海の家のご飯は美味しいです。


 ぐぎゅるるる……。

 何かの音が聞こえた。まるで、獣のうなり声のようなそれは、静かに、けれど確かに続いている。しかも、特筆すべきは、それが複数あることだろうか。

 悠利ゆうりが視線を向ければ、それまで元気にはしゃいでいた仲間達の何人かが、そっと腹に手を当てて目を逸らしていた。どうやら、彼らの腹の虫が鳴ったらしい。


「あはは。もうそろそろお昼ご飯の時間だもんね。何か食べようか」

「「賛成ー!」」

「それじゃ、海の家でご飯買ってこようー!」

「「おー!」」


 悠利の提案に満場一致で賛成し、皆は海の家へと向かう。途中で、一番足の速いレレイが荷物置き場へ走り、財布を手に戻ってきた。買い物をするにはお金が必要なので。

 海の家では、店内で食べるのと持ち帰って食べるのと二種類が存在した。悠利達はテーブルや椅子を借りているので、持ち帰りを選択した。

 焼き物や汁物料理、冷たい飲み物から手軽に食べられるパンなど、色々な料理が揃っている。ついでにお酒もあったが、迷わずそちらへ向かいそうだったレレイの襟首は、察知したクーレッシュに掴まれていた。

 ちなみに、クーレッシュがレレイを掴んだのは、食後にまだ泳ぎの練習が残っているからだ。流石に、飲酒した後に海に入るのは危ないので止めたのだった。

 いきなり大人数で現れた悠利達を見ても、店員は驚きも慌てもしなかった。慣れているらしい。それぞれ思い思いに欲しいものを注文して、うきうきでアリーとジェイクが待機している休憩場所へと移動する。両手にたっぷり料理を抱えて戻ってきた悠利達を見て、ジェイクは楽しそうに笑った。


「いやー、たくさん買いましたねー。皆さんお腹減ってるんですか?」

「「腹ぺこです!」」

「あははは。それじゃ、椅子は譲った方が良いですかね?」


 ゆっくりと椅子から立ち上がろうとしたジェイクだが、料理をテーブルに置いた面々は揃って頭を振った。きょとんとするジェイクに対して、それぞれ感想を口にした。


「あたし、立って食べるから平気でーす」

「オイラ、地面に座るんで大丈夫です」

「空いてる椅子でどうにかするんで平気です」

「アレ?そうなの?食事するなら椅子に座った方が良いかと思ったんだけど」

「「ジェイクさんを立たせるのは心配なので良いです」」

「僕、流石に立ってるだけで倒れたりはしないよ!?」


 レレイ、ヤック、カミールの三人の言い分に首を傾げたジェイク。そんなジェイクに、三人は本心をぶっちゃけた。遠慮の欠片もない。ジェイクの体力をまったく信用していなかった。

 まぁ、言い方はアレだが、一応ジェイクを心配しているというのは全員共通なのだろう。その優しさに甘える結果になったジェイクは、ちょっとぼやきつつ皆が買ってきたジュースを飲んでいた。動いていないのでお腹はあまり減っていないらしい。


「足りなくなったらまた買いに行くから、喧嘩しないで食べようねー!」

「「おー!」」

「それじゃ、いただきまーす!」

「「いただきます!」」


 いつものように悠利の合図で唱和して、皆は海の家で買ってきた料理に手を伸ばす。育ち盛りの面々が騒々しく食事をするのを、大人組は飲み物片手に見守っていた。落ち着いてから食べるつもりらし。割と正しい判断である。


「んー、甘辛い味付けが美味しー」


 がじがじと悠利がかぶりついているのは、イカを丸ごと串に刺して焼いたものだ。焼いた後に甘辛いタレを塗ってもう一度焼いているらしく、炭火の香ばしさとタレの濃厚な味わいがマッチしている。

 がぶりとかじり付けば、イカの弾力が歯に伝わる。けれど、随所随所に切り込みが入れてあるので比較的食べやすい。ぎゅっと濃縮された旨味も合わさって、匂いだけでも食欲をそそる。


「これ、パスタともうどんとも違うけど、美味しいよ!」

「何だろう、この麺。よくわかんねぇけど美味い」

「……え?もしかして、何か解らずに買ってきたの?」

「「美味しそうだったから」」

「わぁ」


 もぐもぐとレレイとウルグスが食べているのは、どう見ても焼きそばだった。中華そばあったんだなーと思った悠利は、ソースの香ばしい匂いに誘われて焼きそばを購入した。が、隣で同じように購入していた二人は、まったく知らないで買ったらしい。

 逆に、ソースの匂いだけで見知らぬ料理だろうと購入させてしまう魔力があるのかもしれない。海の家と焼きそばのコンボは強かった。


「それは焼きそばだから、うどんやパスタとは違う麺だよ。あ、そうだ。中華そばあるなら買って帰ろうっと。ラーメン作れるし!」

「料理じゃなくて麺を買うの?」

「麺を買ったらアジトでも作れるし」


 通常運転の悠利だった。その悠利の発言に、レレイはハッとしたような顔をする。顔を輝かせて、悠利に問いかけた。


「ねぇ、それじゃあ、アジトでもこの焼きそばって作れるの?」

「んー、味付けに使うソースを作れば出来るかなー。あ、塩味の海鮮焼きそばなら簡単に出来るかも」

「やったー!じゃあ、いっぱい麺買って帰ろう、ユーリ!」

「そうだね」


 食欲の権化レレイは己の欲求に素直だった。ついでに、料理大好きな悠利も自分の欲求に正直だった。和気藹々と盛り上がっている二人の隣で、ウルグスは黙々と焼きそばを食べていた。

 中太麺の焼きそばなので、食べ応えがある。ソースの食欲をそそる匂いと、それが焦がされた香ばしさが相乗効果を引き起こしている。具材はキャベツとタマネギと人参と魚介だった。海の家らしく、ふんだんにイカや貝柱、海老などが入っている。


「……っていうか、お前良くそれ食べられるよな?」

「え?それって、イカのこと?」

「おう。何かこう、食べるの躊躇しねぇの?」

「僕の故郷では普通に食材だし。タコもイカも」

「……お前の故郷、割と何でも食うよな」

「島国だったから、海産物は割と何でも食べるよ」

「強ぇ……」


 もぐもぐとイカ焼きを食べる悠利に、クーレッシュは遠い目をした。山育ちのクーレッシュなので、魚以外の魚介類は食べ慣れていないものもあるのだ。海老や蟹などの甲殻類はまだ良いらしいが、イカやタコ、クラゲなどの軟体系は見た目の印象とあいまってちょっと苦手らしい。

 しかし、悠利にしてみれば美味しい食材だ。取れたて新鮮なイカの丸焼きなんて、ごちそう以外の何でもない。

 そして、悠利と同じようなことを考えて食事に勤しんでいるのが、イレイシアだった。こちらは、焼いて輪切りにしたイカを食べている。下味に軽く塩が振ってあるが、それ以外はめぼしい味付けはない。レモンを搾ってかけただけで、追加調味料もなし。けれど、そのシンプルさがかえってイカの旨味を引き出していた。


「美味しいですわ……」


 ほう、と幸せそうに輪切りのイカを口に運ぶ美少女。普段浮かべる穏やかな微笑みとはまた違う、心の底から幸せだと言いたげな笑顔だ。美味しいものを食べると、自然と素晴らしい笑みがこぼれるのは万国共通なのかもしれない。美味しいは偉大です。

 普段はそれほど食べないイレイシアだが、好物の魚介類が豊富だということで、よく食べている。そんな彼女の姿を、大人組は慈愛に満ちた視線で見詰めていた。幸せそうに食べるイレイシアが微笑ましいのだ。


「割と味の濃い料理が多い感じがよねー」

「遊びまくった後に食べるからじゃね?」

「私としては、デザートっぽいのがもうちょっと欲しいわ」

「いや、お前は何を求めてきてるんだよ」

「私はいつだってスイーツを求めて生きてるわよ!」


 貝柱の串焼きを食べながらヘルミーネがぼやく。それに対するクーレッシュの指摘は、多分間違ってはいないのだろう。後、何となく酒に合いそうなメニューが多い感じだった。酒も取りそろえてあるので、そういうことなのだろう。

 そして、ヘルミーネは安定のヘルミーネだった。彼女はスイーツが大好きだ。海の家でも自分の欲求には忠実だ。

 なお、あまりにもいつも通り過ぎるので誰一人として彼女の発言を取り合わなかった。


「ところでフラウ、貴方ずーっと泳いでいたんですか?」

「ん?途中で潜る方に変更したが」

「私が聞いているのは、そういうことじゃないんですよ?」

「と、言われてもな。せっかくの機会なので、勘を取り戻しておきたかったんだ」

「まったくもう……」


 今日は休暇なんですよ、と疲れたようにため息をつくティファーナ。フラウは全然気にしていなかった。一応彼女なりに休暇を楽しんではいるのだ。誰かに強制されるわけではない鍛錬は、遊んでいるようなものなので。

 それに、海の水が綺麗なので、潜って見えた景色に心を癒やされたのも事実だ。綺麗な貝殻や石もあったので、後で少女達に教えてやろうと思っている程度には、休暇を満喫しているフラウお姉さんである。


「マグ、お前さっきからそのスープばっかり飲んでるけど、どうしたんだ?」

「美味」

「は?」

「美味」


 喋る暇さえ面倒くさいと言いたげに、マグはひたすらスープを飲んでいた。カミールの問いかけにも返事らしい返事をしない。困惑したカミールは、隣のウルグスに視線を向けた。

 マグの言っていることがよく解らないときは、とりあえずウルグスに通訳を頼むはお約束だった。


「いや、何か、めっちゃ美味いらしい。ユーリ、これ何だ?」

「え?あおさのスープ」

「あおさ?」

「えーっと、海藻。昆布だしが好きなマグだから、こういう味が好きなんじゃないかな?」

「「なるほど」」


 悠利の説明に、皆は納得した。納得しか出来なかった。出汁の信者のマグであるが、まさか出先でまで出汁を発見しているとは思わなかった。そういえば注文するときに、やたらとスープを求めていたなぁと思い出す悠利達だった。流石の嗅覚である。


「まぁ、マグが大人しいならそれで良いか」

「他の料理の争奪戦が楽にな、……って、レレイさん、俺らの分!」

「んー?まだあるよー?」

「いや、めっちゃ減ってますよね!?」


 何やら静かだと思ったら、延々と食べ続けていたらしいレレイによって、テーブルの上の料理はどんどん減っていた。通常運転すぎる。

 なお、レレイと付き合いの長いクーレッシュは、ちゃんと自分の食べる分は確保している。レレイは他人の分には手を伸ばさないので。

 騒々しい皆に苦笑して、悠利は料理の追加を買うために立ち上がる。賑やかな昼食は、まだまだ続くのでした。




 そして、全員が食事を終えて休憩をしていたときのことだった。食べてすぐに泳ぎに行くのはよろしくないというので休んでいたのだが、不意に響いた叫び声に全員弾かれたように立ち上がった。

 声が聞こえてきたのは、海の方からだった。視線を向ければ、何か大きな影が魔物除けのロープの向こうからこちら側に入ってきている。魚ではあり得ない大きさの影に、その場に緊張が走る。


「アリーさん、アレって……!」

「何でこんなとこにいやがる……!ありゃあ、もっと沖合に出没する魔物だろうが……!」


 悠利の問いかけに、アリーは叫んだ。即座に荷物置き場に置いてあった魔法鞄マジックバッグから武器を取り出し、走り出す。戦闘経験のある大人組と訓練生も、同じように走り出した。残っているのは、悠利とジェイクと見習い組とルークスだけだ。

 そう、いつもならばこういうときは待機しているはずのイレイシアが、いなかった。


「え?イレイス!?」

「イレイスさんならあそこだ!最初に走り出してたぞ!」

「えぇええええ!?」


 何で!?と驚愕の声を上げる悠利に答えられる者はいなかった。吟遊詩人のイレイシアは、非戦闘員だ。外に出るときは武器としてデスサイズめいた鎌を持っているが、基本的に彼女は後方支援だし、戦闘に参加しない。それなのに、今、何故飛び出していったのかが解らない。

 更に言えば、イレイシアは丸腰だった。武装しないで走り出した意味が解らない。

 そんな風に困惑している皆の視界で、イレイシアが海に飛び込んだ。次の瞬間、水面をぱしゃんと叩いたのは魚の尾びれ。人魚の姿を惜しげもなく晒して彼女が泳ぐその先にあるものを見て、何故彼女がそんな行動を取ったのかを、皆が理解した。


「子供……!」

「イレイス、急いで……!」


 巨大な影が動けずにいる子供に襲いかかろうとするが、寸前でイレイシアがその身体を抱えて泳いだ。子供一人抱えているとは思えない速さで、それも呼吸が出来るようにその子供の顔を水面に出した状態で泳ぐイレイシア。流石は人魚だった。

 その背後から襲いかかろうとした影に向けて、矢が放たれる。浜辺に立ったフラウと、水上を飛行するヘルミーネだ。アリーが二人に指示を飛ばしているのは、影の急所を伝えているのだろう。クーレッシュとレレイは陸上から投擲武器を使って援護するぐらいしか出来ない。直接殴れないので、レレイは地団駄を踏んでいた。


「キュ」

「ルーちゃん、どうしたの?」

「キュキュー?キュウ?」

「え、何、どうしたの?」


 アリー達が牽制している影を見ていたルークスが、不思議そうに首を傾げる。次いで、困ったようにおろおろしていた。悠利の問いかけにも、何かを言おうとしているのだが、上手に伝わらなくて困っている。

 そもそも、悠利にはルークスの言葉は解らないのだ。ここにアロールがいてくれればと思う悠利だった。


「リーダー達、やっぱり手こずってるのか」

「水の中だしな」

「いえいえ、違いますよ。本気で攻撃できるならしています。今はまだ、無理なだけです」

「「え?」」


 のんびりとした様子で眼前の光景を眺めていたジェイクが突然口を開いたので、詳しい説明を求めた。というか、もうちょっと焦ってほしいと思う悠利達だった。


「今は、逃げ遅れた人々の避難が優先ですよ。ですから、イレイスの行動を妨げないように攻撃するしか出来ないんです」

「あ」

「なるほど」


 とても解りやすいジェイク先生の説明だった。アリーの指示の元、弓兵二人が魔物を牽制し、イレイシアがその間に逃げ遅れた人々、主に子供を救出している。水を得た魚のように動くイレイシアの活躍で、避難は順調に進みそうだった。

 ちなみに浅瀬までイレイシアが運んできた子供は、クーレッシュとレレイが避難誘導をしている。


「キュキュキュー!」

「いたっ……!ちょ、ルーちゃん本当にどうしたの?何で僕の足を叩くの?」

「キュイ、キュウ!」


 僕の話を聞いてー!と言いたげにルークスは悠利の足をぺしぺし叩く。珍しい行動に驚く悠利の足下で、ルークスは自分の身体の一部を変形させて何かを伝えようとしてくる。

 身体の一部を伸ばして作った小さな何かを、ルークスは抱っこするようにして身体をゆらゆらさせる。悠利がちゃんと見ているのを理解したら、次はその抱いていた物体を自分から離れた場所に転がす。……なお、身体の一部なので繋がっているのだが、つなぎ目を細くして放り投げたように見せていた。芸人一座との一件以来、奇妙に小技が得意になったルークスである。

 それはさておき、ころんころんと転がった物体に悠利が視線を向けていると、ルークスはそれがまるで見えないかのようにきょろきょろし始める。一生懸命探しています、でも見つからないんです、という感じだ。

 それを見て、悠利はハッとしたようにルークスを見た。


「ルーちゃん、あの魔物が何かを探してるって言いたいの?」

「キュ!」

「いったい何を探し、……もしかして、子供?」

「キュ!」

「大変じゃない……!」


 その通りだと言いたげにルークスは頷く。顔色を変えた悠利は、ルークスを伴って駆けだした。何が起きたのか解らない見習い組は、追うか追うまいか困っている間に、ジェイクにポンと肩を叩かれた。


「ユーリくんは何かやることがあるから行っただけで、僕達はここで待ってるのが得策だからね。追いかけようとしないこと」

「で、でも!」

「避難は順調に終わってるみたいだから、邪魔になるでしょー」

「けど!」

「戦闘訓練を受けてる訓練生ならともかく、君達はまだ見習いだからねー?」

「だけど!」


 重ねて言われてもイマイチ納得できていないらしい見習い達。はぁとため息をついた次の瞬間、ジェイクは腕を振った。


「うわっ!?」

「な、何これ……!?」

「ジェイクさん!?」

「……何故」

「足手まといは大人しく待ってるのもお仕事なので、じっとしてなさい」

「「だからって、鞭で縛ることないでしょ!」」


 ダメですよ、とたしなめるような口調でジェイクは言う。その手に握られているのは鞭の柄で、その先にはぐるぐる巻きにされた見習い組四人がいた。全員まとめてぐるんぐるんである。大人しく黙っていたのに自分まで一緒に巻かれたことに、マグが少し不満そうだった。


「マグは、何も言わないけど動く可能性があったからですよー」

「てか、お前避けられなかったのか?」

「……気配」

「……あぁ、ジェイクさん、攻撃する意志みたいな気配、薄いもんな……」

「不覚……」


 悔しそうなマグと、遠い目をするウルグス。何とか抜け出そうともぞもぞしているヤックと、色々諦めたカミール。賑やかな見習い組を見詰めて、大人しく待ってましょうねーと笑うジェイクだった。

 そんな風に後方で賑やかなやりとりが繰り広げられているとは梅雨知らずの悠利は、ルークスと一緒に走っていた。突然やってきた悠利に、アリーが思わず怒鳴る。


「何でこっちに来てんだ!」

「アリーさん、あの魔物、子供を探してるみたいなんです!」

「はぁ!?子供!?」

「子供を探して、こんなところまで来てるみたいなんです。だから、子供を探してあげたら大人しく戻ってくれるかもしれません」

「どうやって探せって言うんだ……!」


 悠利の提案に、アリーが怒鳴り返す。魔物の子供を探すとしたら、海の中である。しかし、今、海の中には荒れ狂う魔物がいる。人魚のイレイシアならば泳いで探すことが出来るだろうが、危険すぎる。


「とりあえず、ルーちゃんはこっちでも探すのを手伝うって伝えてきて!」

「キュピー!」


 任せて!と言いたげにルークスはぴょんと海へ向けて飛び跳ねた。ヤック達と競争していたときのように、身体の一部をオールのような形にして魔物に向けて突撃していく。


「ユーリ、お前の言ってることが事実だとして、実際に子供を見つけ出さないと止まらないかもしれんぞ」

「解ってます。だから、探さないと。多分、子供だから網の隙間からこちら側に来ちゃったんだと思います」

「その可能性は解るが、どうやって探し、」


 そこでアリーは言葉を切った。海を見詰める悠利の瞳の変化に気付いたからだ。アリーと会話をしているが、アリーを見ていない。それは海を見ているのだから良い。けれど、海を見ているのに海を見ているわけでもない。

 鑑定持ちのアリーには、悠利が何をしているのかが理解できた。


「お前、海を鑑定してるのか……!?」


 鑑定能力を使ってトラップの有無を確認することはある。けれど、ダンジョンでもない海を鑑定するという発想は、アリーにはなかった。

 ……そしてまた、広大な海を鑑定し、そこから目当ての情報を得ることは、アリーにも難しい。不可能ではない。ただ、情報処理が追いつかない。視界に移る全てを鑑定するというのは、そういうことだ。

 けれど、悠利が所持している技能スキルは【神の瞳】。鑑定系最強のチート技能スキル。更に、使用者に一切の負担をかけない。

 そして、使用者に合わせてアップデートをし続ける、別の方向に規格外の技能スキルでもあった。




――サードアイシャークの子供。

  三つの目を持つサメの魔物、サードアイシャークの子供。

  親元から巣立つ前なので能力値は低い。

  健康状態は優良。ただし、網と岩の間に挟まれて動けない。

  好奇心旺盛であちこち移動したあげく、岩にハマって動けなくなった迷子です。

  本来は攻撃的ですが、今は空腹と寂しさで大人しくなっているので、簡単に捕縛できます。




 こういう具合に。


「見つけました!アリーさん、あそこ、あそこの岩の間です!お腹減らしてるせいで大人しいらしいですから、確保するなら今です!」

「……マジで見つけたのか、お前……」

「どうしましょう?ちょっと深い場所ですよね?ルーちゃんに伝えたら良いのかな。でもルーちゃんは潜れないし、あのサメさんを食い止めて貰わないとダメだし、ええっと」

「落ち着け」

「あいた……!」


 愕然としているアリーをそっちのけで、悠利はおろおろしていた。見つけたは良いが、どうすれば良いのかさっぱり解らなかったのだ。

 ツッコミ代わりに軽くチョップを悠利の頭に落とすアリー。痛みに呻きつつアリーを見上げた悠利の横で、アリーはイレイシアを呼んでいた。呼ばれたイレイシアは、小走りで二人の元へ駆けてくる。

 なお、ルークスは暴れようとしている魔物、サードアイシャークの親を相手に懸命に説得を続けていた。ついでに、移動しようとするのをその度に身体の一部で引っつかんで止めている。……可愛い見た目を裏切る戦闘能力の高さを思い出させてくれる光景だった。

 ルークスが食い止めようとしているので援護射撃をしようとしていたフラウとヘルミーネなのだが、彼女達が矢を射るとルークスがそれを叩き落として怒るので、今は何もしていない。事情が解らないので手が出せないのだった。彼女達の心は一つだった。アロールがここにいてほしい、と。


「お呼びでしょうか?」

「悪いがイレイシア、こいつの言う場所に潜って、あの魔物の子供を助けてやってくれ」

「はい?」

「あのね、イレイス!あの辺りの岩の間に挟まって動けなくなってるんだって!子供を探しに来たんだよ、あの魔物さん!」

「……あ、あの……」


 意味が解らないと言いたげなイレイシアだが、アリーは深く頷くだけだ。アリーと悠利を見比べたイレイシアは、真剣な顔の悠利と、真面目な顔のアリーを見て、覚悟を決めたように頷いた。


「解りましたわ。わたくしでどれだけ出来るか解りませんが、行って参ります」

「ありがとう!助けたら、ルーちゃんのところに連れて行ってね」

「はい」


 一つ頷くと、イレイシアは海に向けて走り、飛び込んだ。それを見届けてから、悠利はルークスに向けて叫んだ。


「ルーちゃん!今、イレイスがその魔物さんの子供を助けに行ってるから、伝えて!」

「キュピピ!」


 悠利の言葉に解ったと言いたげにぴょんと跳ねたルークスは、相変わらず暴れている魔物に向けて説明を始める。小さな身体で必死に伝えるルークスの姿を、悠利は応援した。

 そうこうしている間に、イレイシアが水面に顔を出した。その手には、ぐったりした小さなサメの魔物を抱えている。そのまま、イレイシアはルークスの方へと泳ぎだした。


「ルークス、この子でよろしいか、聞いてくださいませ!」

「キュ?キュキュー!」


 イレイシアの声を聞いたルークスは、身体の一部を伸ばしてイレイシアを示しながら魔物に訴える。それまで噛みつかんばかりに暴れていた魔物が、ぴたりと動きを止める。凶悪な3つ目が、ぎょろりとイレイシアを見る。


「ひっ……。あ、あの、この子、です」


 戦闘能力に乏しいイレイシアなので、巨大な魔物を恐れる気持ちは当然ある。そろりとサードアイシャークの子供を差し出すが、距離が遠すぎる。見かねたルークスが伸ばした身体の一部で引き寄せる。

 ひょいと差し出された小さな魔物を見て、サードアイシャークの3つ目が瞬く。そして、上体を反らして声を発した。けれどその声は人間の耳には聞こえない周波数の高い音で、まるで波紋のように水面を揺らすだけだった。

 ……その音を認識できるイレイシアとルークスは、あまりの大きさに驚いたが。

 どうやら探していた子供であっていたらしい。サードアイシャークは、感謝するようにルークスに額をこすりつけている。ついでに、イレイシアにも同じ動作をしようとしたのだが、丁重にお断りされていた。流石に魔物にすり寄られるのは怖いらしい。

 そんな光景を見て、どうやら最悪の事態は避けられたらしいと理解した悠利が、隣に立つアリーを見上げて笑顔を浮かべた。


「これで万事解決ですね、アリーさん!」

「……お前といると常識が崩壊していく気がする」

「え?」

「……いや、いい。何でサードアイシャークの子供は入り込んでたんだ」

「網に小さな穴が空いててそこから入ってきた見たいですね。……親は上から越えてきちゃってますけど。魔物除けを乗り越えてやってくるなんて、親子の愛は凄いですね!」

「……そういう問題じゃねぇ」


 がっくりと肩を落とすアリーと、よく解っていない悠利。安定の悠利だった。

 周囲がざわざわとしているが、子供を取り戻して満足したのか、サードアイシャークは去っていった。ルークスはまたねー!とでも言いたげに飛び跳ねながら見送っている。なお、イレイシアは極度の緊張から解放されたからか、ぶくぶくとその場に沈んでいた。人魚なので溺れているわけではありません。


「縄の修理と魔物除けの確認してもらわないとな」

「そうですね。今後も安全に海水浴をするために!」

「……とりあえず、お前、目や頭は平気か?」

「え?何がですか?」

「本当に規格外だな、この野郎……!」

「アリーさん?」


 ハチャメチャな鑑定をした悠利を心配したアリーの言葉だが、まったくダメージがなかった悠利は何のことか解らずに首を傾げるだけだ。規格外だと知っていたつもりだが、またしても信じられない非常識を突きつけてくれた悠利の存在に、思わず呻くアリーだった。

 とはいえ、その規格外の存在が突飛な発想で非常識な行動をした結果、特に大きな被害もなく騒動が解決したのは事実だ。なので、よくやったと言いたげにぽんぽんとその頭を撫でるアリー。褒められたと理解した悠利は、嬉しそうに笑うのでした。




 ちなみに、悠利に恩を感じたらしいサードアイシャークの番が、大型の魚を大量に届けに来るのでした。動物系の恩返し童話みたいだなぁと思う悠利の周りで、非常識な現実に脱力する仲間達がいました。いつものことです。




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