き刺さる。きょとんとしているルシア。呆れ顔のラジ。いつも通りの表情のブルック。不思議そうなルークス。

 そして、悠利の発言がじわじわと染みこんだのか、ぱぁっと顔を輝かせたヘルミーネ。


「解る!すっごく解るわ、ユーリ!まさにその通りよ!」

「あ、ヘルミーネが解ってくれた」

「ルシアのかき氷とっても美味しいし、色んな味があって食べ比べしたいのに、一つが大きすぎてなかなか次に手が出ないのー!」

「そう、それ!僕が言いたいのはまさにそれだよ、ヘルミーネ!」


 意気投合する悠利とヘルミーネ。ぽかんとしている一同をそっちのけで、二人で大盛り上がりをしている。それぐらい、彼らには切実だったのだ。

 ルシアのかき氷は美味しい。ゴージャスで見た目も素敵だし、味も文句無しだ。しかも、フレーバーの種類も多い。

 しかし、だからこそ、選べない。幾つも食べたいと思ってしまう。けれど、分量が多いから、食べることが出来ないのだ。

 ここで重要なのは、悠利もヘルミーネも値段に言及していないところだ。彼らは美味しいものにはそれに相応しい対価を支払うのが当然だと思っている。なので、かき氷の値段が高くても気にしない。ゴージャス仕様なので。

 重要なのは、サイズである。幾つも食べたいという彼らの願いを叶えてくれない、大きな器が悪いのだ。


「えーっと、二人とも……?」

「ルシア!ルシアはもっと、自分が作るスイーツが美味しいことを理解して!」

「え、あの、ヘルミーネ?」

「ケーキはともかく、かき氷は器が大き過ぎるの!色んな味があるのに、一度に一個しか食べられないなんて悲しい!」

「ご、ごめんなさい……?」


 いつにないテンションで叫ぶヘルミーネの剣幕に圧倒されて、ルシアは思わず謝った。悠利はそんなヘルミーネの隣でうんうんと強く頷いている。どうやら同感らしい。

 そんな三人のやりとりを、ブルックは静かな顔で見ていた。彼は胃袋が大きいので、別に今のサイズのかき氷でも何も困っていないのだ。悠利とヘルミーネの悩みや哀しみは彼には解らなかった。

 ついでに、そこまでスイーツに欲求がないラジにも解らない。何であの二人はあんなに盛り上がれるんだろうかと、遠い目をしている。それでもツッコミを入れようとしない程度には、処世術を身につけているラジだった。今口を挟んだら、どう考えても三倍返しぐらいで言い負かされる気がしたので。


「僕としては、建国祭で提供していたサイズにしてくれたら嬉しいなって思ってます。あのサイズだとお代わり出来るので」

「解るー!食べやすい大きさだったよね!」

「提供する値段を考えると、あの大きさではちょっと無理があるから」

「「えー」」


 ルシアの返答に、悠利とヘルミーネは残念そうに声を上げた。彼らの言い分を聞いても、ルシアにだって理由はあるのだ。

 建国祭のときは、かき氷の知名度を上げるためにも食べやすい大きさ、手が出やすい価格で提供していた。屋台で販売し、食べ歩きをしてもらうことも考慮してだ。

 けれど、店で提供する場合はそうはいかない。

 特にここは、貴族も訪れるような大食堂食の楽園なのだ。あまり安い金額で料理を提供できないという側面がある。大衆食堂ではないのだから。

 勿論ルシアも、二人の意見を頭から否定したいわけではない。いつも相談に乗ってくれるし、幾つものアイデアをくれる二人だ。大切な友人でもある。だから彼らの願いを叶えたいという思いもある。

 それでも、何をどうすれば良いのかは、彼女にも解らないのだ。

 ルシアを困らせることが目的ではないので、悠利はうんうん唸りながら考える。何か良いアイデアないかなぁという感じだ。自分達の希望が通って、ルシアが困らない方法が見つかれば良いのに、と。


「一つ、聞いても良いだろうか」

「あ、はい。何でしょうか、ブルックさん」

「提供する値段は現状を維持したいということだな」

「はい。店の適正価格がありますから」


 ブルックの質問に、ルシアは静かに答えた。その発言に頷いて、ブルックは自分の考えを述べた。


「同じ値段で、小さな器で二つ提供するのはどうだろう」

「え?」

「はい?」

「ブルックさん、それです!!」


 ブルックの提案の意味が解らなかったらしいルシアとヘルミーネと違い、悠利は一度で食いついた。頭の中でカチリと何かが繋がったのだ。


「ルシアさん、半分ぐらいの大きさの器で、二種類の味を選べるようにしたらどうでしょう?勿論、今まで通りの大きさで販売するのも継続で」

「えーっと、ユーリくん?」

「大きなサイズで食べたい人は従来通りで良いんです。でも、幾つも食べたい人の為に、同じ値段で小さな器で二つ提供するセットを作ってみたらどうかなって」

「……つまり、お客様に好きな味を一度に二つ食べて貰えるようにするってことかしら?」

「そうです」


 悠利の説明に、ルシアは真剣な顔で考え込んだ。彼女の美点は、他人からもたらされた意見をいつでも誠実の取り入れようとするところだ。その柔軟さが彼女の最大の強さかもしれない。

 ちなみに、悠利が脳裏に思い浮かべたのは、時々見かけるハーフ&ハーフセットみたいな料理の販売方法である。ラーメンとチャーハンとか、酢豚とエビチリとか、選択肢の中から二つを選んで美味しく食べる感じの。

 もしくは、アイスクリームのダブルやトリプルだ。同じ大きさで積み上げる店もあるが、少し小さめで二種類、三種類と注文できる店もある。

 そういったノリで、ルシアの素敵でゴージャスなかき氷もハーフサイズを二つ食べられれば幸せだなと思ったのである。あくまでも自分がそうだったら嬉しいなを伝えているだけなのがミソだ。悠利もヘルミーネも、ルシアのスイーツを堪能したいとしか思っていない。


「すぐには無理だけど、ちょっと考えてみるわ。器とか、どの程度の盛り付けで価格帯をどうするかとかも含めて」

「ありがとうルシア!」

「こちらこそ、ありがとう。やっぱり実際に食べてくれる人の意見は大事ね」


 抱きつくヘルミーネに微笑みかけて、ルシアは嬉しそうに告げる。彼女にとっては、二人の我が儘じみた意見もありがたい参考意見になるのだ。生の声は大事だ。

 自分の意見が解決策に繋がったと理解して、ブルックは満足そうに頷いている。彼自身は別に現状のメニューでも困っていないが、スイーツ仲間が困っているのは見過ごせなかったのだ。

 実に心温まる友情だった。……約一名、会話に全く入れないラジの存在を無視しても良いのならば、であるが。

 そんなラジの方を、話に熱中していた悠利が突然振り返る。そして、大事なことがあると言いたげな顔で質問をしてきた。


「あ、ねぇねぇ、ラジ」

「ん?どうした、ユーリ」

「ラジ、かき氷なら味付けによっては食べられるんじゃない?」

「は?」


 良いことを思いついたと言いたげな悠利に、ラジは瞬きを繰り返す。いきなり何を言われたのかまったく解っていなかった。

 悠利が言いたいのは、かき氷は氷なので、味付けさえ注意すればラジでも美味しく食べられるのではないかということだ。他のスイーツと違って、ベースはちっとも甘くないので。

 とはいえ、この店で提供されているルシア作のかき氷は、ゴージャス仕様だ。フルーツソースにカットフルーツ、焼き菓子まで載っている素敵に美味しいかき氷なので、どう考えてもラジには食べられない。甘すぎて。

 そこで、フレーバーの見直しだ。


「かき氷って、氷だから別に甘くないでしょ?だから、ソースを甘くないのにしたら美味しく食べられるんじゃないかなって」

「あら、それは素敵だわ、ユーリくん。どんなのなら大丈夫かしら?」

「フルーツソースを甘さ控えめにして、焼き菓子も甘くない感じのをトッピングするとかですか?」

「何をどうすれば甘くなくても美味しくなるかしらね」


 ラジに話題を振ったのに、悠利とルシアの間で会話が進む。ラジは口を挟まなかった。彼には何をどうすれば良いのかよく解らなかったからだ。

 ただ、二人が自分のように甘い物が苦手な者でも美味しく食べられるかき氷を考案しようとしてくれているのだけは、よく解った。それは確かにありがたい。

 何せ、夏真っ盛りだ。暑い季節に、涼しい食べ物は重宝される。そういう意味で、かき氷にはラジもちょっと興味はあったのだ。

 ……ただ、建国祭で見かけたときに、甘そうだから止めておこうと思っただけで。

 だから、甘くないかき氷ならば食べてみたいと彼が思ったのも事実だった。


「ふむ。甘さを控えめにしたかき氷か」

「ブルックさん?」

「それはそれで気になるな」

「私も気になります。ルシアだったら、甘さ控えめでも絶対に美味しく作ってくれるし」

「そうだな」

「……」


 安定のスイーツ同盟の発言に、ラジは何も言わなかった。というか、自分が何を言っても多分聞いてないなと思ったからだ。

 かき氷といえどもルシアの作るのはゴージャス仕様。カロリーはそれなりにある。なので、甘さ控えめで美味しければ罪悪感を感じずに食べられるというのも、年頃のお嬢さんであるヘルミーネには重要ポイントだった。ラジにはちっとも解らないポイントだが。


「ねぇラジ、酸っぱいのは平気?」

「度を超してなければ」

「じゃあ、やっぱりレモンとか良いかもしれませんね、ルシアさん」

「そうね。さっぱり仕上げるのも良さそうだわ」


 悠利に意見を求められたラジは、とりあえず簡潔に答える。答えた後は、やっぱり盛り上がる二人に置いてきぼりにされる。けれど文句は言わなかった。楽しそうだったので。

 どんな味付けにすれば皆が美味しく食べられるだろうかと相談をするルシアと悠利。ルシアが今後作るだろうスイーツに思いを馳せて盛り上がっているヘルミーネとブルック。話題が一向に尽きる気配の見えない二組を見ながら、ラジは思った。


(……スイーツ一つで、何でこんなに盛り上がれるんだろう)


 美味しいものは好きだが、スイーツにさして欲求のないラジにはよく解らない世界だった。強くなることとか、良い装備品とかで盛り上がるならば、彼にもまだ解るのだけれど。

 ただ、ラジの美点は、そうやって自分そっちのけで仲間達が盛り上がっていても機嫌を悪くしないところだ。むしろ、一生懸命な姿を見て応援したくなってくるタイプだった。……つまり彼は、優しいのだ。

 ヒートアップしていく二組の会話をのんびりと見つめながら、ラジは思う。まだしばらくは、アジトに戻れなさそうだな、と。けれど、たまにはこんな日も悪くないと思うのだった。




 今日の試食会の情報を生かし、ルシアが新メニューの開発に張り切り、その完成を悠利達は楽しみに待つのでした。美味しいは1日にしてならずです。




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