書籍11巻部分

シンプル美味しい二枚貝の酒蒸し。


「おー、面白いぐらいに砂が残ってるな」

「上手に砂吐き出来た証拠だねー」

「こいつらに、こんだけ砂が入ってたんだな」

「だねー」


 のんびりとした会話をする悠利ゆうりとウルグス。彼らの視線の先には、ザルに引き上げた貝と、その貝が入っていたボウルがある。そのボウルの底、水の奥に残っていた砂を二人で眺めていたのだ。

 この貝は悠利が先日、港町ロカの街で買い求めた二枚貝だ。ハマグリぐらいの大きさの二枚貝で、白地に淡い青の模様が入っている。学名は別にあるらしいが、現地の人々の間ではアオガイと呼ばれて親しまれている貝だ。

 なお、悠利にとって重要なのは、貝の名前ではない。味である。酒蒸しに適した貝として買い求めたので、その美味しさが偽りなければ名前などどうでも良かった。

 販売していた女性に言われた通りに砂抜きを完了したアオガイに、悠利は満足そうに笑う。これだけきっちり砂を吐き出したということは、もう貝の中に砂はないだろう。砂が残っていると、食べたときにジャリッとして悲しくなるので。


「で、この貝を何にするんだ?」

「酒蒸しー」

「酒蒸し?」

「お酒と塩で貝を蒸すんだよ。スープに貝の味が滲み出て美味しいんだよねー」


 にこにこ笑う悠利に、なるほどとウルグスは頷いた。貝の酒蒸しを食べたことはないが、肉の酒蒸しを食べことはあるので、何となく味のイメージが出来たらしい。基本的には肉食で大食いに分類されるウルグスだが、別に魚介類も嫌いではない。

 幸いと言うべきか、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は貝を食べるのを嫌がったりはしない。タコやイカ、クラゲなどのぐにゃぐにゃした奴らに対しては微妙に警戒するが、貝や甲殻類は大丈夫らしい。

 悠利には全部美味しい食材なので、何で皆が嫌がるのかがさっぱり解らないのだが。まぁ、そこは食文化の違いなので致し方ない。美味しいと思う面々で食べれば良いだけなのだし。

 そこでふと、ウルグスが口を開いた。酒蒸しというメニューに思うところがあったのだ。


「もしかして、リヒトさんがいないからか?」

「別に、酒蒸しぐらいなら大丈夫かなと思うんだけどね。リヒトさんに気を遣わせるのもアレだし」

「リヒトさん真面目だから、気にするもんなぁ」

「そうなんだよねぇ……」


 面倒見が良くてお人好しな訓練生のお兄さんを思い浮かべて、悠利とウルグスはため息をついた。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属する面々は割と我が強い者が多いのだが、リヒトはその中では珍しくひたすらに善良でお人好しで苦労性だった。優しいお兄さんなので、悠利達は大好きなのだが。

 大柄な体躯に似合わず下戸という性質のリヒトは、酒が苦手だ。料理に少しばかり使われている程度なら平気だと言うが、それでもあまり得意ではないらしい。少なくとも、隠し味レベルを超えると困った顔をすることがある。

 別にそれはリヒトが悪いわけではないので、悠利は特に気にせず料理をしている。相手の体質に合わせて配慮をするのは普通だと思っているからだ。しかし、リヒトはそんな風に悠利や見習い組達に世話をかけるのを、申し訳なく思ってしまうのだ。真面目さんだった。

 なので、そのリヒトがいない今日、悠利はアオガイの酒蒸しを作ることに決めたのだ。火を入れるので酒精は飛ぶと思うのだが、何も考えずに美味しく食べられる面々で楽しむ方が良いと思ったので。


「酒蒸しって、難しいのか?」

「ううん。全然。調味料も酒と塩だけだしねー」


 そう言って笑いながら、悠利は砂を吐き終えたアオガイをごろごろとフライパンに並べていく。ハマグリみたいな大きさの二枚貝なので、大量に並べると圧巻である。

 そうして貝を並べると、悠利はどぱぱっと料理酒をフライパンの中に注ぐ。なお、思いっきり目分量だった。フライパンの底が見えなくなるぐらいに注ぐと、塩をぱらぱらと入れる。

「ちなみにそれ、量の目安ってあるのか?」

「……んー、酒はフライパンの底が見えないぐらいには、入れた方が良いと思う。塩はお好みかなぁ?」

「お好みなのかよ」

「後でバター入れるし」

「なるほど?」


 悠利の説明に、ウルグスは首を傾げつつも頷いた。説明になっているような、なっていないような、そんな感じだったので。

 そんな暢気な会話をしつつも、二人は調理に取りかかる。二枚貝の酒蒸しを作るときは、底の真っ直ぐなフライパンを使うと上手に並べることが出来て楽ちんだ。そして、使う蓋は中身が見えるタイプのものを選ぶと、更に楽ちんである。


「それじゃ、火を付けるね」

「おう。見てるだけで良いのか?」

「こうしてフライパンに蓋をして蒸し焼きみたいにして火を入れるんだー。それで、火が通って貝が口を開けたらお皿に取り出すんだよ」

「開いた奴から取り出すってことか?」

「うん。貝が口を開けたら火が通った証拠だからね」


 にこにこ笑顔の悠利の説明に、ウルグスはふむふむと頷くと、大真面目な顔でフライパンを見つめた。どうやら、いつ貝が開くか解らないからと真剣に見張っているらしい。

 そんなウルグスを見て、悠利は思わず小さく笑った。


「ユーリ?」

「あ、ごめん。そんなに真剣に見てなくても大丈夫だよ。ちょっとぐらい気付かなくても平気」

「そうか?でもやっぱり、ちゃんとしたいだろ」

「それはそうだけどね。少なくとも、フライパンの中身が温まるまでは大丈夫だよ」


 悠利の説明に納得したらしいウルグスは、フライパンからそっと離れた。他の料理の準備も進めなければいけないからだ。その辺りの段取りは慣れてきたウルグスである。

 他の作業をしている間に、フライパンからカチャカチャと言う音が聞こえてくる。ひょいと二人でフライパンを覗き込むと、幾つかの貝が口を開けていた。


「よーし、開いてるやつをお皿に取り出すよー」

「おー」


 蓋を外して二人でせっせと開いたアオガイを皿へと移動させる。一つを移動させている間に次の貝がぱかっと口を開けているので、エンドレスだった。

 そんなこんなで口を開けた全てのアオガイを取りだした二人だが、フライパンの中には二つほどまだアオガイが残っている。どれだけ火を入れても口を開かないのだ。


「なぁ、ユーリ、これ、何で開かないんだ?」

「んー、開かない貝もあるんだよねー。そういうのは諦めて捨てちゃうんだ」

「捨てるのか?」

「うん。口を開かない貝は死んでる貝だから食べるのはよしなさいって、お母さんに言われてるんだよね」

「そうか」


 真偽のほどは定かではないが、火を入れても開かない貝を食べるのは面倒でもあった。何しろ、開いていないのだから身を取り出すためには割らなければならない。そういう意味でも、悠利は口を開かなかったアオガイは生ゴミとしてそっと除けた。

 ……なお、この口を開かなかった恐らく死んでいたであろうアオガイは、ルークスに処理されることが確定している。生ゴミ処理は己の仕事だと思っている出来るスライムは、こういうときにもお役立ちだった。


「これで完成か?」

「ううん。全部の貝が開いたら、もう一度フライパンに戻してバターを絡めて完成」

「ほうほう」

「バターを入れないであっさり作っても良いんだけどね。今日はバターを入れたかったから」

「なるほど」


 悠利が付け加えた一言に、ウルグスは大真面目に頷いた。大体悠利はいつもこんな感じなので、ウルグスも慣れていると言えた。お前いつもそうだもんなと言いたげな顔である。割とそのときに食べたいものを作る悠利なので。

 そんなわけで、悠利はガラガラと皿に入っている口を開けたアオガイを全てフライパンに戻す。弱火で火を付け、そこへバターを投入したら全体を混ぜ合わせる。

 溶けたバターは、フライパンの中に残っている酒と混ざり合って良い匂いをさせている。入れたのは酒と塩だけなのだが、蓋をして火を入れていたので水分が溜まって美味しそうなスープになっているのだ。

 バターが全て溶け、全体に絡んだのを確認したら火を止める。


「はい、これで完成」

「良い匂いだな」

「味見する?」

「する」


 即答するウルグスだった。味見は料理当番の特権である。むしろしないという選択肢が存在しないと言っても過言ではない。

 バターの絡んだアオガイを二つ小皿に取り出すと、悠利は貝の身を外す。殻を手で支えて箸で引っ張れば、肉厚の身はぽろりと外れた。貝柱が上手に外れずに残った片方は、箸でそぎ落とすようにして削ると取れた。


「それじゃ、いただきまーす」

「いただきます」


 ぱっくんと二人同時にアオガイを口に含む。大ぶりサイズなので、口の中に入れた身は噛み応え十分だった。最初に感じるのはバターの風味だ。それを包み込む酒の香りと、ほんのりと舌に残る塩味。けれど何より口に残るのは、身を噛んだ瞬間に広がる貝の旨味だった。 弾力のあるアオガイには、旨味がぎっしりと詰まっていた。肉汁のように広がる液体が口の中で踊る。そのアオガイ本来の旨味に、バターと酒、塩のシンプルな味が加わって絶妙なハーモニーを奏でている。

 決して濃い味付けではない。ご飯が進む味付けでもないだろう。それでも、口に広がる旨味は、悠利とウルグスを満足させた。


「美味しいね」

「噛み応えがあって良い感じ」

「これはアオガイが美味しいからだと思うんだよねー。やっぱり港町の魚介類は美味しい」

「色々美味かったもんなぁ」

「ねー」


 味見をしたアオガイの美味しさを噛みしめつつ、港町ロカで食べた数々の海鮮料理を思い出す悠利とウルグス。アレはとても美味しかったと二人揃って幸せな記憶を反芻するのだった。




 そして、昼食の時間である。

 本日のメニューはアオガイの酒蒸しをメインディッシュに、ベーコンの入った野菜炒め、キュウリ、人参、大根などの野菜スティックに、茸をふんだんに使った野菜スープとなっている。ご飯かパンかはお好みで。


「それじゃあ、いただきます」

「「いただきます」」


 悠利の音頭に合わせて全員で唱和して、食事が始まる。皆の注目はメインディッシュのアオガイの酒蒸し(バター風味)に向かっており、各テーブルの中央に置かれた大皿から小皿に取って食べている。

 殻から外したアオガイの身をすぐに食べる者もいれば、幾つか外してためてから一気に食べる者もいる。その辺も色々だった。

 悠利と同じテーブルについているのはロイリス、ミルレイン、そしてアロールの三人だ。この中で一番よく食べるのはミルレインなので、自然と大皿は彼女に近い場所に置かれている。


「これもユーリが買ってきたやつ?」

「そう。港町ロカの辺りでよく採れるんだって。見た目が青いからアオガイって呼ばれてるらしいよ」

「呼ばれてるらしいってことは、正式名称は違うってこと?」

「うん。でも、お店の人はアオガイとしか呼んでなかったよ」

「ふうん。まぁ、割とよくあることだよね」


 相変わらずの淡々とした風情だが、黙々とアオガイの身を外しているのでどうやらアロールのお口に合ったらしいと判断する悠利。色々とお年頃な十歳児の僕っ娘は、素直に好きを表現しないのだ。それが解っているので気にしない悠利だった。

 なお、ミルレインは外しては食べ、外しては食べで、顔をキラキラと輝かせている。どうやらお口にあったらしい。美味いな、と笑う顔は本当に幸せそうだ。

 ロイリスも同じくで、自分の胃袋と相談しつつアオガイを堪能している。いささか小柄なロイリスは口も小さく、大ぶりなアオガイの身を口に入れる際にはやや大きく口を開けているのが愛らしい。ハーフリング族なので、年齢より幼く見える外見の影響もあるだろう。

 とにかく、悠利は仲間達が美味しそうにアオガイの酒蒸しを堪能してくれているのが嬉しかった。別のテーブルでもわいわい言いながら皆が美味しそうに食べてくれているので、幸せ倍増だ。やはり料理は、誰かに美味しく食べてもらってこそなので。


「やっぱり、港町の貝は美味しいな、ユーリ!」

「そうですね。王都でも魚介類は買えますけど、やっぱり港町のものは格別だと僕も思います」

「うん。鮮度が良いとか質が良いとかもあるんだけど、やっぱり一番重要なのは」

「「重要なのは?」」


 大真面目な顔をした悠利に、ミルレインとロイリスは息を飲んだ。そんな三人を見ながら、アロールは微妙な顔をしていた。彼女には悠利が何を言い出すかの想像がついていたのだ。

 そして、その期待を一切裏切らないのが悠利だった。


「値段が安い!」


 ぐっと拳を握り締め、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の家事を一手に担う主夫は力強く宣言した。何かを噛みしめるような顔だった。

 なお、そんな悠利の返答に、ミルレインもロイリスもぽかんとしている。アロールだけがただ一人、だよなーと言いたげな顔で食事を続けていた。察しの良い僕っ娘である。


「ゆ、ユーリ?」

「同じものを王都で買おうとすると値段が全然違うんだよね!しかも、市場特有の空気感なのか、お店の人が目一杯オマケしてくれるし……!安くて美味しくて、更にオマケまでもらえるんて、もう最高だよ!」

「ユーリ、落ち着けー」

「だって、本当にお得なんだよ!?」

「アンタ本当にただの主夫だよな!?」

「食費もバカにならないんだよ、うち!」


 ミルレインの渾身のツッコミも、悠利には届かなかった。食べ盛りの年代が多い上に、大人組も身体が資本の冒険者。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のエンゲル係数は割とえげつないのだ。

 もっとも、皆が飢えないように食費はきっちりと用意されている。たまーにバカをやった面々が食事抜きというお仕置きを受けることがあるものの、基本的には食事は十分に取らせるというのがアリーの方針だ。食事は全てに通じるので。

 そんな風にミルレインと悠利が言い合っているうちに、アロールが最後のアオガイを食べ終えた。殻のなくなった大皿にはアオガイの旨味とバターや酒の風味がたっぷりのスープが残っている。

 しばらく考えたアロールは、未だに言い合いを続けている悠利の頭を、隣に座っている利点を生かしてぺしりと叩いた。勿論、痛くない程度の力で。


「え?何、アロール」

「問答してるのも良いけど、このスープどうしたら良い?他のテーブルでも残ってるみたいだけど」

「あー。そのまま飲んでもいいけど」

「けど?」


 そこまで言って、悠利はしばらく考え込む。そして、口を開いた。


「まだお腹に余裕がある人ー」


 悠利の能天気な問いかけに、全員がしゅばっと手を挙げた。満場一致だった。

 なお、皆が一斉に手を挙げたのには理由がある。悠利がこういうことを聞くときは、もう一品美味しい料理が増えるからだ。その機会をみすみす見逃すような愚か者はいなかった。

 ……《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は、順調に悠利に胃袋を掴まれているのです。

 そんな皆の反応を見て、悠利はにっこりと笑った。


「それじゃ、アオガイのスープを一度回収しますー。ちょっと待っててくださいねー」


 いつも通りののんびりとした口調で告げると、悠利は大皿を回収して台所へと向かう。手伝うことがあるのかと腰を上げたウルグスには、大丈夫と食事を続けるように告げた。実際、ウルグスに手伝ってもらうほどではないのだ。

 各テーブルから回収したアオガイの酒蒸しが入っていた皿。悠利は大きなボウルとザルを取り出して重ねると、皿の中に残っていたスープをザルに全部注いだ。スープに混ざっていた殻の破片が全て取り除かれて、ボウルには液体だけが残る。

 ザルで濾して殻を取り除いたスープを、悠利はフライパンに入れて弱火で温める。やや固まっていたバターが再び溶けて、良い匂いが漂う。そしてそこに、愛用の学生鞄から取りだしたパスタを投入した。

 ……そう、茹で上がった直後の、熱々ほかほかのパスタを。


「待って」

「ん?どうかした、アロール?」


 何をやるのだろうと興味本位で見学していたアロールから、ツッコミが入る。しかし、悠利は細かいことを気にしておらず、くつくつと火の入ったアオガイの酒蒸しのスープにパスタを絡めている。

 しかし、アロールのツッコミも尤もだった。何故、いきなり学生鞄からパスタが出てくるのか。意味が解らなくても無理はない。


「君の鞄、どうなってんの?っていうか、何を入れてるんだよ!」

「突然お腹が空いたって言われたときのために、パスタとうどんは茹でたてを幾つかストックしてます」

「バカなの!?」


 そんな、冷蔵庫に腹を減らした息子用におにぎりを常備しています、みたいなノリで言われても困るアロールだった。ちなみに、おにぎりも学生鞄に常備されているし、おやつも飲み物も常備されている。

 容量無制限かつ時間停止機能の付いた魔法鞄マジックバッグの使い方を、色んな意味で間違えている悠利だった。いや、ある意味ではとても上手に使いこなしているのだが。

 そんなやりとりをしている間に、酒蒸しのスープで味付けをしたシンプルなパスタが完成した。なお、具材はないし、分量もそれほど多くはない。全員に一口分ずつ行き渡る程度だろう。


「パスタ食べる余力がある人は、お皿を持って並んでくださーい」


 台所スペースから食堂スペースに移動した悠利がカウンター付近で呼びかけると、仲間達は行儀良く皿を手に並んだ。実によく教育されている。

 その皿にアオガイの酒蒸し味のパスタを盛りつける悠利。分量が少ないことについては、誰からも文句が出なかった。何しろこれは、悠利の気まぐれで増えた追加メニューなのだから。

 全員に配り終えた悠利は、フライパンを食事を終えていたルークスに預けてテーブルに戻る。ルークスは心得たもので、フライパンにたっぷりと付いた汚れを丁寧に落としている。お役立ちである。


「パスタのお味はどうー?」

「「美味しい」」


 席に着きながら悠利が口にした問いかけに、味わうようにパスタを食べていたロイリス、ミルレイン、アロールが異口同音に返答した。ちゅるんと口の中にパスタを吸い込む動きが揃っていて、妙に可愛らしかった。

 三人の答えに満足そうに笑うと、悠利もパスタに手を伸ばす。アオガイの旨味がたっぷりと出た酒蒸しのスープと絡んだパスタだ。他に具材は何もないが、だからこそ貝の旨味が強調される。口に含んだ瞬間に広がる旨味に、思わず笑みがこぼれた。

 パスタとバターの相性は悪くないし、貝との相性も悪くない。シンプルに仕上げたアオガイの酒蒸しの旨味をぎゅぎゅっと凝縮したようなパスタだ。これで美味しくないわけがなかった。


「んー。美味しいー」


 なので、悠利の顔もへにゃりと綻んだ。美味しいものを食べると、どうしても顔が緩んでしまうのだ。

 そんな悠利に、ぺろりとパスタを平らげたアロールが口を開いた。


「これ、美味しいんだから最初からパスタにしておけば良かったんじゃないの?貝を具材にして」

「それも考えたんだけどねー」


 アロールの提案に、悠利は遠い目をした。何でそんな顔をするんだと言いたげなアロールに、悠利はあははと笑った。


「パスタにしようと思ったら、アオガイがちょっと足りないかなーと思って」

「「……あ」」


 なるほど、と三人は納得した。

 おかずの一つとして酒蒸しを楽しむならば、足りる分量。しかし、パスタの具材として考えると、人数の関係でアオガイが足りなかったということなのだろう。貝のパスタと言いつつ貝が少ないと、ちょっとばかり寂しいので。

 それなら仕方ないなと言いたげに頷いて、三人は美味しいパスタを食べられた幸福に感謝するのだった。




 なお、酒蒸しからパスタになると知ったレレイが、「お肉で!お肉の酒蒸しでパスタを!」と悠利に詰め寄る一幕があったのだが、まぁ、いつものことです。




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