訓練生(女子)達がここにいる理由。


「僕?僕は親に言われてここに来たよ」

「わたくしも、お母様に言われてこちらに参りましたわ」


 悠利ゆうりの質問に対して、アロールとイレイシアはどちらもあっさりと同じような答えを返してくれた。ちなみに、質問の内容は「二人はどういう理由で《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に所属したの?」である。以前見習い組やクーレッシュとレレイ、ジェイクやティファーナに聞いたので、何となく他のメンバーのも気になった悠利だった。

 その二人と裏腹に返答をしなかったヘルミーネを、悠利はちらりと見る。黙っていれば観賞用の極上天使と呼ぶべき白い羽を持つ金髪の美少女は、面倒そうに唇を尖らせていた。なお、ヘルミーネは観賞用である。口を開くと色々小悪魔だったりして困る。


「私は、フラウに引っぱられてここに来たのー」

「え?フラウさん?何で?」


 ぽかんとした悠利に対して、ヘルミーネはひらひらと手を振った。説明するのも面倒くさいと言いたげな態度だった。指導係御自ら連れてくるというのは、あり得ないことでもない。ヤックはアリーに直談判して認められたし、マグはブルックに捕獲(間違ってない)されたし。そういうことを考えれば、ヘルミーネがフラウに連れてこられたというのも何も問題ないのかもしれない。

 悠利が気になったのは、ヘルミーネの言い方だ。来るつもりがなかったとでも言いたげなそれであったし、そもそも引っぱられてという表現がちょっと変だった。


「だーかーらー。冒険者ギルドで適当に依頼受けようとしてたらフラウが隣にいて、パーティー組んで無いって言ったら、とりあえずついて来いって言われたの」

「……あのー、フラウさん、ヘルミーネの説明が全然解らないんですけど」

「まぁ、経緯としては間違ってないぞ」

「間違ってないんですか」

「あぁ」


 アジトのリビングで美少女二人と僕っ娘十歳児に囲まれている悠利という、割といつも通りな光景に混ざったのは、休日なのでラフな恰好をしているフラウだった。基本的にパンツスタイルの彼女が、スカート姿なのは珍しい。身体にぴったりと張り付くタイトスカートなのだが、それできびきび動くのでやっぱり姐さんと呼びたくなる感じで格好良かった。

 空いている場所に座ると、フラウはヘルミーネの代わりに事情を説明してくれた。実に姐さんらしい理由を。


「こんなか弱い上に見目の良い少女が一人で行動していたら、危ないだろう?」

「え」

「別に私、自分の身ぐらい自分で守れたもん」

「お前の弓の腕は確かだが、それでも冒険者としてはまだ知らないことの方が多かっただろう。羽根人は狙われやすいのだから、きちんと基礎を身につけてから単独行動を取った方が良いに決まっている」

「はぁい」

「うわぁ……」


 その理由で参加を許されたというのも、ある意味凄い。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は初心者冒険者に基礎を教え、トレジャーハンターを育成するためのクランである。二代目リーダーであるアリーのお眼鏡に適わないと基本的に入れない筈なのに、フラウに連れてこられて所属したヘルミーネは多分例外的な存在だろう。

 何か他にも理由があったのか、或いはフラウが説明した理由でアリーが納得したのか。……何となく後者のような気がした悠利だった。強面な外見と荒っぽい言動で誤解されやすいが、アリーはかなりお人好しである。当人に言ったら絶対に認めないだろうけれど。


「あの、羽根人が狙われやすいってどういうことですか?」

「うん?見ての通り彼らは整った容姿をしているからな。不埒なことを考える輩はいるということさ」

「そんな下心アリで近付いてくる奴なんて、返り討ちにするけどね!」

「あー、うん。ヘルミーネだったら容赦なく射貫こうとするよね……」

「当然!」


 清々しいまでの笑顔で言い切る美少女に、何か違うと思うと感じる悠利だった。アロールも白い目をしている。イレイシアは慎ましく何も言っていないが、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべる顔の中で、視線だけが明後日の方向を向いていた。……なお、フラウはその通りだと言いたげに頷いていた。姐さんは男前すぎました。

 とはいえ、軽いノリで話しているが、その辺りは昔から問題となっている部分でもあった。見目が整っていて若い冒険者は、それだけで危ない目に遭うことが多いのだ。それは何も羽根人に限ったことでは無い。冒険者ギルドでも注意を促しているが、どこにでもろくでもないことを考える輩はいる。

 そこまで考えて、悠利は視線をイレイシアに向けた。ヘルミーネを太陽に喩えるならば、月に喩えるのが似合うような物静かな美少女イレイシア。穏やかに微笑む彼女は、文句なしの正統派で清楚可憐な美少女だった。吟遊詩人という職業ジョブで、そこまで戦闘向きではない彼女も危険なのではないかと思ったのだ。


「イレイスは大丈夫なの?ヘルミーネよりもっと狙われそうなのに」

「ちょっとユーリ、私よりってどういう意味?確かにイレイスは美人だけど!」

「え?だって、大人しいイレイスの方が抵抗されないとか思わない?」

「む……。それは、確かに。イレイス戦いに向いてそうに見えないし」


 何やら二人で納得し合っている悠利とヘルミーネに、イレイシアは困ったように笑った。彼らの心配は、彼女の整った容姿を思えば当然のことだった。だがしかし、実はイレイシアにはその心配は何一つなかったりするのだ。


「人魚に迂闊に手を出す者はいないだろう」

「そうなんですか?」

「あぁ。……嘘か本当かは知らないが、人魚に手を出すと呪われるらしいぞ」

「「呪い……?」」


 フラウが面白そうに告げた言葉に、悠利とヘルミーネだけでなく、アロールも反芻した。呪いとはまた物騒な話である。おっとりとした美少女のイレイシアとはどこまでもほど遠い内容であることも含めて。


「別に、わたくし達が何かをするわけではありませんわ。ただ、わたくし達人魚は皆、海神様の民です」

「うん」

「陸に住まう方々にとって、海神様の怒りを買うことはとても恐ろしいそうですわ」

「うん……?」

「その昔、海神の怒りを買った国が一夜にして沈められたという言い伝えもあるからな。それも踏まえて、人魚に手を出すのは御法度と言われている。まぁ、気にせず行動する愚か者もいるだろうが」


 海神怖い、と悠利は思った。いや、そもそも神様というのは怖いものだ。こちらと感覚が違うので、優しいと思っていたら全然そうじゃなかったパターンなんて世界中に溢れているだろう。そんなことを思う悠利だった。

 とはいえ、とりあえずイレイシアが安全ならそれで良いやと思った悠利だった。仲間が危ない目に遭う可能性は低い方が良い。まして、自衛手段が少なそうなイレイシアならなおさら。……ヘルミーネは仮に襲われたら大声を出して助けを呼ぶだろうし、自分で反撃するだろうなと言う謎の信頼感があった。性格の違いだと思われます。


「それじゃ、イレイスは?お母さんとアリーさんって知り合いなの?」

「わたくしも詳しくは存じ上げませんけど、以前何かでお世話になったと言っていましたわ。わたくしが吟遊詩人として旅がしたいと伝えたら、アリーさんの元で学ばせて貰いなさい、と」

「へー。……っていうか、アリーさんの顔の広さ凄いよね」

「それはわたくしも思いますわ。わたくしの故郷はここから随分と離れていますのに」

「だよね。海だもんね」

「はい」


 しみじみとしたイレイシアの言葉に、悠利は真顔で頷いた。人魚の故郷は海である。そしてここは内陸にある王都ドラヘルンである。それを考えると、拠点が物凄く離れている筈なのに知り合いという不思議さがあった。

 まぁ、現役冒険者として各地を巡っていた頃に知り合ったんだろうな、と思う悠利達だった。概ね間違っていない。アリーはブルックとレオポルドと三人でパーティーを組んで活動していたのだが、何だかんだでハイスペックが三人揃うと活動範囲も広がっていくのだ。その結果、彼らの人脈はかなり広かったりする。普段はそういうのは見えないが。


「必要最低限の身を守る術と、冒険者として生きていくための心得。わたくしはそれを学ばせて頂いているのですわ」

「頑張ってね」

「はい」


 にこやかに微笑むイレイシアと、ほわほわした笑顔で応答する悠利。のほほんとのほほんが並んで笑っていると、謎の癒やしオーラが発生していた。思わずつられて笑ってしまいそうになる空間である。

 そんな中で、自然と顔が緩みそうになった自分に気づいて頬を軽く引っぱるアロールがいた。色々と複雑なお年頃の僕っ娘としては、意味も無くへらへら笑うのは流儀に反するらしい。確かに彼女は大人びた子供でクールな感じなので、当人の中で譲れない何かがあるのだろう。


「そういえば、アロールは?依頼とか一人で受けてる感じからして、基礎とか出来てそうだけど」

「……僕は、人付き合いとかの方面で勉強中」

「そうなの?」


 ぼそりとアロールが口にした内容に、悠利は驚いたような顔をした。アロールは確かに毒舌っぽい部分のある僕っ娘だが、同年代に比べれば大人びてしっかりしている。それを考えれば、人付き合いを学ぶと言われても首を捻ってしまうのだ。大人を相手に対等に渡り合う姿を見ているので、なおさらだ。

 だがしかし、その「大人を相手に対等に渡り合える」部分が問題とも言えた。アロールはまだ十歳の少女なのだ。能力があろうとも、実年齢ばかりは変えられない。出る杭は打たれるという。年齢に相応しい振る舞いが求められることもあるのだ。

 それに、何よりも。


「僕、同族以外と一緒に過ごしたことがないんだよ」

「同族?」

「うちの一族。皆魔物使いかそれの補佐やってるよ。それと皆が使役してる従魔達。僕の世界は、ここに来るまでずーっとそういうのだったからね」


 だからだよ、とアロールは何でも無いことのように告げた。アロールの一族は高名な魔物使いの一族で、アロールもまた幼少時から才能を開花させた。物心付く前から従魔に囲まれ、彼らを遊び相手として育ったアロールは、人と触れ合うのがあまり得意では無かった。

 別に、苦手と言うほどではない。少なくとも、大人を相手にするときは会話もきちんと出来るのだ。ただ、同年代やそれ以下の子供達を相手にすると、彼女はとたんに不器用になる。淡々と思ったことを口にする性格ゆえか、無駄に大人びている性質ゆえか。時折知り合う子供達に、彼女はちっとも馴染めなかったのだ。

 それを案じた両親によって、冒険者としての基礎知識と共に「他人」と接することも学んでくるようにと《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に預けられた。最近では年齢の近い見習い組達を相手に軽口を叩いている姿が見られるが、やってきたばかりの頃は口数が少なかったものだ。というのも、何を話せば良いのか解らなかったらしい。


「それじゃあ、アロールが見習いじゃなくて訓練生なのも、そういうこと?」

「うん。魔物使いとしての技量はそれなりにあるからね。仕事は出来るんだ」

「そっか。皆色んな事情があるんだね」

「ユーリみたいなのは例外中の例外だと思うよ」

「それは僕も思ってる」


 真顔で告げたアロールに、悠利は真顔で頷いた。自分が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にとってイレギュラーであることぐらいは解っている。勿論、だからといって居場所が無いとか、不釣り合いだなんて思ってはいないが。やってることが家事で、ポジションがどう考えてもオカンだったとしても、悠利は確かに《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の一員である。それは皆が解っている。

 ただ、冷静に考えて、所属経緯が色々アレだというのは事実だった。そもそも悠利の扱いは迷子である。アリーがやったのは迷子の保護だ。その上で、悠利があまりにも規格外な能力を持っていたがために、頭を抱えながらも保護者を名乗り出てくれたというありがたいお話なのである。

 ……自分で拾ったので、色々と騒動が起きて頭を抱えたとしても、自業自得だと言われる所以であった。ツッコミとお説教に忙しい保護者殿の味方はいなかった。


「まぁ、どんな理由で所属してるにしても、今は皆仲間なんだからそれで良いんじゃない?」

「ヘルミーネさんの仰る通りですわ」

「ヘルミーネ、たまにはマトモなこと言うよね」

「アロール、それどういう意味!?私はいつもちゃんとしたことしか言ってないわよ!」

「いや、感情にまかせて突っ走るところあるじゃん。あとちょっと我が儘」

「何それ!」


 ヘルミーネが良いことを言った筈なのに、それに素直に同意したイレイシアと異なり、アロールはざっくり切り込んだ。毒舌僕っ娘は通常運転だった。それに対してヘルミーネが声を荒げるのもいつものことだ。本気の喧嘩というよりはただのじゃれ合い。これもまた、人付き合いである。


「何だかんだで仲良しですよねー」

「アレを見て仲良しで終わらせられるユーリが凄いと思うが」

「え?でも、仲悪かったら口聞きませんよね?」

「……なるほど。喧嘩が出来るのも、相手を認識しているからだ、と」

「はい」


 にっこり笑顔で悠利が言い切った言葉に、フラウは小さく笑った。確かにな、と頷くフラウの表情は相変わらず凜々しかった。だが、その脳裏には「喧嘩をすることも出来ないほどに不仲」というものが浮かんでいるのだろう。人は、相手を認めているから、認識しているから話をするのだ。相手を見ていなければ喧嘩すらできない。

 そんな二人をそっちのけで、ヘルミーネとアロールは元気に言い合いをしていた。その二人の間に挟まれることになったイレイシアは、困ったように笑いながらも特に止めようとはしていない。彼らが本気で喧嘩をしているわけではないことが、彼女にも解っているからだった。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は、今日もとても平和です。




 その後、何故ヘルミーネを入れたのかとアリーに問い掛けたら、「野放しにすると面倒そうだったから」と言われて、アリーとブルックが似たもの同士であることを確信する悠利だった。マグの捕獲理由もそんな感じだったので。




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