甘辛美味しいサバの煮付け。


 その日、悠利ゆうりはちょっと悩んでいた。

 というのも、港町ロカで買い求めた美味しい魚がたくさんあるのだけれど、大食いの皆さんは肉料理の方が喜ぶからだ。お魚美味しいのにと思いつつ、どうせ作るならば皆に喜んで食べて貰いたい悠利である。どうすれば魚料理で大食い肉食メンツを納得させられるかを、必死に考えていた。

 勿論、魚料理を嫌がっているわけではない。出された食事に文句を付けるような愚か者はいない。皆、美味しいと言って食べてくれる。

 それでもやはり、肉料理のときの方が盛り上がっているのだ。それは事実なので、悠利も色々と考えてしまうのだ。

 魚でも大喜びするのは、やはり魚介類が主食の人魚であるイレイシア。彼女はどんな調理方法でも、笑顔で美味しく食べてくれるので問題ない。同じように魚介類を好むヤクモは、和食に似た食文化の地域出身なので、和食っぽい方が喜ぶ。

 そんな彼らを一部の例外として、殆どの面々は肉が好きだった。筆頭はレレイだろう。お肉大好きお嬢さんだ。勿論、悠利のご飯が大好きな彼女は、魚料理でも素敵な笑顔で平らげてくれるけれど。


「どうせなら、喜んでくれる料理が良いからなぁ……」


 どうしようかなぁと悠利はうんうん唸っていた。塩焼きやムニエルという、どちらかというとシンプルな味付けの料理はあまり喜ばれなかった。フライや天ぷらも喜んではいたが、味付けがあっさりなのは事実だ。

 そこで悠利は思った。濃い味付けならば、魚料理でも喜んで食べてくれるのではないか、と。

 大食いメンツが好むのは、ご飯が進む味付けだ。肉は好きだが、その肉も照り焼きなどのしっかりとした味付けの方が人気が高い。解決の糸口を見出した気分だ。


「よし、サバの煮付けにしよう!」


 これならきっと大丈夫だと、悠利はうんうんと一人で頷いていた。

 サバの煮付けは砂糖と醤油で甘辛く味付けをして作る。その濃い味付けならば、お肉大好きな皆にも喜んでもらえるだろうと思ったのだ。少なくとも、悠利の認識ではご飯の進むおかずだったので。


「料理」

「あ、マグ、早いね。もう来たの?」

「終了」

「……えーっと、今日の分の修行が終わったってことで良いの、かな?」

「諾」


 食堂スペースで考え込んでいた悠利の背後に、いつの間にやらマグが立っていた。相変わらず気配も足音もしない少年だ。

 淡々と、言葉少なく事情を説明するマグに、悠利は何とか理解できた範囲で問いかければ、こくりと頷かれる。多少は理解できるようになってきたが、やはりまだマグの発言の意味を理解するのは難しかった。

 それでも、側にウルグスがいないときは、比較的解るように喋ってくれている気がする悠利だ。気のせいかもしれないし、話題が解りやすいだけなのかもしれない。それでも、何となくそう感じるので、そういうことだと思っておく悠利だった。思うのは自由なので。

 悠利がそんなことを考えてるとは思いもしないのだろう。マグは、じっと悠利を見ている。夕飯の準備をしないのか、と言いたげな顔で。


「それじゃ、マグが来てくれたから準備に取りかかろうかな」

「諾」

「今日のメインディッシュはサバの煮付けだよ」

「煮付け?」

「うん。魚をね、甘辛く煮たもののことだよ」


 悠利の説明に、マグは不思議そうに小首を傾げた。甘辛いは解るし、炊くも解る。ただ、魚を甘辛く煮るがイマイチ解らないらしい。

 そんなマグに悠利は少し考えてから、口を開いた。


「照り焼きに近い味付けかな?でも、焼くんじゃなくて煮るから、身が柔らかいんだよ」

「……」

「とりあえず、作ろうか」

「諾」


 やっぱりよく解らなかったらしいが、マグは悠利の呼びかけに素直に頷いた。照り焼きに近い味付けということで、未知への疑問は多少は薄れたらしい。濃い味付けだというのはちゃんと伝わったようだ。

 なので、2人で作業をするために台所スペースへと移動する。


「それじゃ、まずはサバの下処理だね」


 悠利が冷蔵庫から取りだしたのは、サバの切り身だ。手の大きさぐらいの切り身になっており、青光りする皮が目を引いた。港町ロカで買い求めてきた魚で、お店で既にこのように切り分けられていたのだ。

 サバの煮付けに使う食材は、サバともう一つ、生姜だ。水洗いした後にごろんとまな板の上に転がされた生姜を見て、マグは首を傾げている。何に使うの?みたいな気分なのだろう。そんなマグに、悠利はにこにこと笑った。


「生姜には臭み消しの効果があるんだよ。だから、サバの煮付けを作るときに一緒に入れると、サバの青臭さを消してくれるんだ」

「……臭み消し」

「お肉の臭い消しにハーブを使うのと同じようなものだよ」

「なるほど」


 悠利の説明に、マグは興味深そうに生姜を見ていた。他の何かの添え物とか味付けに使うぐらいの認識だった生姜に、そんなパワーがあったのかと言いたげだ。

 それにね、と悠利が言葉を続けると、マグはじっと視線を向ける。何だ、まだ何かあるのかと言いたげな瞳に、悠利は大真面目な顔で言い切った。


「臭い消しに使ったハーブは食べないけど、生姜は食べられます」

「……?」

「サバの煮付けに使った生姜は、甘辛い味付けになって美味しく食べることが出来るんだよ」

「……美味?」

「僕は割と好きかなー。ただ、生姜は生姜だから、苦手な人はいると思うけど」

「美味……」


 じぃっとマグはまな板の上の生姜を見た。お前、美味しくなるのか?という感じの視線だった。好みは割れるだろうが、サバの煮付けに入っている生姜はタレでしっかり煮込まれるので、味はちゃんとつく。また、しっかり煮込むことで柔らかくなっており、さっぱりとした口直しになったりする。

 とはいえ、やはり好みは割れる。生姜はあくまで臭い消しと割り切って、食べない人もいるだろう。悠利は食べる派なだけです。


「それじゃ、サバの皮にバッテンの切り込みを入れます」

「何故?」

「皮にバッテンを入れるのは、火が通りやすくするのと、身が縮まないようにらしいよ」

「諾」


 理由が解ればそれで構わないのか、マグは悠利に言われるままにサバの皮目に切り込みを入れていく。綺麗にバッテンが入るとちょっと嬉しい悠利だ。

 次に、生姜の皮の汚れのある部分を取り除いてから、スライスする。薄すぎず分厚すぎず、食感を楽しめる程度の薄切りに。悠利が見本を一つ作ると、マグはそれと同じように生姜を切っていく。そういうことは得意なマグだった。

 次に、煮汁を作る。使うのは、水と酒、砂糖、醤油、みりんだ。調味料を混ぜたら生姜を入れ、一煮立ちさせる。


「マグ、辛くないか味見してくれるかな」

「……問題無し」

「そっか。それじゃ、これで作るね」


 煮汁は醤油と砂糖で甘辛い感じに仕上げた煮汁。味見も終えて2人の味覚で問題がないとなったので、そこにサバの切り身を入れる。

 のだが、ここでポイントが一つあった。


「サバを入れるときは、沸騰しているところへ入れるんだよ」

「……?」

「煮汁のぽこぽこしてるところに、そっと入れるの。そうすると、サバの臭みが出ないからね」

「諾」


 悠利が手本として一切れ入れるのを見ていたマグは、同じように沸騰しているところを狙ってサバを入れていく。サバを入れるとその場所は一瞬冷えるので、他の場所に次の魚を入れることになる。

 なお、サバは皮を上にして入れる。なので、2人が頑張って入れたバッテンの切り込みが煮汁の隙間から見えていたりする。


「それじゃ、ここで秘密兵器です」

「……?」

「じゃじゃーん、落とし蓋ー」


 ご機嫌で悠利が取りだした物体に、マグは不思議そうな顔をしている。これは、ロカの街で悠利が買い求めておいた落とし蓋だ。

 落とし蓋とは、具材の上に載せることで煮汁がしっかり具材に染みこむようにする道具である。そして、悠利が購入したこの落とし蓋は、スライドさせることで円の大きさが変わるので、色々な大きさの調理器具に対応可能な優れものだ。

 悠利はぽこぽこと沸騰している鍋の中へ、落とし蓋を入れる。大きさを調整し、全面が隠れるようにすれば、泡が隙間から湧き出すように煮汁がぽこぽこしていた。


「こうするとね、上の方までしっかり煮汁が染みこむんだよ」

「便利」

「そう、便利だよねー」


 なるほどと言いたげなマグに、悠利はにこにこと笑った。落とし蓋は一つあると便利なので、今回手に入れることが出来てご機嫌な悠利なのだ。


「それじゃ、サバはこのまましばらく煮込むし、その後冷やして味を染みこませるから、その間に他の料理の準備をしようね」

「諾」


 メインディッシュの準備が終わったとはいえ、まだまだ作らなければならないものはある。悠利の言葉に、マグは力強く頷くのだった。




 そして、夕飯の時間である。

 メインディッシュとして並ぶ濃い茶色に染まったサバの切り身に、一同は興味津々だった。盛りつけるときに生姜を添え、煮汁をかけてある、なので、甘辛い匂いがふわんと漂っていた。


「サバの煮付けはお代わりがあるので、食べたい人はご自由にどうぞ。あ、小骨はちゃんと取って食べてくださいね!特に、ライスと一緒に食べようと思うなら、先にきちんと骨を取ってからでお願いします!」


 悠利の説明は、最後の部分が一部の面々に向けてとしか思えないものだった。照り焼きに似た匂いに反応し、ご飯と合体させようとしている気配がしたのだ。確かにサバの煮付けはご飯と食べると美味しいので、その考えは間違っていないのだが。

 ご飯と一緒に魚を食べるときは、小骨をしっかり取ってからでないととても危ない。何しろ、ご飯に紛れて骨に気付かないことがあるからだ。そうすると、喉に小骨が突き刺さってしまうこともあるのだ。

 なので、悠利は真っ先に注意喚起をしたのだった。

 悠利の説明を聞いた一同は、納得したように頷いている。一部、かぶりつこうとしていた面々は動きを止めていた。

 皆への注意喚起を終えた悠利は、改めてサバの煮付けに向き直る。火を止めてしばらく冷ましておいたので、全体にしっかりと味が染みこんでいるはずの、サバの煮付けだ。久しぶりの煮魚である。

 まずは、真ん中に箸を入れて半分に割ってしまう。そうすると小骨がぴょこりと頭を出した。小骨の位置を確認したら、目に見える分は箸で取ってしまう。そうしてから、一口サイズに解して口へと運ぶ。

 脂ののった身はふわりとしており、口の中で柔らかく解ける。甘辛い煮汁が中までしっかりと染みこんでいて、じゅわりと旨味が広がった。箸で割って確認した段階でも味が染みこんでいるのは解っていたが、実際に食べてみるとまた違う。

 醤油と砂糖ベースの甘辛い煮汁と、サバの旨味が良い感じに合わさっている。その濃厚な味わいを堪能したところで、口の中に生姜を放り込む。歯ごたえを多少残しながらも甘辛く煮込まれた生姜は、さっぱりさと濃厚さを併せ持っていた。こちらも絶品だ。


「んー、良い感じー。美味しいー」


 ご機嫌でサバの煮付けを食べる悠利。生姜ももりもり食べている。久しぶりの煮魚なので、ちょっとテンションが上がっていた。

 特に臭みも存在しないので、ぱくぱく食べることが出来る。落とし蓋もしっかり仕事をしてくれたらしい。久しぶりだが、ちゃんと作れて良かったと思う悠利の耳に、仲間達のご機嫌な声が届く。


「これ美味しいねー!お魚だけど味がしっかりしてるから、ライスいっぱい食べられちゃうよ!」

「レレイ、解ったからとりあえず、騒ぐな」

「お代わりあるって言ってたよね?貰わなくちゃ!」

「だから、騒ぐなって言ってんだよ」

「ふぎゅ……ッ」


 にこにこ笑顔で大満足と言いたげなレレイの頭を、クーレッシュはぐっと抑えた。突然のことに驚いたらしいレレイの口から変な声が出るが、彼女は気にしていなかった。美味しいよね?と問いかけてくるぐらいだ。

 はいはい、美味しい、美味しい、とレレイをあしらいながら、クーレッシュもサバの煮付けを食べている。なお、ちゃんと美味しいと思っているし、味わって食べている。単純に、隣のレレイの騒々しさに疲れているだけだ。

 あの二人相変わらずだなぁと思っている悠利。とはいえ、美味しいと思って食べてくれているのなら嬉しかった。特に、レレイは肉食の大食漢なので、その彼女の口に合ったのならこれ以上ない喜びだ。

 それが顔に出ていたのだろう。悠利の正面に座っていたアリーが、静かに問いかけた。


「どうした、ユーリ」

「へ?何がですか?」

「妙に嬉しそうだが」

「あぁ、それは」


 アリーの皿のサバの煮付けも順調に減っているのを確認して、悠利はやっぱり顔を緩めた。自然と緩んでしまうのだ。やはり、美味しいと思って食べてもらえるのは一番の喜びなので。

 なので、不思議そうなアリーに、悠利はその旨を素直に伝えた。


「皆が美味しいって言ってくれてるの、嬉しいなぁと思って」

「……今更、噛みしめるようなことでもないだろう?いつも、皆、お前の食事に喜んでるんだから」

「それはそうなんですけど」


 日常と何が違うのかと言いたげなアリーに、悠利ははにかんだように笑う。改めて口にするのはアレだが、やはり今回は目論見が当たったことがとても嬉しかったので。


「普段、魚より肉の方が人気があるじゃないですか」

「……あー、まぁな。肉の方が腹が満たされるんだろう」


 ライスも食えるし、とアリーが付け加えた言葉に、悠利も異論はなかった。むしろ、それを考えたからこそ、今日はサバの煮付けにしたのだ。甘辛い味付けならば、肉に対抗できると思って。


「別に、それが嫌なわけじゃないんですけど、どうせなら魚料理でもいっぱい喜んでもらえたら良いなぁと思って、今日は煮付けにしたんです」

「……ほお?」

「ライスがたくさん食べられるような味の濃い料理なら、肉と同じぐらい満足してもらえるんじゃないかと思って」


 成功しました!とキラキラと顔を輝かせる悠利の姿に、アリーは苦笑する。お前な、と何かを言いかけて、けれどアリーが口にしたのは別の言葉だった。


「お前がそうやって皆を思って作ってるから、あいつらも喜んで食べるんだろうな」

「はい?」

「お前の料理は美味いが、それでも皆が喜ぶのは、お前が食べる相手のことを考えて作ってるからだろう」


 アリーの言葉に、悠利は首を傾げた。確かに、今日は肉食の皆さんが喜んでくれるかと思って作った。それは事実だ。

 けれど、普段から全てそうかと言われると、首を傾げたくなる。なので、悠利は正直に自分の気持ちを口にした。


「……僕、自分が食べたいものを作ってますよ?」


 美味しいものを作って食べてもらうのも大好きだが、同時に自分が食べたいと思ったものを作るのも大好きなのが、悠利である。アリーもそれは解っているのか、心得ていると言いたげに頷いている。

 それもまた、事実だ。ただし、アリーの見解は悠利と一部異なる。


「お前、自分が食べたいと思って作るときでも、誰かが嫌がるものは作らないだろ」

「……嫌がるものを作って何か意味があるんですか?」


 はて?と首を傾げる悠利。

 料理の好みは千差万別で、万人が美味しいと思うものを作るのは難しい。なので、悠利の好物でも誰かが苦手なことはあるし、そういうときはその人のいない場合に作ることにしている。

 料理は美味しく食べてこそなので、嫌いなものを極力食卓に並べないようにというのが悠利の考えだ。

 勿論、好き嫌いせずにバランス良く食べるのは、栄養の面でも大事なことだ。けれど、嫌いなものをちゃんと咀嚼もせずに嫌々食べたところで、ちゃんと栄養にならないと思うのが悠利だ。だから、その辺りの配慮はなるべくしている。

 それらは、悠利にとっては当たり前のことだった。少しでも食べられるように味付けや調理に工夫をしたとして、本気で嫌がっているものを食べさせたりはしない。そういう風に彼は育てられたので。


「そうやって、お前は自然に誰かを思いやって作ってるだろ。だから、皆、お前の料理を楽しみにして、美味しいと言うんだ」

「……アレ?何か大袈裟になってる気がするんですけど」

「なってねぇよ。お前が思ってる以上に、お前がやってるのは凄いことだって話だ」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」


 よく解らないと言いたげな悠利に、アリーはきっぱりと言い切る。そうなのかなぁ?と首を傾げる悠利は、やっぱりその辺のことを解っていなかった。

 それでも、あちこちでお代わりの声が上がり、皆がサバの煮付けを美味しく食べてくれているのが解ると、細かいことは気にならなくなった。難しいことは考えない。

 ただ、自分が作った料理で皆が喜んでくれている。それが、悠利にとって何より重要なことなのだから。




 大鍋に大量に作ったサバの煮付けは皆に好評で、炊飯器の中のご飯と一緒に完食されるのでした。定番メニューが増えそうです。




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